普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第23回は「カワリギンチャク×泉貴人先生(福山大学講師)」です。です。それではどうぞ。(編集部)
変わったイソギンチャク、つまりは希少なカワリギンチャク
生物を分類する系統樹において、ザックリいうと「種」の上が「属」、「属」の上が「科」、「科」の上が「目」ってことになります。この「珍獣図鑑」シリーズでもよく触れているとおり、新種発見ってだけでもスゴいのに、属、さらに科まで関わってくると、結構どえらいことだったりするわけです。
にもかかわらず、イソギンチャク類に対し、「1 新科、1 新属、4 新種を報告すると同時に、上科レベルの分類を劇的に整理した」なんつう、情報過多なニュースが2023年に飛び込んできました。しかも首謀者は、学術系YouTuber“Dr.クラゲさん”としても活躍中の「歌う生物学者」「生物界の帝王」こと、福山大学 海洋生物科学科の泉貴人先生。いやもう、多い多い! まずはこちらの頭の中を劇的に整理してほしいんですが…これいったい、ドーユーコッチャネン?
「ヤツバカワリギンチャク上科に属するイソギンチャク、いわゆる“カワリギンチャク”を日本全国から集めて、標本と DNA の塩基配列を使って徹底調査したんですよ。で、十数年にわたる研究の結果、分類の枠組みが大きく変わり、4 種の新種を発表したわけです」
いや、むちゃくちゃ簡潔にまとめられてしまった!「上科」ってのは、必要があれば立てられる「科」と「目」の間の分類、つまり科の上の大きなグループのこと。なんでもイソギンチャク類において、「上科」全体のレベルで分類を整理した例はほとんどなく、画期的な試みだったようですが…そもそもカワリギンチャクってなんですのん。
「体の中の膜の配列が、イソギンチャク類の中でも極めて独特なグループで、一部の種は非常に鮮やかな蛍光色をしていることでも有名です。これまで日本からも複数の種が知られていましたが、深海性の希少な種が多く、まだまだ解明が進んでいない分類群なんですよ」
そんな未知なる分類群の仕分けなんて、なんだか途方もない作業のような…。
アバタカワリギンチャク(魚津水族館)
オオカワリギンチャク(九十九島水族館)
見たまま命名、「イチゴカワリギンチャク」と「リンゴカワリギンチャク」
カワリギンチャクのグループ総決算な整理整頓っぷりの前に、まずは4 種の新種ってどんな子たちだったのかが気になります。
「今回発表したうち、2種はその見た目の特徴から、イチゴカワリギンチャクとリンゴカワリギンチャクという和名をつけました。残り2種は、長らく学名が無効になっていたオオカワリギンチャクとアバタカワリギンチャクです。これらには、有効な学名を新たに与えることで新種として記載しました」
日本のカワリギンチャク類大全。角の4種が新種に(写真提供(一部):大森紹仁氏、新井未来仁氏、藤井琢磨氏)
なぬ、“学名が無効”とは!?
「命名の規約ってめちゃくちゃ複雑で、守らないと無効になっちゃうんですよ。もともと名づけられた先生と連絡がとれなかったので、過去の研究の誤りを正したという形です」
ほへぇ、そーゆーケースの新種発表があったとは! そりゃまぁ正しく学名がついてないと、整理整頓もできないですもんね。では今回がデビュー戦となった、イチゴカワリギンチャクとリンゴカワリギンチャクは、どういうキャラなんでしょ。
「イチゴカワリギンチャクは体の表面が赤っぽくて、まさにイチゴみたいに白い粒々の毒針がくっついてるんですよ。新潟大学の大森紹仁先生から佐渡島の浅場にたくさんいるっていう情報を聞いて、標本を送ってもらったのが2018年、潜って捕りに行ったのが2021年だったかな。カワリギンチャクの中で一番浅いところに棲んでいる種類です」
いやはや、すげぇピッタリだし、キャッチーで覚えやすい! 最高のネーミングですやん…。
「イソギンチャクって、ニンジンイソギンチャクとかダイコンイソギンチャクとかナスビイソギンチャクとか、妙に野菜の名前のやつが多かったんですよね。それが面白いなと思っていて、カワリギンチャクはフルーツでそろえました」
イチゴが決まってからのリンゴだったんでしょうか。
「名付けの順番的にはそうでしたね。ただ、捕れた時期はリンゴカワリギンチャクのほうが古く、2015年に鹿児島の佐多岬が最初。カワリギンチャクの中でも一番赤くて、丸っこいし下が黄色いし、リンゴっぽいでしょ? 奄美沖でも捕れてて、沖縄美ら海水族館に展示されているんですけど、そこで、この黄色い部分から自分の断片を出して別の個体をつくるっていう、分裂による無性生殖が確認されました」
おおお、ビジュアルだけじゃなく増え方までおもろ!
佐渡島潜水調査の様子(撮影・伊勢優史氏)
レモンとオレンジ?「オオカワリギンチャク」と「アバタカワリギンチャク」
和名って発見者が自由につけられるんですよね。考えるのも楽しそうでうらやましい! 既存のオオカワリギンチャクとアバタカワリギンチャクも、その見た目から名づけられてるっぽいですが…。
「オオカワリギンチャクは確かにデカいんですが、カワリギンチャク類の最大種ってわけでもないんですよね。科は違うんですが、セイタカカワリギンチャクとかチュラウミカワリギンチャクの方がデカイです」
そういやカワリギンチャク類ってどれぐらいのサイズなのか、イメージついてませんでした。
「例えばイチゴカワリギンチャクなら1cmぐらいですし、リンゴカワリギンチャクなら5cmぐらい。オオカワリギンチャクは10cm超えるぐらいなんですが、セイタカカワリギンチャクだと15~16cm、チュラウミカワリギンチャクなら口を広げると30cm近くにまでなります」
セイタカカワリギンチャク(左:竹島水族館)、チュラウミカワリギンチャク(美ら海水族館)
あとから塗り替えられる可能性もありますし、オオなんとかっていうネーミングは結構リスキーかもしれませんね。もう一つのアバタカワリギンチャクは…ブツブツな見た目から…?
「和名の由来って論文に書かなくていいんで、わからないんですよ。さっき紹介した自分の断片から分裂するっていうのは、アバタカワリギンチャクで最初に見つかった特徴でもあって。それに由来している可能性もありますが…私が名づけるなら、色合いから“オレンジカワリギンチャク”にしていたでしょう。オオカワリギンチャクも“レモンカワリギンチャク”にしてたはず。学名にはしれっとレモンを表すラテン語を入れちゃいましたけどね」
「ホタルイカモドキ属」オマージュで、「カワリギンチャクモドキ属」を新設
鮮やかなビジュアルがそれぞれに個性的で、なんだか愛着がわいてきたカワリギンチャク類。4つの新種についてわかったところで、いよいよ系統樹を上っていきたいんですが…。
「DNAを使った分子解析の結果、もともとあった2つの科、ヤツバカワリギンチャク科とカワリギンチャク科の種がぐちゃぐちゃに入り混じってしまったんですよね。そこで『ヨツバカワリギンチャク科』という新しい科を設立し、一部の種を移動させるとともに、カワリギンチャク科の中にあるカワリギンチャク属を分割し、新属『カワリギンチャクモドキ属』を設立したわけです」
複雑な系統樹を整理(Izumi et al. 2023を改作)
いやもう早口言葉ですやん! しかしまぁ、系統樹を見ればなんとなくわかります。にしてもカワリギンチャク“モドキ”属って??
「もともとあったカワリギンチャク属が、系統樹から2つに割れることがわかったんです。で、もともと本家だと思われていた“カワリギンチャク”という種をカワリギンチャク属から外すことになってしまったんですが…新しい属名をどうするかって考えたとき、『カワリギンチャクモドキ属のカワリギンチャク』にしたら面白いんじゃないかと。ホタルイカって今、ホタルイカモドキ属に分類されているんで、それにあやかりました。分類学の名づけ方なんて基本的に遊びなんですよ」
いや、ややこしいけど面白ぇ。こうして日本のヤツバカワリギンチャク上科は、3科・6属・11種の生息が確認。この成果は、2023年6月に国際学術雑誌『Diversity』誌で公開され、日本近海に棲むカワリギンチャクの多様性を示しました。しかしカテゴリごとの特徴っていうのは、素人が聞いてもわからんレベルなんでしょうね。
「まぁ端的に言いますと、同じ科だと、切ったときの断面に見られる膜の枚数と触手の本数が一緒っていう、それだけです。あとはもう、DNAの塩基配列の違いでグルーピングして。とはいえDNA解析って面倒くさいんですよ。時間はかかるし、金もかかるし、かといって成功率も高くないし…。やったものの結果が出ないってオチもザラです。だけど今回、だからめちゃくちゃ上手くいって。11種全てで配列が取れるなんて、そうそうないですよ」
今回の論文発表で、大学院生時代からの研究が、ひとつの集大成を迎えた泉先生。イソギンチャク類で新しい科を立てたのは、日本人初の快挙だそうで…。日本大学の藤井琢磨博士、千葉県立中央博物館分館海の博物館の柳研介博士、国立科学博物館の藤田敏彦博士とともに、各地の水族館の協力も得つつ、日本全国から50個体以上のカワリギンチャク類を収集して研究できた賜物だと振り返ります。
新種が記載されると、人類の文明が滅ぶまで自分の名前が残り続ける
泉先生が専門としているのは、イソギンチャクやらクラゲやらが属する刺胞動物。「刺胞」と呼ばれる、毒液を注入する針のある細胞を触手に備えた水生生物たちです。彼らに対し、分類学をメインに、それらがどう進化し、どんな生態なのかといったことを探っているのだとか。年齢不詳なイカつい見た目ですが(失敬)、実はまだアラサーの泉先生。この若さで新科を立てたって、かなり相当な偉業なんじゃ…?
「もちろんそうなんですけど(笑)、そもそも分類学の研究者が少ないんですよ…。刺胞動物全体で言えばそこそこいるんですが、イソギンチャクをメインにやっている人は、世界でも30人いるかいないか。日本でイソギンチャクの分類を手がけているのは私の師匠が第一人者で、今でも3人ぐらいです。にもかかわらず日本は種数が多いんで、全然手が回っていないんです」
えええ、イソギンチャク自体はめちゃくちゃメジャーなのに、なんか意外…。別の生き物だと、「早くしないとほかの研究者に発表されてしまう!」みたいなお話も結構聞くんですけど。
「取り合いになる分野もありますけどね。イソギンチャクの場合、『早くしないと俺が死ぬ』レベルですよ。師匠自身が忙しい人なんで、『こういうイソギンチャクが捕れたからやってみない?』って感じで、仕事の押し付け合い。しかしまぁ、新種を立てた瞬間に未来永劫、自分の名前を残せるのは分類学の面白さです。日本のカワリギンチャク11種のうち6種に私の名前が入っているんですけど、その種がどんな名前に変わろうが、別の種に統合されようが、なんなら絶滅しようが、人類の文明が滅ぶまで残り続けますから」
落研仕込みの流暢なベシャリで面白い、Dr.クラゲさんの学術系YouTube
幼い頃から水族館が大好きで、小学校に入ってからはクラゲの絵を描き続けていたという泉先生。イソギンチャクも含め、刺胞動物に惹かれた一番の要因は、やはりビジュアルだったようで…。
「あんな変な見た目なのに、人間と同じ動物だって時点で面白いでしょ。ただ学者に対し、この生き物がなんで好きなのって質問は結構難しいんですよ。突き詰めると、ガキの頃から好きだったとしか言いようがない。中学時代には青春18きっぷを使って日本全国の水族館を回り始め、閉館したところも含めこれまでに150館は行っています。クラゲやイソギンチャクが大好きで、水族館や旅も好きだったガキが、そのまんま大人になって職業に就いたって感じ。親からは『お前ほど人生お気楽な奴いない』ってよく言われますよ」
2023年までに先生が訪問した全国の水族館プロット(左)と、一人旅の巡礼一覧(!!)
分類学って死ぬほど文献に目を通さんとイカンので、ものすごく大変でしょうけど、それを苦労にカウントされていないようで素敵です。泉先生が最初に新種を発表したのは2018年。ムシモドキギンチャク科に属するイソギンチャクに対し、見た目が海老の天ぷらに似ていたことから「テンプライソギンチャク」と命名したのがデビュー作でした。
もうそれにしか見えない!テンプライソギンチャク(撮影:伊勢優史氏)
「その近縁にあたるのがカワリギンチャク類だったんですよね。博士論文を書くにあたり、ある程度まとまった成果を出す必要があったため系統樹を書くような研究を始め、泥沼にハマっていったって感じです。なんてったって、ほかのイソギンチャクよりキレイですしね。私の博士論文は333ページもあり、そのなかで新種だと証明したものも31種あるんですけど、今回のように公に発表したのは、まだ3分の1程度。残り3分の2は未発表なんです。今後、発表していくうちに、また新しい属も立つでしょうし、科も立つでしょうし、楽しみにしておいてください」
それはワクワクする朗報! ちなみに「Dr.クラゲさん」は、「ガキの頃から名乗っていた名前」らしく、描かれているキャラクターは、小学校の頃にはすでに原型が生まれていたのだそう。ベシャリのたちまくったYouTube動画は、刺胞動物も分類学も楽しく学べて超オススメです。
YouTube のヘッダーやSNSに登場するDr.クラゲさんのキャラクター。先生が小学生の頃に描いていた自由帳にすでに登場していたそう
「“生物系No.1インフルエンサー”を自称しているとおり、モチベーションの原動力として自己顕示欲も大きいですよ。大学では落語研究会だったし、漫才もやってましたし…。ここまで好き勝手にできる例は、あんまないでしょうけど、好きなものを持ち続ければ、いずれそこから道が開けるってことは本当にあるんだなと思ってます。ガキがそのまま大人になってますからね。見た目はこんなですけども(笑)」
【珍獣図鑑 生態メモ】カワリギンチャク
刺胞動物門の無脊椎動物。ヤツバカワリギンチャク科・カワリギンチャク科からなる「ヤツバカワリギンチャク上科」に属するイソギンチャクの総称。体の中の膜の配列がイソギンチャク類の中でも極めて独特なグループであるとともに、一部の種は非常に鮮やかな蛍光色をしていることで知られる。2023年、1新科・1新属・4新種(イチゴカワリギンチャク・リンゴカワリギンチャク・オオカワリギンチャク・アバタカワリギンチャク)が報告され、3科・6属・11種の生息が確認された。