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ミュージシャンRYO the SKYWALKERが大阪音大で語った、レゲエの魅力

2021年2月4日 / 体験レポート, 大学を楽しもう

ジャパニーズ・レゲエを代表するミュージシャン、RYO the SKYWALKERさんが、大阪音楽大学で講義をするという噂を耳にした。これは行かねば!ということで講義に入り込んだので、その様子をレポートする。

レゲエ・ミュージシャンが講義する

社会学ではレゲエ音楽が結構注目されてきた。教科書として定評のあるアンソニー・ギデンズ『社会学』にもレゲエのコラムが載っているのを社会学徒なら覚えているかもしれない(私は社会学専攻ではないが覚えている)。全国の社会学系の講義では割とレゲエという言葉が発せられてきた可能性があるのだ。

 

今日の講義もレゲエがテーマである。しかし、教科書を使った平常の講義ではない。レゲエ界の第一線で活動を続けてきた、RYO the SKYWALKERさんがレゲエについて語るという激烈に貴重な機会なのである。

 

大阪音楽大学で行われている「関西音楽文化史演習B」は、関西(特に大阪)におけるポピュラー・ミュージックの来歴をたどり、その特徴を浮かび上がらせようという授業である。同大学の非常勤講師で、音楽社会学が専門の柴台弘毅さんが担当している。

 

柴台さんはこの授業の一環として、音楽業界で活躍する方をゲスト講師として招いてきた。今回は「レゲエと関西の音楽文化」と題してRYO the SKYWALKERさんを招いて行われた。

RYO the SKYWALKERさん

RYO the SKYWALKERさん

 

RYOさんは、もともとレゲエやジャマイカの歴史に関心があり、自分で調べてまとめていたとのこと。そういう関心もあって、数年前、関西大学の講義でゲスト講師を務め、レゲエについて学生たちに話をしたそうである。大阪音大では3年前から、年1回のゲストとして登壇するようになった。

RYO the SKYWALKERとレゲエ

 

大阪府で生まれ、高校時代にレゲエと出会ったRYO the SKYWALKERさんは、1990年代からレゲエ・ミュージシャンとして活動を開始。現在はレゲエDee Jayとして活動するが、当初はレゲエ・セレクターとして活動していたという。

 

「マイクを持って歌う人のことをレゲエではDee Jay(ディージェイ)と言うんです。で、レコードを選んでかける人、ヒップホップで言うDJのことを、レゲエの世界ではセレクターと言います。ややこしいですが。

当時日本語のレゲエはなかったんです。でもレゲエってメッセージの音楽ですから。ジャマイカの言葉だとやっぱりパッと入ってこないじゃないですか。それを日本語でやれるようになったらいいなあと。95年にジャマイカに行って感じて、それでDee Jayをやろうと思いました」

 

ジャマイカにはその後1998年ごろに再度訪れ、一年くらい滞在していたそうだ。柴台さんからの「ジャマイカでは何をされていたんですか?」という質問にRYOさんは「ぶらぶらしてましたねー(笑)」と即答していた。とはいえ、実際は結構なサバイバル・ライフだったようだ。

 

「レゲエ修行ということで、40万円くらい貯めて行ったら半年で無くなって大変でした(笑)

田舎のほうにいくと金持ちのおっちゃんが埃かぶったレコードをたくさん持ってるんです。日本で売ったら4000、5000円くらいするような貴重な盤が、ぼんぼん眠ってて。それを買い漁ってリストを作って、日本のレコードストアに送って食いつないでました」

 

現地の人の感覚も知りたくて裸足で出歩いていたらしい。

 

「近所には靴のない子が結構いましたね。いま思うとどうかな…と思うんですが、当時はその感覚が知りたくて、僕も裸足で街へ出てケンタッキー買って公園で食ってたりしたんです。たぶん、地元の人からしたらあの日本人何やってんねんって話なんすけど(笑)。ともかくアスファルトに小さい石がぼこぼこあって歩けたもんじゃない。この人らすげえなと思ってました」

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ジャマイカでのレゲエ修行から帰国したRYOさんは、2000年にワーナーミュージック・ジャパンからメジャー・デビューした。講義が開催された2020年はデビュー20周年の年ということになる。ここで、2020年にYouTubeで発表し話題となった「コロナ」が紹介された。

 

「レゲエは時事ネタを扱うことが多いです。言葉遊び、韻を踏みながらメッセージを伝えるんです。時事ネタは古くなりやすいんですが、『コロナ』はいま聴いてもイケてます」

 

と、RYOさんは解説する。詞の内容もそうだが、メロディーへの乗せ方やボーカルのサウンドにも注目して欲しい。

 

ジャマイカ、ラスタ、レゲエ

講義はいよいよレゲエの生まれた国ジャマイカの話に突入する。

 

ジャマイカは長らくイギリスの植民地であり、独立したのは1962年のことだ。最近である。狭義には1960年代~80年代にジャマイカで流行した音楽のことを、広義にはジャマイカのポピュラー・ミュージック全般を指すレゲエ。植民地主義などへの反抗の音楽として「権力と戦うというのが根底にあります」とRYOさん。ジャマイカでは国民の多くが黒人奴隷の子孫であり、ジャマイカの音楽には、長年被支配者だった者たちの独自のコミュニケーション、メッセージとしての側面があると語る。

 

また、レゲエの思想的背景としてラスタファリアニズムのことも紹介された。先祖の地としてのアフリカへ回帰することを志向したジャマイカの黒人たちの一部が、イタリアの植民地主義に抵抗したエチオピアの皇帝ハイレ・セラシエI世を神格化することで生まれた思想・宗教運動のことだ。菜食主義やドレッドヘアーなどを特徴とする。

 

「ドレッドヘアーって見たことあると思いますけど、黒人の人たちのチリチリの髪の毛を切らずにそのままにしておくとああなるんです。旧約聖書に基づいてるんすよね。自分の身体に刃物をあててはならないってね。それを実践しています。長老みたいな人になると髪の毛が板みたいになってんすよ。ガチガチに固まって。そういう人からライトな人までいろいろ」

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ちなみに以前、本サイトで、エチオピアの思想史を専門にするロンドン大学のサラ・マルザゴラさんに取材をしたことがある。「ジャマイカ」や「ラスタ」という単語自体は出てこないものの、その動きにつながっていく話や、皇帝セラシエの名前も登場するのでぜひどうぞ。

 

さて、講義は音楽の話題に移る。

 

ジャマイカにはレゲエ誕生以前にどんな音楽があったのか?ということで、メント、カリプソ、スカ、ロック・ステディといったスタイルの曲を聴きながら、それらの音楽的な特徴が紹介された。さらにジャマイカの音楽を知るのに欠かせないものとしてサウンドシステムも取り上げられた。移動式の巨大な音響機器セットを使った音楽実践である。

 

「サウンドシステムは超重要ですね。まだジャマイカに娯楽やラジオもあんまり普及してないころに、レコード屋さんがスピーカーを広場にバーンと広げまして、レコードを聞かして買ってもらうというのをやっていたんです。でもみんな買う金もないので、社交場みたいになっていて。それがレゲエにつながっていく」

セットアップ中のサウンドシステム(出典:Dubdem e FabDub  [2], CC BY 2.0, via Wikimedia Commons)

セットアップ中のサウンドシステム(出典:Dubdem e FabDub [2], CC BY 2.0, via Wikimedia Commons)

 

こうした背景が組み合わさって「レゲエ」と呼ばれる音楽が生まれてくる。ところで「レゲエ」とはどういう意味の言葉なのか?RYOさんと柴台さんはレゲエの語源について学生に3択クイズを出題した。

 

Q:「レゲエ」の語源は?

A:ボロ雑巾 B:都合の良い女 C:ギターの音

 

Cに手を挙げる学生が多かったが、みなさんはどう思うだろう。

 

答えは…実はどれも正解といえば正解。はっきりとした語源はわかっておらず、有力な3説がA~Cとのこと。いずれにせよ、壮大な名前というよりは、日常のやり取りから定着していったような名称なのだろう。

 

歌の内容も、日常的な感覚に根ざしたものが比較的多く歌われてきたようだ。また「黒人の誇り」「社会運動」的なモチベーションも重要だと、RYOさんは語った。

 

講義ではその後、初期のレゲエ(ルーツロック・レゲエ)からコンピュータ化革命を経たダンスホール・レゲエへの流れ、近年のレゲエダンスについて、動画や音源つきでわかりやすい解説が加えられた。そのなかで、レゲエ史にとって重要なミュージシャンが何人か紹介されたが、やはりボブ・マーリーの話題にはより多くの時間が割かれた。

 

「知らない人も多くなってきてるんですけど、ボブ・マーリーは世界的にレゲエを広めた立役者で。いまでもレゲエのジャンルの売上の半分くらいはこの人のベスト盤です。レゲエシーン自体が小さいっていったらそれまでなんですけど、でもそれくらい偉大で、いまも聴かれてますし、現場でもかかります。ぜひ聴いてみてください。ボブ・マーリーは一生もんになると思います」

 

レゲエと日本、そして関西

ジャマイカで誕生したレゲエはやがて関西から日本に入ってくる。1980年代後半から90年代にかけて日本人のミュージシャンがレゲエを日本に持ってきたことを柴台さんがスライドで紹介し、RYOさんが説明を加えた。

 

「特にRANKIN TAXIという方が、日本のレゲエの父というか。80年代にいちはやくジャマイカに行って、やり方を見て、喋り芸としてのDee Jayを日本でスタートさせた方です。大阪のラジオ局FM802開局(1989年)と同時に『NATTY JAMAICA』って番組を始めて20年続いたんです。FM802のなかでも一番長く続いた名物番組でね、そういうのもあって、昔から大阪、関西ではレゲエ人気が根強くありました」

 

大阪、特に泉州(大阪府南西部。旧和泉国)やアメリカ村(大阪市中央区にあるエリア)でレゲエのクラブやイベントが人気を得たようだ。

 

「泉州ってすごいレゲエタウンで。1990年代にはりんくうタウン〔関西国際空港の開業に合わせて作られた大阪の副都心〕にジョグリン・リンク・シティっていうバカでかいレゲエのクラブもありました。泉州人のノリってレゲエにマッチしてると思ってます。東京はヒップホップ的、ニューヨークっぽいんですけど、大阪ってキングストンぽいなと思います。大阪弁もパトワ語に似てるし」

 

関西で盛り上がったレゲエが2000年代に全国的に広がっていく。RYOさんもメジャー・デビューを果たした。ジャパニーズ・レゲエ初のオリコンNo.1、三木道三〔現在はDOZAN11〕の“Lifetime Respect”も2001年。

 

「2000年ごろからはレゲエフェスもすごい流行って増えていきました。2008年くらいになると僕らの仲間たちでやってたハイエストマウンテンってフェスが大阪で2万5千人とか集まるようになったんですよ。いまはちょっと落ち着いちゃってるのは僕としては悔しいですけど。でもまた盛り上がってきてます」

レゲエの拠点、アメリカ村

さて、全国に広まったレゲエだが、一番アツいのが関西であることに変わりはない。

 

「アメリカ村はクラブが密集してて、大阪のレゲエの拠点みたいなもんです。僕も日本全国行きますけど、歩いて周れる距離にクラブがあんなに集まってるエリアってなくて。特にレゲエのクラブ、バーが多いんで、地方から来られた人もびっくりするっすね。歩いてこんなハシゴできんねや、やばない?みたいな」

 

アメリカ村にはレゲエ専門のレコード屋もあったが…

 

「レコード屋さんは減ってます。老舗のレコード屋さんもウェブ販売のみになっちゃいました。この辺はレゲエというより音楽全体の問題ですね。聴き方、売り方が変わってきてるんで。レコードショップって情報交換の場でもあるし、出会いの場でもあって、重要なんですけど、どんどんなくなって。いまはネット上がそういう場になっているとも言えるんですけど、ちょっと寂しいですね。とにかくそういう状況です」

 

いわゆる音楽に直接関わるものだけでなく、食べ物やファッションも重要である。柴台さんは「大阪にはレゲエにとって重要なフード、ソウルフードもある」と、アメリカ村の食堂、ニューライトのセイロンライスの写真を見せる。

 

「ジャマイカ料理でも何でもないんですけどね(笑)。レゲエとか、ヒップホップとか、クラブ関係の人がよく行くごはん屋さんです。お店にはレゲエのフライヤー、写真、サインもたくさん貼ってあります。ちなみにゲームの桃鉄の最新版にも出てきたんすよ。大阪のセイロンライス屋さんってのがあって、絶対ここやん、という(笑)」とRYOさん。

 

私もセイロンライスを食べたことがあるが、シャバシャバ系のカレー的なものに生卵の黄身がのっていて、スパイシーかつまろやかで美味しい。RYOさんも言うようにジャマイカは全然関係無さそうだが、何にせよ他ではなかなか食べられない味なので近くに行ったらぜひ食べてみてほしい。

 

さらにはレゲエのファッション・ストアやブランドまである大阪。柴台さんは「大阪がレゲエの中心地ということがよくわかりますが、まさに大阪をテーマにしたレゲエの歌があります。RYOさんも出演しています」と、MVを流す。

 

Mighty Jam Rock「OSAKA TOWN」である。

 

 

「大阪出身のミュージシャンたちが、それぞれの好きな場所で撮影してます。僕は四天王寺さんで撮りました。このあたりで育ったので。新世界の人もいれば、アメ村の人もいる。梅田も出てきます」とRYOさん。「音大のみなさんには、こんな音楽あんねや、大阪で一番盛り上がってんねや、てのを覚えてもらえたら」

 

大阪に住んでいても、大阪がレゲエの拠点だということに気づいていない人も多いかもしれない。大阪を愛するミュージシャンたちが、どんな歌を歌っているのか、レゲエを聴いたことがない人も、ぜひ一度聴いてみてほしい。

コロナ禍での活動と、音大生への「お願い」

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コロナ禍での活動について語るRYOさん(奥)

講義のラストはコロナ禍でどんな活動をし、どう感じているのかという話題だった。

 

「オンラインで無観客配信だったり、YouTubeだったり、2020年はその活動が多かったですね。YouTubeで発表するのも活動の重要な部分になってきてます」

 

10月に行ったスペシャル生配信ライブ「リョーザのライブ 6.5」では、YouTubeの企画から出来た曲も歌った。例えば家庭用ゲームの歴史を歌にした“CUSTAMOVE (Gamer's mix)”だ。

 

 

「特にレゲエの分野では、YouTubeやオンライン配信はあまりやられてなかったんでね。やってよかったなと。こういうノウハウがあれば、もしコロナが終わっても、ライブしながら配信で遠方の人にも届けたり、アーカイブで見てもらえたりとかできますから。いまはすごいポジティブに捉えてます。ネット活動を強化する期間やなと」

 

最後に学生の質問に答えつつ、RYOさんは音大生への「お願い」をした。

 

「レゲエは、単に音楽というよりは、文化。僕も楽譜読めないですし、それでもここまで勢いでやれてきてるんですけど。ジャマイカにおいてもそうで。メッセージ性、キャラクター、その部分でいっちゃう音楽もあるんだよと。

音を外すアウトオブキーとか、機材を無茶苦茶に使うダブワイズとか、そういう奇想天外なところがおもしろかったりもするんで、みんなにも刺激になると思いますし。ちょっとでも興味持ってもらえれば。音楽の背後にある人間とか、文化がおもしろいジャンルでもあるんで。

一方でしっかりしたミュージシャンがほしいという気持ちもあるんです。勢いの人ばっかりだから。レゲエやってる人に出会ったら、音大の方々が理論面で助けてあげてください(笑)」

 

ところで、学校の英語の時間に「musicは数えられない名詞だから複数形は無い」と習ったことがあるだろう。テストでmusicsと書いたら確実にバツ印をくらうに違いない。しかし、musicには複数形が無い?本当か?

実は最近、musicsという言葉もときどき使われるようになっている。複数形の音楽である。音楽のロジックは一つではないのである。RYOさんの最後の話は、そんな複数形の世界へと意識を広げてくれるものだった。

 

今回の講義は、レゲエをやっていない学生にとっても、バリバリに活躍するミュージシャンがどんなことを考え、地元・大阪をどんな風に捉え、どんな生活をしているのか(特にコロナ禍で)を知ることができる貴重な機会だったに違いない。講義の時間が終わってからも、学生の話に耳を傾けるRYOさんの姿が印象的であった。

RYOさん(左)と柴台さん。撮影のときだけマスク外しています

RYOさん(左)と柴台さん。撮影のときだけマスク外しています

RYOさんの活動が気になったらこちら↓をチェック!!

RYO the SKYWALKER「今こそ」2021.2.12(金) 配信 https://linkco.re/Xb5GbAsf

RYO the SKYWALKER「今こそ」ミュージックビデオ公開中 https://youtu.be/eOzZanhsGeU

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ryothe_games(game ch): https://www.youtube.com/channel/UCj2ovqYj-BviFcRYZNBTqAQ

 

【第4回】ほとゼロ主催「大学と社会とのつながりを考える勉強会」レポート。大学の底力を鍛える、インナーブランディングを考える。

2021年1月26日 / ほとゼロからのお知らせ, トピック

ほとんど0円大学主催『大学と社会とのつながりを考える勉強会』の第4回を、2020年12月18日に開催しました(前回までのレポート記事一覧)。

 

テーマは「大学の底力を鍛える、インナーブランディング」。コロナ禍で大学が大きな変化を経験するなか、大学とは何か?大学という場の意味とは何か?を再考する必要が生じてきています。そんなとき、インナーブランディング、インナーコミュニケーションについて考えることは有益な視点を与えてくれるのではないか、そんな思いのもとこのテーマを設定しました。そして今回、このテーマに関連する興味深い取り組みを行ってきた以下の4つの大学の事例について、各大学のご担当の方々に紹介していただきました。

 

・大阪経済大学「Talk with (インナーブランディング事業)」

 

・駒澤大学「WHAT IS OUR BRAND? (ブランディング事業)」

 

・追手門学院大学「OTEMON BRIDGE (在学生コミュニケーション)」

 

・関西学院大学「入学式・卒業式の広報(新入生・卒業生コミュニケーション)」

 

今回は、新型コロナウイルスの状況を考慮してオンラインで開催。参加者はさまざまな大学の広報課を中心に43名(スタッフを除く)、オンラインということで遠方の方にも参加していただくことができました。

キーワードは「創発」。話して、聴いて、思わぬものと出会う座談会を実施

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まずは、大阪経済大学のインナーブランディング事業「Talk with」について、同大学経営企画部広報課の高濱さんにご登壇いただきました。

 

大阪経済大学では、100 周年を迎える2032年に向けて、100周年ビジョン「DAIKEI 2032」を策定。現在浸透を図っているところだと言います。このビジョンでは、学生が自ら学びをデザインできるようになることをめざしています。今回は現在進行形で進められている、このビジョンを学内に浸透させていくためのプロジェクトについて紹介していただきました。

 

大阪経済大学 経営企画部広報課 高濱さん

大阪経済大学 経営企画部広報課 高濱さん

 

高濱さんの発表は、100周年ビジョン「DAIKEI 2032」が作られた背景の説明からスタートしました。このビジョンの策定にあたって、2017年に学内ワーキンググループが発足。メンバーは「2032年に現役で活躍しているであろう教職員たち」が中心で、2019年に44歳の若さで学長に就任した山本俊一郎先生も、当時教員の一人としてこのワーキンググループに加わっていました。

 

ワーキンググループの議論をもとに作られた、100周年ビジョン「DAIKEI 2032」を、学内に広めるにはどうすればよいか。ワーキンググループの議論を追体験できるような方法、創発の楽しさが伝わるような方法、そして学長の言葉でビジョンを伝える方法はないか。さらには部署を超えたつながりを作り、推進力を得たい。こういった視点で選ばれたのが、学長を交えて行われる若手職員による「座談会」というアプローチです。座談会を行い、学内向けのウェブサイト「Talk with」のコンテンツに落とし込み、座談会内容を踏まえた読者アンケートも同サイトに掲載する。情報発信を軸に置いた、まさに広報課ならではのアプローチです。

 

インナーブランディングにあたっての視点

インナーブランディングにあたっての視点

 

「話す」場でもあり「聞く」場でもある座談会はビジョンを深める「創発」の場となる、と高濱さんは語ります。「創発」は、大阪経済大学にとってのキーワードで、予期せぬものとの出会い、異質なもの同士がぶつかり合って新たなものが生み出されることを意味します。

 

座談会に参加するメンバーは、座談会当日までに色々と準備し調べることで、自分の仕事や現場の状況を振り返り、ビジョンを仕事に関係づける機会を持ちます。また、学長と話す貴重な機会でもあり、学長にとっても現場の声が聞ける機会になります。さらに、第3者に取材してもらって座談会記事として活字化されることで自らを客観視でき、読んでいる人も議論を追体験できる。高濱さんは座談会がもたらす効果をこのように説明してくれました。

 

学内向けウェブサイト「Talk with」に掲載された座談会コンテンツ「DAIKEI TALK」

学内向けウェブサイト「Talk with」に掲載された座談会コンテンツ「DAIKEI TALK」

 

他にもスタッフインタビューで各部の部長の話を掲載したり、「ビジョン」というものが持つ重要性や役割を原理的に解説する学外識者のコラムがあったり、多角的にインナーブランディングを伝えるサイトになっていました。

 

本サイトは、座談会に参加した職員はもちろん、その他の職員からも好評だといい、広報課が人と人とをつなぐきっかけを作る大切さが見えてきたと語ります。

 

各施策と対応するコンテンツを作っていった

各施策と対応するコンテンツを作っていった

 

他方、課題も見えてきたそうです。例えば、ミッションと仕事のつながりがまだ薄いのではないか、座談会で出たアイディアを大学の事業にどう反映していくのか。また、教員が本格的に参加するのはこれからのため、どんな反応になるのかはっきり見えていないとのこと。

 

まさにこれからが本番といった意気込みが伝わってきます。「Talk with」は学内者向けのため外部からは閲覧できませんが、その取り組みの効果が、どのように大学のあり方へと反映され、私たちの目に見える形で表れてくるのか、今後の大阪経済大学に注目です。

知名度のある駒澤大学が改めてブランディング事業に力を入れた理由とは

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続いては、駒澤大学のブランディング事業「WHAT IS OUR BRAND?」についてです。2019年10 月、駒澤大学はブランドコンセプトを策定しました。それは大学の現状を見つめ、大学としての在るべき姿を探る試みです。このブランディング事業について、総務部広報課の辻川さんに発表していただきました。

駒澤大学 総務部広報課 辻川さん

駒澤大学 総務部広報課 辻川さん

 

ところで、駒澤大学というと、全国的にも知名度が高く、イメージも良いように思います。なぜブランディング計画が必要だったのでしょうか?

 

辻川さんは、大学に関する各種調査からわかってきたことを次のようにまとめます。すなわち「知名度はあるが価値が伝わっていない」。外部調査を詳しく見てみると、駒澤大学は名前をよく知られているものの、あまり高い価値を認められていない、という厳しい現実を突きつけられたと言います。

 

そこでブランドを再構築するために、独⾃調査を開始。⾼校教員や新⼊⽣にヒアリングを⾏い、駒澤⼤学をどう捉えているのかを調べました。ここでも、厳しい結果を⽬の当たりにしたそうです。

 

さらに、大学関係者へのヒアリングや、学生、卒業生、企業経営者へのインタビュー調査、競合大学のロゴ、ウェブサイト、発行物等の分析を行い、駒澤大学が今後も継承すべき点、強化すべき点、付加すべき点、削除すべき点をあぶり出したそうです。例えば、仏教の大学としてのアイデンティティ、学生たちが真面目で優しく素直で堅実であること、といった側面が継承すべき点として挙がりました。付加すべき点としては、内向きなイメージがあるため、外向きでアクティブなイメージといったものが挙がりました。

 

これらの結果を受けて、教職員参加型のグループワークを開催し、ブランドコンセプト策定に向けて議論を深めていきました。調査結果の共有、提供すべき価値についてのアイディアの交換、駒澤大学が社会で果たすべき役割や個性について考えていき、最終的にこれら議論がブランドコンセプト(下図)へと集約されていきました。

 

ブランドコンセプト。駒大らしさ、そう有りたい姿を定義して社会に宣言する、約束することがめざされた。提供価値に見える「よりどころ」の機能は、駒澤大学の根幹でもある仏教的、寺院的な機能にもリンクするものだと辻川さん

ブランドコンセプト。駒大らしさ、そう有りたい姿を定義して社会に宣言する、約束することがめざされた。提供価値に見える「よりどころ」の機能は、駒澤大学の根幹でもある仏教的、寺院的な機能にもリンクするものだと辻川さん

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ブランドコンセプトに合わせて作成したスローガンは句読点も含めて学長がこだわったといいます。竹友寮といった寮があるくらい、駒澤大学にとって「竹」はなじみのあるモチーフ。「しなやかな、」という言葉には「竹」のように柔軟に、強く、主体性を持って生きて欲しいというメッセージが込められています。

 

スローガンに対する考え方を示したステートメントも発表し、学内にも掲示。しかし、コロナの影響で学生にはまだあまり見てもらえていないのが現状だと辻川さんは言います。また、広報課としては、プレスリリースを出す際に、できるだけ内容をブランドコンセプトと紐づけるようにしているそうです。

 

「まだまだ始まったばかり。これから教育にも落とし込み、広報として発信していきたい。すぐに効果は出ないと思います。養命酒のようにじわじわと効いて体質が改善されるようにしていきたいですね」。辻川さんは締めくくりに、今後の課題をそう語ってくれました。

学生参加の広報誌の作り方。オンライン化で見えてきたこととは

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3番目の登壇者は追手門学院大学の理事長室広報課、仲西さん。テーマは、学生広報スタッフが制作に関わる在学生向け広報誌『OTEMON BRIDGE』についてです。とりわけ2020年にコロナ対応のために開設したオンライン版「OTEMON Bridge ONLINE」を踏まえ、紙媒体とウェブ媒体での役割の違いや、オンライン化で見えてきた課題や展望などについてお話しいただきました。

 

追手門学院大学 理事長室広報課 仲西さん

追手門学院大学 理事長室広報課 仲西さん

 

追手門学院大学の学生向け広報誌は、2008年のリニューアルを機に学生スタッフと共同制作をするスタイルに変わりました。現在は『大学広報誌OTEMON BRIDGE――学生・教員・職員のためのインタラクティブ・マガジン』というタイトルで、学生スタッフ・広報課・制作会社の3者で制作をしています。2017年に学生アンケートをとったところ、学生のおよそ半数が本誌を読んでいることがわかりました。

 

『OTEMON BRIDGE』の誌面(Vol.16)

『OTEMON BRIDGE』の誌面(Vol.16)

 

発行の目的は在学生に大学への愛着を持ってもらうため。学生スタッフが企画・プロデュースした特集ページ(例えば次号は、在学生インフルエンサー特集)などの学生目線のコーナーと、学内のトピックスや教員・卒業生の紹介などの大学が伝えたいこととを組み合わせた構成になっています。

 

現在、スタッフとして参加する学生は10名ほどです。学生を交えることで、学生しか知らない情報を取り上げることができたり、学生の経験になったりといった良い点があるようです。一方で、学生によって意欲に差があったり、学生は卒業していくため体制が不安定だったり、といった側面もあるのでメリハリのある運営が必要だと、仲西さんは言います。

 

何はともあれ、順調に発行してきた『OTEMON BRIDGE』ですが、2020年に新型コロナウイルス感染症の世界的流行という事態が発生します。大学への通学や他人との物理的接触が難しくなるなか、『OTEMON BRIDGE』はオンラインでの情報発信を決定。5月から6月にかけて、約1カ月でウェブサイトを構築したそうです。

 

コロナ禍のなか、わずか1ヶ月ほどでサイトを構築

コロナ禍のなか、わずか1ヶ月ほどでサイトを構築

 

サイト構築で意識したのはスピードと省力化。操作が比較的容易なフリーのCMSを用い、コンテンツは新規取材に加えて、過去に紙で発行した記事も転載しました。「コンテンツが少ないと、このサイト大丈夫かなと思われる。そこでバックナンバーも掲載することにしました」と仲西さんは言います。

 

『BRIDGE ONLINE』のトップページ(https://otemon-bridge.online/)

『BRIDGE ONLINE』のトップページ(https://otemon-bridge.online/)

 

オンラインで発信した具体的なコンテンツとしては、コロナ禍での就活情報、1年生へのメッセージを込めた学長と学生の対談、例年通りの勧誘活動が難しいクラブを紹介する記事などだそうです。

 

クラブ紹介、オンライン授業の話題、就活の話題などいま知りたい情報をサイトに掲載

クラブ紹介、オンライン授業の話題、就活の話題などいま知りたい情報をサイトに掲載

 

仲西さんはウェブを用いることのメリットを次のようにまとめます。

 

・学外からでも簡単にアクセスできる

・リアルタイムに情報発信できる

・記事ごとにSNSと連動して告知できる

・過去記事も関連づけて見てもらえる

・効果測定が容易

 

ウェブを用いることのメリット

ウェブを用いることのメリット

 

「冊子を作って終わり」ではなくなったオンライン版の『BRIDGE』。PV数なども順調で、コストは紙版に比べてなんと4割もカットできているといいます。また、サイトに載せた記事がきっかけとなり、学外から取材の依頼が来たこともあるようです。

 

とはいえ、『BRIDGE』は紙からウェブへと完全に切り替えていくわけではありません。オンライン版の開設によって、「新たなチャンネルが増えた」と仲西さんは捉えます。配りやすく情報量が多い紙と、スマートフォンから閲覧できSNS連動や過去記事へのアクセスも容易なオンライン版、それぞれの「良いとこ取り」をして両輪で進めていきたいとのこと。そして今後の課題としては、「BRIDGEについて学生たちがどう思ってるのか、そして大学への愛着にどうつながっているのかを検証していかなければいけない」と語りました。

 

卒業式がコロナで中止、2週間で作り上げたコンテンツ盛りだくさんな特設サイトの裏側

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最後は関西学院大学の広報室の松川さんに、「入学式・卒業式の広報」について紹介していただきました。

関西学院大学 広報室 松川さん

関西学院大学 広報室 松川さん

 

関西学院大学では、入学式・卒業式のタイミングに、新入生・卒業生に向けたメッセージを新聞広告や阪急電鉄の車内広告、SNS等を使って発信しています。今年はコロナの影響で従来通りの卒業式が開催できず、「♯関学卒業生にエールを」という特設ページを開設。今回は、これら情報発信のねらいや、「♯関学卒業生にエールを」が生まれた背景についてお話いただきました。

 

関西学院大学が入学式・卒業式に合わせて、広告を打つようになったのは2013年からで、学院創立125周年記念事業がきっかけだといいます。当初これら広告をはじめた目的は、入学生、在学生、卒業生、教職員の一体感を醸成するためでした。以降、毎年趣向を変えながら、SNS広告や動画を使った情報発信も行うようになります。情報発信のチャネルを増やしたのは、「沿線や学外の方にも関学の雰囲気を感じてもらう、これまで以上に外向けの情報発信としての役割をより意識するようになった」ためだと、松川さんは説明します。

 

2018年に行ったSNS広告と動画。SNS広告では、関西学院大学の時計台がモチーフに使われている

2018年に行ったSNS広告と動画。SNS広告では、関西学院大学の時計台がモチーフに使われている

 

2020年は、新たに「♯関学卒業生にエールを」という特設ページを開設しました。この企画は、新型コロナウイルスの猛威により2019年度の卒業式が中止になり、卒業する学生の旅立ちに元気を届けたいという思いから急遽立ち上がったようです。

 

とはいえ、卒業式の中止を関西学院大学が決定したのは2月の末。卒業式を開催する予定だった3月18日まで猶予がありません。この期間のなかで、卒業する学生のために何をしてあげられるか?何をどうするべきなのか?学内でいろいろな案が出たそうです。校歌を使って何かできないか、メッセージ動画を作ろう、インスタグラムに写真を投稿しよう、卒業する学生たちに向けてメッセージをライブ配信しよう、など。

 

結局どうしたか。全部いっしょにしてしまおう、という結論に至ります。つまり、校歌、メッセージ、写真などをすべて詰め込んだ特設ページの構築です。著名な卒業生たちからメッセージ動画を集めることも検討を始めました。

 

企画段階での特設ページのイメージ

企画段階での特設ページのイメージ

 

卒業式中止決定からおよそ2週間という制作期間のなかで、できるだけ新卒業たちに喜んでもらえるサイトにしたいと、広報室の職員たちは声をかけられる著名な卒業生たちに「スマホで撮影したものでも構いませんので…」とメッセージ動画を依頼したそうです。

 

結果、思いが伝わり、コロナ禍で世間が慌ただしくなっていた時期にも関わらず、多彩な分野の多くの卒業生たちから動画が寄せられました。全員が軽音楽部の卒業生である人気ロックバンドのキュウソネコカミは、偶然にも結成10周年で、大学でもロケを行った新曲「Welcome to 西宮」のMVを発表したところでした。そこで、この動画へのリンクを張って紹介するといったコラボレーションも実現しました。

 

著名な卒業生からのメッセージ動画集

著名な卒業生からのメッセージ動画集

 

メッセージ動画以外にも、卒業式用に制作を進めていた広告を特設ページで紹介したり、卒業式を皮切りに販売する予定だった阪急電鉄とのコラボグッズが購入できるECサイトへのリンクを設けたり、この特設ページによって「コロナ前」の想定を、いくらか補完することができたようです。

 

また、2020年にこの特設ページの開設とあわせて取り組んだのが、SNSハッシュタグキャンペーン「#関学卒業生にエールを」です。このキャンペーンは、式典がなくなってしまった新卒業生たちに、「#関学卒業生にエールを」というハッシュタグを付けてSNS上でメッセージ(エール)を贈ってもらうというもの。卒業生や教職員を中心に波及効果が見られ、このキャンペーンを知らせる関西学院大学公式TwitterやInstagramの投稿にも大きな反響が寄せられました。さらにはテレビや新聞でも取り上げられたようです。

 

平常のSNS投稿と比べてかなり大きな反響が

平常のSNS投稿と比べてかなり大きな反響が

FacebookはOB・OGの利用者が多いそう

FacebookはOB・OGの利用者が多いそう

 

この一連の取り組みについて松川さんは、「2週間で作らなければいけなかったので、正直、広報室員一同、無我夢中でやりました」と振り返ります。しかし、「結果的にはインナーコミュニケーションの活性化にもつながったのでは」と。また別の見方をすれば、卒業生のほとんどがスクール・モットーである“Mastery for Service(奉仕のための練達)」の言い合いを理解しているというアンケート調査結果があるほどに、普段から学内や卒業生とのコミュニケーションが濃いからこそ成功できた企画だったのかもしれない、とも言います。

 

2020年度はどうするかは、まだ決まっていないと言います。そもそも卒業式が開催できるのか、それとも今年も特設ページを設けるのか、それとも別のスタイルになるのか。式典が開催できることを願いつつ、インナーコミュニケーションの側面から関西学院大学がどんな戦略を展開するのか、在学生・卒業生でなくとも、その動向を見守りたくなるようなお話でした。

質疑応答――インナーブランディングは急がば回れ?

最後に質疑応答の時間を設け、参加者から寄せられた質問に登壇者の方々に回答していただきました。ここでは、そのなかから印象的だったものをいくつか抜粋してご紹介します。

 

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「インナーブランディングを行ったことによる、在学生や卒業生への目に見える効果は?」といった質問に対して、駒澤大学の辻川さんは、「効果があらわれているかはまだ計り知れないが、アイキャッチにはなっています。学生が就活するときに名刺に入れたいとか、パワーポイントの背景にしたいとか、そういう声がある。教員のオンライン授業のパワポで使える素材にもなっていて、視覚から広がりは出ています」と回答されました。

 

同じ質問について、関西学院大学の松川さんは、「卒業生アンケートの回答率は悪くないですね」と話します。また、大学にはOB・OGがよく訪れる傾向にあったり、職員が卒業生の結婚式に呼ばれたりと、OB・OGと教職員は良好な関係を築けているそうです。

 

「ブランドコンセプトやビジョンの浸透にあたって効果的だった施策は?」という質問に対して、大阪経済大学の高濱さんは、「イメージカラーなど、見えるものに統一感を持たせるのは効果がわかりやすいです。“思い”の部分は地道に対話していくしかないのでは」と回答。座談会もその方法の一つだと言います。「でも楽しいことなので、楽しみながらやっています。やらなければならないことというより、新しいものを探していくという感じでやっていけば広がるのではないでしょうか。そうでないと長続きもしないと思います」。

 

学生が制作する広報誌について、「学生のモチベーションを高める方法やスタッフ募集の方法をどうしているか?」という質問について、追手門学院大学の仲西さんは次のように回答しました。「制作会社の人にしっかり入ってもらっています。誌面を作るだけではなく、学生の成長を考えられるような方にお願いをしています」。またスタッフ集めについては、誌面に毎回募集告知を出したり、ゼミの先生から紹介してもらったりしているそうです。

 

「新入生や卒業生向けの広告施策にどこまで制作会社が関わっているのか」という質問について、関西学院大学の松川さんは、「今回ご紹介した特設ページについて、多くは学内から出たアイディアで構成されています。著名人を起用するといった企画は制作会社からも声がありました」と回答。大学と制作会社の提案が早くに合致したからこそのサイトだったようです。

 

他にも質問が寄せられたのですが、残念ながら時間の都合ですべてに回答することはできませんでした。しかし、試行錯誤をしたり、(コロナなどの)思わぬ事態に遭遇したりしながらも、教職員や学生が力を合わせて地道に意思疎通を図って作り上げていくことが、何よりも効果的なインナーブランディングの近道なのだと感じることのできる機会でした。

 

次回は、可能ならば対面で開催したいという願いを持っています。また、どうぞご期待ください!登壇者・参加者のみなさまありがとうございました!

 

クレーンゲーム攻略の鍵は「物理」の教科書にあり。鹿児島大学・小山教授が伝授するプライズゲットの技と心得

2021年1月5日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

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クレーンゲーム。有名なセガの「UFOキャッチャー」など、ゲームセンターを中心に、スーパーマーケットや映画館でも見かける、おなじみのアーケードゲームである。

 

おなじみではあるのだが、なかなか難しくて、「これは取れるだろう」と思っても実際やるととれない。たまに見かけるやたら上手い人ならともかく、シナモロールのぬいぐるみ一つとろうとするだけでも、気づいたら散財していたというのが落ちである(しかし景品は落ちない)。

 

クレーンゲームでプライズを上手くとれるようになったら楽しいはずだ…

 

そう思っていたとき、「クレーンゲームのプライズゲットを力学的に考察する」という話題を大学の講義にとりいれている物理学者が鹿児島大学にいることを知った。

 

磁気物理学を専門とする、鹿児島大学の小山佳一教授である。

 

この方なら、理論に裏打ちされたクレーンゲーム攻略のコツを体得しているに違いない。ゲーセンで何度も痛い目を見てきた私は、早速インタビューを行った。

クレーンゲームと物理――物理は使うものである

鹿児島大学理学部 小山佳一教授

鹿児島大学理学部 小山佳一教授

 

物理学者・小山教授は、鹿児島大学で物理学基礎や熱力学、そして人文系学生向けに物理学のおもしろさを伝える講義などを受け持っている。学生たちの多くは、高校生まで物理を暗記科目だとみなして勉強してくる。しかし、小山教授は「物理は暗記科目ではない」と言う。

 

「物体はなぜ床の上にとまっているのか。物体を横から押しても静止摩擦が働いて動かないが、どうすれば動いたり倒れたりするのか。物体を回転させるときにはどうすれば効率がよいか。

高校までの物理で習う内容ですが、大学ではこれらをもっと数学的に学びます。そのとき、学生は暗記しようとする。数式を暗記したりね。しかし数式というのは自然現象をシンプルに表すために作られたものであって、暗記するためのものではありません。原理を理解し、制御し、使う。そうであってこその科学です。

"物理は使うものである"。このことを実感してもらうためにも、クレーンゲームの話を授業に盛り込んできました」

クレーンゲームはアームで挟むだけのゲームだって?まさか!

小山教授の戦利品(の一部)

小山教授の戦利品(の一部)

 

一般的にクレーンゲームというと「アームの強さ」に焦点が当たることが多い。"このアームは弱くてとりにくそうだ"などなど。しかし小山教授は言う。「クレーンゲームはアームで挟むだけのゲームではない」、と。

 

どういうことか?小山教授は続ける。「倒す。進める。刺す。反動で押す。回す。これらを駆使するのがクレーンゲームというものです。そして、プライズの特徴を見極めること。すなわち重心がどこにあるのか。そしてどこに配置されているのか。もちろんゲーム機の特徴も含め、これらを意識しなければなりません」

 

倒す。進める。回す。重心の位置。これはまさに…

 

「高校の物理とまったく同じ。まずはシンプルな例を見ましょう」[図1]

 

小山教授は図解をしながら説明してくださった。

 

「AとBの景品があるとしましょう。アームで挟むだけでなく、アームの頭を使ってこれらを動かすことができます。例えばクレーンをまっすぐ下ろせばAもBも同じように横にスライドしますよね。横への進み方はAB同じです。

一方、クレーンの頭を景品の角にうまくぶつければ傾かせることができます。この場合Bと比べてAのほうが縦に長いので倒れやすい。これは経験的にもわかると思います。ではどうなれば倒れるか。プライズAの重心がAOより外側にいったときです。さらに重心がOOより外側にいけばプライズは下に落ちる、つまりゲットです」

図1:クレーンの「頭」を利用してプライズを横に進めたり、倒したりする

図1:クレーンの「頭」を利用してプライズを横に進めたり、倒したりする

 

「次に図2を見てください。普通にプライズが置いてあるとき、重心に働く力と下からの力、垂直抗力がつり合っています。上からと下からの作用線が重なっています。また、プライズが傾いても、作用線が重なったままならどっちに倒れるかは"運"です。我々が考えるべきなのは、重心をいかに垂直抗力がかかっている線からずらすのかということです」

図2:重心をいかに垂直抗力がかかっている線の「外側」に持っていくか

図2:重心をいかに垂直抗力がかかっている線の「外側」に持っていくか

 

重心の位置が下からかかる力とどういう関係にあるのかによって、プライズは元に戻ったり、倒れたり、運任せになったりする。このとき、プライズ自体の特徴にも注目しなければならない。

 

「例えば箱に入ったフィギュアの景品がよくありますよね。箱の表面がくり抜かれて透明プラスチックになっている場合、中身が見えるので重心がどこにあるのかがわかりやすい。さらにフィギュア本体の下に上げ底のプラスチックが入っていることもありますが、これは重心が上に来るので倒しやすいということになります」

 

問題は、最近よくある、中身が見えない箱である。

 

「中身が見えないと重心の位置がわかりません。しかも組み立て式のこともよくあり、部品が袋に入って箱の下に位置している可能性がある。すると重心が下に来るので、かなり傾けないと倒れませんよね。そういうときは、辺の長さを見て倒しやすい方に倒すのが得策でしょう。このあたりの話もすべて物理の教科書に書いてあります」

 

こうした物理の基礎的なところは“知ってはいるものの常に意識しているわけではない”という場合も多いだろう。もしかしたら、物理など学んでどうするのか?と感じて心の奥底に封印してしまった人も多いかもしれない。しかし物理の基礎を意識して観察できるようになればゲーセンで景品がとりやすくなる。

 

「宇宙物理のような分野はまた別ですが、身の回りにある物質を扱う物理は、どう人類のために利用するのかが重要になってきます。もう一度言いますが、物理とは使うものなのです」

中身が見えないプライズは組み立て式のものもある。重心の位置がわからないので戦術をよく考える

中身が見えないプライズは組み立て式のものもある。重心の位置がわからないので戦術をよく考える

ゲームセンター的物理学の傾向と対策

次に、より「現地(ゲームセンター)」の動向を踏まえながら、プライズゲットのコツを解説してもらった。

 

「2010年頃でしょうか。滑り止めのラバーが100円ショップでも簡単に安く手に入るようになりました。するとその頃からプライズの下にラバーをうまく隠しておく事例が増えてきました。いかにも落ちそうな配置なのに、よく見るとラバーが敷いてあって動かしにくいという場合が、結構あります」

 

プライズの下にはラバーが敷いてあるのか…。漫然とやっていたので気づいていなかった。

 

「ラバーがあれば摩擦が大きくなるので横にスライドさせるのは難しくなります。ですからまずはプライズの下をよく見なければなりません。

もしラバーがあったとしましょう。アームでひっかけるのはこういうときです。アームでプライズを少し上に持ち上げれば摩擦力は低下し、スライドさせやすくなる。これも教科書に書いてある理論です」

プライズの下にラバーが敷いてあるか要チェック。多くの場合、ラバーはプライズの下に隠されている。最近は滑り止めのついた棒の上にプライズが乗っていることが多い。この突っ張り棒もある時期以降安く売られるようになって増えたそうだ

プライズの下にラバーが敷いてあるか要チェック。多くの場合、ラバーはプライズの下に隠されている。最近は滑り止めのついた棒の上にプライズが乗っていることが多い。この突っ張り棒もある時期以降安く売られるようになって増えたそうだ

 

「これもいつ頃からか、アームの頭に透明な糸を括りつける台も増えてきました。つまりクレーンが途中までしか降りてこないようになっている。アームの頭を十分に活用できず、プライズをしっかり押せない。アームそのものの力で攻略しないといけない台です。それほどのパワーがあるアームなのか、よく観察して、無理そうなら手を引くことです」

 

ゲームセンターもいろいろと戦略を仕掛けてくるようだ。しかしそれをかいくぐる戦術も存在する。

 

「実は途中までしか降りてこないクレーンでも攻略法はあります。アームの頭をプライズの上方の角にぶつけて、プライズを少し傾かせる。倒れずに元に戻ってきたプライズがアームにぶつかって、アームが跳ねる。そのアームがまたプライズにぶつかって倒れるというものです。クレーンの長さと反動の力によって、普通に押すよりも強い力がかかって倒れることがあります。このテクニックが使えそうな台なら実験してみる価値はあるでしょう」

 

どっちにしてもかなり難しそうではあるが…しかしそんなテクニックを身につけておいても損はしないだろう。芸は身を助く。

まだある、物理学的プライズゲットの手法

これまで、進める、倒す、反動で押す場合を見てきた。まだ回す、刺すがある。

 

「回す技を見てみましょう。リングのついたプライズが棒にかかっている台をたまに目にすると思います。このときリングの上側にアームをひっかけようとする人も多いのですが、しかしこれは難しい。むしろアームをリングにぶつけて、リングを回転させたほうが落としやすい。物理で言うトルクが大きくなる、というやつです」

 

言われてみればなるほどである。リングにぶつけて回す、これは初心者でもやりやすそうだ。

 

「注意すべきは、棒の先端をめくりあげている台もあるということです。リングが棒から外れにくくなっています」

 

技を知ったと調子に乗る前に、細かい部分までじっくり観察しないといけない。

 

リングはひっかけるより回せ。ただし棒の先端に注意

リングはひっかけるより回せ。ただし棒の先端に注意

 

「次に刺す。箱の本体と蓋の隙間にアームの先端を突き刺します。蓋と箱に挟まれたアームに大きな摩擦力がかかるので抜けにくくゲットしやすいです。一回横に倒して隙間が上を向いてから刺すのがよいでしょう。しかしテープで隙間を埋めているお店も多いです」

 

やっぱりよく見ないと散財してしまう。

 

「プライズを置く床が分解可能なクレナフレックスという台など、メーカーやお店もいろいろと考えてきますから、とりあえずよく観察して考えて取り組んだほうがいいですね」

クレーンゲーム攻略の心得

ここで小山教授に、クレーンゲームに挑戦する際の心得を聞いた。

 

「心、技、体、物理。これです」

 

詳しく伺ってみよう。

 

「心。周りに人がいる、後ろに誰か来た、そんなときでも心を乱してはいけません。平常心を保つこと。

技。アームを狙った位置に止められるかどうか。何度かやっていれば、台ごとに特徴がわかってくるでしょう。

体。酒を飲んだ後、二次会に行く前に軽くやってみようか!と思ってもうまくいきません。体調が万全じゃないときにはやらない。

物理。客観的に考えて物理的にゲットできる台なのかどうか。とり方はどうする?摩擦力、重心の位置、クレーンの形状は?プライズの配置は?

これらを念頭に挑み、テクニックを磨けば、良い結果が得られるかもしれませんね」

クレーンゲーム攻略の心得

クレーンゲーム攻略の心得

 

ちなみに物理的なゲットが不可能な台とは例えばどんなものだろうか。

 

「ピンポン玉を特定の穴に落とすとか、そういう確率だけのクレーンゲームをやるときはよく考えましょう。操作は完璧でも最終的には運ですから、もはや物理ではありません。全く同じコースに落としても、統計誤差という正規分布があるので難しい。それでもいいのかどうか熟考したほうがいいです」

 

クレーンゲームは台を選ぶときにもじっくり観察が必要だが、一度やり始めるとやめどきも難しいものである。

 

「景品は金額的には800円程度の品物と言われています。800円以上かけても手に入れたいものかどうか。それとも、とり方をあれこれ考えて試してみるというプロセス自体を楽しみたいのか。あるいは、ゲームで恋人に良いところを見せたいというなら、目的は景品そのものではないのでまた話が変わってくる。このあたりはその人の価値観によります。

先日、うまい棒のクレーンゲームをやりました。普通に買ったら1本10円。私は400円使って39本ゲットして微妙な気分になりました。消費税を考えたら得ではありますが。本当に欲しいのかを考えるべきです。まあ、私は手元にあればおいしく食べるので、良かったのかもしれません」

エピローグ~小山教授の研究の話。強い磁場で物質を合成、そしてゲーセンへ

ここまでずっとゲームセンターの話題を語っていただいたが、小山教授はゲームセンターを研究対象にしているというわけではない。

 

「私の専門は磁気物理学です。研究では主に、地球が持つ磁力の20万倍以上の強い磁場を利用して、物質を合成したり、化学反応をコントロールしたりしています。例えば、磁性を持たない金属を強い磁場のなかで熱処理することで、自ら強い磁性を帯びた磁石を合成することもできました。これを応用すれば、車などに使う強力で安定した磁石を、高価な金属を使わずとも生産できるようになるでしょう。また、薬品で溶解していたような物質を、磁石で分解する方法なども研究してきました。環境によりよい分解の方法となる可能性があります」

実験室に置かれた大きな電磁石

実験室に置かれた大きな電磁石

 

中学校で勉強した磁石に関する理論をゴリゴリに推し進めていくと、こういう先端的な道へつながる可能性がひらけてくるのだ。

ところで鹿児島といえば焼酎も有名だが、磁場の研究はその焼酎にも応用できるらしい。

 

「学生が進めた研究ですが、磁場を使って焼酎の酵母菌を居眠りさせることができました。発酵は、酵母菌がブドウ糖を食べて分解することで進むのですが、強力な磁場によって酵母菌の活動が停止したんです。そしてその磁場は酵母菌によって異なります。つまり、特定の酵母菌だけを眠らせて、発酵の仕方をコントロールし、より美味しい焼酎を作れるなんていう可能性も出てくるわけです。研究室の学生が2年生のときに実験装置を作成し、4年生のときに特許出願しました」

 

これは焼酎好きには気になる研究だろう。

学部生が特許を取るまで研究を発展させているというのも注目すべきだ。

 

「大学内に、サイエンスクラブという学生が自主的に研究できる課外の活動場所を設けています。機材がほしければ学校で購入するので、他の研究者とコミュニケーションをはかって、研究する力を伸ばして欲しいということで。学生たちはその成果で特許をとったり、英語の査読付き論文を発表したりしています。理論を使って予想し、実験をし、失敗をしつつも成果を出していく。こういう研究のプロセスを学べる場です。

理論を使って予想し、実験をし、失敗しつつも成果=プライズを得る。これはまさにクレーンゲームと一緒ですね」

 

やはりクレーンゲームから学べることは多いのだった。

サイエンスクラブで研究する学生

サイエンスクラブで研究する学生

年末大特集 2020年 TOP5記事発表

2020年12月29日 / まとめ, トピック

年の暮れに毎年紹介している、ほとんど0円大学・年間PV数ランキングトップ5の2020年版をお届けします。

昨年は大学のカフェ(学食)を訪れてまったりと過ごしたレポート記事が第1位でした。さて、今年はどんな記事が人気だったのでしょう?

 

過去のランキング:2019年版2018年版2017年版2016年版2015年版


5位 珍獣図鑑(2):身近なのに謎だらけ! ナメクジの研究は不人気ゆえに面白い!?

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2020.5.14公開

直接被害を受けたことは無くても、そのヌメッとしたビジュアルから「気持ち悪い」と嫌われがちなナメクジ。ところでナメクジのことどのくらい知っている?カタツムリとはどういう関係?と聞かれたら…答えに窮するという人も少なくないのではないだろうか…記事本文はこちら

 

第5位には、ひときわユニークな生物の研究を紹介する企画として今年始めた『珍獣図鑑』から、ナメクジの回がランクイン。ナメクジは結構な嫌われ者ですが、実際何者なのかは案外知られていません。どんな種類がいるのか?繁殖の方法は?カタツムリと何が違う?京大大学院の宇高寛子先生に取材を敢行。色々と知ってみれば、なかなか面白い生き物です。「単なる不快な害虫」というイメージが変わる、かもしれません。


4位 龍谷大学が復刻! 幻のラジオ体操第3で運動不足を解消しよう!

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2020.6.4公開

国民的体操として知られるラジオ体操。第1と第2に加えて、実は「第3」があるのをご存知ですか?ラジオ体操の変遷の中で幻と化してしまったのですが、龍谷大学の安西将也教授(社会学部 現代福祉学科)と井上辰樹教授(社会学部 コミュニティマネジメント学科)が2013年に復刻。新型コロナウイルス感染拡大抑制のための外出自粛…記事本文はこちら

 

第4位は龍谷大学・安西先生(公衆衛生学)と井上先生(運動生理学)が復刻に携わったラジオ体操「第3」の話題。実は第3(しかも初代と2代目の2種類)があったラジオ体操。外出自粛やテレワークで運動不足が懸念される今、結構な運動になる体操だということで注目されています。記事では2代目の体操の再現動画を視聴できます。図解があるとはいえ、当時ラジオ音声でこれを覚えるのは難しかったのでは…ともあれ、楽しい動きで、健康づくりにも効果的だそうです。


3位 京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」【第12回】なぜ、人はいろんなエッチが好きなの!?

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2020.4.1公開

♠ほとぜろ 今回は、エッチについてという、普段なかなか正面から話すことのないテーマです。エッチとはまず、生殖活動ですよね。

 

♠田中先生 そうなんですけど、そうでもないんですね…記事本文はこちら

 

京大とほとぜろがコラボした当サイトの人気企画「なぜ、人は○○なの!?」から、人の性をめぐる現象について文化人類学者の田中雅一先生に取材した記事が3位にランクイン。生殖といった手段-目的に限られない人間のセックス(エッチ、変態)の自由さ、性の規範を批判的に検討するためにも性について自由に語れる状況をつくることが重要、といったなかなかおおっぴらには話題にならない(しかし大切な)話がバシバシ展開されています。


2位 珍獣図鑑(3):元祖・哺乳類!? カモノハシはヘンテコなのが魅力的

カモノハシ_リサイズ

2020.6.18公開

アニメや企業ブランドのキャラクターにもなっていて、なんとなく身近な印象のあるキュートな動物、カモノハシ。自分が知らないだけで、どこかの動物園にはいるのだろう、なんて思っていたけれど、日本国内どころか、カモノハシに出会える場所は現在、オーストラリアしかないという。そんなカモノハシが研究対象になったきっかけは?…記事本文はこちら

 

第2位は、『珍獣図鑑』のカモノハシの回。名前はよく聞きますが、哺乳類なのに卵を産むし、くちばしや水かきがあるし、よくよく考えるとだいぶ変わった生き物です。ヒトを含む哺乳類との関係、カモノハシの祖先の姿、咀嚼するのに歯を持たない理由、外交の道具に用いられてきた歴史、そして意外な「大きさ」などなど、カモノハシ研究で注目を集める愛知学院大学の浅原正和先生に詳しく伺いました。カモノハシグッズに溢れた研究室にも注目。


1位 夜空に異変! ベテルギウスが超新星爆発? 京都産業大・神山天文台で聞いてみた。

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2020.3.12公開

2019年の秋、天文ファンを賑わすあるニュースが報じられました。冬の星座の代表オリオン座、そして冬の大三角のひとつとして夜空に赤く光り輝く「ベテルギウス」が、どんどん暗くなっているというのです。年が明けてもベテルギウスは暗くなりつづけ、「超新星爆発」の兆しではないかと世間を賑わせました…記事本文はこちら

 

そして第1位に輝いたのは天文ファンにはたまらない話題に切り込んだこちらの記事。ニュースにもなった「ベテルギウスの減光現象」、そして「超新星爆発」。何となくすごそうだが、実際のところどういうことなのか?京都産業大学・神山天文長の河北秀世先生にお話していただきました。ベテルギウスのような老いた星はシャボン玉のようにブヨブヨ歪むというのも面白いです。大宇宙で展開する超人間的スケールのダイナミックなドラマを感じることができる内容になっています!


 

さて、「トップ5の紹介」を謳っておきながら何なのですが、今年は「記録」するという意味でもタイトルのみ10位まで挙げておきましょう。

 

6位:哲学×映画『メッセージ』:私たちは未来を予期して生きている? 傑作SFを哲学で読み解く(記事

7位:京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」【第11回】なぜ、人は神話を愛するの!?(記事

8位:言語学×『もののけ姫』: 言語学者がジブリアニメを分析! キャラの言葉づかいから読み解く『もののけ姫』(記事

9位:命との向き合い方を問いかける。興福寺 × 近畿大学、学術的知見を取り入れた伝統行事「放生会」(記事

10位:地球外知的生命は必ず存在する! SETIの第一人者、兵庫県立大の鳴沢真也さんに聞いてみた。(記事

 

このように、今年のトップ10はすべてが研究や学問分野の紹介記事という結果でした(9位は公開行事でもありますが)。

学食の食レポや市民向け講座のレポートは、新型コロナの影響でなかなか記事をつくるのが難しかった年でした。そのぶん、例年以上に幅広い領域に渡る研究紹介記事をお届けすることができたのではないかと思います。ウイルスにとっては新年も何もないでしょうが、心情としては、来年は再び学食や公開講座の参加レポートも充実させることができたら嬉しいです。

 

以上、2020年のほとぜろ人気記事の紹介でした。みなさま、良いお年をお迎えください。

化学鑑定研究×ドラマ『科捜研の女』:人気長寿ドラマを、科学捜査の専門家が「鑑定」する

2020年11月19日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

映画や小説、アニメ、漫画…サブカルの世界を学問の視点で掘り下げるシリーズ第5弾。

今回のテーマは、科学鑑定×ドラマ『科捜研の女』。2020年10月からシーズン20(!)の放送がスタートした、大人気長寿ドラマである。

このドラマを科学捜査の専門家の視点で読み解いてみると、人気を支えている”秘密”が見えてきた。

 

※この記事は『科捜研の女』シーズン20第1話およびシーズン16第5話のネタバレを含みます。

『科捜研の女』を科学捜査のエキスパートが“拡大鮮明化”

テレビ朝日系木曜ミステリー『科捜研の女』は、1999年の初回放送以来、継続的に新シリーズを発表しつづけてきた、現役最長寿のドラマである。

主人公の榊マリコ(沢口靖子)は、京都府警科学捜査研究所の法医研究員。ほかの研究員や捜査官と連携し、さまざまな科学鑑定を駆使しながら事件の真相解明に奔走する。

 

この『科捜研の女』について解説していただくのは、高知大学准教授・西脇芳典先生だ。化学の捜査方法の開発を専門に研究しており、高知大学に赴任される前は兵庫県警科学捜査研究所の化学主任研究員を務めていた。いわばリアル「科捜研の男」として活躍してきた。

 

西脇先生には、2つのエピソードを題材にお話をしていただいた。1つは2020年スタートの新作、シーズン20の第1話「榊マリコになれなかった女/マリコに殺意20年!? 謎の逆恨み女と空飛ぶ女子高生!!」。

あらすじはこうである。「10年前に人を殺した」と京都府警に自首してきた星名瑠璃(大久保佳代子)。10年前、山岳部の練習中に女子高生・河合範子(里吉うたの)が滑落死したのは、自分が原因だというのだ。瑠璃は、自分が範子を死なせた証拠を探して欲しいと科捜研のマリコに迫る。しかしマリコが鑑定を進めると不可解な点が次々と浮かび上がってきた。瑠璃はなぜ10年経って自首してきたのか?瑠璃は本当に犯人なのか――

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そしてもう1つはシーズン16話「掃除の達人/殺人現場を消す女!掃除の達人vsマリコの大根おろし」。これは過去の放送話のなかでも人気回の1つ。オンデマンド配信もされているので今からでも視聴しやすい。さらに、西脇先生の専門に関わる鑑定が登場する。そのことからピックアップした。

こんなあらすじだ。山中で発見された川越礼司(ダンカン)の刺殺体。科捜研の鑑定の結果、殺人現場は「ピンク色のカーペットのある部屋」だと推定された。被害者の元妻は安積素子(熊谷真実)。「掃除の達人」として世に知られる人物だった。彼女の家に「ピンク色のカーペット」があることが判明。しかしマリコらが鑑定しても血液反応はまったく出なかった。ここは殺人現場ではないのか?それとも「掃除の達人」が殺人の証拠を「掃除」してしまったのか――

 

さあ、『科捜研の女』は、科学捜査の専門家の目にはどう映るのか?

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高知大学・西脇芳典准教授。元兵庫県警察本部科学捜査研究所主任研究員

分析機器の正確な使用とドラマ的演出の組み合わせの妙技

まず西脇先生に尋ねたのは、『科捜研の女』への率直な感想。

 

「非常によくできていると思います。いろいろな鑑定方法が登場しますが、分析機器が正しい用途で使用されています。アドバイザーがいるのでしょうが、それにしても制作するのは大変だろうと感心しています」

 

ドラマでは、鑑定を行うシーンになると音楽が切り替わり、分析機器とともに鑑定方法の名前がテロップで格好良く映し出される。劇中の見所の一つだが、単に格好良いだけではなかったのだ。

一方でドラマと実際との違いを見ていくのも楽しい。

 

「ドラマなので、当然ながら現実と違う描写はあります。例えば劇中での科捜研メンバーは5人ですが、実際には5人ではとても対応できません。各都道府県警察の規模によって人数は変わってくるものの、警視庁で100名程度、大都市のある県なら数十名、地方でも15名ほどでしょうか」

 

メンバーたちの業務内容に注目するのもおもしろいようだ。例えばシーズン20第1話では、滑落した範子が身につけていたカラビナの状態を調べるため、研究室で鑑定するだけでなく、マリコが現場に赴いてロープで断崖にぶら下がるシーンがある。また、山中に埋められたという凶器を探しにいったりもする。

 

「マリコたちは結構派手に動き回っていますが、毎日、大小様々な事件が発生しますので、実際の科捜研は地道にルーチンワークをこなす日々です。朝、研究所に行って、届いている物質を鑑定し、パソコンで鑑定書を作る。専門分野によって程度は異なりますが、ドラマほど現場には行きません。日々の業務が滞ってしまいますから。凶悪で社会的影響の大きい複雑な事件が起きても、並行して地味な作業や研究は続けなければいけません。でもそれではドラマにならないですね(笑)」

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科捜研メンバーたちの活動とは?

マリコが法医担当、ロタくん(渡部秀)が物理担当、日野所長(斉藤暁)が文書担当といったように、ドラマでは科捜研メンバーそれぞれに担当分野がある。実際の科捜研もほぼ同様で、法医、化学、物理、文書、心理に分かれている。

 

「法医はDNAや血液などを鑑定する専門家です。例えばシーズン20第1話に出てきた頭蓋骨照合は法医分野の鑑定です。劇中でもマリコが担当していましたね。ちなみに誰かわからない骨から実際の顔を当てるのは大変難しいと言われています。“骨と写真が同一人物だ”というよりは、“そう考えても矛盾はない”という感じになるでしょう。シーズン16第5話で言えば成傷器照合という傷口と凶器との照合を行う鑑定も法医の仕事です。

物理は非常に幅が広いです。ドラマに出てきたようなカラビナなどの耐久性を確認する荷重負荷鑑定は物理ですし、今回のエピソードには出ていませんが、自動車のスリップ痕を調べたり、火事の原因を調べたり、工場で起こった爆発や事故の現場原因探索をしたり、銃器を調べるのも物理です。捜査員と一緒に行動して現場に出向く機会がもっとも多いセクションかもしれません。

文書は筆跡や偽札などの鑑定を専門とする人たちです」

 

マリコは捜査員とともに被疑者の取り調べに立ち会ったりもしているが、これは誰が担当するのだろう。

 

「『科捜研の女』のメンバーたちは万能なので、他の専門分野にもちょくちょく手を伸ばしがちですが(笑)、実際は自分の専門外のことは基本的にはやってはいけません。鑑定には、高い専門性が求められるためです。取り調べや逮捕は捜査員の仕事ですから、科捜研メンバーは立ち会わないですね。ただし、心理セクションの研究員が容疑者に会うことはあります。ドラマにはこの分野にぴったり対応する人物は出てこないようですが、特定の質問をしたときに人がどんな生理反応を示すかというポリグラフ検査を行います。科捜研で唯一の文系分野です」

 

ちなみに劇中で亜美ちゃん(山本ひかる)が担っている映像データ解析は、物理分野の研究員や、科捜研以外の情報関係の部署が受け持つことが多いという。

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『科捜研の女』の鑑定は"絶妙なところ"で止めてある

西脇先生の専門は化学分野の鑑定。『科捜研の女』では宇佐見(風間トオル)が化学担当である。

 

「CCDカメラで被害者の腕時計を拡大しながら繊維片をピンセットで採取するシーンがありました。そこで採取した繊維片を鑑定するのは化学の研究員です。ちなみに、私が採取するなら目視で確認し、光学顕微鏡のもとで採ります。『科捜研の女』の特徴は、新しい機器による鑑定を前面に出しているということです。もちろんCCDカメラ付きピンセット自体は有用ですが、慣れている人にとっては目視と使い慣れた顕微鏡のほうが効率的だったりします。実際の科捜研では、新しい機械ばかり使うのではなく、もっと地味な方法も活躍しているし、重要な役割を果たしています。新しい機器は高機能で華やかで素晴らしいですが、しっかりした基本があって、初めてその能力が発揮されます。

また、着衣についたメガネのガラス片を採取していました。ガラス片の鑑定も化学分野の担当です。ドラマではかなり大きなガラス片がついていましたが、着衣に付着するには大きすぎるかなと思ました。着衣に付着するのは、実際には1mmの半分以下のような微細なものです。ドラマのような大きなガラス片なら鑑定は比較的容易ですが、微細なガラス片は非常に鑑定が難しい試料の1つです」

 

他の分野との連携作業になることもあるという。

 

「例えば第1話の後半で、発掘された骨を法医担当のマリコが調べ、下顎骨に付着していた繊維片を化学担当の宇佐美が鑑定していました。ああした連携はあり得ます」

 

さらにこのシーンには専門家から見て着目すべき点があるようだ。

 

「このドラマの信頼できるところは、危険な領域には踏み込んでいないということです。繊維鑑定というのはまさに私の専門なのですが、極めて難しいんですよ。事件・事故の衝撃で元の物質が破損して、犯罪現場に残ったり、被疑者・被害者の着衣などに付着したりします。そうした物質が鑑定試料になります。その試料が事件・事故と関わる物質から派生したものか、それとも異なるものなのかを明らかにすることを異同識別と言います。事件によっては、1本の単繊維片から、太さ、形状、色、材質などを調べて、異同識別をしていくことが求められてきます。ちなみに私はさらに単繊維からどこのメーカーがどんな製法で何年ころに製造していたものかなど、さらに突っ込んだ情報を特定できるようにするための科学捜査研究を大学で行っています。

対して劇中では、1本ではなく複数本の繊維から“材質は強化ナイロン”だったと述べるだけにとどめていました。シーズン16の第5話の繊維鑑定でも同様で、こちらでは“ポリエステルとアクリルの混紡”だったと言っていました。ある程度の鑑定試料量があるものから、材質を明らかにするだけなら比較的容易です。それ以上行くと方法も複雑で、つっこみどころも生まれやすい領域になるので、その手前で止めてちゃんと話を作っているのはうまいと思います」

西脇先生が用いているミクロトームという装置。繊維を切断し、精密な断面を作成することができる

西脇先生が用いているミクロトームという装置。繊維を切断し、精密な断面を作成することができる

 

西脇先生が得意とされる繊維断面の鑑定。極めて微細なサンプルを扱う

西脇先生が得意とされる繊維断面の鑑定。極めて微細なサンプルを扱う

 

「ドラマの繊維鑑定シーンで用いているのは化学合成繊維の材質の鑑定に有効な赤外分光分析という方法。綿、ウール、アルパカのような天然繊維の特定には生物顕微鏡検査のほうが有効です」とのこと。写真はアルパカ繊維断面の顕微鏡写真

「ドラマの繊維鑑定シーンで用いているのは化学合成繊維の材質の鑑定に有効な赤外分光分析という方法。綿、ウール、アルパカのような天然繊維の特定には生物顕微鏡検査のほうが有効です」とのこと。写真はアルパカ繊維断面の顕微鏡写真

科学捜査研究の醍醐味とは?

非常に地道で細かい分析を行う科学捜査。それを研究することの醍醐味についてお聞きした。

 

「社会の安全と安心に直接的に貢献できることです。日本は法治国家なので、捜査員の思い込みなどで罪が裁かれるのではなく、客観的な科学で罪の量刑が判断される必要があります。事件・事故は複雑巧妙化しています。科学捜査技術が向上していかなければ、犯罪を立証できず、有罪になるべきものが無罪になるということです。

私の研究テーマは『高感度化学分析を用いた犯罪捜査サンプルの高精度異同識別法の開発』です。特に、微細な犯罪捜査サンプルとして、繊維・自動車塗膜を研究対象にしています。昔から研究されている典型的な科学捜査サンプルですが、分析が難しく、やらなければならないことだらけです。例えば自動車の塗膜にしても、グローバル化によってあらゆるところで同じ材質が使われるようになっています。すると鑑定がより困難になる。

そうしたなかで進めている研究を一つ紹介すると、放射光X線分析があります。放射光を用いると繊維や自動車塗膜に含まれる微量な触媒、染料、顔料などを分析することができます。現在の警察鑑定では識別できないサンプルでも異同識別できるようにするための最先端科学捜査研究です。世界や日本の警察で採用される実用的な技術として確立したいと考えています。

欧米では非常にメジャーな、化学を用いた科学捜査研究ですが、日本の大学で実施している研究室はほとんどありません。これからの日本の治安維持の観点からも、ぜひ若い人に科学捜査研究に興味を持ってもらえるとうれしいです」

車の塗膜はすべて警察庁によってデータベース化されている。事件・事故現場に遺留した塗膜片を分析し、データベース照合して年式や車種などを割り出す。写真はすべて別の車種の塗膜の電子顕微鏡写真

車の塗膜はすべて警察庁によってデータベース化されている。事件・事故現場に遺留した塗膜片を分析し、データベース照合して年式や車種などを割り出す。写真はすべて別の車種の塗膜の電子顕微鏡写真

 

こちらは自動車のバンパー塗膜の断面。バンパー塗膜は車両ボディー上の塗膜より層厚が薄く(数µmのものもあるほど)、鑑定が難しいサンプル

こちらは自動車のバンパー塗膜の断面。バンパー塗膜は車両ボディー上の塗膜より層厚が薄く(数µmのものもあるほど)、鑑定が難しいサンプル

 

放射光実験施設である、高エネルギー加速器研究機構(KEK)フォトンファクトリー(PF)BL15A1に設置されている装置。写真では放射光X線分析によって繊維を分析している。ここで最先端科学捜査研究が実施されている

放射光実験施設である、高エネルギー加速器研究機構(KEK)フォトンファクトリー(PF)BL15A1に設置されている装置。写真では放射光X線分析によって繊維を分析している。ここで最先端科学捜査研究が実施されている

 

最後に『科捜研の女』の楽しみ方を尋ねてみた。

 

「やはり鑑定シーンが面白いです。ドラマで登場した鑑定を見て、この物質にこの鑑定を使うと何がどうわかるのか?なぜ証明できるのか?といった原理を調べてみるとドラマがもっと面白くなると思いますよ。例えばなぜ赤外線分光分析によって強化ナイロン材質だとわかるのかとか」

 

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西脇先生の口から繰り返し発せられた、実際の科捜研は「地味」だという言葉。『科捜研の女』は、そうした地道な仕事を、劇的なミステリー、そして人間ドラマとして仕立て直している。一方で、分析機器の用途は正確に描き、鑑定も「いい具合」で止めておくことで、科学的には暴走せず、科学捜査の専門家から見てもよく出来ていると感じられるようになっている。

このバランス感覚は、現在放送中のテレビ番組としては最長寿のドラマ『科捜研の女』の魅力を支えている大切な要素だろう。

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座り心地の良い「鉄道の座席」とは?信州大・吉田教授と岐阜生活研・山口主任研究員に聞く

2020年10月29日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

鉄道に乗ったら結構多くの人がするであろうこと。それは座席に座るということだ。どこか空いている席や、自分の予約した席を探して、座る。そして席に着いたら、数分間から長ければ数時間座ることもある。であれば、座り心地が良いほうが嬉しい。

 

ところで「鉄道の座席の座り心地の良さ」を左右するものとは何だろうか?私たちはどんなときに座り心地の良さを感じるのだろうか?

 

信州大学繊維学部教授の吉田宏昭さんと、吉田さんの研究室出身で現在は岐阜県生活技術研究所主任研究員の山口穂高さんは、感性工学者として「鉄道の座席の座り心地」の研究を行い、その成果を発表してきた。

 

そこで、「鉄道の座席の座り心地」について色々とお聞きするべく、お二人へのインタビューを敢行した。「座り鉄」などの熱心な鉄道ファンの人はもちろん、それ以外の多くの人にとって実は重要なテーマである「座り心地」に関して、研究の経緯から、気になる研究成果、そして座り方のコツまで伺うことができた。

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日常的な場面での「人」と「もの」の対話を考える

――「鉄道の座席の座り心地」というのは珍しい研究テーマのような気がするのですが、お二人はどのような分野で活動されているのでしょうか?

 

吉田宏昭さん(以下吉田) 感性工学という分野です。私は身長が190cmくらいあるのですが、結構日常生活が不便で…。脚が収まらないのでバスや飛行機でうまく座れないし、大きな布団じゃないと寝るときも足がはみ出てしまいます。そうした経験もあって、日常的な感性のことをずっと考えてきました。例えば寝る、座る、歩く、食べる、背負う――こうしたときに人間がどんなことを感じているのか、それを工学的な技術でより快適にするにはどうするかという研究をしています。

信州大学繊維学部教授、感性工学者の吉田宏昭さん

信州大学繊維学部教授、感性工学者の吉田宏昭さん

 

山口穂高さん(以下山口) 私は吉田先生の研究室で鉄道の座席の座り心地の研究をテーマに博士論文を書きました。大学院修了後は岐阜県の生活技術研究所で研究を行っています。例えば机の木目の柄から人が受ける印象を実験・調査して、どう作ればいいのか作り手にフィードバックしたりしています。岐阜県は木製家具の産業が盛んですので、県内の家具産業を支援するのが現在の主な目的です。

岐阜県生活技術研究所主任研究員の山口穂高さん。学部4年生以降、修士、博士と吉田研究室に所属していた

岐阜県生活技術研究所主任研究員の山口穂高さん。学部4年生以降、修士、博士と吉田研究室に所属していた

 

――感性というと哲学的な、「美学」(感性の学)という学問もありますよね。

 

吉田 私たちは「感性とはやり取りの能力である」と捉えています。人と人だけでなく、人とものが出会ったときに「良いな」「まずまずだな」と、対話を交わす。こうした感性を、計測を通して少しでも客観的に示せれば、ものを改良できるんじゃないかと考えています。感性の人というよりは、やはり工学の人なんです。感性は理系で扱う題材ではないと思われてきましたが、それを工学で行っているというのが大事だと思っています。

「色」が変われば座席の「肌触り」まで変わる

――確かに鉄道に座るのも、人とものの日常的なやり取りですね。この鉄道の座席に関する研究がスタートしたきっかけは何だったのでしょうか?

 

吉田 学生時代から、車のメーカーと一緒に、コンピュータ・シミュレーションを使って着座時の疲労について実験するといったような研究をしてきたのですが、あるとき新幹線のシートを作っている企業から研究の依頼がありました。バスや飛行機での座り心地がいつも気になっていたし、取り組んでみようと。その後ゼミ生になった山口さんは、コンピュータ・シミュレーションの解析などを行ってこの研究を主導してくれました。

 

――席の「色」と座り心地の関係について実験・研究されたと論文で拝読しました。座り心地というと硬さや手触りなどを思い浮かべます。色から見るというのは面白いですね。

 

吉田 その企業からも、もともと色の研究ということで連絡が来ていたんですよ。実際、あるとき鉄道に乗ったら座席の色がちょっと暗くて気分がどんよりしてしまったこともありましたし、座席の色に対する評価と、座り心地とを結びつけたら面白いのではないかなと考えました。

実験をしてみると、シートの特性は全く同じでも、色が違うと座りやすさや肌触り、フィット感など、座り心地に対する評価が変わってくることがわかりました。

 

――どういった結果になったのでしょうか?

 

吉田 赤、緑、青の3つの色の系統に分けて、各色相系統のシートカバーをいくつか作りました。そして、フィット性が良い/悪い、肌触りが良い/悪い、リラックスできる/できない、柔らかい/硬いなどの評価軸を設けて、色ごとにどう評価が変わるのか、そして座っている時間とともにその評価がどう変化するのかを実験しました。

赤系統の座席は評価がばらついて、使うのが難しい色という結論です。そう考えると、九州新幹線の座席には赤が使われていますが、なかなかの冒険だったのではないかなと。デザイナーさんもすごいと思います。

緑系統は無難だという結果です。特別良い評価でも特別悪い評価でもない。グリーン車に多く採用されているのも無難さと関係するかもしれません。

青系統は比較的誰にとっても座り心地が良いという結果になりました。さらに時間とともにその評価はアップしていきました。鉄道の座席では青色が結構多いですが、それも頷けます。

 

――同じ素材でも赤系より青系の色の座席のほうが肌触りなどもより心地よく感じやすいと。色の違いと肌触りや柔らかさの感覚に関係があるというのは驚きます。

 

まずディスプレイ上で色の違いによる印象評価を調べる(画像:山口さんの博士論文より。JR東海新幹線N700系(http://n700.jp)の画像を元に作成)

まずディスプレイ上で色の違いによる印象評価を調べる(画像:山口さんの博士論文より。JR東海新幹線N700系(http://n700.jp)の画像を元に作成)

ディスプレイ上で実験したあと、実際に色付きのシートカバーを作成し、実物でも印象評価を調べたという(画像:山口さんの博士論文より)

ディスプレイ上で実験したあと、実際に色付きのシートカバーを作成し、実物でも印象評価を調べたという(画像:山口さんの博士論文より)

鉄道ではどう座るのが良い?足置きの角度も重要

――研究では、身体のなかの変化を知るために、従来とは違う方法を採用したそうですね。

 

吉田 身体の内部を調べるのは難しくて、昔の海外の研究者は、例えば車の衝突実験なんかだと死刑囚や死体を車に乗せてバンバンぶつけていたんですよね…。とても現在ではできない方法です。

今コンピュータの性能も飛躍的に向上していて、車の設計もコンピュータ上で完結する。座席の研究にもコンピュータ・シミュレーションをうまいこと採り入れたいと思いました。

 

山口 専門用語で言うとFEM(有限要素法)というシミュレーションの方法を用いました。コンピュータを使って身体の内部の力の分布を明らかにできます。事故など危険な状況についてもシミュレーションできるし、設計の変更も比較的容易です。いやもちろんコンピュータでも大変な仕事には違いないんですが…比較的やりやすいのは確かです。

この方法を使って、色と座り心地の関係だけでなく、着座の姿勢による身体への負担への影響も調べました。実験用のシートを最初からいくつも作ったりせずとも、そして実際の人間に色んな姿勢をとってもらって実験をしたりしなくても、ある程度コンピュータ上で座り心地を評価できるとわかったわけです。今後新しい座席を開発する際に活用できる方法だと思っています。

 

――まずコンピュータで計測して、そのうえで必要な分だけの実物を作って実験したわけですね。ちなみに、着座の姿勢についても調べられたとのことで、どんな風に座るのが良いのでしょうか?新幹線だと乗客はよく席を倒している印象があります。

 

山口 座って何をするのかが重要で、休息をとるなら多少は倒す、作業をするなら前傾気味といったことになります。ただ、ずっと同じ姿勢というのは良くないでしょう。実験を行ったわけではありませんが、新幹線で3時間倒しっぱなしにしたりするのは、むしろ負担がかかって疲労すると思います。定期的に姿勢を変えたほうが良いでしょう。

ちなみに、研究の一部として、座り方とむくみの関係も調べました。その結果を自分でも採り入れて、新幹線などでフットレストが付いていたら活用するようにしてますね。

 

――フットレストをどう使うのですか。

 

山口 研究では、足を水平にした0度の状態、そこからつま先側を15度、30度と角度をあげていって比較しました。

結果、かかとを床につけたままつま先を30度あげるとむくみがとれるということがわかったので、自分でも意識してフットレストを使って30度くらいにしています。

 

吉田 研究の成果をちゃんと生活に反映させているとは…偉いですね(笑)

 

作業によって姿勢を整えるのが肝要(画像:山口さんの博士論文より)

作業によって姿勢を整えるのが肝要(画像:山口さんの博士論文より)

山口さんは足置きの角度とむくみの関係についても研究。自ら実践している(画像:山口さんの博士論文より)

山口さんは足置きの角度とむくみの関係についても研究。自ら実践している(画像:山口さんの博士論文より)

座り心地はどこまで「共有」できるのか?

――ところで、座席の座り心地の良さというのは、どこまで万人に共通するものなのでしょうか?

 

吉田 色について言えば、中国からの留学生たちに話を聞いたとき、実験の結果とはちょっと違う感想が出てきたことがありました。赤いシートの評価が軒並み高いとか。中国では赤は縁起の良い色のようで、それも関係するかもしれません。

 

――色に与えられた意味によって、座り心地も変わる可能性があるわけですね。

 

吉田 一方で、ある程度共通の要素はあると思います。座り方であれば、こういう作業をするならこういう姿勢、例えば事務作業をするなら前傾気味の座り方のほうが良いとか。しかし人によって身体の形が違いますから合う座面の形も変わってくる。だいたいの形はあるが、細かく言うと違う、ということになるでしょう。

みんなが良いというのはおそらくあり得ないので、今後は社会全体で、人に合わせてカスタマイズできる方向にしていくのがよいと思います。

 

――鉄道のように様々な人が同じ座席を使う場合、とても難しい問題ではないですか。

 

山口 ええ、難しいですね。別々の人間でも、同じシートに同じ姿勢で座ることが可能なら、だいたい同じ座り心地を得る。ところが人によって身長が違ったりする。すると、同じ鉄道のシートを使っても同じ姿勢をとることが難しくなって、座り心地も変わってきます。

 

吉田 自分用の座布団を持ち込んで座るとか、そういう方向になっていくのかもしれません。何らかのかたちで、そこに座る人によって変える/変わるような仕組みにしていくのが良いのではないかと思うんですよ。

いずれにせよ、自分が座るものに対してもっと気を配るようになっていって欲しいと思います。家や職場の椅子もそうですが、私たちは下手したら10年、20年くらい座るものを結構いい加減に選んで済ませてしまう。私はゼミに入ってきた院生たちに椅子を購入しているんです。いつも触れるものにはなるべく気をつかったほうがパフォーマンスも上がると思います。

生活を少しでも快適に。工学の本質とは「ものづくりに活かす」ことである

――研究の結果を実際の鉄道座席の設計に反映させていく、といった構想はありますか?また、今後の研究の課題もあればお聞かせください。

 

吉田 はい、座布団として販売したいという気持ちは持っています。それから、鉄道に限らず、例えば農業の分野にも成果を導入していきたいですね。農業用トラクターの座席は非常に座りにくい。少しでも座りやすくしたいなと。自分のお尻にあった座面があれば喜んでもらえるのではないかと考えています。

ちなみに農業ということで言えば、座面ではありませんが、すでに「まめったい」という製品を出しています。長靴に入れるインソールです。リピーターも多くて、農家の方だけでなく運送業の方々も履いてくれているようです。

 

高機能インソール「まめったい」。商品名は信州周辺の言葉で「元気に働く」といった意味

 

山口 鉄道のような、比較的イメージしやすい領域だけでなく、これまであまり注目されてこなかった領域にも研究成果を応用したいということですね。

 

吉田 特に第一次産業はなかなか注目されず、高齢者も多い。しかし食は私たちの根幹に関わります。少しでもより快適になって若い人も参入するようになったら良いなと。

最近、職業は多様性が大事だと思っているんです。例えば今の小学生が全員YouTuberになったら社会は終了しますよね。YouTuberになる人だけじゃなく、誰かが農作物を作り、誰かがものづくりをし、誰かが研究をする。

コロナ禍で、運送業の人たちが嫌がらせを受けたこともありましたね。なぜ県外から来るのかとか。しかし、そんなことでは社会はまわっていかないですよ。最近はコロナのこともあって、テレワークにすれば良いのでは?という意見もあります。できる部分はそうすればいいと思いますが、一方で誰かが家から出て活動しているからこそ社会は動いているし、人々は生きていられるわけです。それを忘れたら私たちは衰退していくだけだろうと思います。

 

山口 私は、感性工学の「工学」とは、「ものづくりに活かす」ということだと考えています。研究で得られた結果を実際の製品にして、新しいものを作っていく、人に使ってもらえるものにしていくというのが重要です。感性に関わる研究を進めて、鉄道のシートに限らず、他の産業でもどんどん使ってもらえる成果を出していきたいですね。

 

吉田 「工学とはものづくりに活かすこと」。良いことを言いますねぇ…。山口さんが立派になられて私は感慨深いです…。

 

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吉田さんは自らの教育の方針について「普通に考えたら大変だし楽しくもない研究というものを、学生たちにおもしろいと感じてもらうこと」を大事にしているとお話されていた。吉田さんも山口さんも、日常的な経験がもたらす感性のあり方を見逃さず、それをより快適にするべく実験を重ね、「ものづくりに活かされていく」ようになるプロセスを「おもしろく」感じていることが取材中も伝わってきた。

鉄道で座席に座るときをはじめ、日常生活で何かものに触れたときの「感じ」は、こうした地道で「おもしろい」研究活動に支えられている。鉄道に乗って座るとき、家の椅子に座るとき、そこで自分が何をどう感じているのか、もっと注意を払ってみようと思う。

 

世界の大学!第7回:エチオピアと日本、90年前の幻の結婚――ロンドン大学、サラ・マルザゴラ博士インタビュー

2020年10月6日 / コラム, 海外大学レポート

突然だが、世界史の授業のことを思い出してほしい。世代などによって違いはあるだろうが、概ね次のような部分は共通しているだろう。つまり、オランダ、イギリス、アメリカ、中国など、いろいろな国(特に西洋の大国)の歴史を学ぶということだ。

 

当たり前のようにも思えるが、しかしこれはどこまで当たり前なのか?今回お話を伺ったロンドン大学キングス・カレッジのサラ・マルザゴラ博士(https://www.kcl.ac.uk/people/sara-marzagora)は、これまでとは異なる枠組みで歴史を捉えようとする流れに立ち、主にアフリカで活動した知識人たちの営みの歴史を研究している。

 

今回、マルザゴラさんには、そうした新しい視点をとりいれながら、東アフリカのエチオピアと日本との関係についてメールインタビューで語っていただいた。

 

さて、エチオピアと、日本との関係について、何を思い浮かべるだろう。日本でも飲めるエチオピアのコーヒーのことかもしれない。1964年の東京オリンピックで活躍したマラソンのアベベ選手の出身地として記憶している人もいるだろう。最近ニュースでよく目にするテドロス・アダノムWHO事務局長もエチオピア(現・エリトリア)出身だそうだ。

 

しかし、エチオピアと日本の関係は、それだけにとどまらない。特に両大戦間期、エチオピアと日本はある意味でかなり近い距離にあったという。どんなふうに?そしてそこにはどんな背景があったか?

 

マルザゴラさんのお話からは、一見私たちとそれほど関係がなさそうな世界の出来事や人々の営みが、案外近いところにつながっていくことの面白さを感じることができた。

(本文中の〔〕は訳注)

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「ヨーロッパを中心にした各国の歴史」から「越境的なつながり」へ

――最初に、ご自身の研究の概要と、関心をもたれたきっかけをお聞かせくださいますか。

 

ヨーロッパとアメリカの大学では、人文学のプログラムは国民国家をベースに組み立てられる傾向がありました。例えば、フランス史やアメリカ政治思想といった科目、ドイツ文学の学部、ポルトガル研究の学位といったものがあるでしょう。

 

しかし2000年代になって、このモデルは、私たちの生きるグローバル化した世界の理解には適していない、近代になって世界が政治的・経済的に統合されてきたこと、そして思想がつねに国境を越えて流通してきたことの理解には適していない、と研究者たちは議論するようになりました。

 

私は、この「トランスナショナル(越境的)な転回」が重要だと考えたのです。特に、多くのアメリカやヨーロッパの研究者によるヨーロッパ中心主義的な偏見を乗り越える期待ができたからです。そのため、私はエチオピアのインテレクチュアル・ヒストリー〔知の営みに関する歴史学〕の研究において、エチオピアの世界的な立ち位置がいかにエチオピアの政治思想を形作ったのかを考えるようになりました。エチオピアの知識人が世界をどう捉え、そしてそのなかで自分たちの置かれている立場をどう理論化しているのかを探りたいなと。知識人たちが、トランスナショナルなつながりをどうやって築き、そこからどのような影響を受けてきたのかを調べ始めたところ、エチオピアの「日本化の担い手たち」の話と出会いました。

ロンドン大学キングス・カレッジのサラ・マルザゴラ博士。エチオピア・アディスアベバで開かれた「世界文学における口承の伝統」に関する学術会議での講演

ロンドン大学キングス・カレッジのサラ・マルザゴラ博士。エチオピア・アディスアベバで開かれた「世界文学における口承の伝統」に関する学術会議での講演

エチオピアの「日本化」とはなにか?

――エチオピアの「日本化」の動きがあったということですが、その前に、現在の日本では、エチオピアとの関係は一般的にはあまり知られていないような気がします。エチオピアと日本は具体的にどんな関係を持ってきたのでしょうか。その関係を知るうえで重要な出来事はなんでしょう。

 

エチオピアと日本の関係のピークは1927年から1935年の間です。1927年に、この2国は通商友好条約を結び、1930年にはアディスアベバ〔エチオピアの都市〕で行われた皇帝ハイレ・セラシエ (Haile Selassie)の戴冠式に日本の使節が出席しました。

 

その返礼訪問で、外務大臣ヘルイ・ウォルデ・セラシエ(Heruy Wolde Selassie)率いるエチオピア代表団が1931年に日本を訪れます。使節たちは日本に約2カ月間滞在して、天皇裕仁に謁見し、そして日本の近代化のシンボルとなるあらゆる場所を巡りました。つまり、工場、会社、工業型農場、動物園、劇場、鉄道、神社、博物館、軍事教育施設です。このときの訪日の目的は、商業的なつながりを強化するため、そしてヨーロッパへの経済的な依存を弱めるためでした。外務大臣ヘルイは日本滞在に感動して、エチオピアへの帰国後に『光の場所――日本という国』と題した小冊子を執筆し、そのなかで、エチオピアも日本モデルに従うことを推奨しました。1931年のエチオピアの憲法は、1889年の明治憲法を踏襲したものです。

前列の和服姿の4人は1931年に日本を訪れたエチオピア代表団。前列一番右が皇族のアラヤ・アベバ、その隣が外務大臣ヘルイ。後列右は弁護士の角岡知良。その左はエチオピア服を着た、知良の妻

前列の和服姿の4人は1931年に日本を訪れたエチオピア代表団。前列一番右が皇族のアラヤ・アベバ、その隣が外務大臣ヘルイ。後列右は弁護士の角岡知良。その左はエチオピア服を着た、知良の妻

エチオピア代表団の他のメンバーには若き日のアラヤ・アベバ(Araya Abebe)〔皇帝ハイレ・セラシエの親族〕がいて、やはり日本での経験に大きな感銘を受けて、日本の女性と結婚しようと決意しました。汎アジア主義者〔アジア諸民族の団結と欧米列強からの独立を主張する思想の持ち主〕の弁護士・角岡知良が、アラヤの結婚相手探しを手伝いました。黒田雅子というお相手が決まったのですが、イタリア政府の干渉があって最終的に結婚の話はたち消えになりました。イタリア政府はエチオピアの植民地化を狙っていて、日本とエチオピアの同盟関係に反対だったのです。

アラヤ・アベバと婚約していた黒田雅子

アラヤ・アベバと婚約していた黒田雅子

 

――エチオピアの知識人たちが日本に注目していたわけですね。一体どんな理由があったのでしょうか?

 

20世紀初頭のエチオピアの知識人たちは、国際舞台でのエチオピアが弱い立場にあることがわかっていました。この国は公的には独立していましたが、全方位をヨーロッパの植民地に囲まれていたのです。イタリア、フランス、イギリスは領土拡張の野望を抱いていて、エチオピアの独立を脅かしていました。エチオピアは経済的にも軍事的にもこうしたヨーロッパの国々と張り合える力を持っておらず、知識人たちは、エチオピアが「後進国」「発展途上国」であるということをヨーロッパの列強が侵略の口実に使う可能性を恐れていました。したがって彼らは、エチオピア政府はすぐに国家を近代化できるのだ、ということをヨーロッパに確信させようとしました。エチオピアが繁栄すれば、ヨーロッパは植民地化の計画を正当化するのが難しくなるのではないかと、エチオピアの知識人は考えたわけです。

 

ここで日本が重要なモデルになりました。ヘルイ・ウォルデ・セラシエや、ケベデ・マイケル(Kebede Michael)〔エチオピアの作家〕は、日本は当初こそヨーロッパに対する周縁的な立場から近代に参入したものの、その後うまく独立を保っただけでなく、自ら世界の大国になった、と分析しました。言い換えると、エチオピアの知識人にとって日本の事例は、非白人の非ヨーロッパの国家が、ローカルな伝統を維持しながら国際的なシステムのなかで力を得ることが可能だということの証でした。エチオピアの知識人は、自分たちの君主制の政治体制とキリスト教的な政治の伝統を変えることは望んでいませんでしたので、日本は文化的なアイデンティティを失うことなく、強国であるという認識を得ていた前例だと思われていたのです。

日本モデルはわかりやすい「スローガン」だった

――日本をモデルに近代化しようという動きは、エチオピアにどんな影響をもたらしたのでしょうか?功罪両面についてお聞きしたいです。

 

プラスの面は、日本がエチオピアの政治思想を活性化させたことだと私は考えています。というのも、日本は、エチオピアの知識人たちが西洋vs.東洋(あるいはもっと最近の言い方をすればグローバルノースvs.グローバルサウス)の二分法の外側で考える原動力となったからです。言い換えれば、他の非西洋の国家とつながりを築くという発想をエチオピアにもたらしました。日本モデルは、西洋だけが牛耳るのではない、そして「近代」化の方法が一つだけではない、多極化した世界をエチオピアが思い描くことを可能にしました。この点から言うと、日本の例は、世界の力関係の異なるあり方についての想像をかきたてるものでした。

 

ところが実際には、エチオピアの知識人たちは日本のことをよく知らずに日本モデルを称賛していました。日本の歴史は、平坦に、単純化して理解されました。エチオピアと日本の似ている要素だけが取り出され、多くの相違点は深く分析されることがほとんどありませんでした。この意味で、日本は理想化された見本であって、エチオピア内部で近代化の可能性を強調するために用いられたスローガンのようなものだったといえます。しかし、議論は大抵それ以上進みませんでした。別の言い方をすると、日本がエチオピアの知識人に促したのは、異なる世界の「可能性」を考えるという点であって、「いかにして」その異なる世界へと実際に到達できるのかではなかったのです。


――そうしたエチオピアと日本との関係の歴史から、現代の人々が学ぶべきことは何だと思われますか?

 

私にとっては、エチオピアと日本の関係史は、「南と南」のつながりの重要なケースです。ヨーロッパとアメリカの大学で行われるインテレクチュアル・ヒストリーは、非常にヨーロッパ中心主義的になる傾向がありました。専らヨーロッパに焦点が当てられますし、ヨーロッパ以外の伝統が研究されるときには、それはいつもヨーロッパ思想の派生物として、ヨーロッパの覇権への反応や反動として扱われていました。しかし、エチオピアと日本のケースのような南と南の関係の例は、このヨーロッパ中心主義を乗り越えることを可能にします。エチオピアの思想はヨーロッパの植民地の物語への反応や反動であるだけではなく、日本のような別の知的な伝統を基盤にしていたし、そしてのちにはカリブ海に離散した黒人たちなど、他の非西洋の知的伝統に影響を与えました。

エチオピアのオロモ文化センターにて。右は、マルザゴラさんの出身校であるロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS/ソアス)での研究仲間、アエレ・ケベデ(Ayele Kebede)さん

エチオピアのオロモ文化センターにて。右は、マルザゴラさんの出身校であるロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS/ソアス)での研究仲間、アエレ・ケベデ(Ayele Kebede)さん

世界文学という見方

――なるほど、知的な営みを介してさまざまな地域がダイナミックにつながっていきますね。ところで、あなたは大学で「世界文学」を教えておられます。この分野の概要についてもお話を伺いたいです。これまでの文学史との違いはどこにあるのでしょうか?

 

世界文学は人文学の「トランスナショナルな転回」のなかから生まれました。この学問分野の基本的な前提となっているのは、近現代の文学がかなりトランスナショナルな側面をもっていること、そして一つの言語の国民の文学を研究するという旧来のアプローチは、このトランスナショナルな動きを説明するには不十分だということです。一部の文学ジャンルは世界中に広まっています(例えば小説です)。作家はよく外国の伝統に影響を受けてきました。作家の多くは昔も今も複数の言語を使いますし、出身地以外へと旅に出かけてきました。そして遠く離れた場所について語る文学作品は数多くあります。言うまでもなく、いろいろな言語間の翻訳の歴史があるし、国際的な印刷機構、国際的な文学フェスティバル、そして国際的文学賞まである!

 

また、世界文学は、国民国家をもっと多元的に考え直すことも可能にします。同じ国民国家の内部でも、違う方言、状況に応じて変わる話し方、違う言語と常に出会っていますよね。
しかし、世界文学の歴史は、世界を平等に捉える文学の歴史というだけでなく、強力な文学の伝統と周縁的な文学の伝統の、不均衡な力関係の歴史でもあります。世界のそれぞれの地理には、それぞれの「中央」と「周辺」があります。私にとって、世界文学は、いかに文学がローカルおよびグローバルな権力形式と常に関わっているのか研究することを可能にする分野です。

 

――最後に、今後の活動について教えて下さい。出版の予定もあるとか。


今、いろいろな出版プロジェクトの仕事をしています。少し多すぎるかもしれないほどです!例えばケベデ・マイケルの思想の新たな側面についての一章を執筆しています。彼が奴隷制の歴史を理論化した方法についてです。また、世界文学とインテレクチュアル・ヒストリーにおける口承の役割についての一巻を共同編集中です。文学研究とインテレクチュアル・ヒストリーは書かれたものだけを基にした研究になりがちなのですが、口承の詩、歌、民話も世界中において、重要であり、近代的な、そして美学的に複雑な創造的表現の形です。

 

そしてさらに重要なのは、初の単著を完成させること。仮のタイトルは『独立の真意: 植民地主義世界におけるエチオピアの知識人たち(The True Meaning of Independence: Ethiopian Intellectuals in a Colonial World)』です。将来的には、エチオピアと日本の関係史の新しい側面の探求にも、もっと時間を割きたいと思っています。

 

もしこうした研究プロジェクトでのコラボレーションに関心のある方がおられたら、連絡お待ちしています!

 

――コラボレーションに興味のある方がおられたら、ぜひ。ということで、どうもありがとうございました。

アディスアベバのエチオピア作家協会にて

アディスアベバのエチオピア作家協会にて

 

 

世界の大学!第6回:大文字の歴史に載らない声を集める――ポーツマス大学、ジャッキー・ベイティ博士が語るZINEアーカイブプロジェクト「ZINEOPOLIS」

2020年7月14日 / コラム, 海外大学レポート

突然だが、まずはこちらを見ていただきたい(http://zineopolis.blogspot.com/)。

これは、ジン(ZINE)を収集・保存するポーツマス大学のアーカイブプロジェクトZINEOPOLIS(ジーノポリス)のウェブサイトである。

カラフルなイラスト、モノクロのイラスト、写真のコラージュ、付録…。アート・ジンと呼ばれる、視覚的表現を前面に出したジンを中心に、さまざまな手法や素材のジンが掲載されている。

 

今回の記事はこのZINEOPOLISがテーマだ。

 

ジンとは個人や少人数のグループが自分たちの好きなもの、思ったこと、語らずにいられないものを題材に、思い思いに作る個人出版物だと言えるだろう。語源は、何らかの物事のファン(例えばSFファン)が作るマガジン=ファン・ジンだと言われる。このジンを作り、売買や交換をし、読む、といった文化は、ヨーロッパ、アメリカ、アジア(もちろん日本も)、さまざまな地域に根づいている。

 

ZINEOPOLISプロジェクトの拠点があるポーツマス大学は、イングランド南東部、作家チャールズ・ディケンズの生誕地でもあるハンプシャーにキャンパスを構えている。

このアーカイブの立ち上げ人であり、キュレーターを務めているのは、同大学創造文化産業学部でジンの創作・研究・教育活動を行っているジャッキー・ベイティさんである。

 

ジンを集め、保存しておくことの意味とは何だろうか?なぜ立ち上げに至ったのだろうか?そして改めて、ジンとは何だろうか?

ベイティさんにメールをお送りしたところ、プロジェクトの趣旨のみならず、ジンに関わるお話をたくさん伺うことができた。

 

ベイティさんから教えていただいたことだが、実は、この記事が掲載される7月は「国際ジン月間(International Zine Month)」だという。試しに専用のハッシュタグ#IZM2020をSNSで検索すると、ジンについて語る多くの投稿を見つけることができる。

ジン文化を言祝ぎ、ジンに親しむ月間というこのタイミング。ベイティさんのお話から、ジン・アーカイブの意義、そしてジンそのものの魅力を感じることができた。

ZINEOPOLISのポスター

ZINEOPOLISのポスター

 

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アート・ジンを作り、教え、研究し、集める

ポーツマス大学のジャッキー・ベイティ博士と自作のジン『Future Fantasteek!』(自身のスタジオにて)

ポーツマス大学のジャッキー・ベイティ博士と自作のジン『Future Fantasteek!』(自身のスタジオにて)

― 早速ですが、ジンを収集・保存するZINEOPOLISプロジェクトが始まった経緯を教えていただけますか?

ZINEOPOLISを設立したのは2007年のことです。学生たちが作っていた、美しい出版物を集めてアーカイブするためでした。そして、ジンのフェアやギャラリーショップに行って良い作品を購入し、インターネットの小さな店から買ったり、自分で作ったりもして、コレクションに加えました。

 

―特にどういった種類のジンを集めているのですか?

ジンというのは、幅広い範囲の独立系出版物を包括しうる言葉ですが、ZINEOPOLISの場合、アート・ジンを集めていて、これはたくさんのイラストレーション、写真、デザインを使ったジンです。イラストだけで、文章が全然ないなんてこともよくあります。

アート・ジンとは何か?という基準を私は次のようにまとめています。

 

1: アート・ジンとは、少ない部数の非商業的な出版物であることとする。(1,000部以下。でも大抵は100部に満たない)

2: 多くのアート・ジンは、定期的に出版を続けることを目指して作られている――実際には16号を超えるものはほとんどない。2、3号まで、というのが多い。

3: あらゆるテーマを扱った自費出版で、イラストレーター、工作をする人々、アーティスト、デザイナー、写真家の手によるものが最も一般的。

4: 彼らは第三者からの編集上のコントロールないし検閲を受けない。(このルールは破れない)

5: アート・ジンは大抵、コピー機や家庭用コンピュータのプリンタで複製される――印刷業者の機械によって作られることはほとんどない。スクリーン印刷、木版ないしリノリウム版画、そして活版印刷のような技術を使うことが多い。

6: 専門店やインターネットを介して販売される。交換すること、贈ることも多い。セルフプロモーションを意図している場合もある。

7: 視覚的なコンテンツ(画像)が、文章よりも大きく扱われる傾向にある。画像しか掲載されないという場合もある。(つまり、ZINEOPOLISでは、どんな言語圏のジンでも集めたいと思っている)

 

―学生のジンを保存することからプロジェクトが始まったとおっしゃいましたが、ベイティさんが大学で担当されてきた教育、そして研究活動についても教えていただけますか?

イギリスのポーツマス大学イラストレーションコース修士課程のリーダーを務めています。学部(優等学位※)と修士課程でイラストレーションを教えていて、実技系の博士課程院生の指導もしています。

約20年間、イラストレーションとエディトリアルデザインを教えてきました。担当した授業は、ドローイング、版画、シーケンシャルイラストレーション、ナラティブイラストレーション、児童書、デジタルイラストレーション、グラフィックノベル、コミックス、社会問題を扱ったイラストレーションです。

 

自分でジンを作ったり、イラストを使って社会的なメッセージを発信したりすると同時に、他の大学でもジンのレクチャーを行い、ジンやイラストレーションに関する世界各地の学会にも登壇してきました。

今、特に関心があるのは、イラストを使ったジンがメンタルヘルスに関する諸問題――私たちにとって未だ議論するのが難しい問題です――をどう伝えることができるのか、ということですね。コミックスやジンに見られるようなイラストを用いた連続的な場面展開が、いかにして、弱ったメンタルの状態に伴う困難や感情的なもがきを分かち合うための良い方法となりうるのかという研究をしているところです。

このテーマについて、よかったら、私が書いた論文を読んでみてください〔link〕。

ベイティさん作のアート・ジン(Future Fantasteek! No.20 by Jac Batey, UK 2019)

ベイティさん作のアート・ジン(Future Fantasteek! No.20 by Jac Batey, UK 2019)

 

ZINEOPOLISは、必ずしも表には出てこない複数の声が集まる都市

―ちなみに、ZINEOPOLISという名称にはどういった意味合いを込めているのでしょうか?

文字通り「ジンの都市」――zine+opolis(ギリシャ語で都市を表す言葉)――を意味しています。コレクションしたそれぞれのジンは、一人ひとりの人間の声とアイディアを表していると私は捉えています。なので力を合わせて、普段はその意見に耳を傾けられることもない人々が発する声の都市をまるごと記録しているのです。伝統的な出版の世界においてはあまり表に出てこない制作者からジンを入手することは、コレクションにとって大切です。

私はSFのファンでもあるので、ZINEOPOLISという響きも気に入っています。自分が住んでみたい、未来のユートピア都市のような響きを持っているからです。

 

―そうした複数の声の集積であるZINEOPOLISコレクションの中でも、ベイティさんが好きなジンはありますか?

素晴らしいジンがたくさんありますし、みなさんそれぞれが何かしら楽しめるジンを見つけることができるでしょう。私は特に、ジェンマ・コーレル〔Gemma Correll〕、レイチェル・ハウス〔Rachael House〕、トム・ゴールド〔Tom Gauld〕の作品が好きですね。どれもZINEOPOLISで検索したら見つけることができます。

ベイティさんお気に入りのジン制作者の一人ジェンマ・コーレルの『アメリカ』(America by Gemma Correll, UK 2008)

ベイティさんお気に入りのジン制作者の一人ジェンマ・コーレルの『アメリカ』(America by Gemma Correll, UK 2008)

 

将来、人が何を考え、感じていたのか知りたくなったとき、ジンのアーカイブは大切になる

―教育、研究、制作、そしてアーカイブと、あらゆるかたちでジンと関わっておられるベイティさんから見て、ジンとはどういったものでしょうか?

アイディアの共有の手段、ひいては抵抗の手段にジンが使われる社会運動や政治運動はたくさんあります。イギリスやアメリカでは、パンク・ジン〔パンク文化に関わるジン〕に馴染みがあるという人も多いですね。パンク・ジン、フェミニスト・ジン、地下出版、LGBT+のジン、政治的なジンのような、特定のジンのジャンルについて論じている優れた理論的なテクストは多いです。でもジンはもっと幅広く、たくさんの国、文化に存在しています。それらを「ジン」という用語でグルーピングするようになったのは最近のことだと思いますが。

 

私にとって、ジンとは、個々人が何を考え、感じているのかを表現するもので、普段は表舞台に出てこないグループの人が作ることが多いですね。

 

ZINEOPOLISコレクションの利点は、第一に「視覚的な」物語を収集しているという点です。これはつまりたくさんの言語、文化から集めることができるということです。絵というものが素晴らしいのは、それほど翻訳をしなくても、明確なメッセージを伝えうる、という点です。

 

―そうしたジンを集め保存することの意義は、どこにあるとお考えですか?

私はZINEOPOLISのキュレーターとして、伝統的な出版界の外側に存在する、考え方と才能の多様性をアーカイブし、提示することを、コレクションの目的としています。ジンは、創造的な人たちが、商業芸術を超えて、検閲無しで読者に語りかけることができる、数少ない場です。このことが、ジンの世界を刺激的であるとともに挑戦的なものにしています。安価に、短時間で作られることが多いアート・ジンは、文字通りの意味でその日の考えや希望を反映しています。

 

〔ポーツマス大学の〕アート・デザイン・パフォーマンスの専攻に設置されているアーカイブなので、イメージ面を重視したジンに焦点を当てて意図的に選んでいますが、詩のジンや個人的なジン、ファン・ジンも所蔵しています。アメリカ、ヨーロッパ、日本、そして世界各地でジンが生まれていることは、一般に思われているのとは逆に、若い人たち(ジンの主な制作者です)は自分たちが置かれている世界について言いたいことをたくさん持っているし、思われているほど受動的じゃないということを表していると思います。

 

ZINEOPOLISは第一義的には非バーチャルなコレクションです。ノベルティがついていたり、一般的じゃないパッケージ、型破りな装丁、珍しい材質だったりすることも多い本を、手で触って、めくることができる。このコレクションは、オンラインでもアーカイブされてはいますが、「物質」の感覚的な喜びを感じられるものです。この自費出版作品の触感と美学は、特にアート・ジンでは重要な事柄です。

 

ジンを集めて保存していく活動を、たくさんの図書館、大学、ギャラリーのアーカイブが行うことには意義があります。将来、自分と同じような立場の人がそのとき何を考え、感じていたのか知りたいと思ったとき、こうしたコレクションは貴重な資源になるでしょう。ジンには、正直な感覚や他の人間とのつながりが描かれているのです。

ZINEOPOLISのポストカード

ZINEOPOLISのポストカード

視覚に訴えるアート・ジン(Special Brands by Joe Kolessides, Cyprus 2009)

視覚に訴えるアート・ジン(Special Brands by Joe Kolessides, Cyprus 2009)

 

触覚と笑いの感覚

―「ZINEOPOLISは第一義的には非バーチャルなコレクション」だとおっしゃいました。触ることのできる「物質」を集めることにはどんな意味があると思われますか?

人間にとって触覚は重要です。読書は印刷された文字によって喜びを与えてくれるだけではありません。紙の本を手に持つ行為は、手に心地よさを与えるし、古い本からは良い匂いがするでしょうし、新しい本はインキやニス加工の香りを漂わせる。本というモノはデジタルファイルには不可能な仕方で人に贈ることができます。私は、ジンによく付いているステッカーやポストカード、玩具、ブックカバー、バッジ、ノベルティといった要素を〔オンラインでの公開用に〕撮影してきましたが、この触覚的な要素は、オンライン・データベースではとらえることが難しいものです。

 

コピー機で複写したページの見た目や感覚と、スクリーン印刷〔穴の空いた版からインクを擦り付ける印刷技法〕で刷ったページの見た目や感覚は、手にとってみたら全く異なるものです。紙質でも大きく変わります。重くて凹凸のある水彩紙の後に、繊細な薄葉紙やトレーシングフィルムが続いていたら、美しい触覚経験を得ることができるでしょう。私が手で扱えるコレクションに力を注ぎ続けるのはそのためです。学生たちもこうした感覚を体験できるように、ジンに触れることができるようにしておきたいとも思いますね。

バッジやポストカードが付いたジンもある(Chavazine by Gemma Jung, UK 2007)

バッジやポストカードが付いたジンもある(Chavazine by Gemma Jung, UK 2007)

 

―これまでにベイティさんが書いてこられたものを見ると、ベイティさんは風刺ないしユーモアの感覚を重視していると思いますが、そうした要素の有無は、収集の基準と関わるのですか?

ユーモラスなジンはたくさんありますが、でもコレクションの必要条件というわけではありませんね。

確かに、ジンには人間のユーモアの感覚が深いところで通底しているように思えます。〔困難な状況への〕対処法としてのユーモア、というのはとても興味深く、あらゆる分野に見ることができますね。メンタルヘルスの問題を扱っているジンは、随所にユーモアの感触を持っています。これは、読者にとっては物語をやわらげてくれるものですし、クリエイターにとっては自信を持って自分のストーリーを共有できるようになってきたことのサインでもあります。視覚的な物語が社会的な問題をうまく表現するために、ユーモアをいかに用いることができるのかについては、もっと研究が必要だと考えていて、私は今そのテーマに取り組んでいます。

 

「難しい内容」のジンにユーモアが含まれていれば、ストレスを解放し、読者との共感を作り出す方法にもなりえます。お互いに笑いを共有することで、人々の間に理解や絆が生まれることもあります。極度のストレス下では、笑えるという感覚が消えてしまうといった報告がありますが、これは重要な問題だと思います。ユーモアが、いかにメンタルの良好な状態のサインになるのか、さらに調査したいと思っています。

 

電車に揺られてジン作り

―ご自身でもジンを作っておられますが、こちらはどういったジンでしょう?

自分のイラストレーション研究のために、アーティストブック〔本の形式を用いたアート作品〕とジンを作っています。私のジン『Future Fantasteek!』シリーズはネットでも公開しています〔link〕。

ベイティさんの『Future Fantasteek!』シリーズ(Future Fantasteek! By Jack Batey. ISSN 2399-3022)

ベイティさんの『Future Fantasteek!』シリーズ(Future Fantasteek! By Jack Batey. ISSN 2399-3022)

 

『Future Fantasteek!』は、アート・ジンと個人出版、社会評論家としてのアーティストと視覚的なコミュニケーションの手段としてのドローイングといった別々の研究領域を結合させています。このシリーズでは、ジャーナリズムとイラストを描く実践との境界線を探って、「イギリスらしさ」という概念について、風刺を用いて考えています。イギリスの「金融逼迫」の直前から「緊縮財政政策」、そして最近のコロナウイルス時代まで〔2006年から現在まで〕の、一連の流れとして読むことができるシリーズです。

 

私は通勤時間が往復3時間くらいあるので、『Future Fantasteek!』の絵の多くは電車に乗っている間に描いています。スケッチブックにフェルトペンで描くこともあれば、iPadのProcreate〔イラストアプリ〕で描くこともあります。通勤を「無駄な時間」と考えるのではなく、創造的に使う方法を見つけることが大切。身の回りで起きていることを描くのが好きで、日常の不条理を強調し、不条理に対処する方法を見つけるために、ユーモアを使うことがよくあります。

 

『Future Fantasteek!』は、たくさんの国際的なジンのコレクションにも所蔵されて、いろんなところで出展されています。ブログにも載せていて、デジタル版は全部読むことができます。少部数印刷して美術館や特別コレクションに寄贈したり、他のジン制作者と交換したりもしています。このジンが実際に読める場所をまとめたウェブ・ページもあります〔link〕。

『Future Fantasteek!』は2020年7月時点で20号まで発行(Future Fanasteek! No.20 by Jac Batey,  UK 2019)

『Future Fantasteek!』は2020年7月時点で20号まで発行(Future Fanasteek! No.20 by Jac Batey, UK 2019)

 

ZINEOPOLISに寄贈するには

―ジン作りは日本でも行われていますが、ZINEOPOLISコレクションは日本のジンも所蔵の対象でしょうか?

もちろん、すごく興味があります!送ってもらえたら嬉しいです!

もし、ZINEOPOLISにジンを寄贈してくださる読者の方がいたら、問い合わせ先と住所を見てみてください〔ページ下部のInformation欄に記載〕。

 

―どうもありがとうございました。

 

Future Fantasteek! By Jac Batey No.13 (UK 2012)

Future Fantasteek! By Jac Batey No.13 (UK 2012)

 

※優等学位…イギリスの学士号は、成績に応じて、優等学士学位と普通学士学位の2種類に大別される。

 

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今回伺った、ベイティさんのお話はどれも刺激的なものだった。

 

例えばベイティさんは、さまざまな人が検閲を介さずに声を発することのできる場としてジンを捉えている。大文字で書かれる歴史には登場しないかもしれない人たちが、何を考え、感じていたのか。ZINEOPOLISはその千姿万態の生き方が集積する都市というわけである。

 

また、ZINEOPOLISは、現物に触れることに重きを置いているという話。アート・ジンは書かれている内容と立体的な造形や素材とを切り離しにくい表現なのだということが伺える。内容が一緒なら容れ物は何でも良い、というわけではないのだ。

現在、書かれた内容はデジタルデータで楽しめる(実際、今回ZINEOPOLISを知ったのもそのおかげだ)。そんななかで、手元の冊子から触覚的に情報を得るとは何なのかを見直すきっかけにもなりそうなプロジェクトだ。スマホの画面のように、私たちが手で触れてデジタル情報を操作しようとすることの意味ともつながってくるかもしれない。

 

この物質、触覚へのこだわりは、人々の声を保存する都市というコンセプトとも関わってくるだろう。例えば100年後、たくさんのジンが、あとから情報を変更しにくい物質としてドカッと置いてある事実は、とにもかくにも色々な人々が存在したことのより確かな痕跡ともなりうる。それに現在の紙は100年くらい持つだろうが、ネット環境が今のようなかたちでいつまであるのか、まだ誰も知らない。オンライン・ネットワークから切り離された物質には、つながっていないがゆえの強固さがある。

 

冒頭にも書いたとおり、7月は「国際ジン月間」である。これまで馴染みがなかった人(かくいう筆者も作ったことがない)も、ジンを作ったり手にとったりする良い機会かもしれない。そして自分でアート・ジンを作ったら、ZINEOPOLISに寄贈をしてみるという選択肢もありだろう。将来思わぬかたちで、自分のこだわりが、どこかの誰かの心に刺さるかもしれない。

 

ベイティさんの活動をもっと詳しく知りたくなったら、Instagram: @bateyjacやTwitter: @JackieBateyもぜひともチェック。

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