日本屈指の温泉街として知られる大分県別府市。
別府大学と立命館アジア太平洋大学(以下、APU)という2つの総合大学を擁する学生街でもあります。
そんな別府のまちで、これまで商品開発を通じて別府のものづくりの魅力を全国に発信してきた株式会社ビームスが、別府市と共に新プロジェクト「BEPPU*Local Paragraphs」を立ち上げました。このプロジェクトは、別府で暮らす人々の生活や経済活動、学びに焦点を当て、別府のカルチャーとその未来について考えるというもの。市内大学生と編集者がリサーチ、ワークショップ、コンテンツ制作に取り組み、タブロイド紙『BEPPU* Local Paragraphs 2020-2021』が生まれました。
タブロイド紙を実際に手に取ってみると、想像以上に読み応えのある内容にまず驚きます。別府を訪れたことがない筆者ですが、読み進めるうちに温泉街だけではないさまざまな一面が見えてきて、別府のまちをもっと知りたくなりました。制作に携わった皆さんは、プロジェクトを通じてどんなことを感じたのでしょうか?
3名の学生と編集者の瀬下翔太さんにお話を伺います。
越境を受け入れる寛容さがまちの強みに
別府大学とAPUに通う学生たちとゲスト編集者が共に制作したタブロイド紙『BEPPU* Local Paragraphs 2020-2021』は、2021年3月末から別府市内で配布されています。
公衆浴場についてのリサーチ成果を掲載した「PUBLIC」特集
このタブロイド紙のメインテーマは「越境すること」。なぜ「越境=境界を越える」というキーワードに注目したのでしょうか。
ゲスト編集者の瀬下翔太さんは「別府は越境が起きているまち」だと語ります。
「別府には世界中から学生がやって来ますし、昔から湯治場として全国から多くの人が訪れていた歴史もある。こういったハード面での越境、実際に人が動いてくることだけでなく、たとえば別府大学には「温泉学概論」という分野の垣根を越えた学問があるなど、ソフト面でも領域を越えた動きが起こっています。別府には越境を受け入れる土壌があり、それがまちの強みになっているんです」(瀬下さん)
瀬下さんは鳥取県で高校生の下宿の運営をしたこともある稀有な編集者。NPO法人bootopia代表理事。批評とメディアのプロジェクト・Rhetoricaを運営
なるほど、歴史的な背景も含めて、とても「別府的」なテーマなんですね。
今回のタブロイド制作では、越境というメインテーマに対して、瀬下さんを含め3名のゲスト編集者がそれぞれ「パブリック」「ナラティブ」「ラーニング」を切り口に企画を立て、学生たちは各グループに分かれて誌面づくりに取り組んだと言います。
「パブリック」では別府市内に点在する公衆浴場を取り上げ、公共の未来について検証・提案。「ナラティブ」では個人店が持つ機能や可能性、ポテンシャルについて検証し、「ラーニング」では寮や下宿といった暮らしの場から学生街の未来を考察しています。
学生の皆さんは、各テーマに取り組むことで何を感じたのでしょうか?
「パブリック」のページを担当したAPUの岡本大樹さんは公衆浴場について取材し、その特殊性を実感したと語ります。
学長のツイートでこのプロジェクトの存在を知ったAPUの岡本さん
「公衆浴場はいろんな年代の人が混ざり合って、文字通り裸の付き合いになる場所。公共施設の中でもかなり特殊だと感じました。だからこそ単なる入浴施設を越えた役割を担える可能性を持っているという新しい発見がありました」(岡本さん)
誌面では、公共の未来を補完する場所として新しい共同温泉の形が提案されていて、とても興味深い内容でした。
別府のまちに関しても、何か新たな発見はあったのでしょうか。
「取材した方が実は知り合いの知り合いだったとか、この人とこの人がつながっているんだ!ということが頻繁にあり、いろんな人たちが関わり合って生活しているまちだなと実感しました。別府はコミュニティが良い意味で狭い感じがします」(岡本さん)
「ナラティブ」のページで個人店について取材したAPUの幸田華子さんも、別府ならではのコミュニティに魅力を感じたと言います。
自身の別府愛を大いに語ってくれたAPUの幸田さん
「別府ではお店同士がとても密に関わり合っていることを知りました。移住者の方がウェルカムに受け入れてもらえる雰囲気があるとおっしゃっていたのも印象的でしたね。私たち学生も温かく受け入れてもらっていると感じますし、別府って本当にあったかいまちだなと思います」(幸田さん)
下宿や寮を取り上げた「ラーニング」のページを担当した別府大学の甲斐麻奈未さんは、取材時のエピソードを教えてくれました。
タブロイド紙が完成した時に誰よりもおじいちゃんが喜んでくれたと嬉しそうに語る甲斐さん
「アーティストの方たちが暮らしている清島アパートを取材した時の話なんですけど。アパートの住民の方で、勝手に部屋のドアを開けてくるすごく積極的なおじさんがいるらしくて……」(甲斐さん)
それはちょっと「越境」が過ぎるかも……(笑)。
「別府にはそういう人が多いんです(笑)。どんどん人に話しかけるみたいな。でもそういう人が身近にいるのがいいなって思いました。私は実家暮らしなので、みんなで一緒に生活することでいろんな価値観を学べて視野が広がるのがいいなって羨ましく感じました」(甲斐さん)
皆さんのお話から、別府というまちの寛容さや大らかさが伝わってきて、どんどん興味が湧いてきます。
別府のまち全体が学びの場
編集者の瀬下さんは、別府のまちや学生たちに対してどんなことを感じたのでしょうか。
「学生と一緒に取材や制作を進めるなかで、大学生との距離が近いまちだと感じました。別府大学周辺の民間下宿は、開学とほぼ同時期にできたところが多くて、まさに大学と歩みを共にしている。地域と大学や学生の連携がずっと行われてきたのだなと。あとは何よりも、さっき甲斐さんも話してくれたように、取材を通じて学生の目線が変わっていくのがすごく面白かったですね」(瀬下さん)
甲斐さんはプロジェクトを通じて起きた心境の変化をこう語ります。
「私は今まで、どちらかというと人間関係は深く狭くというタイプだったんです。でも今回のプロジェクトに参加して、人と人とのつながりの大切さを知りました。これからはもっとたくさんの人たちと関わって、話してみたいなって思うようになりました」(甲斐さん)
取材を通じて多くの人と触れ合い、視野が広がっていく。そんなまちでの学びは、今回のプロジェクトに限らず別府ではごく自然に生まれているようです。
「別府の人たちは学生に対してすごく寛容で協力的なんです。僕が以前にアート作品の展示を企画した時も、場所を無償で提供してくれる方や、フライヤーを快く置かせてくれる方がたくさんいて。別府の人たちが協力してくれるからこそ、学生もやりたいことに対してもっと積極的になれる。経験値を積ませてもらえる場所だと思います」(岡本さん)
「別府で自分のビジネスを試してみる学生も多いです。学生と商店街がコラボレーションして青空マーケットを開催したり、空き店舗で学生がコーヒーショップを運営したり。別府の人たちは、まだ学生だからとか立場に関係なくボーダーレスに接してくれる。学生がやりたいことを後押ししてくれるまちですね」(幸田さん)
お話を聞いていると、別府はまちと学生の距離がとても近いと感じます。まち全体が学びの場であり、学生が成長できる場になっているんですね。
別府を起点につながり広がっていく
タブロイド紙が完成した後も、学生たちや別府の人々との交流が続いているという瀬下さん。
「制作が終わったいまも連絡をくれる学生もいます。大学卒業後は別府を離れる学生も多いですが、ネットワークやコミュニティが残っていればいつかまた一緒に何かできるかもしれない。そういう関係性が作れたのは良かったなと思っています」(瀬下さん)
タブロイド紙が配布されると、別府の人たちから反響があったと言います。
「別府で仲良くなった人たちからは『次は自分も載せてよ』と連絡があったり(笑)。また一緒に何かやりましょうと話をしています。前の号を読んだ人と、次はこんなことをやりたいねって話せるのは、すごく良い状態だと思うんです。何年も継続していく意味は、そこにあると思うので」(瀬下さん)
『BEPPU* Local Paragraph』」は、今年度も企画が進んでいるとのこと。タブロイド制作を軸にしつつ、オフラインでのイベントやインターネットラジオなど、新たな展開もアイデアとして挙がっているそうです。
「個人的には、この活動をきっかけに学生主導で新しいプロジェクトが勝手に出てきたら面白いなと思っています。そういう動きが生まれてきそうな雰囲気を作っていきたいですね。別府を起点にいろんなことが起きてくるといいなと思います」(瀬下さん)
別府のまちでどんどん新しい取り組みが生まれたり、いつかは別府以外のエリアでもプロジェクトを展開したりする可能性も?と想像が膨らみます。別府を起点にこれからどんなことが起こっていくのか、今後がますます楽しみです。