刻一刻と情報が更新され価値観や常識もめまぐるしくゆらぐ現代。いまから100年以上前、明治の日本も今と負けず劣らず変化の激しい時代でした。そんなさなかに設立された京都工芸繊維大学の前身、京都高等工芸学校が収集したコレクションより、京都工芸繊維大学美術工芸資料館の企画展「京都高等工芸学校シリーズ3 ティファニーからルクウッドまで-新興アメリカデザインへの注目」が開催されました(2024年12月21日で終了)。
ルイス・コンフォート・ティファニーによるガラス器やルクウッド製陶所による陶器など、19世紀末から20世紀初頭のアメリカの工芸デザインの魅力を楽しめると聞き、観にやってきました!
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京都工芸繊維大学美術工芸資料館
玉虫色にまばゆく輝く、華麗な「ハレ」のティファニー・ガラス
19世紀末から20世紀初頭にかけては工業や経済、美術の中心がヨーロッパからアメリカへと移り始めた時期でもあります。京都高等工芸学校の教員らが日本の伝統工芸を現代的に進化させようと、国外の先進的なデザインを求めて集めたのが今回の主役たち。
展示室に入ってみると、ハイブランドとして有名なティファニーによる、うっとりと華麗なガラス作品や、アメリカの大地を思わせる素朴でうつくしいルクウッド製陶所の陶器作品など、ヨーロッパの伝統とは一線を画したアメリカならではのデザインがずらり。伝統的な日本の美とは異なる自由さや新しさに、当時の人々は魅了されたのではないでしょうか。
さあ、さっそく当時の時代の空気感とともに、作品をみていきましょう。
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花びらのようなラインと玉虫のような色合い
ルイス・コンフォート・ティファニー ガラスアスコットボウル(1909以前 ニューヨーク)
展示の第一章は「花開くアメリカのアール・ヌーヴォー」。
ここでは、アメリカのアール・ヌーヴォーを代表するルイス・コンフォート・ティファニーによる華麗で繊細なガラス作品が並んでいます。彼はニューヨーク5番街に本店を構える高級ブランド、ティファニーの創業者の息子。当時のティファニーは色鮮やかなステンドグラスやランプシェードなどが、世界中で高く評価されていました。
展示作品でなんといっても目を引くのは、うっとりするような色合い。こちらの水差しは、まるでクジャクの羽のような鮮やかさです。
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絶妙な虹色のグラデーション
ルイス・コンフォート・ティファニー ガラス水差し(1894-1909 ニューヨーク)
見る角度によって色合いが変わるので、目を離すことができません。そして、もうひとつの特徴は、この華奢な曲線ライン。
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乳白色のグリーンがうつくしい
ルイス・コンフォート・ティファニー 蔦模様ガラス花瓶(1894-1909 ニューヨーク)
アンニュイにきらめくグリーンの乳白色は、写真でしかお見せできないのが口惜しいほど。蔦模様があしらわれた植物の優美なラインに心を奪われます。ティファニーはこの独自の吹きガラス手法を「ファブリル・ガラス」と名付けました。
ヨーロッパのサロンにも数多くの作品を出品したティファニーは、アメリカの工芸スタイルを世界に広め、ヨーロッパのアール・ヌーヴォーとは一線を画す、自由で豪華なスタイルを打ち出して独自の地位を築きました。
いま見ても新鮮な作品たち。当時、京都高等工芸学校の関係者が体験した作品との出会いは、どんなに驚きに満ちたものだったでしょう。文化と文化のあいだに相互の影響を与えあう斬新な風として、はるばるアメリカから海を越え日本へと持ってこられたにちがいありません。
では、社交界を想起させるような華麗な作品が揃った第一部から移り、第二章「多彩なアメリカ陶器―明治43年購入分から」へまいりましょう。
素朴でモダンな「ケ」の陶器、日本とのつながりも
第二章で紹介されているのは陶器作品。明治43年(1910年)に京都高等工芸学校が買い付けたコレクションです。
数が特に多く、注目のほどがよくわかるのはルクウッド製陶所の作品たち。当時としては珍しい女性創始者による製陶会社です。作品たちを前にまず感じるのは、先ほど見てきたドレスのように華やかなティファニー・ガラスとのちがいです。「ハレ」と「ケ」でいうと、日常の「ケ」。アメリカの風土に根付く自然や文化を反映させたモダンでかつ温かみのあるデザインが特徴です。植物や動物をモチーフにしたデザインも多く、どこか手触りが感じられるどっしりとした素朴さが魅力に感じます。
こちらは植物の形を模したインク壺。落ち着いたグリーンとぽってりとしたフォルムに、思わず手でふれたくなってしまいます。
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植物形が愛らしい
ルクウッド製陶所 植物形インク壺 1909 シンシナティ
そしておなじルクウッド製のこちらには、なんだかアメリカ以外の要素も感じられませんか?
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白山谷喜太郎/ルクウッド製陶所 水草に鴨模様花瓶 1908頃 シンシナティ
描かれている鴨の絵はまるで日本画のようですね。それもそのはず、描いたのは日本人。ルクウッド製陶所は日本とも関係がありました。ジャポニスムが高まりをみせるなかで、石川県出身の日本の絵付師である白山谷喜太郎がルクウッド製陶所に招かれ、日本画を参考にしたデザインを行っていたのでした。その結果、ルクウッド製陶所の陶器には、アメリカの自然をモチーフにしつつも、どこか日本的な優雅さや静けさが感じられるデザインが多く誕生することになったのです。
こちらも白山谷が手掛けたもの。アメリカと日本の文化が交じりあう、たいへん興味深い作品です。
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白山谷喜太郎/ルクウッド製陶所 葉形灰皿 1909 シンシナティ
白山谷が手掛けたものではありませんが、こちらもどことなく東洋的な要素を感じませんか。当時のジャポニスムの人気ぶりも、作品の端々からうかがうことができますね。会場にはルクウッド製陶所の作品以外にもさまざまな工房の作品たちが並んでいました。
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エドワード・ディアーズ/ルクウッド製陶所 アイリス模様花瓶 1909 シンシナティ
時代と文化の密接な交わり
おなじ新興アメリカの地で生まれた、豪華な優美さが目を惹くティファニー・ガラスと、落ち着いた自然の美しさが宿るルクウッド製陶所の陶器。対の展示によってそれぞれの魅力が一層引き立つとともに、これらの作品が生みだされた当時の時代背景が見えてくるかのようでした。現地に赴いてこれらの作品を精力的に集め、日本の工芸に寄与しようと動いた当時の人々の熱い想いも伝わってきます。
時代をすこしひもとけば、ティファニーもルクウッド製陶所も、「アール・ヌーヴォー」が風靡した1900年のパリ万博で賞を獲得し、時代を牽引する存在でした。当時の万博では、技術の発展とともに未来への夢が積極的に語られ、エスカレーターやトーキー映画の発明など、当時最先端の技術がその可能性と共に注目を集めました。
その約10年後、京都高等工芸学校がルクウッド作品を多く買いつけた1910年前後はアメリカでは排日運動が広がり、日本では社会主義者が弾圧される大逆事件が起こった時期であり、世界的には1914年の第一次世界大戦が始まる前夜といえる時代です。各国・各民族の意識も高まっていく、そんな激動の時代であったことをふまえて、あらためてアメリカから日本へ渡ってきた作品たちを眺めると、文化と文化の触発と交流のありようが、またちがったかたちで浮かびあがってくるかのようです。
今回の展示は、京都工芸繊維大学の前身である京都高等工芸学校が開校以来収集してきた貴重な資料の展示企画、第三弾。次回はどんなものと出会えるのでしょうか。今後の展開が楽しみですね。
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