普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第8回目は「ルリゴキブリ×島野智之教授(法政大学)です。それではどうぞ。(編集部)
「ゴキブリの新種発見=要・殺虫剤の開発」!? そんな勘違い炎上も…
2020年11月、日本で35年ぶりにゴキブリの新種が発見されたというニュースは、目にされた方も多いでしょう。それを紹介した殺虫剤などを製造・販売する会社のツイートに対し、とある企業が「嬉しくないニュースですね」「研究よろしくお願いします」といったリプを返して炎上しちゃう騒動もありました。
「家の中から、新しい強力なゴキブリが出現したと思われたんでしょう。謝罪までされた当事者の方々には申し訳ない…。ゴキブリたちの代わりにお詫びしたいです。実際、彼らは悠久の時間を森の中でひっそりと、人間に出会わずに生活していたゴキブリ種に過ぎず、それを我々人間が発見し、新種として命名・発表しただけですからね」
そう語るのは、法政大学教授の島野智之さん。竜洋昆虫自然観察公園職員の柳澤静磨さんと鹿児島大学准教授の坂巻祥孝さんらとの研究チームで、南西諸島にすむルリゴキブリ属の新種を、日本動物学会の国際誌『ズーロジカル・サイエンス』に記載・発表しました。ルリと聞くと、青くて美しい瑠璃色を想像するんですが…。
「日本の南西諸島から東南アジアにかけて分布するルリゴキブリ属のゴキブリは、非常に美しいメタリックブルーの、いわゆる美麗種です。日本では、これまでに石垣島と西表島に生息する通称“ルリゴキ”…ルリゴキブリ 1種のみが知られていましたが、今回、ほかの島で暮らす2種が別種だとわかったんですよ」
ブータン王国に謎のルリゴキブリ追った際の島野先生。こんなヒマラヤの山奥まで…
パッと見、1種類だと思った“ルリゴキ”が、実は2つの新種だった!
写真を見ると、まさに瑠璃のような麗しさ! 発表された新種は、これまで知られていた“ルリゴキ”と、どう違ったんでしょう。
(左)新種ゴキブリ1 アカボシルリゴキブリ 奄美大島産のオス、(右)新種ゴキブリ2 ウスオビルリゴキブリ 与那国島産のオス。写真提供:竜洋昆虫自然観察公園 柳澤静磨
「それぞれオスの成虫がメタリックブルーなのは同じなんですが、記載したうちの1種、『アカボシルリゴキブリ』は、外側のハネにオレンジ色の3つの紋をもち腹部のオレンジ色の部分が鮮やかなことが特徴です。宇治群島家島、トカラ列島悪石島、奄美大島、徳之島に分布していて、全長が12~13mmほど。もう1種の『ウスオビルリゴキブリ』は腹部が紫色で、外側のハネに不明瞭なオレンジ色の帯をもっています。与那国島にのみ生息し、全長が12.5~14.5 mmでした」
朱い星(斑点)のあるのがアカボシ、薄い帯のあるのがウスオビとは、なんてわかりやすいネーミング! だけど、なかなかに微妙な違い…。同じ種類の個体差じゃないの?って思っちゃうんですが…。
「実はお恥ずかしいことに、最初は1種類だと思って研究を始めたんですが、DNAを解析すると与那国島産のものだけ全然違ったんですね。それでよく形態を見直すと、帯の途切れ方や色味も違っていて、2種に分類できました」
なるほど。DNA解析のおかげで、見た目の違いは微妙でも、遺伝子レベルで違う、ということが明らかになったんですね。
「DNAに関しては、国立科学博物館の蛭田眞平さんが、ものすごく丁寧な仕事をしてくれたんですよ。普通はCOI遺伝子(シトクロームc オキシダーゼ・サブユニットI )など1つか2つの遺伝子座を使って調べるんですが、今回は5つの遺伝子座を使って解析。新種2種を含むルリゴキブリ属の系統関係を明らかにするために、台湾の先生にも研究チームに入ってもらって調べました。その結果、日本産のルリゴキブリ属3種がそれぞれ別種で、台湾産の種と姉妹群(系統的に近い)を形成することがわかったんです。つまりは南方から南西諸島に侵入した共通の祖先が、それぞれの島で分化したと考えられます」
(左)ルリゴキブリの既知種(ルリゴキブリ)。そして新種がこちら(中央)アカボシルリゴキブリ(右)ウスオビルリゴキブリ。写真提供:竜洋昆虫自然観察公園 柳澤静磨
とんでもないレア種をオス・メス両方GETした、ゴキブリ愛
うーん、興味深い。当然っちゃ当然ですが、見たことないのを見つけたから即、名づけて発表!ってわけにもいかないんですね。
「名前をつけるときって、一個体じゃだめなんですよ。変異がありますからね。オス・メスペアで両方、かつできるだけ多くの個体の形態をきちんと観察して、DNA解析できちんと見極めないと、現代の分類学では認められにくい。とはいえ今回の2種は、どちらもレア種で、探すのが大変。オス・メスを同時に採ることは相当、難易度が高いんです」
オスとメス、どちらが捕まえづらいとかってあるんでしょうか。
「オスは花に寄ってくるので、それを採って見つけたという人はいました。日中の明るいとき、捕虫網ですくうと入ったりする。だけどメスは飛べず、朽ち木などから明るいところに出てこないので、なかなか見つからないんですよ」
オスだけ飛び回って、メスは家庭にこもっているとは、なんたる亭主関白! …って、オスも遊びに出てるわけじゃないか…。
「同じところにいると遺伝子が均一化してくるので、オスは分布を広げるために、食べられる危険性があっても飛んでいくんです。地域間で交流があったほうが、遺伝子の多様性は保たれますからね。だけどメスは黒っぽい地味な色で、朽ち木などから動かず外敵から身を守っている。そのためとても見つかりづらいんですが、柳澤くんの粘り強い現地調査によって、オス・メスあわせた細かな検討ができました」
どんな昆虫だって魅力的、なのに嫌われてるなんて理不尽の極み…!
モンゴルのゴビ砂漠でヒヨケムシの調査も
島野さんの専門はダニ学と原生生物学。目下、取り組まれているのは、節足動物全体の進化だそうだけど、なぜあえてゴキブリの研究を?
「虫はなんでも好きなんですが、ひねくれているので、人が好きな虫というより嫌う虫を研究したくなっちゃうんです。虫はみんな魅力があるのに、あまり知られもせず嫌われてるなんて可哀想。ダニの研究もそんな理由からだったんですが、もともと昆虫を研究したかったので、ゴキブリもやってみることに。これまで邪魔者扱いされてきたゴキブリを研究し、発表することで、皆さんにも驚きとともに関心をもってもらえたらなと」
自称“ひねくれ生物学者”のひねくれっぷりには、そんな理由があったとは! なんでも「レアな種類に名前をつけたい」と思っていたところ、ちょうどやる気に燃えた柳澤さんとの出会いがあり、共同研究に取りかかったのだそう。なんでも発表までには2年半かかったとか。
「少しの個体しか採れなければ、きちんと飼育しないと研究に使えません。ルリゴキは、豊かな森林の中でも、取りたてて良い環境でないと生きていけないんですよ。育てるのはとても難しいんですが、柳澤くんの愛情をもった飼育のおかげで、レア種ながらも卵鞘から成虫までをステージごとに細かく研究し、論文に記載できました。丁寧な採集と、丁寧な飼育と、丁寧なDNA解析があったからこそ、今回の論文発表につながったんです」
気軽に集まれる「ゴキブリ談話会」で、ゴキブリの研究を加速!
そんなゴキブリ愛をもつ島野さんが発起人になり、2020年9月には柳澤さんらと「ゴキブリ談話会」なるグループを発足したんだとか。
「ゴキブリの研究って、朝比奈正二郎先生※の業績があまりにも大きくて、35年前にやり尽くされた感があったんですよね。それが最近になって学会で、ゴキブリに興味をもっている若い人って意外にいるよねって話になって。実はみんな好きなんじゃないのと盛り上がり、好きな人たちを集めたら面白いだろうと結成しました」
※日本の昆虫学者(1913年‐2010年) 。トンボやムカシトンボ、ゴキブリなどの分類、生態の研究で知られ、国際トンボ学会会長、日本昆虫学会会長、日本衛生動物学会会長、日本動物分類学会会長を歴任。
『「ゴキブリが好きだ!」「ゴキブリに興味がある!」という一般には向けにくい想いをゴキブリ談話会は受け止めます』という言葉が興味深い
主な目的は、ゴキブリに関心をもつ者同士の情報交換や研究交流。気軽に集まれる会をつくることで、誰もが積極的に研究できる一助になれば、と島野さんは設立の趣旨を語ります。
「仲間がいると情報交換できて研究が進むし、組織ができるとみんなの目があるから、違法な輸入をしたり、外来種を野外に捨てたりなど、法律や倫理にふれることも防げるはずです。研究成果は論文にして発表されないと意味がありません。35年間、あまり進んでこなかったゴキブリの研究も、仲間をつくることで切磋琢磨しながら深めていければと思っています」
ゴキブリも生態系の一部を担う分解者。要らない生き物なんていない
これからどんどん、謎が解き明かされていくことに期待大! ところでルリゴキがあんなに美しいメタリックブルーな理由って、何なのでしょうか。
「それはわかっていませんが、暗いところから動かないメスに見つけてもらうには、派手な色のほうが、都合がいいのかもしれませんね。むしろ黒いイメージがあるから、なぜだろうと思うのであって。ゴキブリも含め、いろんな色や形の生き物がいますしね」
言われてみれば確かにそうだ! ゴキブリ=黒いと思い込んでました…。聞けばルリゴキに限らず、ゴキブリたちも実に多種多様(写真で一部ご紹介!)。 ゴキブリのイメージといえば「汚い」一辺倒なのも、気の毒な話ですよねぇ。
「ゴキブリといえば、家の中に出て油を舐めるようなイメージでしょうけど、今回で2種増えて59種になった日本のゴキブリのうち、人家を専門にしているのってごくわずかな数種なんですよ。それ以外のゴキブリは森林に生息していて、人間とは関わりのない生活を送っています。彼らは朽ちた木や落ち葉などの有機物を食べて分解し、再び植物の栄養に戻している。それでまた森林が育っていくという、生態系の役割の一部を果たしているんです」
害虫だと言われているゴキブリも、自然を守り育てることに貢献しているんですね。
「壊していい自然なんてないし、嫌われているからといって要らない生き物なんていませんからね。ゴキブリの多様性については、日本でも海外でも、まだ研究するべきことがたくさんが残っています。それを一つずつ明らかにしていきたいです。生き物たちを守っていくためにも、新しい種や知られざる生態を世に出して、生態系の大切さを考えてほしい。いろんな生き物がいて、みんな機能をもっているのが生物多様性。ゴキブリも大事なものだと、多くの人に知ってもらいたいですね」
【これもゴキブリ!?多種多様なゴキ図鑑】
写真提供:竜洋昆虫自然観察公園 柳澤静磨
【ニジイロゴキブリ】色合いがとてもきれい。メスと幼虫がダンゴムシ状に丸まる。
【グリーンバナナローチ】昔はゴキブリと同じ括りとされていたキリギリス(直翅目)を彷彿させる色味と柔らかさ。堅い虫が好きな島野さんの好みではないらしい。
【ドミノローチ】ドミノみたいな白い点々がある。かわいすぎ。
【ヨロイモグラゴキブリ】世界で最も重い種類で、大きいものでは35gほどに。オーストラリアに分布。親子が一緒に生活する亜社会性をもっている。
【ヒメマルゴキブリ】外敵から身を守るため、メス成虫と幼虫にはダンゴムシのようにボール状に丸まる習性がある。鹿児島から沖縄にかけて分布。
【オオゴキブリ】島野さんの推しゴキ。森の中で研究していると、よく朽ち木から出てくる、お友だち的存在。
【キカイホラアナゴキブリ】その名のとおり、喜界島の洞穴に暮らす。穴を掘る機械っぽいわけではない。
【クロゴキブリ】都会でおなじみのあいつ。どこから移入してきたかは不明だけど外来種だそう。
【珍獣図鑑 生態メモ】ルリゴキブリ
日本南西諸島(北限)から東南アジアにかけて分布する、ルリゴキブリ属のゴキブリ。成虫は美しいメタリックブルーの体をもつ。日本では、これまでに石垣島と西表島に生息する1種のみが知られていたが、2020年11月、それぞれオスの成虫が、背面のハネにオレンジ色の3つの紋をもち、腹部のオレンジ色の部分が鮮やかで,宇治群島家島、トカラ列島悪石島、奄美群島奄美大島、徳之島に分布するアカボシルリゴキブリ(全長が12~13mm)と、腹部が紫色で、背面のハネに不明瞭なオレンジ色の帯をもち、八重山列島与那国島にのみ生息するウスオビルリゴキブリ(全長12.5~14.5 mm)の2種の新種として発表された。