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  • date:2023.11.16
  • author:藤原 朋

成績なし試験なし!? デンマークの国民学校「フォルケホイスコーレ」の精神から、私たちが学べることとは?東洋大学助教・矢野拓洋さんに聞いてみた。

今回お話を伺った研究者

矢野 拓洋

東洋大学人間環境デザイン学科 助教

専門は、建築、まちづくり、社会教育。2013年、バース大学大学院建築・土木工学部建築工学:環境デザイン専攻修士課程修了。2014~2017年までデンマークの建築設計事務所、研究機関に勤務しながらデンマーク社会やフォルケホイスコーレについての理解を深める。著書『タクティカル・アーバニズム』(2021)、『フォルケホイスコーレのすすめ』(2022)など。

上記写真:フォルケホイスコーレの様子 ©矢野拓洋

 

試験や成績は一切なし。17歳以上なら誰でも入学できる、デンマーク発祥の教育機関「フォルケホイスコーレ」をご存じでしょうか。デンマーク語で「フォルケ」は民衆、「ホイスコーレ」は高等学校を意味します。日本では「人生の学校」とも呼ばれ、近年はフォルケホイスコーレをモデルとした施設が岩手県や北海道で設立されるなど、注目が高まっています。

 

試験も成績も存在しない不思議な学校は、どのようにして生まれたのでしょうか。今回は、建築・都市デザインの視点からフォルケホイスコーレに着目して研究している東洋大学助教の矢野拓洋さんに、フォルケホイスコーレの魅力や歴史的・文化的背景、デンマークの建築や都市空間との関係についてお話を伺います。

個人を尊重し、対話を通じて学びを深める

フォルケホイスコーレとは、いったいどんな学校なのでしょうか。矢野さんは4つの教育的特徴を挙げて説明してくれました。

 

「1つ目は、教科書を使わない、生きた言葉での対話の授業。学生たちは感情・知識・経験を統合し、自分の言葉で表現します。2つ目は、試験や成績がないこと。他人の評価軸では計らないため、自分の評価軸が身に付きます。3つ目は、共に暮らす全寮制。教員も含めフラットな人間関係の中での生活を通して、誰もがコミュニティを作る一員であるという自覚が芽生えます。4つ目は、17歳半以上なら誰でも入学できること。多様な価値観を受け入れる環境で、相手を認め、自分も認めることを学べます」

 

例えば、写真は授業中の一場面。板書をしながら話す先生の話を学生たちが聞いている、日本の学校でもよくある風景に見えますが……?

座学の授業風景…?©矢野拓洋

座学の授業風景…?©矢野拓洋

 

「実は前で話しているのは学生なんです。『このトピックについて話したい』という学生がいたら、先生と学生が自由に入れ替わるなど、先生のファシリテーションのもと、多方向性で会話中心の授業が行われています」

 

また、授業の半分くらいはグループワークで、学生同士が意見を交わしながら学びを深めていくそうです。

グループワークの様子 ©矢野拓洋

グループワークの様子 ©矢野拓洋

 

「フォルケホイスコーレでは、さまざまな場面でディスカッションが起こります。授業内容も寮生活のルールも、学生たちの声から作られていきます。『そもそも自分が何をしたいのか』が常に中心に置かれていて、学生の裁量が非常に大きいところが魅力です」

授業以外はこのような雰囲気 ©矢野拓洋

授業以外はこのような雰囲気 ©矢野拓洋

 

デンマークでは、公教育においても対話中心で自由度の高い授業が行われていそうなイメージがありますが、フォルケホイスコーレと公教育ではどのような違いがあるのでしょうか。

 

「もちろん公教育でも、対話型の授業が多く行われています。フォルケホイスコーレを作ったのは、哲学者・教育者のグルントヴィという人物ですが、彼は『デンマーク教育の父』と呼ばれていて、公教育にもかなり大きな影響を与えているんです」

 

そのような教育環境の中でも、「一度立ち止まって、自分のペースで考える時間がほしい」と考える人たちが、フォルケホイスコーレに入学する道を選んでいると言います。

 

「デンマークの義務教育は、9年生で卒業するか10年生で卒業するか、自分で選べるんです。9年生で卒業してそのまま高校に行く人もいれば、10年生まで行く人もいるし、その後にギャップイヤーをとってから高校に進む人もいます。フォルケホイスコーレは、ギャップイヤーをとる人の行き先のひとつと位置づけられており、大学入学前や休学した人、一度社会に出た人もいます。ありとあらゆる人生の選択肢の一つとして、フォルケホイスコーレがあるという感じですね」

フォルケホイスコーレの増加と、社会構成主義の普及

フォルケホイスコーレが設立されたのは1844年。その20年後、1864年にプロイセンとのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争に敗れたことをきっかけに、市民の間で知への欲求が高まり、フォルケホイスコーレの爆発的な増加につながりました。

「デンマークでも1800年代までは、対話型ではなく『教科書通りの答えを覚えなさい』という一方通行の授業が中心でした。しかし、フォルケホイスコーレがデンマーク中に広がっていくと共に、対話中心の教育が公教育も含めたあらゆるところに伝播していきました」

 

矢野さんは、かつて行われていた一方通行の教育を「客観主義」、対話を通して学び合う教育を「社会構成主義」と位置づけ、フォルケホイスコーレの増加が社会構成主義的思考の普及につながり、さらには民主主義社会に寄与していると説明します。

 

「社会構成主義的な考え方が普及することで、人々が積極的に参加して、自らの意志で社会を作る文化ができていった。だからこそデンマークでは、国政選挙で毎回投票率が80%を下回らないような社会が作り上げられたのだと思います」

 

建築・都市デザインを専門とする矢野さんは、対話に基づいて答えを見いだしていく社会構成主義的なアプローチが、建築や都市空間にどのような影響を与えているのかに注目しています。

お話を伺った矢野さん(左)。世界的に有名なデンマークの建築家、ヤン・ゲール氏と

お話を伺った矢野さん(左)。世界的に有名なデンマークの建築家、ヤン・ゲール氏と

 

「社会構成的なプロセスデザインは、2000年代以降、世界中のあらゆる分野で生まれてきています。例えばソフトウェア開発では、計画→設計→実装→テストといった開発工程を小さいサイクルで繰り返す『アジャイル開発』という手法が登場しました。起業においても、試作品に対する顧客のフィードバックをもとに製品・サービスを開発していく『リーン・スタートアップ』の手法が、キャリア形成においては、偶発的な出来事をポジティブに転換させる『プランド・ハップンスタンス』の理論が生まれています」

 

都市空間においては、「タクティカル・アーバニズム」という考え方が、社会構成主義的なアプローチにあたると言います。

 

「かつての都市計画は、10年20年先まで計画を立てて、それに基づいて作っていくのが主流でした。タクティカル・アーバニズムはそうではなくて、例えば自分の家にある家具を外に出して座ってみるとか、個人でできることから始めて、そのアクションをもとにみんなで話し合っていこうという考え方です」

 

矢野先生は例として、デンマークの都市計画における、ローカルプランという制度について説明します。

 

「デンマークでは、数10年にわたる都市計画を1回で決めきるのではなく、数組の建築家がその都度さまざまなステークホルダーと協議しながらリレー形式でプランを引き継ぎながら作り上げていきます。建築を作るには時間がかかるし、数年経ったら状況が変わっていることもあるので、話し合いながら、ローカルプランを更新していく。この考え方は、フォルケホイスコーレの思想とすごくマッチしていて面白いなと感じます」

デンマークの美しい街並みの原点にある思想

デンマークの建築事務所で働いた経験を持つ矢野さんは、現地で仕事をする中で「なぜこういう建築の考え方なんだろう」「なぜこういう都市ができあがったんだろう」という疑問を掘り下げていったところ、フォルケホイスコーレが原点にあると気づいたそうです。

 

「まず出勤初日から衝撃を受けたんです。朝、事務所に着くと、所長から『君は朝が早そうだから』と鍵を渡されて。まだ2回くらいしか会ったことのないアジア人にいきなり渡すなんて、とびっくりしました。中に入ってみると、複数の建築事務所がワンフロアをシェアしているのに、間仕切りのない空間でみんなが一緒に働いていることにも驚いて。さらに、その日に行われたミーティングで、ひときわ大きな声でたくさん話している人がいたので、あの人がリーダーなのかなと思って後で話を聞きに行くと、『いやー、今日僕はインターン初日だから緊張したよ』と言われて、それもかなり衝撃でした(笑)」

 

コミュニケーションやデザインのプロセスのあり方が日本とは全く違っていることに、初日から圧倒されたと笑う矢野さん。働き始めてからも、「君はどう思う?どうしたい?」と常に意見を求められることに驚いたと言います。

 

「自分の声が人の役に立つかもしれない。自分にも人に貢献できる力があるかもしれない。デンマークで働くうちに、そんなふうに意識するようになっていきました。そして、デンマークの建築も都市も、そこにいる人たちの一つひとつの声が合わさって作られているんだと、まざまざと感じたんです。この感覚はどこからどうやって生まれてきたんだろうと調べていくうちに、フォルケホイスコーレの精神にたどり着きました」

 

例えば、街にあるゴミ箱にも、そこに住む人たちの声が反映されていると矢野さんは語ります。

ゴミ箱の側面にあるのは? ©矢野拓洋

ゴミ箱の側面にあるのは? ©矢野拓洋

 

「ゴミ箱の側面にトレーが付いています。これは空き缶やペットボトルを置いておくための場所なんです。リサイクルできる資源を集めてお金に換える人たちが、ゴミ箱の中に手を突っ込んで探さなくてもいいようにすることで、彼らは回収しやすいし、リサイクルが進めば環境にとっても良いし、街もきれいになりますよね。既存のものにプラスアルファすることでより良い社会を作ろうとしているわけです。いろんな人たちの存在を排除するのではなくインクルードしていく姿勢が、ゴミ箱一つにも表れていると感じます」

 

前述のローカルプランも同じだと、矢野さんは続けます。

 

「ローカルプランも、既存のものを否定せずに、付け足し続けてバージョンアップさせて、都市を作っていく。他者の考えを認めた上で、こうしたらもっと良くなるんじゃない?と付け足すことをひたすら繰り返していくんです」

 

矢野さんのお話から、デンマークの美しい街並みの原点には、フォルケホイスコーレの対話の精神があることがよくわかります。

日々の暮らしの中にも、対話の精神を

矢野さんは、研究・教育活動のかたわら、一般社団法人IFASの共同代表として、日本でのフォルケホイスコーレの普及にも携わっています。

 

「対話の精神や社会構成主義的な考え方を、日本でもっと広めていって、日本の教育やキャリア形成のあり方を変えていけたらと、IFASの活動を行っています。僕個人としては建築や都市が専門なので、社会構成主義的な考え方を物理的な空間として実装していきたいという思いもあります」

 

今、日本で暮らしている私たちは、フォルケホイスコーレの精神を日々の暮らしの中でどのように取り入れていけるでしょうか。最後にそう問いかけると、矢野さんは「まずは一つひとつの会話のあり方を変えてみては?」と答えてくれました。

 

「先輩や上司など組織の中で教育する立場にいる人は、自分が知っている答えを若手に押し付けてしまいがちです。勉強熱心な方も『対話が大事だ』という答えを暗記して満足してしまっているように思います。いずれも客観主義的思考といえます。『理想と現実は違う』と、つい自分にかけてしまうストッパーを外して、目の前にいる他者の言葉を信じて一緒にやってみること。そういう勇気が、フォルケホイスコーレの精神から学べるんじゃないかと思います」

 

例えば、鍵を手渡してくれた人のように。他者を尊重し、信頼する勇気を持つことから、自分も周りも少しずつ変わっていくのかもしれません。

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