絵本の中の桃に手を伸ばし、ぱくり。絵本があれば、子どもはいつでもおいしい食べ物に出会えます。かつて子どもだった大人たちも、きっと、ぱくぱく、もぐもぐしていたはず。
そんな子どもも大人も大好きな、絵本の楽しみ方をもっと知りたい! ということで、大学で絵本について教えていた「絵本の先生」であり幼児教育の研究者でもある常葉大学名誉教授の古橋和夫さん(以下、古橋さん)に、絵本の楽しみ方や子どもの想像力を育む役割についてお話を伺いました。古橋さんは『子どもへの絵本の読みかたり』の著者でもあり、2013年から「ふるはしかずおの絵本ブログ(以下、絵本ブログ)」も運営している人物。
古橋さんがおすすめしている「読みかたり」とは何か、おすすめの絵本とは?
「スイミーと結婚したい!」そう思わせる絵本という存在
「ある保育者に教えてもらったのですが、女の子が絵本『スイミー』を読んでもらった後、『私、スイミーと結婚する』と言ったそうなんです。子どもたちにとってスイミーは、ヒーローなんですね」
絵本の先生こと古橋さんは、とてもにこやかにそう教えてくれました。その表情は、絵本ブログに掲載されている、にこやかな笑顔そのものです。
絵本ブログに掲載されている古橋和夫さんの写真
大学教授時代から始めた絵本ブログ。もともと保育者になろうとしている学生や、ご家庭で絵本を読んであげている人たちの参考になればと思い始めたそうです。現在では、2、3日おきに更新され、毎回1冊の絵本が紹介されています。膨大な数の絵本は、自ら本屋さんや図書館で探し、アンテナを張って選んでいます。
そんな古橋さんは、現在「絵本の先生」として親しまれていますが、絵本について教えるようになったのは、短期大学部保育科の教授だった頃から。
「学生たちは2年で保育園や幼稚園に就職していくため、もう少し現場に役立つことを教えられたら」という思いから、空いた時間を見つけては、元々興味があった絵本について教えるようになったそうです。
「絵本は保育の窓口だと思っています。しかし絵本の研究をするうちに、さらに世界の入り口と感じるようになりました。戦争、児童労働、ジェンダー問題などを題材とした、大人も楽しめる絵本がたくさん出ています。さまざまなテーマを絵本というメディアで扱うようになったことで、世界への入り口になっていると感じるのです」
世界の入り口「絵本」の読み方
絵本を読む際に知っておくとより深く味わえる、絵本の楽しみ方について教えてもらいました。
たとえとして見せてくれた絵本は、ロシアの昔話『おおきなかぶ』です。おじいさんの植えたかぶが大きくなり過ぎて抜けなくなってしまい、みんなの協力を得てやっと土から取り出せるというシンプルな物語。
その冒頭部分を見てみると……
絵本『おおきなかぶ』(A・トルストイ 再話 / 内田 莉莎子 訳 / 佐藤 忠良 画、福音館書店)の2、3ページ
おじいさんが かぶを うえました。
「あまい あまい かぶになれ。おおきな おおきな かぶになれ」
(引用文/『おおきなかぶ』)
という文が入ります。一般的に一行目の「おじいさんが かぶを うえました。」は、語り手の文章と言われています。この語り手について古橋さんの言葉が、印象的でした。
「語り手の言葉は作者が言っているわけではありません。語り手というのは、絵本の中に存在している聞き手に向かって語っているのです」
古橋さんによると、語り手の言葉は誰に向けられているか特定できない場合もあるけれど、基本的に作品の中の誰かを「聞き手」に想定し、語りかけているそうです。
これが絵本における「対話的構造」を生み出していると古橋さんは言います。「対話的構造」とは難しそうな言葉ですが、一体、どういうことでしょうか?
たとえば『おおきなかぶ』では「おじいさんの植えたかぶが抜けず、たくさんの生き物と協力して抜ける」という物語の内容があります。この内容を語り手が聞き手に向かって語っている。その内容を読者や作者が、読んでいる(描いている)というのです。
1冊の絵本のなかで、時には登場人物になったり、読み手や語り手になったり、自分の意識の中で自在に行き来できる! ということは読む都度に違う感想が浮かぶため、たとえ飽き性な子どもでも最後まで楽しく読めるわけですね。
子どもの体験を広げる「読みかたり」のコツ
古橋さんは絵本の「読み聞かせ」のことを「読みかたり」といいます。そこには絵本を読むことで「子どもの想像力を育てる力になれれば」という気持ちが込められています。
「読み聞かせという言葉の響きに、上から目線といったような垂直的な方向の関係性を感じてしまったんですよね。もう少し読み手と子どもが水平的で、なおかつ伝達的ではなく、子どもの想像力を助ける行為につながるように読んであげられたらと思ったんです。そこで『読みかたり』という言葉を考えました」
面白い絵本を読んであげると子どもは「もう一回!」とせがんでくることがあります。古橋さんは子どもにとってそういう体験が大切なのだと語ります。絵本は情報を得るだけではない、「体験を広げる手段の一つ」だからこそ、「読み聞かせ」という言葉では表現しきれないと考えたそうなのです。
私はこの話を聞いて、熱心に絵本を読んでくれた小学校の担任の先生を思い出しました。先生は生き物が大冒険をする本を、授業の合間に読んでくれたのですが、熱心に読んでくれたおかげで、私は想像の中で船に乗ったり、敵から逃げたりたくさんの冒険ができました。内容はざっくりとしか覚えていませんが、わくわくドキドキした気持ちや、教室にいるはずの私が海を見られたこと、そして先生の表情や情景が今でもありありと思い浮かびます。
絵本は読み手が感情を込めることで、たくさんのメッセージを伝えることができて、受け取った側は、教室を海原に変えるほどの体験もできる……。今更ながら、絵本のすごさを痛感しました。
だからこそ古橋さんは、絵本の読みかたりのコツは「意気を込めて語ること。一生懸命読むことに集約されている」と語ります。
たとえば読み手のコンディションがよくないと、相手に「今日はのっていないのかな」と気づかれてしまうことがあります。
「それは作品ではなく読み手の状態が伝わってしまっているわけです。それではいけないので、本の内容を伝えるように一生懸命に読む。それが読みかたりのコツですね」
世界の入り口になる、読み語りにおすすめな絵本
絵本の先生である古橋さんに、おすすめの絵本と、その絵本の読み方を教えてもらいました。
おおきなかぶ
(A・トルストイ 再話 / 内田 莉莎子 訳 / 佐藤 忠良 画、福音館書店)
先ほどもチラっと話題にあがったロシアの昔話『おおきなかぶ』。多くの人に愛されている絵本のひとつです。
この絵本の面白みは多岐に渡ります。その中の一つに、おじいさんがかぶに対して「あまい あまい かぶになれ。おおきな おおきな かぶになれ」と言うシーンがあげられます。
「これは大切な言葉で、かぶというのはある意味、子どものことなのです。大きな、大きな子どもになれ、と言っているんです」
とまさか「かぶ」が「子ども」という見解に、びっくり!
ちなみにこの絵本を読むときは、
うんとこしょ どっこいしょ
で「間」を入れるようにして読むと「抜けるかな」と期待感が高まり、より楽しく読めるそうですよ!
てぶくろ
(エウゲーニー・M・ラチョフ 絵 / うちだ りさこ 訳、福音館書店)
ウクライナ民話の『てぶくろ』も、多くの子どもたちに愛されている作品。おじいさんが落としたてぶくろに、動物たちがお家をつくっていくお話です。かえるやねずみなどの小さな生き物が、いのししやくまなどの力強い生き物をやさしく受け入れていきます。最後はバラバラになり、おじいさんが手袋を回収して物語は幕を閉じます。
「手袋はある意味、国や民族の比喩と思っています。最後におじいさんが手袋を取りにきて、みんなは散り散りになってしまいますが『また機会があれば、みんなで手袋の家をつくるんだろうな』と期待を抱かせる良い絵本です」
今の社会情勢を踏まえて読むと、いろいろと違う見方が生まれる絵本ですね。
なぜ戦争はよくないか
(アリス・ウォーカー 文 / ステファーノ・ヴィタール 絵 / 長田弘 訳、偕成社)
ピューリッツァー賞作家アリス・ウォーカーが筆をとった絵本です。なぜ戦争はよくないかが、わかりやすく伝えられています。
「この中に『戦争は戦争の目でものを見るのよ』『(戦争は)たくさん経験を積んでも 少しも賢くならないのよ』など、素晴らしい言葉がたくさん並んでいます。こういう本を読むと、絵本は小さな子どもだけのものじゃないな、と意識するようになりますね」
子どもは成長するからこそ、子ども目線の絵本選び
ただ読みかたりが子どもにとって良いからといって、どんな本でも読んでいいわけではないそうです。絵はイメージとして残ってしまうため「子どもの発達を考えると、表現が過激な絵本は見せないほうがいい」と語ります。
「私が教育学をやっていて大事に感じることは、子どもは成長するということです。絵本に対象年齢の上限はないけれど、下限はある。年齢によって受け入れられる絵本が違うので、子どもの目線に立って絵本選びをしていくといいのではないでしょうか」
世の中にはさまざまな真実がありますが、子どもにとって大切な「前向きな明るい真実」を、もっともっと知ってもらいたい。そういう気持ちで、古橋さんは絵本の魅力を伝えているそうです。
「お母さんやお父さんの愛情が、どんなに深いものなのかを絵本を通して体験し、自分の世界を広げてほしい。それは子どもの心を豊かにしてくれます。絵本を通して体験することで、自分をもう一度客観的に見る力も養われます。美的な感性や想像力に訴えかけることもできます。さらに世代を超えて、三世代で楽しめる。それが絵本の新たなよさなのです。『ぐりとぐら』のように、50年以上経つ絵本が日本にも生まれつつあります。それは今後、とても大切なことになるのではないでしょうか」
世代を超えて愛され続けている絵本。これまで自分に読んでくれた人たちへの感謝を心に、絵本を読みかたっていきたいですね。