ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • date:2024.3.14
  • author:谷脇栗太

コロナ禍の語りに耳をすませる。「オーラルヒストリー」とは何か、大阪大学の安岡先生と学生のみなさんに聞いた。

世の中がいっぺんに変わってしまった「コロナ禍」も落ち着き、ちょっと街を歩けばマスクをしていない人のほうが多いくらいには以前の光景が戻りつつある。ウイルスがいなくなったわけでは全然ないのに、筆者も含め世の中は雰囲気で動いているところが多分にあるよなと思い知らされる。

 

歴史の転換点となるような大きな出来事であっても、いつしか人は変化を乗り越え、新しい普通の生活に馴染んでゆく。その営みは忘却と引き換えだ。アベノマスク、GoToトラベル、五輪延期といった大きなニュースは記録として残る。COVID-19という感染症の研究も蓄積されていくに違いない。しかし、そのどちらにも括れないようなひとりひとりの体験はすぐに忘れ去られてしまうだろう。

 

近年、そうした市井の人々の体験を聞き取り、歴史資料として保存・活用する研究手法「オーラルヒストリー」が注目を集めている。なぜ、歴史学者が人々の主観的な語りを収集するのだろうか。オーラルヒストリーに取り組む大阪大学文学部日本学専修 准教授の安岡健一先生と、安岡先生のもとでコロナ禍の人々の声を調査し、書籍にまとめた学生の皆さんにお話を伺った。

集められたコロナ禍の声

「まぁ、まず友だち作って、みんなでご飯食べながらしゃべったりとか、普通の、何ていうか、昨年までの新入生たちがしよったことをしたいです(笑)。」

(『コロナ禍の声を聞く 大学生とオーラルヒストリーの出会い』「小豆島の自粛生活」p.34より抜粋)

 

「…「留学生の問題をどうしますか」と言われたら、誰もそれについて答える準備がなってなかった。ただの捨て駒になった、留学生は。それは確かにそうだと思う。」

(同「捨て駒になった留学生」p.48より抜粋)

 

「…やっぱりいま出かけられなくて、しんどい状況にあるっていうのが、辛かったんで。それで出かけて、ちょっと〔自分の精神状態が〕良くなるんだったらもうそれは〔外出を〕したほうがいいっていうか。…」

(同「コロナ禍で「出かける」こと」pp.160-161より抜粋)

 

学生たちが編み、安岡先生が監修した『コロナ禍の声を聞く 大学生とオーラルヒストリーの出会い』。ここには、大学生とその周囲の人々への聞き取り調査で収集したさまざまな「コロナ禍の声」が収められている。

『コロナ禍の声を聞く 大学生とオーラルヒストリーの出会い』安岡健一監修、大阪大学日本学専修「コロナと大学」プロジェクト 編(大阪大学出版会、2023年)

『コロナ禍の声を聞く 大学生とオーラルヒストリーの出会い』安岡健一監修、大阪大学日本学専修「コロナと大学」プロジェクト 編(大阪大学出版会、2023年)

 

自粛が叫ばれるなか、息苦しさから自分の心を守るためにあちこちに出かけた大学生。

渡航制限の影響で入管や大学とのやりとりに奔走することになった留学生。

意中の同級生に想いを伝える決心をした矢先に学校が休校になってしまった高校生。

家庭内感染でかえって仲が深まったという家族。

教育現場で対応に追われた大学職員……。

 

どれもが「外出自粛」「水際作戦」「一斉休校」といったニュースの見出しで使われる言葉だけで括ることができない体験だ。コロナ禍とは何だったのかを後世の人々が知ろうとするとき、当時を生きた人々の実像にせまる貴重な資料になるだろう。

 

このように、インタビューによって個人の直接的な体験(いわば一人称の「語り」)を記録・収集する研究手法、またそのようにして書かれた歴史を「オーラルヒストリー」と呼ぶそうだ。オーラルヒストリーはこれまでの歴史研究とどう違い、なぜ必要とされているのだろうか。

忘却にあらがうために、積極的に「語り」を残していく営為

安岡先生によると、受動的に残された文献資料を研究するのではなく、研究者みずからが当事者に関わりながら積極的に資料をつくり、後世に残していくことがオーラルヒストリーの大きな特徴だという。今、そんな研究手法が注目される背景とは?

 

「歴史を振り返ると、社会が巨大な変化に直面したあと、それが忘れ去られようとしているようなタイミングでオーラルヒストリー的な動きが活発になる傾向があります。日本の歴史学で最初にオーラルヒストリー的な動きが生まれたのは明治20年代頃です。明治維新からしばらく時間が経って、それ以前の江戸幕府の時代を人々が忘れはじめた頃に『今聞いておかないと、あとから何もわからなくなる』と危惧した人がいたんです。1920年代には第一次世界大戦があり、都市化が進み、社会の様相が変わっていくなかで民俗学的な調査が盛んに行われました。

 

近年では戦後50年が大きな節目だったのではないでしょうか。国際的にも冷戦終結、ソ連崩壊の直後で、社会が巨大な断絶に直面するなかで、それまで社会的、個人的に抑止されてきたものをもう一度思い出して語るグローバルな動きが生まれ、今日につながっているのだと思います」

安岡先生のお写真

安岡健一先生。専門は日本の近現代史で、農業史から教育史まで地域に根ざしたさまざまなテーマに取り組んでいるが、どんなテーマでも聞き取り調査は欠かせないという。

 

来年で戦後80年を迎える日本社会を見渡せば、戦争の記憶をもつ人がどんどん少なくなり、他人事のように戦争を語る人が増えてきているように思う。時代は違えど、人々を突き動かした「今聞いて/語っておかなければ忘れ去られてしまう」という切迫感は筆者にもよくわかる気がする。しかも、社会や人々が出来事を忘れ去るテンポは確実に早くなっていると安岡先生。東日本大震災の発災後、あまり間もないうちから「風化させてはならない」という声が上がり、被災体験の記憶を残す取り組みが始まったのはその裏返しともいえそうだ。

 

それでは聞き取りを行うのは早ければ早いほど良いのかというと、そうとも言いきれない。「記憶が新しいうちに残しておくべきことがある一方で、時間が経ったからこそ話せることも実は沢山あるんですよね。聞き手の『今聞きたい』という気持ちと、語り手の『今語りたい』という気持ちがセットになるのであれば、絶対に残しておいたほうがいいというのが僕のスタンスです」

 

「語り」の根底には、今このときだからこそ語られるべき理由があるのだ。

主観的で個人的、だからこそ価値がある

そうすると、収集された語りのなかには語り手の主観もふんだんに織り込まれてきそうなものだ。そのときの気分や思い違いなどが含まれることで、歴史資料としての価値を下げてしまうことにならないのだろうか。

 

「オーラルヒストリーには客観的事実を明らかにする手がかりとなる側面ももちろんありますが、近年の歴史学で注目されているのは、むしろ主観の領域のほうなんです。語り手のものの見方や感情、ときには覚え間違いも含めた記憶の仕方に大きな意味があるのだということに多くの研究者が気づき始めています。

 

歴史学には、人間の感情が歴史に果たした作用に注目する『感情史』というアプローチがあります。2001年に9.11テロが起こりましたが、ああいうむき出しの暴力に触れたときの人間の感情のあり方は、そのまま社会を変える力になってしまう。そうした現実に直面したときに、それまで重視されてきたような理性や論理だけではなく、主観の領域でも歴史を捉え直して見てみようという動きが活発になりました。オーラルヒストリーもまさにこうした潮流のなかで評価されていると言っていいでしょう」

 

感情のうねりが可視化され物事を動かしてしまうSNS時代を生きていると、感情史というアプローチには非常に納得がいく。歴史上の革命の数々だって、民衆の感情の動きの総体として見ることができるだろう。

 

オーラルヒストリーで避けて通れないもうひとつの重要な要素がある。それは聞き手と語り手の関係だ。「同じ人へのインタビューでも、AさんがやるのとBさんがやるのとでは全然違う結果になるでしょう。そういう主体性を排除せず、むしろそのことの意味をきちんと記録し、考える材料として残していく。これが大事なことなんです」と安岡先生。

 

『コロナ禍の声を聞く』にも、大学生である聞き手が自分の家族や友人に対して行った聞き取りが多数収録されている。そこで語られるエピソードは単に事実をなぞるだけでなく、その人の本音や感情の動きを感じられるものばかりだ。それを読んだ筆者も、高齢にさしかかりつつある両親にいろいろな話を聞いておいたほうがいいんじゃないかと思ったりしたのだが、これもオーラルヒストリーになるのだろうか。

 

「それは良いことですね。必ずしも専門家じゃないと聞き取りができないということはありません。むしろ家族や友人、同じ地域の人といった近しい関係だからこそ聞けることというのも非常に重要です。沖縄県では以前、『子や孫につなぐ平和のウムイ事業』という取り組みが行われていました。孫世代がおじいさん、おばあさんに戦争の時の話をインタビューして、その様子を映像で記録していくというものなのですが、やはりそこで語られる話というのは『本当にこの子たちに伝えなきゃいけない』という思いがこもっていて、非常に良いんですよね……」

 

もちろん、聞き取りを意味のあるものにするためには専門知識も欠かせない。聞き取りの際のルールやテクニックに関する知識も必要だし、収集した音声や動画は保管方法や公開方法を定めてアーカイブ化することではじめて学術的な価値をもつ。市民と専門家が協働することで、良質なオーラルヒストリーが実現できるのだ。

 

「私も市民の方々と協力して、教科書に載るような大きな歴史と地域や個人の小さな歴史の間を埋めていくような研究をやっていきたいと思っています。そうした活動を通して、自分が歴史の主体であるということをそれぞれが考えられるようになっていくのが大事なのかなと思います」

 学生という立場から「コロナ禍」の歴史を編むこと

さて、ここからはコロナ禍での聞き取り調査を実践し、『コロナ禍の声を聞く』を編んだ中心メンバーである4年生のみなさんにもお話を聞いていこう。ここに収録されているのは、オーラルヒストリーを学ぶ授業の一環で、2020年、2021年に大阪大学をフィールドとして行われた聞き取り調査、そして2022年の学祭で行われた聞き取りの成果である。コロナ禍で学生生活に大きな影響を受けた当事者でもあるみなさんは、どんな気持ちで人々の声に向き合ったのだろうか。

上垣皓太朗さん(左)、草替春那さん(右)

上垣皓太朗さん(左)、草替春那さん(右)

 

書籍化の企画が動き出した頃を振り返って、「聞き取ったなかにはシビアな内容もあれば、そうではないものもあるんですが、それを僕たち学生がわいわい言いながら本にしていくということがそれ自体、歴史のつづり方のひとつなんじゃないかと。自分たちの主体的な表現として歴史を書くということに意味があるんじゃないかと思ったんです」と話してくれたのは上垣皓太朗さん。自分たちらしくオーラルヒストリーと向き合うために、授業で行った聞き取りに加えて、2022年の学祭でも聞き取りを行うことにしたそうだ。

 

けれど、聞き取りはすんなり進行するばかりではない。草替春那さんは聞き取りの難しさを語ってくれた。「学祭のブースに来てくださった方に聞き取りを行った際、これから録音しますねという段になって『私の話なんて普通のことだから(話す価値はない)』と断られることもありました。あなたの日常の語りにこそ価値があるんですということを伝えきれなかった後悔もあるし、それまで活き活きとお話しされていた方が、録音を始めた途端に固くなってしまうのもすごく難しさを感じました」

2023年の学祭での聞き取り風景

書籍の刊行後、2023年の学祭でも聞き取りを実施した(聞き取りを受けているのは筆者)

 

人と直に言葉を交わす聞き取りは、ときに強い感情を受け取ることにもなる。メンバーのみなさんは、かけがえのない言葉や感情の重みをいつも感じながら聞き取りに臨んでいたという。

 

メンバーの野村琴未さんは、学祭での聞き取りで印象的な出来事を体験したそうだ。「私たちの世代はコロナで入学式が開催できず、1年延期になったんです。ブースに来てくださった方にもその話をしたのですが、その方のお子さんも近い年齢だったそうで共感してくださって。それから戦争も始まっていろいろありますよねと話をしていたら、しばらくして(感極まって)泣き出されてしまったんです。結局それ以上お話をお聞きすることはできなかったんですが、私にとっては、自分のことにそこまで感情を寄せてくれる人がいるということを知った大きな出来事でした」。別の機会に実施した大学の職員さんへのインタビューでは、職員さんが大学生のことをどれだけ気にかけているのかを直接言葉を交わすことで実感できたという。こうした聞き取りを通して、野村さんは自分たちが大学や周囲の人に受け入れられていると感じることができたそうだ。

野村琴未さん(右)

野村琴未さん(右)

 

「時期的にも心情的にも、僕らはすごくコロナ(が避けがたいテーマ)だった」「コロナを忘れたくないというパッションで突き進んできた」と話す4年生のメンバーはこの春に卒業を迎える。頭の中にはプロジェクトを今後につなげるためのアイデアもたくさんあるという。コロナの記憶をとどめるための営みはこれからが本番だ。

「100年後から見た今」を考えるとき、自分は2123年にも生きている

人々の語りを歴史に位置づけていく営みを通して、大きな視野を持てるようになったと上垣さんは言う。「今、僕は2023年に生きているけど、100年後から見たらどう見えるんだろうということを考えるようになって、そう考えているときって、ある意味、僕は2123年にも生きているわけですよね。そんなふうに視野が広がると、小さなことにとらわれなくてもいいか、と」。

 

これには安岡先生も「それは重要やで。『今生きてる人はだいたいみんな同世代』みたいな」と同意。生きてる人はだいたいみんな同世代、なんとも風通しの良い考え方だ。

 

自分のようなちっぽけな人間も、同時代の人々とともに生きて歴史をつくっているのだ。日々流れてくる辛いニュースの見出しや数字に無力感を覚えてしまうこともあるが、それだけに括ることのできない一人ひとりの存在を思えばこそ、やはりただ「辛い時代」で終わらせたくないとも思わされる。今を生きる自分だからこそ忘れないでいられること、語り残せることもきっとあるだろう。

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