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  • date:2023.4.6
  • author:伊東 孝晃

疑問や違和感を持つことが世界を動かす。哲学がもたらす社会的影響力を大阪経済大学の稲岡大志先生に聞いてみた。

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今回お話を伺った研究者

稲岡大志

大阪経済大学 経営学部 准教授

2008年に神戸大学大学院文化学研究科博士課程を修了。神戸大学、甲南女子大学、関西大学などでの非常勤講師を経て2019年から大阪経済大学に着任。ライプニッツの数理哲学をはじめ、ポピュラーカルチャーやスポーツの哲学、社会における哲学のあり方を研究し、ビギナーやライトユーザーに向けた哲学の普及にも尽力している。著書に『ライプニッツの数理哲学』(昭和堂、2019年)『世界最先端の研究が教える すごい哲学』(総合法令出版、共著、2022年)、などがある 。哲学雑誌『フィルカル』の副編集長も務めている。

哲学という言葉を耳にすると、どうしても敷居の高さから敬遠してしまう人は少なくないはず。しかし、我々が日常生活の中で当たり前のように思い巡らせている考え方や価値観が哲学から生まれたと知れば、少し身近なものに感じられるのではないだろうか。

 

今、ビジネスパーソンや学び直しを目指す人たちの間で哲学がひそかな盛り上がりを見せる中、最新の研究論文や多様な文化と哲学の接点を見い出し、一般層に向けて哲学の門戸を広げているのが大阪経済大学の稲岡大志先生。約2700年の歴史の中で哲学が人間の生活や社会に与えた影響、哲学を知ることで得られる知的領域の広がりについて話を伺った。

学問の基礎から知的インフラへ。哲学の概念とは?

そもそも、哲学とはどのような学問なのだろうか。その概念についてさまざまな捉え方があると思われるが、中には「答えが出ない命題を考える」という禅問答のようなイメージを抱く人も少なくないだろう。しかし、稲岡先生は、そこにはある種の誤解があると語る。

 

「答えが出ないことというより、『容易に答えが見つからないことについて考える学問』といったほうが、ニュアンスが近いかもしれません。哲学は、もともと物理学や心理学、医学なども含めたあらゆる学問の基礎で、そこから枝分かれして残ったのが現在まで続く哲学。我々の世界や社会を形成するものについて考える学問で、ある疑問が生じたとき、それに対して誤りを見いだし、あり方を考えるということに重きを置いています。自由や義務、善悪、美醜、存在など、日常生活の中で普通に考えていることのパーツは哲学者が考え、作った概念です。人権や国家など、大きなものも含めた知的インフラを形成する役割を担っています」

 

はるか昔、著名な哲学者たちが遺した言葉は現代社会にも大きな影響を与えている。こういった哲学者たちが放つメッセージの普遍性は、どのようにして受け継がれてきたのだろうか。

 

「哲学の世界では、さまざまな資料から昔の哲学者たちの言葉を読み解きます。アリストテレスについての哲学書などは著作が現存しないため、彼の学校の講義内容を記録したノートがもとになっています。ニーチェやカントなど、ビッグネームが言いたかったことの解明に加え、その周辺の人たちの言葉を発掘するという地道な研究もあります。しかし、内容のクオリティが低かったり間違いがある、もしくは斬新すぎたという理由で消えていった研究もたくさんあります」 

宗教から理性的思考へ。ヨーロッパ哲学の起源と発展

稲岡先生が専門とするヨーロッパの哲学は紀元前7世紀頃の発祥と考えられる。約2700年もの歴史を持つ哲学の始まりとは、どのようなものだったのだろうか。

 

「哲学が登場する前の古代ギリシャでは、人々は神話ベースで世界を理解していました。しかし、そこに疑問を持ったのがタレスという哲学者。彼は太陽と月に関する観測データから、日蝕のタイミングを予測しました。現代でいう天文学ですが、当時は自然哲学と呼ばれていました。このような日常の観察から仮説を立てていくという考え方の成立がヨーロッパにおける哲学の始まりといわれています。一方で人間は神の存在にすがって生きる儚さから宗教も必要とされ、絶大な力を持ったキリスト教が、教義に反する哲学と対立してきた歴史もあります」

 

ヨーロッパにおける哲学は、さまざまなエポックメイキングを繰り返す中でブラッシュアップされ、多様性を獲得。哲学者の存在も時代とともにアカデミックなものへと移っていった。

 

「神の存在が絶対であるキリスト教に対し、理性的な思考を提示したことも哲学の大きなターニングポイントです。他にも理性を重要視するフランスやドイツなどの哲学に対し、経験を重要視したイギリスの哲学という、両者の対立と統合も重要な出来事です。18世紀頃に大学教授として登用されるようになったのも大きいですね。もともと哲学者は町の物知りな人のような立ち位置で、デカルトはフリーの研究者だったし、スピノザはガラス磨きの仕事をしながら一人で研究をしていたと言われていました。それが、大学という場所を得て専門的な研究が進んだことで社会への哲学の吸収が加速する一因になりました」

“最先端の研究”から広がる哲学の多様性

社会への哲学の発信にも力を入れている稲岡先生は、先日、共同編集者の一人として参加した新刊『世界最先端の研究が教える すごい哲学』(以下、『すごい哲学』)を上梓。国内外の最新の研究論文をもとにした、哲学ビギナーにもやさしい入門書となっている。タイトルにもある「最先端の研究」とは、どのようなものなのだろうか。

 

「先ほど述べたように哲学の研究は、哲学者が遺した資料からその考えを読み解きますが、資料はメモや著書、日記、手紙なども含まれ、その量は膨大です。また読み解く際は、昔の哲学書に注釈をつけるといった形で研究が受け継がれてきました。他方で、過去の哲学者が遺した資料を丁寧に読むことによってではなく、直接哲学の問題に取り組むタイプの哲学研究も行われています 。大学での研究が盛んになってからは、学術論文=最新の研究という風潮になっています。『すごい哲学』は、日常生活ともリンクするトピックベースの論文を紹介することで、哲学を身近に感じられる一冊になっています。最新の研究で興味深いところでは、出尽くしたと思われていたデカルトの新たな書簡がGoogle検索で発見されるといった出来事がありました(詳しくはこの動画を見てください。日本語字幕もあります。https://youtu.be/18TknKGC7tY)。これはアメリカの図書館が資料をデジタル化するためにスキャンし、公開していたものから見つかったもの。将来的にはこういったデジタル技術やAIも哲学の研究に貢献するのではのではと期待されています」

共同編者として携わった『すごい哲学』を手に、「出典に英語論文が多くなってしまったのは今後の課題」と稲岡先生

共同編者として携わった『すごい哲学』を手に、「出典に英語論文が多くなってしまったのは今後の課題」と稲岡先生

 

稲岡先生は『すごい哲学』やアニメ・スポーツといった身近な話題を通してライトユーザーに哲学の魅力を訴求している。他にも数学、倫理学などにおける哲学のあり方を独自で研究しており、このような幅広い取り組みは、思い入れが深いというドイツの数学者・哲学者ライプニッツの研究に取り組む中で広がりを見せていったものだ。

 

「ライプニッツは、一般的には微分積分をはじめ、現在、私たちが高校で教わる数学の大半を作った人。それ以外にも外交官や図書館の司書、計算機の発明など、本当にいろいろなことをやっていました。一つのことを突き詰めるのも素晴らしいのですが、僕はいろいろなことに興味が湧くので、そういう人たちの行動が、一見バラバラなようで、実は一貫性を持っているということを見出すのが楽しいです。スポーツに関しては、人類はなぜここまでスポーツに熱中するのか、ファンのあり方や制度といった文化に関心があります。これは領域的に社会学に近いものがありますね。アニメは、ただ自分が好きだからというのが大きな研究理由ですが(笑)、絵や音楽などを含めた総合芸術であり、特に「声がキャラに合っている/合っていない」というような声優の演技に対する評価の内実に大きな興味があります。倫理学は、テレビドラマにもなった漫画『ここは今から倫理です。』がとても面白く、雑誌の取材で作者の雨瀬シオリ先生にインタビューさせていただきました。他にも原田まりるさんの著書『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』なども哲学に触れるきっかけとしてはうってつけで、哲学とエンタメの橋渡しになればと思って授業などでも紹介しています。今の日本で哲学の研究者になるのは、時間やコストの面で考えてもハードルが高いのが実情。しかし、こういった取り組みからライトユーザーを生み出すことができればと考えています」

哲学と現代社会の関係性、示すべき未来とは?

社会や人間のあり方に大きな影響を与えてきた哲学。さまざまな不安要素を抱えた現代においては、どのような存在意義や役割があるのだろうか。

 

「社会不安が起こると哲学が盛んになるというのは、歴史的にも多く見られる風潮です。私たちにとって身近なところでは、阪神淡路大震災やオウム真理教のテロ事件があった1995年は、その象徴とも言える年でした。哲学の分野ではノルウェーの哲学教師ヨースタイン・ゴルデルの小説『ソフィーの世界』がヒットしたのですが、世紀末的な重苦しい空気の中で哲学に救いを求める風潮が特に強かったとのではと考えられます。ただ、こういった社会不安は多かれ少なかれ常に存在するものです。近年の新型コロナウイルスの感染拡大やウクライナとロシアの戦争、経済の低迷といった問題の中で哲学がどのように人々に影響を与えるのかは、正直、予測ができないですね」

 

稲岡先生には、哲学のライトユーザーを増やしたいという想いと同時に、今後の哲学のあり方について、界隈を取り巻く状況にも変化が必要と語る。

 

「ビジネス本や自己啓発本は一定の周期で大きなブームとなって世の中に新たな価値観や知識を提示します。哲学は、そこからさらに一歩突っ込んだ考え方を示すものなので、さまざまなきっかけで、今よりもっとスムーズに一般層をナビゲートしていくべきであると思います。特に哲学の世界における女性研究者の割合はとても少ないので、あらゆる人々に開かれた学問であり続けるためにも、この比率は少しずつでも変えていきたいですね。実際、最近では哲学の歴史で埋もれていた女性の哲学者の活躍を再評価する動きが出ています。学生やこの記事を読んで哲学に興味を持った人には、ぜひ、日常生活の中における違和感や疑問に反応するという姿勢を大事にしていただきたい。そのうえで抱えている想いを筋道立てて説明するスキルを身につければ建設的な議論が可能になるし、より哲学の面白さが分かってくると思います」

 

哲学は疑問や違和感を議論という形でアウトプットすることで社会に影響を与えてきた。その議論は会社や学校などでいまだに残る絶対服従や封建的な風潮に対して変化をもたらす効果も秘め、時代にそぐわない考え方の改善にも貢献している。「どんな疑問も見捨てない、セーフティーネットの側面もある」とは稲岡先生の言葉だが、哲学が我々にとって身近な救済法の一つであることを知れば、現代社会の中で感じられる生きづらさの軽減にも繋がるのではないだろうか。


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