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  • date:2023.2.21
  • author:岡本晃大

ブックレビュー(1):「出動!イルカ・クジラ110番 ~海岸線3066kmから視えた寄鯨の科学~」


ほとゼロではこれまでさまざまな研究者の方にお話を伺ってきました。そのなかから「今、改めてこの話題を掘り下げたい」「あの研究の続きが気になる」といった研究にスポットを当て、研究者の著書を紹介していく書評コーナーをスタートします。

第1弾は、新種クジラの発見に大活躍した「ストランディングネットワーク」とは? 北大水産学部公開講座レポートで新種のクジラ発見の経緯やストランディングネットワークについて聞かせてくださった北海道大学の松石隆先生。2018年に刊行された著書『出動!イルカ・クジラ110番 ~海岸線3066kmから視えた寄鯨の科学~』では、鯨類を追って奔走するエピソードや研究成果がさらに詳細に紹介されています。(編集部)


 

2023年1月、大阪湾・淀川河口に流れ着いたマッコウクジラが世間を大いに騒がせたことは記憶に新しい。

「淀ちゃん」のように海岸に漂着したり、あるいは漁業者の網で混獲されたイルカ・クジラはストランディング個体、あるいは寄鯨(よりくじら)と呼ばれ、水中で一生を過ごす彼らの生態を知る上でこれ以上ないくらい貴重な研究材料だ。いつどこにやってくるかわからない寄鯨を確保すること。これは、鯨類の研究者にとってとても難しく、大切なミッションである。

「海岸に打ち上げられたイルカやクジラを見つけたら教えてください!」

「松石さん、たいへんだよ。これロングマンだよ。タ・イ・ヘ・イ・ヨ・ウ・ア・カ・ボ・ウ・モ・ド・キ!」

函館空港近くの浜に打ち上げられたクジラが、世界でもっとも珍しいクジラの一つであるタイヘイヨウアカボウモドキ(英名:Longman’s beaked whale)だと判明したときの興奮から本書は幕を開ける。

 

海洋には膨大な数のイルカ・クジラが生息しているが、そのうち死亡した後に陸地に漂着する、つまり寄鯨となるものは数千分の一だという。いつ、どこに、どんなイルカやクジラが漂着するかは天の采配であり完全に運任せなのだ。

漂着したタイヘイヨウアカボウモドキの測定記録。体の形がわかるような新鮮な個体はこれが史上初だったという。

漂着したタイヘイヨウアカボウモドキの測定記録。体の形がわかるような新鮮な個体はこれが史上初だったという。

 

そんな偶然の出会いを取りこぼさないために、研究者は労を惜しまない。松石先生らが立ち上げたのがストランディングネットワーク北海道(SNH)であり、寄鯨通報の専用電話・メール「北海道イルカ・クジラ110番」だ。この取り組みについては以前の記事で細かく伺ったため、そちらも読んでもらいたい。

 

知らせが入れば、北海道内であればたとえ遠方であっても可能な限り現地に出向いて、解剖その他の調査を行うようにしているという。中には、現地に到着したら鯨体の腐敗が進んでいたり、凍りついていて満足な調査ができなかったというような事例もあるけれど、「現地の人が我々の熱意を理解してくださって、次回も通報していただける」とあくまでポジティブだ。

「北海道イルカ・クジラ110番」パンフレット。

「北海道イルカ・クジラ110番」パンフレット。

 

本書の節々で語られる「現場」のエピソードは、読んでいるこちらが思わず「うへえ」と声を上げたくなるほど疲労感に満ち満ちている。

 

北海道は広い。そんな広い北海道を取り巻く3066kmもの海岸線に打ちあがる寄鯨は、人間の都合などまったく考えてはくれない。寄鯨情報が立て続けに入り、調査をはしごしなければならないこともしばしばだ。

あるときなど、北海道北端に近い利尻島にオウギハクジラが漂着した翌日に、今度は南端の襟裳岬近くに珍しいハッブスオウギハクジラが漂着したというから大変だ。松石研究室の院生の中には夜通し運転して北海道を縦断し、両方の調査に参加した人もいたというから驚きである。巨大で重たいクジラと格闘しながら運搬や解剖をするのだから、調査自体も重労働であることは言うまでもない。

 

そんな体を張った苦労と熱心な広報の甲斐もあり、北海道内での寄鯨の報告件数は1997年~2006年の年平均30件から、2007年のSNH設立をへて、2007年~2016年の年平均60件へと倍増したというからすごい。

寄鯨の漂着場所。意外とまんべんなく漂着しているようだ。

寄鯨の漂着場所。意外とまんべんなく漂着しているようだ。

 

発見される数が増えたことで種類も増えた。北海道の寄鯨の特徴はその種類の多さだ。漁業者の網に頻繁に混獲されるネズミイルカから、冒頭のタイヘイヨウアカボウモドキのような世紀の大発見まで、日本周辺に生息する鯨類の半分以上の種が確認されている。

 

新種が見つかることもある。2018年刊行の本書には鯨類の種数はヒゲクジラ亜目15種、ハクジラ亜目71種の合計86種と書かれているが、2023年現在はこれが91種まで増えている。鯨類の研究はまだまだ日進月歩しているのだ。そのことを、この本自身が証明しているようでおもしろいではないか。

増えた新種のうちの一つは、以前の記事でも紹介したクロツチクジラである。

回収されたイルカ・クジラが活用されるのは新種の発見だけではない。例えばハクジラ類が頭からクリックス音という音を出すメカニズムなどは、新鮮なサンプルが手に入らなければできない研究だ。

回収されたイルカ・クジラが活用されるのは新種の発見だけではない。例えばハクジラ類が頭からクリックス音という音を出すメカニズムなどは、新鮮なサンプルが手に入らなければできない研究だ。

 

本書では新種の発見以外にも回収された寄鯨が活かされた研究が紹介されている。

イルカなどのハクジラ類は頭から音を出し、その反射音を聞くことで見通しがきかない水中でも障害物を避けたりすることができる。クリックス音と呼ばれるこの音はイルカの種類によって異なり、カズハゴンドウらが出す「パッ」という音とネズミイルカのような小型のイルカが出す「チッ」という音の2種類が知られていた。

では、音の違いはどうやって生まれているのだろうか? その秘密を探るために寄鯨を使ったあまりに大胆な実験が展開され、見事答えにたどり着いたのである。詳細が気になる人はぜひとも本書を手に取ってもらいたい。

 

寄鯨の発見や回収はあくまで研究のスタートラインだ。だが、そこにはフィールドワーカーとしての鯨研究者たちの苦労と、喜びと、興奮が凝縮されている。

 

松石隆先生からのコメント

この本を出版した後も、毎年多くの鯨類漂着の報告をいただいています。2022年末で1107件1220頭に達しました。調査が継続的にできるように、ストランディングネットワーク北海道は2021年にはNPO法人になりました。2023年3月には、調査車両購入のためのクラウドファンディングを実施します。

ホームページには、最近の漂着事例、漂着した鯨類を発見したときの通報の仕方なども書かれていますので、興味のある方は、ホームページもご覧下さい。https://kujira110.com/

これからも、海洋生態系の頂点にたつ鯨類と人類のよりよい共存のために、活動を続けて参ります。

 

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