画像:ちんどん通信社 (有)東西屋のみなさん
鉦(かね)や太鼓を「チンチン、ドンドン」と打ち鳴らし、街を練り歩く「ちんどん屋」。音楽や派手な衣装で人目を引き、店のオープンや売り出しなどを宣伝する人たちです。
「映画やドラマの中で見たことはあるけど……」という方が多いかもしれませんが、令和の今も各地で活動しているのをご存じでしょうか? SNSやWebなどさまざまなメディアがあふれる今、昔ながらのアナログな宣伝方法が生きつづけているのはちょっと不思議な気もします。大阪大学総合学術博物館で開かれている『ちんどん屋』展(2024年2月17日まで開催)を見に行き、企画担当の山﨑達哉さん(大阪大学中之島芸術センター特任研究員)の解説を伺ってきました。
時代の激動期、新旧の芸能が集積
ちんどん屋の先駆者があらわれたのは江戸時代末期の大坂。寄席で宣伝用のビラを撒くのが禁じられ、「ビラがだめなら声で」と、売り声の上手な飴(あめ)売り「飴勝」が客寄せを請け負ったのがはじまりだそうです。
客寄せの売り声というと、映画『男はつらいよ』で「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又……」と寅さんが朗々と述べるシーンを思い浮かべてしまいますが、「寅さんが自分の商売の宣伝をしているのに対し、ちんどん屋は人の商売の客寄せを請け負っています」と山﨑さん。道行く人の注目を集めるため、さまざまな楽器を使うのも特徴のひとつです。
ちんどん屋で使われる楽器の一部。鉦や太鼓、ちんどん太鼓(中央)など。
もともとは一人で拍子木などを鳴らし口上を述べるシンプルなものだったようですが、後進が続き、そのスタイルは多様になっていきます。浄瑠璃や芝居の口上を語る人、三味線や太鼓など和楽器で楽隊をつくる人、トランペットやサックスなど西洋楽器で楽隊をつくる人。トーキー映画の登場で仕事を失った無声映画の楽士(伴奏音楽の演奏者)、はたまた旅回りの役者や芸人が転身してきたりと、さまざまな人と芸を取り込み、昭和の初めごろに今のちんどん屋の形ができてきたそうです。
展示の映像資料より
上の資料では和洋の楽器と衣装が入り混じり、さらに右手のちょんまげ姿の人はだれかを背負っているような芸を披露しています。カオスを感じますが、この混然一体ぶり、江戸末期から昭和にかけての時代の激動を映していたんですね。
戦後もちんどん屋は活躍します。メディアの多様化などにより一時は急激に数を減らしましたが、各地で新しい世代の担い手が現れ、街頭での宣伝のほかイベント出演などで活動。年に一度、「全日本チンドンコンクール」も行われています。
全日本チンドンコンクールPR動画 30秒Ver (youtube.com)
ちなみにちんどん屋が演奏する曲は、寄席の音楽や演歌、歌謡曲やJポップのヒット曲、アニメの曲などさまざま。最新のものを常に取り入れるところは、草創期と変わらないようです。
ちんどん屋(的な人)は、海外にも存在する?
以前、大阪の観光地でちんどん屋に出会ったことがあり、日本人も外国人も足を止めて笑顔で見入っていたのが印象に残っていました。日本以外でも、こうした手法で集客を請け負うような人たちはいるのでしょうか。
山﨑さんに聞くと、「ちんどん屋のように街頭で、集客目的で演奏する楽隊の存在は日本以外ではあまり聞かないですね」とのこと。
路上パフォーマンスは欧米などで盛んですし、海外版のちんどん屋があってもよさそうなものですが……。では音楽そのものの性質、または音楽のとらえ方のようなものが海外(特に欧米)とは違うのでしょうか?
山﨑さんは「ちんどん屋の音楽は『音楽』というより、『音』を楽しむことに近いかもしれません。もちろん純粋に音楽として楽しむ方も多いと思いますが、遠くから聞こえるお祭りのお囃子などを嬉しく思う感覚に近い気がします。音そのものを聞くことに喜びを見出している方々もいるのではないでしょうか」。
なるほど、お祭りのお囃子に近いというのはわかる気がします。私が見たちんどん屋の演奏も人の注意を引きつつ、まるで環境音のようにうまく周りに溶け込んでいました。場所に合わせて音量を調節するのはもちろんのこと、演奏する曲も季節に合うものを選んだり、リクエストに応えたり。街全体の雰囲気をつかみ、目に見えるところ以外の状況にも気を配りながら演奏をしているそうです。
ちんどん屋の未来
多くの宣伝メディアがひしめく中、ちんどん屋はこれからどうなっていくのでしょう。山﨑さんは「ちんどん屋は爆発的に多くの人に届く宣伝方法ではありませんが、地元密着型のお店には効果的です。SNSとも相性がいいので、これからも可能性はあるのではないでしょうか。ちんどん屋は今もあって、だれでも宣伝を依頼できることを知ってほしい」と話してくれました。
自分がちんどん屋に出会った体験から言うと、出会うとなぜかうれしくなる存在です。異世界からやってきたかのような外見に、細やかな気配りで人の心をつかむちんどん屋。またどこかで、ばったりと出会いたいものです。