社会には豊かな人間関係を築ける人がいる一方、孤立する人もいます。そうした違いはどこからくるのか、人のこころや社会的孤立などについて社会神経科学の分野からアプローチするのが神戸大学大学院人文学研究科准教授の柳澤邦昭先生です。柳澤先生は京都大学との共同研究で楽観性と脳の働きとの関連を調査。楽観性の高い人の脳活動は互いに似たパターンを示した一方、楽観性の低い人は個人ごとに特異的な捉え方をしたという研究成果を発表しています。
社会神経科学とはどのような学問で、楽観性や孤独、孤立とはどのような関係があるのでしょうか。詳しく伺いました。
きっかけは「仲間はずれ」の心理への興味
まずは柳澤先生と社会神経科学という学問との出会いから。柳澤先生が研究者を志したのは大学院時代。社会心理学で「仲間はずれ」に関する研究に興味を抱いたことに始まります。
「もともとバスケットボールという集団スポーツをしていたこともあって、社会や集団と関わる心理に興味がありました。社会心理学を学んでいた大学院時代に興味をひかれたのが、『仲間はずれ』についての研究です。たとえば3人でボールを回し合う場面で1人にだけ渡さないままでいる状況をつくり、ボールを渡されない人が心理的に傷つくかどうかを確かめるというものです。バスケットボールに通じるものがあって引き込まれ、孤立や孤独、社会的排斥についての研究を始めました」
その研究をすすめる中で、柳澤先生は新たな着眼点と出会います。
「博士課程の時に、仲間外れにより生じる心理の研究を、病院で使われるようなMRIを使って行ったという研究報告がありました。それによると、ボール回しで仲間外れにされたときに活動する脳の領域が、身体的な痛みを感じるときと同じ領域だったというのです。
ネガティブなことがあって胸が詰まるよう思いをしたときに、よく『心が痛む』という表現をしますね。比喩的な表現ですが、実際に脳の身体的な痛みを感じる領域が活動しているということに強く興味を引かれました。そこで社会神経科学を本格的に学ぶことにしたんです」
社会神経科学は、社会性を伴う行動の背景にある一般的な脳のメカニズムを解き明かそうとする学問です。人間の脳や思考のロジックは、まだまだ未解明の領域が多くファジーなものという印象がありますが、柳澤先生はさまざまな分野と連動することで王道的な社会心理学の先にある脳の現象を探っています。
「たとえば人が痛みや苦しみを訴えているのを見て、助けようと思ったとします。そのとき、人を助けようとするときの脳の活動をMRIなどの機材を使って調べるのです。
社会神経科学は非常に学際性が高く、私たちのような社会心理学からの派生だけでなく医学系の先生もたくさん取り組んでいますし、哲学や経済学、法学などの人たちもコラボして取り組むこともあるので、そういった複合性が特徴になっていると言ってもいいと思います」
楽観性と脳の活動にはどのような関連があるのか
近年は「社会的孤立」「孤立対策」などの言葉が行政からも聞かれるようになっています。柳澤先生は「孤独は必ずしも悪いことばかりではない」としつつも、社会的に孤立や孤独を抱える人の死亡リスクが高いことはさまざまな調査で明らかになっています。社会の中で一定の人たちは孤立し、一定の人たちは豊かな人間関係を築くのはなぜなのかを探る中で、柳澤先生はいくつかのパーソナリティの特徴に注目しました。その一つが楽観性です。
「『楽観的な人は、なぜ人とつながりやすいのか』というテーマは心理学でもよく議論されるのですが、そこでヒントになったのが、脳の研究分野で話題になっていた『人気者になる人とそうではない人たちの脳の活動の違い』です。
人気者になる人は、たとえばテレビを見たときの脳の活動が比較的他の人たちと似ている、という研究報告がありました。物事の捉え方がほかの多くの人と似ているから、まわりの人や社会とうまく結びつきやすいのではないか、ということですね。この調査結果は楽観性についての研究を進めるうえで大いに参考になりました」
柳澤先生ら研究グループが行った楽観性と脳との関連を調べる実験では、実験参加者(計87名)に脳の活動を画像化する装置(fMRI:機能的磁気共鳴画像法)の中に入ってもらい、ポジティブ、またはネガティブなさまざまな出来事について想像してもらって、そこで生じる脳の活動を調べました。
「たとえば『ポジティブな出来事』なら、リゾートホテルに泊まるなど。『ネガティブな出来事』では借金を背負ってしまうといった内容です。それを80くらい内部のスクリーンに投影し、実験参加者にその出来事が自分、もしくは配偶者に起きることをイメージしてもらって脳の活動を調べました。実験後、アンケートに答えてもらって楽観性を測定しました」

実験で使われたfMRI装置(画像提供:柳澤先生)

画像中「+」は刺激と刺激の間に提示される固視点
「その結果、楽観性の高い人は互いに似た脳活動を示した一方、楽観性の低い人は共通性が低く、個人ごとに特異的であることがわかりました。また、楽観性の高い人がポジティブな出来事とネガティブな出来事を明確に分けて考えるのに対し、楽観性の低い人は混同する傾向にあるというパターンが見られました」

こうした研究結果を「楽観的で社会とつながりを持ちやすいことが良い」と捉える人がいるかもしれません。しかし、芸術や文学では孤独や絶望を糧にして作品が生み出されるケースもあるなど、悲観的だからこそ生まれる表現や社会的つながりもあります。柳澤先生は、研究の意図はあくまで楽観的・悲観的な人の脳の働きの違いを見るものであり、悲観的な人に改善を促すようなものではないと語ります。
「研究者の中には悲観的な人がポジティブな考えを持てるようにトレーニングを試みる人もいますが、私は別に悲観主義でもいいかなと(笑)。人と違ったとらえ方をすることはけっこう大事ですし、そういう人もいるからこそ社会が成り立っていると思います。アーティストなどもそうですし、研究者もたぶんバラバラではないでしょうか。
人は本来、人それぞれで、だからこそ脳活動においてもさまざまな違いがみられるということは、今回の研究結果からのひとつのメッセージにはなり得るかな、と思います」
社会神経科学から考える孤独・孤立と社会のあり方
社会神経科学の研究では、仲間外れにされたときや苦しんでいる人を見たときなど、人とのかかわりのなかで生じる一般的な脳活動を研究することがメインとされてきました。近年では、ほかの人と同じように情報処理しているか、していないかという個人間のちがいを明確にできるようになってきたのが大きな変化だといいます。
「『人気者』のテーマと通じるところがあるのですが、社会心理学では今、『なぜ人は他の人と仲良くなれるのか』というシェアードリアリティ(共有現実)にもとづいた議論が活発で、人とのつながりを持つには、同じような感覚や情報の捉え方を持つことが重要であると言われています。
楽観性に関する研究は、そういった傾向を脳の動きから検証し、社会神経科学の最新のアプローチでさらに追求できることを示した論文になります。今後、どのように展開されるか未知数ですが、多様な角度から人と人、人と社会のつながりを解き明かす上で、きっかけの一つになればいいなと思います」

柳澤先生は、社会の中における孤立・孤独についても研究を重ねていますが、神経社会科学の脳の研究だけでは、このような問題の解決は難しいと語ります。
「『いじめの問題を解決するうえで社会神経科学は有効ですか』といった質問を受けることがよくあります。社会神経科学は集団や社会の構造、メカニズムを明らかにする上では比較的役に立ちますが、いじめや孤立といった問題を解決するアプローチとしては、まだちょっと効力が弱いというのが実状です。
そうした問題と向き合うために、私は社会神経科学の研究とは別に、孤立を抱える学生に対するプロジェクトも行っています。慢性的に孤独や孤立を抱えている学生をなるべく早く見つけて健康状態を調査し、将来的な孤立のリスクを予測します。リスクの高い学生に対して、大学の学生相談室とも連携して人とのつながりをつくれるようサポートするなどの活動です」
調査で接する学生が不調に陥る原因は、家庭環境や新しい生活への不安などさまざま。学生だけでなく社会人でも組織で孤立し、不調を抱える人も見られるといいます。
このような状況に陥ると、一部の心ない人から「自分から孤立・孤独を選んだ」と言われるケースもあります。しかし当人はコミュニケーション不全に陥る自分をコントロールできず、声に出せない辛さに苛まれているからこそ、外部からの助けが必要となってきます。
「不調が慢性化するとアプローチが難しくなるので、その前に対策をとる必要があると考えています。誰とも関わりたくない素振りを見せる人もいるので難しいですが、おせっかいで救われることもあるので。不調に陥ったときに誰かの手がちゃんと届くところにいるのがいいかなと思います。
こういった人たちに対して『自己責任だ!』と言ってしまう風潮が日本の社会にはありますが、少しずつ意識が変わってくことを願っています」
根っから人と関わりたくないという人は別として、ふだんから趣味や学校、地域のコミュニティなど、人と交わる機会を持っておくと、そこで築いた人間関係によって救われる可能性もあります。
「ここで先ほど話した『悲観的であってもいい』という話につながるのですが、心が不調に陥っても、悲観的な人の場合、ある程度適応できる生き方をしているケースも多いんです。それもあって、私はあまり『楽観的になろう!』とは言わないようにしています」
今後の研究について、太古の時代から続く人の本能的な行動、そして現代ならではの社会現象から、人が集まるメカニズムをさらに詳しく分析したいと柳澤先生は語ります。
「太古の時代、人間が狩りで大きな獲物を捕まえるときは、1人だけ違うことを考えているとうまくいかなかったはずです。集団のなかでの意思疎通や統率の際に生じる脳の働きは、人の行動と社会との関連を考えるうえで極めて重要な意味を持つのではないかと思われます。
もう1つ興味を持っているのが、普通の人とはやや異なる思考を持った人同士が意外と集まりやすいという現象です。たとえば、心理学の分野で今、トレンドになりつつあるものに陰謀論があります。陰謀論を信奉する小さな集団は以前からあったと思うんですが、それが現代では社会にも影響を与えるほどに大きくなりやすい印象があり、その背景にあるものに非常に興味があります」
柳澤先生の研究は、大多数との協調、もしくはあえて孤独を選ぶなど、多様なとらえ方や考え方が存在することの意味を私たちに考えさせます。いまだ未知な部分が多い脳のしくみと社会的行動との関係を知ることは、個人の生き方や社会のありかたを考えるうえで重要な視点を与えてくれそうです。
(編集者:柳 智子/ライター:伊東孝晃)