「地球外知的生命が存在する科学的な証拠を探し続けている天文学者が日本にいる」という話を聞いた。しかも日本国内や世界各国の天文台や大学と協力して、合同プロジェクトまで成し遂げたらしい。ええっ、それはつまり、本気で宇宙人を探しているということ? 一体どんな方法で? そもそも知的生命とは……。
それはれっきとした天文学の一分野で、今年で60年の歴史があり、SETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence=地球外知的生命探査、発音はセティまたはセチ)と呼ばれているという。門外漢の地球人からするとまるでSF映画の世界。次々と聞きたいことが浮かんでくる。日本におけるSETIの第一人者、兵庫県立大学西はりま天文台天文科学専門員の鳴沢真也さんに話をうかがった。
地球外知的生命が存在するって、本当ですか?
鳴沢先生は兵庫県立大学西はりま天文台の天文科学専門員として天体物理学の研究を続けるかたわら、天体観望会での講師なども務めておられます。今日はSETIについて、初歩的なところから教えていただきたいのですが、どうやって地球外知的生命を探しているのでしょう?
「その前に、地球以外に知的生命は存在するのかという話をさせてください。私は他の知的生命は必ずどこかに存在すると考えています。その根拠は、星の数です。
人類が観測できる宇宙の限界に限っても、銀河は10の11乗個あるとされています。そして典型的な銀河には、恒星が10の11乗個あると。つまり観測範囲だけでも10の22乗個の恒星がある。これは世界中の海岸の砂粒の数よりもはるかに大きな数字なんです」
一般の方や子ども向けの講演会も積極的に行う鳴沢先生
途方もない数ですね。
「それだけの星があって、知的生命が存在していない方がおかしい。天文学者にとっては『存在するかしないか』は問題ではない。問題は、どのくらいの頻度で知的生命が生まれるのか、私たちのような存在はどの程度珍しいのかということです。
バクテリアのような単純な生命体なら、宇宙にいくらでもいるはずです。太陽系内の火星や、木星の衛星でさえ見つかる可能性があると言われています。環境の変化がなければバクテリアで十分なわけですよ。バクテリアはあのままで今日まで生き延びているんですから。ある意味、われわれは知能を発達させなければ子孫を残せなかったかわいそうな生き物かもしれない」
かわいそうな生き物……。「知的=生物として優れている」ではないんですね。
「月まで行って通信技術も発達させた人類が、今は生物とも言えないちっちゃな新型コロナウイルスに苦しめられているんですよね。
話が逸れましたが、地球の生物が今日まで進化してきたのにはさまざまな要因が影響しています。6600万年前に隕石の衝突がなければ、ひょっとしたら今も恐竜の時代だった可能性もなきにしもあらず。絶妙な大きさの隕石が、絶妙な角度で、絶妙な場所にぶつかって、恐竜は滅びたけれど原始的な哺乳類は残り、人類にまで進化した。偶然に偶然が重なってわれわれがいるんですね。バクテリアを笹舟だとすると、知的生命は原子力空母にたとえられるほど複雑で、そこまで進化できるのは奇跡のような確率です。だからそういう存在は、もしかしたらものすごく珍しくて、天の川銀河の外まで行かないといないかもしれません。SETIにおいては、探査対象を知的生命にしぼっているところがポイントです。
さて、そんな知的生命の文明の密度はわかりませんが、楽観的にみてひとつの銀河に数個あったと仮定しても、その間には平均数万光年の距離があります。地球外知的生命がダイレクトに地球にやってきて……とはまず考えられない。私たち人類が目と鼻の先の月に行くのでさえ、莫大なコストがかかったのですから。ならば、彼らが存在する証拠は間接的にキャッチするしかありません。それがSETIです」
宇宙からの電波や光線から地球外知的生命を探し出す
それではSETIの手法や、これまでの探査の成果について教えてください。ちなみに昔教科書で、人類について記した金属板を宇宙探査機に乗せたと読んだ記憶があるのですが。
「あ、それはパイオニア探査機の話ですね。知的生命に向けてメッセージを送るのはまた別の分野で、METI( Messaging to Extra-Terrestrial Intelligence)と呼ばれています。ボトルメールのようなものです。
SETIには大きく分けて2つのアプローチがあります。ひとつは1960年に始まった世界最初のSETIでも取られた手法で、地球外知的生命の発する電波を探す方法。電波は簡単かつコストの低い通信手段で、強力なものは現在の地球人レベルでも何千光年、1万光年の距離を超えてキャッチできます。もうひとつは90年代から盛んになったレーザー光線を探す方法です。たとえば電波の一種であるマイクロ波と比べると、光は単位時間あたり10万倍の情報を持っているので、高度な知的生命体なら光で通信するはずだという仮説にもとづいています。現在だと、電波観測とレーザー観測の割会は大体半々ですね。
それで、これまでの観測で何が見つかったのかっていうことなんですが、地球外知的生命の兆候がありました」
(!!?)はい。
「はいじゃなく、えー! と驚いてほしかったんですけれども……。
1977年8月15日、オハイオ州立大学の電波望遠鏡がいて座の方角から電波をキャッチしました。それは自然に生じるノイズの約30倍の強さで、しかも電波継続時間が72秒。この秒数が重要で、この電波望遠鏡がこの方向を向いていて、かつ日周運動をしている天体から電波をキャッチした場合、観測できるのはちょうど72秒なんですよ。つまり航空機や人工衛星ではなく、遠い宇宙から来たものと考えられる。その周波数は狭い領域に集中していて、しかもそれは天文学研究の妨げにならないよう、国際的に使用が禁止されたものだった。発見者は、驚いて記録用紙に『Wow!』と書き込みました。このことから『Wow!シグナル』の名前で、今でも侃々諤々の議論がされています。
ただこれ以降は、オハイオ州立大学も、他の観測者も、私も同じ方角を観測しましたが、同様の電波は一度も観測できていません。再現性がないので、残念ながら科学的発見とは言えません。地球外知的生命の放送を受信したと考えた方がシンプルなんですが。これがSETI史上で一番有名な観測記録です」
正体が気になります……!
キャプション:SETI史上で一番有名な観測記録「Wow!シグナル」Credit: Big Ear Radio Observatory and North American AstroPhysical Observatory (NAAPO).
いて座の方角を観測していたのには何か理由があるんですか?
「いて座の方角は、星が密集している天の川銀河の中心方向なのです。観測視野の中にたくさんの星が入ります。どの星が電波源だったのか、それは今も不明ですが……」
空は広いので、観測範囲を決めるだけでも苦労しそうです。
「ひとつのやり方はターゲット法といって、文明が存在しそうな星に狙いをつけるやり方です。オールスカイ法というものもあり、こちらは空をくまなく探そうというものです。一本釣りと地引網みたいなものですね。私はおもにターゲット法で、レーザー光線の探査をしています」
世界中の天文台がつながったSETIプロジェクト『ドロシー計画』
鳴沢先生は国内外の大きな合同プロジェクトでリーダーを務められたそうですね。くわしく教えてください。
「まず2009年に初めて国内30カ所以上の天文台に協力していただいて、『さざんか計画』という全国同時SETIを行いました。地球外知的生命の痕跡を受信するXデーに備えた予行演習です。複数の観測者で観測するのが一番確実ですから。バックアップ観測のネットワーク作りが目的で、まずまず成功しました。
翌年の2010年、アメリカのSETI専門の研究所から、アストロバイオロジーの国際研究会に招待され、『さざんか計画』について発表するためにヒューストンへ行きました。アメリカはSETIがもっとも盛んな国なんです。
そこでSETI研究所に『日米でも合同SETIプロジェクトをやりませんか』と相談しました。日米で観測すれば、日本では見えなくなった星をアメリカで観測できるからです。それに2010年は、世界初のSETIから50周年の年でもありました。
幸い実現できることになったのですが、向こうから『せっかくの50周年記念だし、日米じゃなくて世界合同でやろう』と提案されました」
すごいですね。その時のお気持ちは?
「いやもちろん、やりたいという気持ちはありましたけど、たくさんの天文台に協力してもらうのって本当に大変で……。人間関係もありますし、日本人だけでも大変だったのに、ましてや世界でやったら大変なことになるだろうなと。私は英語もそれほど得意ではないですし……」
おお、スケールの大きな観測プロジェクトなのに人間関係と言葉の壁が……。
「でも、なんのトラブルもなかったです。すべて私に任せてくれて。1960年の世界初電波SETIは、『オズの魔法使い』に登場するお姫様、オズマ姫に著者が電波通信を試みる場面にちなんで『オズマ計画』と名付けられました。だから私のプロジェクトは、この小説のヒロインの名前を借りて『ドロシー計画』としました。南極大陸を除く5大陸15カ国の29施設が観測に協力してくれました」
『ドロシー計画』の観測は約1週間、集中的には2日間にわたって行われた。鳴沢先生は二晩兵庫県立西はりま天文台に泊まり込み、世界各地の天文台から報告を受け続けたそう
成果や反響はいかがでしたか?
「一番の目的は世界的なネットワークを組んで協力関係を築くことだったので、そういう意味では成功です。世界中のSETI観測者が参加してくれました。面白いところでは、日本に留学経験のあるフランスの研究者が、SETIの俳句を寄せてくれました。それから、『オズマ計画』を行ったフランク・ドレイク博士からのメッセージも嬉しかったです。野球でいえばベーブ・ルース のような伝説的人物です。
ここ数十年で天文学は進歩しました。たとえば1917年から存在が予見されていた太陽系外惑星は、1992年に初めて発見され、2000年代に入ると次々と見つかるようになりました。『オズマ計画』50周年を迎えた2010年に、当時最新の技術で天文学の歩みを振り返る意味でもいいタイミングだったと思います」
地球外知的生命が発見されたら、世界は変わる?
もし地球外知的生命の証拠が見つかったらどう対応するのでしょうか。
「見つかったら人類史上最大の大発見ですから、国際宇宙航行アカデミー(IAA)による国際的なガイドラインが定められています。(1)徹底的に検証する、(2)確定するまで公表しない、(3)確定したら隠蔽せず公表する、(4)勝手に返信しない、という4つの指針が基本です。
ただかなり前に作られたものなので、改善点もあります。これもSETI観測者が議論しているところで、私も改訂案を作成しました」
なるほど。世界への影響はどうでしょう?
「これもシミュレーションをしている団体があるんですよ。彼らは大きなパニックは起きないだろうと言っています。
地球外知的生命といっても、楽観的にみても何千光年と離れた星のことなので、大きな影響はおそらくないんですよね。発見された次の日も子どもは学校に行かなきゃいけないし、大人は会社に行かなきゃいけないんですよ。多くの人にとっては『だから何?』なんですよね。だけど、じわじわと人の意識や文化は変化するであろうと。
私の予想では、まず科学教育が盛んになります。一部の政治家が安全保障などにかこつけて軍備拡張をしたがるでしょう。あとは一時的に景気が回復して、キーホルダーなどの関連グッズが売れて、その星がよく見える場所への旅行が盛んになって、というようなことが起きるんじゃないでしょうか」
向こうの銀河の知的生命に思いを馳せた子ども時代。そして今も
意外と地味なんですね……。でも、意外とそんなものかもしれません。ところで鳴沢先生は、子どもの頃から天文学がお好きでしたか? 宇宙人との交信に憧れるようなことはなかったんでしょうか?
「宇宙人には憧れなかったなあ。ウルトラマン世代だし子ども向けのSF小説を読むこともありましたが、宇宙は私にとってずっと科学的な興味の対象なんですね。SFが好きな天文学者もいますけど。
母に読み聞かせてもらった、アポロ計画について紹介する絵本が私の宇宙の原点です。4歳の時に実際にアポロ宇宙船が月に着陸しました。白黒テレビの中で、宇宙飛行士が月面をふわふわと歩いている映像が印象的でした。
そして小学4年生の時には、ウェスト彗星という肉眼でも見える大彗星が飛来しました。父が望遠鏡を買ってくれて、届いたのは彗星が去った後でしたが、それで天体観測を始めました。子ども用なので銀河を覗いてもシミのようにしか見えない。ところがある本を読んでいたら、『銀河には知的生命がいて、向こうでもわれわれを観測しているかもしれない』というようなことが書いてあったんです。向こうの銀河の天文少年がこっちの銀河を見ているのかなあと。それが胸に響いたというのかな、今のSETIにもつながっているかもしれないです」
鳴沢先生の家宝でもある絵本。月の重力やアポロ宇宙船について、わかりやすく説明されている(『キンダーブック』昭和41年7月号、フレーベル館 指導・文=村山定男/絵=水沢 泱、中島章作、高田藤三郎、木村定男、上田三郎)
最後に、最新のSETIについて教えてください。
「私自身の話では、今は効率よくSETI観測をするための戦略を練っているところです。地球外知的生命がレーザー光線で通信するなら何色を選ぶのか? 予測が立てられれば照準が合わせやすくなります。
それから、文明が進歩すると脳内の意識や記憶をコンピュータに移植するようになる可能性も視野に入れています。最終的には肉体を持った生命ではなく、メモリー内のデジタル信号だけになる。それが私のイメージしている知的生命の姿です。
こうなると通信そのものが彼らの移動手段です。一種のテレポーテーションですね。生命体そのものがダイレクトに地球に来ないもうひとつの理由がここにあります。テレポーテーションについてはすでにわれわれ人類も研究を始めていて、中国では予備的な実験が行われているんですよ。こういった通信を見据えていくのが、今後のSETIの進むべき道だと考えています。
世界の情勢でいうと、実は一時期アメリカのSETI研究所は予算難で危機的状況でした。SETIは何かとお金がかかるんですよ。しかしロシアの富豪ユーリ・ミルナー氏がカリフォルニア大学バークレー校に莫大な投資をして、2016年から10年間継続する新たなSETIプロジェクト『ブレイクスルー・リッスン』が発足しました。
なぜ多くの人が予算や設備や人材を投じてSETIに取り組むのかというと、やっぱり根っこには『私たちは特別な存在なのか?』という哲学的な問いがあるんですね。よその星にも同じような生物がいるのかどうか知りたい。だから人類がいる以上、SETIは続いていくと思います」
地球外知的生命は必ずどこかにいるけれど、宇宙はとてつもなく広い。鳴沢先生をはじめ、世界の観測者によるSETIプロジェクトが実を結ぶ日を、ぜひとも生きているうちに見届けたい! でもそれはあまりにも人間的なサイズの考え方かも。とはいえ、今ここにないものを思い描くのは知的生命の得意技。「実は公表されていないだけで、すでに天文学者が検証中なのでは」と想像をたくましくしながら、その日を楽しみにしたい。