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珍獣図鑑(14):交尾は生涯一度きり。なのに10年以上産卵を続ける女王アリの秘密にせまる

2021年11月2日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

「地球上の全人類の重さと全アリの重さはほぼ同じ」というトリビアを聞いたことのある人は多いと思う。この話が本当かどうかはさておき、この世界には途方もなくたくさんのアリが今も暮らしていることは間違いない。

 

今回は、そんな膨大な生息数を支えるべくせっせと産卵を続ける女王アリの生態について、甲南大学の後藤彩子先生にお聞きした。後藤先生が研究材料として主に使っているのが、日本で普通に観察できるキイロシリアゲアリ(通称:キイシリ)だ。

後藤彩子先生。

後藤彩子先生。

社会性昆虫の社会性ってどういう意味?

アリやハチが他の昆虫と大きく違うところといえば、それらが仲間と高度に協力し合って生活する社会性昆虫だということだろう。でも、彼らの社会と我々人間の社会はずいぶん違っているように見える。アリやハチが社会性昆虫と呼ばれる所以はなんなのだろう?

 

「ややこしいのですが、社会性昆虫の社会性は人間のそれとはずいぶん違います。我々にとって社会性があるとかないとかいうとき、ほとんどはコミュニケーション能力が問題になるわけですけど、昆虫に社会性があるかどうかを判断するうえでのキーワードは『繁殖分業』です。つまり子孫を残すための仕事(繁殖)とそれ以外の仕事がグループ内で分業できていれば、その昆虫は社会性昆虫だと言えます。

 

アリの社会では、繁殖を女王アリとオスアリ、巣の維持や幼虫の世話などの仕事を働きアリ(繁殖能力のないメスアリ)が担当することで、しっかりと分業が成立しています」

キイロシリアゲアリの女王アリと働きアリ。女王アリは働きアリよりも体が大きく、体格からして繁殖(産卵)に特化しているのがわかる。同じ種のメスアリが女王アリと働きアリに分化する仕組みは諸説あるが、よくわかっていないそうだ。

キイロシリアゲアリの女王アリと働きアリ。女王アリは働きアリよりも体が大きく、体格からして繁殖(産卵)に特化しているのがわかる。同じ種のメスアリが女王アリと働きアリに分化する仕組みは諸説あるが、よくわかっていないそうだ。

 

なるほど、アリやハチの巣で産卵できるのは女王アリ・女王蜂だけというのは有名な話だけれど、それこそが社会性昆虫の定義だったのだな。

 

「繁殖分業ができてさえいれば社会性昆虫と言えるわけですから、逆にそれ以外の要素は同じアリ科の昆虫の中でも種ごとにかなり違いがあります。女王アリが子育てのために働きアリのように巣の外に餌を探しに行く種であるとか、女王アリが働きアリよりも大きい種もいればほぼ同じ大きさの種もいます。

 

また一つの巣の中でも状況によって仕事のしかたが変わってきます。通常、働きアリは『齢間分業』といって年齢によって従事する仕事が違います。若いうちは巣の中で主に幼虫の世話なんかをするんですが、年をとると巣の外での食料探しといった、より危険な任務につくようになります。この巣から実験的に若い働きアリを取り去ってやると、年をとった働きアリがそれまで若い働きアリが従事していた仕事までこなすようになるんです。環境が変化しても柔軟に対応するんですね」

 

働きアリというと、同じ仕事だけを延々と繰り返しながら生涯を終える生活のメタファとして使われることもあるが、さにあらず。人間でも難しいライフステージに応じた転職を、アリたちは自然にやっているということなのか。

キイロシリアゲアリはどこにでもいる普通種。しかしその生態はとてもユニーク

そんなに多種多様なアリの中から、あえてキイロシリアゲアリを研究対象に選んだのはなぜなのだろう?

 

「日本ではどこにでも生息している普通種であるということと、女王アリが大量に採集できること、飼育が比較的簡単であることで選びました。実験ではたくさんの女王アリが必要なので、この点は大きなアドバンテージです。また、この種は一つの巣にたくさんの女王アリがいるという特徴があります」

 

一つの巣にたくさんの女王アリが!そんなこともあるのか。

 

「このキイロシリアゲアリの生態はとてもユニークなんです。キイロシリアゲアリの繁殖は晩夏の蒸し暑い夜に女王アリとオスのアリが一斉に巣から飛び立って交尾するところから始まります。結婚飛行と言って、アリの生涯で交尾をするのは実はこの時だけなんです。結婚飛行が終わると、オスのアリは死んでしまって、女王アリは適当な場所に降り立って羽を落として巣作りを始めます。ここまでは他のアリと同じなんです。

 

ここからが面白くて、多くのアリが一匹の女王から巣をスタートさせるのに対して、キイロシリアゲアリはその場に居合わせた複数の女王アリが協力し合って巣作りを始めるんです。巣を作り始めたころというのは、守ってくれる働きアリもおらず非常に危険な時期なので、他の女王アリと一緒になることで生存率を上げていると考えられます」

キイロシリアゲアリの女王アリとオスアリ。結婚飛行の名の通り、巣を出て飛び回って交尾相手を探すため、羽をもった羽アリだ。彼らと違って繁殖に関わらない働きアリには羽はない。

キイロシリアゲアリの女王アリとオスアリ。結婚飛行の名の通り、巣を出て飛び回って交尾相手を探すため、羽をもった羽アリだ。彼らと違って繁殖に関わらない働きアリには羽はない。


たしかに、一匹よりは大勢で集まって巣作りをした方がなにかと都合はよさそうだ。しかし同じ種のアリとはいえ赤の他人である。同居しているうちに互いに鬱陶しくなって、女王アリどうしで喧嘩にならないのだろうか?

 

「複数の女王アリで巣作りをするアリは他にもいくつかいます。でも、そういった協力関係はたいていは巣作りの初期段階に限られます。巣が大きくなって働きアリの数が増えてくると、抗争のようなものをへて女王アリの数は減っていき、やがては一匹を残すだけになるんです。キイロシリアゲアリのすごいところは、巣が大きくなってもなぜか女王アリどうしの喧嘩が起こらないことなんです。

 

どうしてそういうことが可能なのかはわかりませんが、キイロシリアゲアリは血縁関係のない個体に対する寛容さみたいな性質を備えているのかもしれません。うちの研究室でも膨大な数の女王アリを飼育していますが、一つの巣に何匹も女王アリを入れておけるのでスペース的に助かっています」

 

一つの巣にたくさんの女王アリがいるというキイロシリアゲアリの特徴が、女王アリをたくさん使う研究に最適だということがわかった。でも、そんなにたくさんの女王アリを使ってどんな研究をしているのだろう?

女王アリの寿命は、なんと10年以上! しかも交尾するのは生涯を通じて結婚飛行のときだけ

「さきほど少し話が出てきましたが、女王アリとオスアリが交尾をするチャンスは、巣を飛び出して結婚飛行をするそのときだけなんです。そして、女王アリの寿命は実は10年を超えるくらい長いんですけど、その生涯にわたって産卵を続けます。つまり、体内で10年以上にわたって精子を使用可能な状態で保管していることになるんです」

女王アリの寿命はすごく長い。そして、貯蔵された精子を使って生きている限りずっと産卵を続ける。

女王アリの寿命はすごく長い。そして、貯蔵された精子を使って生きている限りずっと産卵を続ける。

 

女王アリってそんなに長生きなのか!そして、小さな体に一生分の精子と卵細胞を、使える状態で保管している。まさに生命の神秘としか言いようがない。

 

「他の生き物では、オスの精子は体外に出た瞬間から弱り始めるものなんです。それが他人(メス)の体内で、しかも10年以上にわたって使用可能な状態でキープされるというのはすごいことです。そのメカニズムが解明できれば、現在では液体窒素などを使った極低温環境でしか保存できない人間や家畜の精子や、他の細胞の保存方法の改良にも応用できるかもしれないと期待しています」

 

「それ、なんの役に立つの?」という質問は研究の世界ではナンセンスなのかもしれないが、具体的に応用できそうな道筋が見えているということはやはりよいことだ。そんな精子の長期間貯蔵のメカニズムだけれど、解明の糸口は見えているのだろうか?

 

「精子は女王アリのお腹の中にある受精嚢という全長0.3mmくらいの器官に貯蔵されます。そこで、受精嚢の中で精子がどんな状態でいるのかを調べてみたんです。すると、当然他の動物の場合と同じように泳ぎ回る精子が観察できるものと思っていたんですが、なんと精子が動いていない状態だったんです。

 

さらに調べると、精子はオスの体から出た時点ですでに不動であるということがわかりました。多くの動物では、精子は他の精子と競争するためなるべく速く泳いで卵子に到達する方向に進化してきたとされているため、この精子が動いていないという結果は意外でした」

交尾によってオスから受け取った精子は受精嚢という器官に貯蔵され、必要な時に受精嚢管を通して取り出して使われる。 アリやハチの生殖では、オスになる卵は精子を使わない単為生殖で生まれてくるのが一般的。なので、精子が使われるのはメスになる卵を産むときに限られる。女王アリによるそうしたオスとメスの産み分けのメカニズムも、受精嚢に秘められた不思議だという。

交尾によってオスから受け取った精子は受精嚢という器官に貯蔵され、必要な時に受精嚢管を通して取り出して使われる。 アリやハチの生殖では、オスになる卵は精子を使わない単為生殖で生まれてくるのが一般的。なので、精子が使われるのはメスになる卵を産むときに限られる。女王アリによるそうしたオスとメスの産み分けのメカニズムも、受精嚢に秘められた不思議だという。

受精嚢にため込まれた精子の様子。細かい線に見えるものが全て精子だ。0.3mmほどの小さな器官に、生涯使う分の精子が貯蔵される。

受精嚢にため込まれた精子の様子。細かい線に見えるものが全て精子だ。0.3mmほどの小さな器官に、生涯使う分の精子が貯蔵される。

 

なるほど、動いている状態よりも動いていない状態の方が劣化しにくいというのは、たしかに一般的な経験則からも納得しやすいかもしれない。精子の長期保管メカニズムには、貯蔵する側の女王アリの体だけではなくて、貯蔵される精子の方にも秘密があったわけか。

 

「それから当然、女王アリの受精嚢の側にもなにか秘密があるはずだと考えて研究を進めています。受精嚢でどんな遺伝子が働いているかとか、受精嚢内の化学的な環境はどうなのかとかいったことを調べています。ただ、こちらの方はまだよくわかっていません。最初、砂糖漬けや塩漬けのような感じで精子を保管しているのかという仮説を立てていたんですが、これはハズレでした」

 

一口に受精嚢の環境と言っても、調べなければいけないことはたくさんある。こういうところで、女王アリを大量に用意できるキイロシリアゲアリの利点が光るわけだ。

飼育しているアリは約20種類、女王アリだけで数万匹!

アリに関する各種研究テーマに取り組み、趣味でもアリを飼育しているという根っからのアリ好きの後藤先生。いったいどれくらいの数のアリを飼育しているんだろう?

 

「女王アリだけでも数万匹はいますね。うちの研究室ではキイロシリアゲアリの精子貯蔵以外にもいろいろなテーマに取り組んでいるので、アリの種類も20種類以上になります。

 

そうそう、若い女王アリと高齢の女王アリで体内の環境に変化があるかどうかも調べたいと思っていて、長期飼育にも挑戦しています。キイロシリアゲアリの女王アリで最高齢のものは、今年で10歳ですけど、やっぱり年がいくごとに数が減っていくのでもったいなくてなかなか実験には使えないですね」

 

やっぱりすごい飼育数! 維持するだけでもすごく大変そうだ。それに実験用とはいえ、10年も飼育したらなにかと愛着も湧いてしまいそう。

後藤先生の研究室の、アリの飼育室の様子。膨大な数なので、普通に飼育するだけでも管理がたいへんだ。

後藤先生の研究室の、アリの飼育室の様子。膨大な数なので、普通に飼育するだけでも管理がたいへんだ。


「世話はたいへんです。なので餌やり等が効率的にできるように飼育ケースの形や餌を入れる容器を工夫したりしています。ほかにも、これはアリ飼育家の間では有名な方法なんですけど、土の代わりに石膏を使っています。土と比べてカビや病気のリスクが抑えられるし、水を含むので保湿にもなる上に、石膏は白いのでアリの観察もしやすくなります。餌には蜂蜜やメープルシロップなどの糖類と、ミールワームなどの動物性タンパク質を主に与えています。

 

毎日観察していると、アリにも個性のようなものがあることがわかって面白いですよ。同じ種のアリでもコロニーによって餌の好みに違いがあったりとか」

飼育には石膏を使う。たしかに、茶色い土を背景にするよりも観察がしやすそうだ。

飼育には石膏を使う。たしかに、茶色い土を背景にするよりも観察がしやすそうだ。

 

アリが好きなればこそ、毎日の世話も苦にならないということか。そんな公私ともにアリ一筋の後藤先生が、アリの研究を始めたきっかけは何だったのだろう?

 

「子供のころから虫は好きでしたが、あまり運動神経のよい方ではなかったので、空を飛んだり素早く動いたりしないアリはお気に入りの観察対象で、夏休みの自由研究にも取り組んでいました。高校に入って生物学の知識を学ぶようになると、有性生殖でメスを、精子を使わない単為生殖でオスを作るアリやハチの繁殖方法を知って衝撃を受けました。研究対象として本格的に興味を持ち始めたのはそのころからだったように思います」

 

小学生のときから抱き続けてきたアリへの探求心と感動が、今の研究を進める原動力になっているのだそうだ。女王アリの謎だけでなく、アリにまつわるいろいろな不思議を解き明かすためにそのまま突き進んでもらいたいものだ。

【珍獣図鑑 生態メモ】キイロシリアゲアリ

日本では簡単に観察できる普通種のアリ。体の大きさは女王アリが8mm、働きアリが2~3mmくらい。9月頃の夕方に女王アリとオスアリが一斉に巣から飛び立ち、灯火等に集まって交尾する『結婚飛行』を行う。複数の女王アリが集まって一つの巣を作る多女王制をとる。近年では体の色が似ているためか特定外来生物であり強い毒をもつヒアリと間違えて駆除される悲劇も起きているが、よく観察すればヒアリとはまったく違うことがわかる。

珍獣図鑑(13):意外にも子煩悩!? 特別天然記念物オオサンショウウオの個性的な生態にせまる!

2021年9月30日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

特別天然記念物にまで指定されているオオサンショウウオ、しかし依然として謎なところも多く.....

両生類としては並外れて大きな体と、まるで沈思黙考しているかのように水底にじっとたたずむ姿で人を惹きつける生き物、オオサンショウウオ。最近では京都水族館が商品化した原寸大のぬいぐるみがSNSで話題になったりと、注目される機会も増えてきているようだ。その存在感は日本の文化にも少なからぬ影響を与えてきたようで、たとえば太宰治の『黄村先生言行録』は身の丈が一丈(約3m)あるオオサンショウウオに憧れた老人がひどい目に会う話である。

 

一丈は大げさにしても、オオサンショウウオが何年くらい生きて、どのくらい大きくなるのかはやはり気になるところ。西川先生、実際のところ、どうなのでしょう?

 

「じつは最大でどのくらいになるのかを確かめるのが非常に難しくて、今研究してるところなんです。野外で見るのは最大で130センチくらいですね。飼育下ではまれに150センチくらいまで育つのもいます。

 

年齢も今調べてるんですが、55年とか飼育した記録が残ってますから、60年は生きるだろうということがわかっています。ただ、自然環境下ではほとんどが60歳までには死んでると思いますけどね。長生きなのは100歳とかまで生きてるかもしれませんけど、時間スケールが大きすぎてちゃんと確かめられてないのが現状です」

西川完途先生とオオサンショウウオ(撮影:田邊真吾)

西川完途先生とオオサンショウウオ(撮影:田邊真吾)

 

なるほど、長生きする生き物について調べようとすると、我々人間の寿命が研究の制約になってしまうのだ。

 

「60年も生きられたら、研究者も現役を退いてますよね。何世代かでやろうというのでマイクロチップを埋めたりもしてますけど、それでもやっぱり結果が出るのに50、60年かかります。

 

他の方法でよくやるのは、指の骨を切って薄い切片を作るんですよ。それを植物由来の染料で着色すると年輪ができて、それで推測するという方法です。でも誤差がかなりあるし、オオサンショウウオは特別天然記念物なので文化庁の許可をとるのがたいへんだとかの問題もあります。

 

ほかに、オオサンショウウオに限らず生き物の細胞が正常に成長や分裂するためにはDNAのメチル化と呼ばれる現象が必要なのですが、DNAに蓄積したメチル化の量から年齢を推定しようという試みも進めています。うまくいけば血液から年齢がわかるようになる、夢のような話なんですけどね」

 

いろいろ障害があるけれど、新しい技術でそれを克服しようとすることが研究の醍醐味かもしれない。ところで、日本に生息する他種のサンショウウオはいずれも手のひらサイズだ。どうしてオオサンショウウオだけがこんなに大きいのだろう?

 

「まず、オオサンショウウオは生まれてから成熟するまで、外鰓(がいさい:体の外に飛び出したエラ)がなくなる以外は体の形があまり変わりません。頭でっかちな幼児体型のまま大人になるんです。同じ両生類でもカエルなんかがオタマジャクシと親で全然形が違うのとは対照的です。そして、そういう幼い特徴を残したまま成熟する生き物は、一般にゆっくりと成長し、体が大きくなる傾向があるんですね。

 

ただ、どうしてオオサンショウウオがそういう戦略をとったのかはわかりません。他の例でメキシコサンショウウオに代表されるアホロートルというのがいるんですが、彼らは幼形そのままで成熟します。これはカルデラ湖という外界から隔絶された、天敵もいない安定した環境に適応した結果だとされています。ずっと水の中で安全に暮らせるなら、わざわざ変態して陸に上がる必要もないというわけです。オオサンショウウオも、どこかの時点で安定した河川の環境に適応する必要があったのかもしれません」

生まれたばかりのオオサンショウウオはだいたい3~4センチくらい。成長するにつれてどんどん大きくなるけれど、カエルのように劇的に体の形が変わったりはしないのだ。(撮影:田邊真吾)

生まれたばかりのオオサンショウウオはだいたい3~4センチくらい。成長するにつれてどんどん大きくなるけれど、カエルのように劇的に体の形が変わったりはしないのだ。(撮影:田邊真吾)

オオサンショウウオの生息地は、西日本(愛知県以西)を流れる河川の中流から上流域だ。東日本に分布していない理由については、まったくわかっていないという。

オオサンショウウオの生息地は、西日本(愛知県以西)を流れる河川の中流から上流域だ。東日本に分布していない理由については、まったくわかっていないという。

意外にも子煩悩!? オオサンショウウオの育児は父親がメイン

体の形がほとんど変わらないまま成長するオオサンショウウオ。どうやって繁殖するんだろう?

 

「成熟して繁殖できるようになるまで15年ほどかかります。これだって、他の両生類と比べると格段に遅いですね。それで、8月末が繁殖期でですね、その時期になるとオスはおしりの、肛門の周りが膨らむし、メスだとお腹が卵でぱんぱんになってきます。

 

まずオスが川岸にあるよさそうな洞穴を見つけて中を掃除して、そこにメスがやってきて卵を産んで、オスが放精します。一つの穴に複数のメスがやってきて、先にいたメスの産んだ卵を食べてしまうこともあるし、スニーカーといってコソ泥みたいなオスがやってきて横から受精させようとすることもあるので、オスは巣穴を守りますね。だから、普段は基本的にはおとなしい生き物なんですけど、繁殖期の巣穴にちょっかいをかけると噛みつかれたりしますよ」

オオサンショウウオの大きな口。写真ではわかりにくいが、ちゃんと歯も生えている。噛まれると大けがをすることもあるから要注意だ。

オオサンショウウオの大きな口。写真ではわかりにくいが、ちゃんと歯も生えている。噛まれると大けがをすることもあるから要注意だ。

 

なかなか熾烈な争い!産卵後はほったらかしなのかと思ってたけど、ちゃんと卵を守るのか。しかもオスが。これは意外だ。

 

「卵が孵化するまでの1か月間はずっと尻尾を振って、新鮮な水を供給します。それから、これは岡田純博士の研究でわかった事ですが、巣の中をいつも嗅ぎまわってて、腐ってカビが生えたような卵があったら、ちぎってパクッと食べちゃうんですよ。そうしないとカビが全部に広がっちゃうじゃないですか。そのためにオオサンショウウオの卵は紐みたいになってるんじゃないかと、僕は睨んでるんですけどね。

 

孵化した後もオス親は2か月くらいはずっと一緒にいます。だから合計で3か月くらいは一緒にいることになりますね。カニとかカメとか魚とかが食べに来るのを追い払ったりとかもするし、それからおそらく親の体から出る粘液の効能で殺菌とかもしてるんじゃないかと思います。そういう巣穴から親を引き出すと、子供は全滅するということがわかっています。

 

体外受精する動物で、しかもオスがここまで手の込んだ育児をするというのはかなり珍しいですね」

オオサンショウウオの卵塊。産卵数は700~1000個だという。特徴的な形で、筆者は「ちぎりパン」みたいだと思いました。実際、カビが生えたりしてダメになった卵があると、他の卵に病気が移らないように親オオサンショウウオがちぎって食べてしまうのだそう。(撮影:田邊真吾)

オオサンショウウオの卵塊。産卵数は700~1000個だという。特徴的な形で、筆者は「ちぎりパン」みたいだと思いました。実際、カビが生えたりしてダメになった卵があると、他の卵に病気が移らないように親オオサンショウウオがちぎって食べてしまうのだそう。(撮影:田邊真吾)

 

なかなか手の込んだ育児をするオオサンショウウオ。ひょっとして、頭が大きい分だけ犬や猫と同じくらい知能が高かったり?

 

「たしかに頭は大きいですが、脳は小さいので知能というほどのものがあるかどうかは疑わしいです。ただ記憶力であったり、個体ごとの性格の違いみたいなのはある気がします。

 

例えばこんな例があります。梅雨明け頃になると田んぼの水を減らすために川に放出するんですけど、そうすると田んぼで繁殖したドジョウやオタマジャクシが川に流れ出てくるんです。そこを狙って集まって来るオオサンショウウオがいて、もしかしたら毎年同じ個体が来てるかもしれません」

 

うーむ、さすがに哺乳類と比べるのは酷というものか。しかし一年に一度のことを覚えていられるとなると、オオサンショウウオはなかなか侮れない記憶力の持ち主ということになるぞ。

チュウゴクオオサンショウウオとの交雑阻止は喫緊の課題。しかし解決には人間の都合による障害が。

外見も生態も個性的なオオサンショウウオだが、一部の河川では外来のチュウゴクオオサンショウウオの侵入・交雑によって日本在来種が存亡の危機に立たされているとか。ではブラックバスやマングースのように「外来種なので駆除しましょう」となるかというと、そう単純な問題でもないようだ。

 

「もともと日本でも中国でもオオサンショウウオを食べたり、ペットにしたり、薬にしていた歴史があるんです。それが日本では1952年に特別天然記念物に指定されたことで文化財保護法の対象になって利用できなくなったので、代わりに中国から輸入されたのがチュウゴクオオサンショウウオです。これが野外に放流されて、遺伝的にも日本のオオサンショウウオと近いので、交雑が進んでしまったんですね。

 

問題をややこしくしているのが、日本では厄介者のチュウゴクオオサンショウウオも、国際的にはワシントン条約でオオサンショウウオ属という属レベルでの保護の対象になっているということです。日本には種の保存法という法律があって、これはワシントン条約に準拠することになっています。外来生物だからといって駆除することができないんです」

チュウゴクオオサンショウウオとの交雑個体たち。今のところ前述の問題で駆除することができないので、これ以上野外で生息域を広げないように捕獲された個体は隔離されている。チュウゴクオオサンショウウオは体の扁平さや、体表の模様・イボの形に特徴があって、成体であれば日本のオオサンショウウオと見分けるのは容易なのだそう。ただし交雑個体を外見だけで識別するのは困難。

チュウゴクオオサンショウウオとの交雑個体たち。今のところ前述の問題で駆除することができないので、これ以上野外で生息域を広げないように捕獲された個体は隔離されている。チュウゴクオオサンショウウオは体の扁平さや、体表の模様・イボの形に特徴があって、成体であれば日本のオオサンショウウオと見分けるのは容易なのだそう。ただし交雑個体を外見だけで識別するのは困難。

 

とはいえ、オオサンショウウオは前述の通り飼育下では何十年も生きる生き物。終生飼育するとなると並大抵ではない負担がかかることになる。しかも、その数は年々増えていくのだ。

 

「現状でも全てを終生飼育するというのは現実的ではないので、特別な許可をもらって一部の交雑個体を研究や標本の材料にしています。もちろん自然に寿命で死んだり、病死したりする個体もいますが、全て標本にしています。年齢にしても健康状態にしても、研究するためには標本とそこから得られるデータが必要ですから。あとは、各地の水族館に引き取ってもらったり、教育のために使ってもらったりしています」

 

研究材料には事欠かないというのが不幸中の幸いということだろうか。しかし法律や対策の整備が急務ということは変わらなさそうだ。

 

「交雑個体に関しては、法的な扱いが明確になるように国内法を改正することが必要だと思います(現在は遺伝子鑑定までして交雑個体と判明しない限りは、日本のオオサンショウウオとして扱われるので、交雑個体の生息する河川の個体だからと触ったり持ち帰るのは違法行為になる可能性がある)。ただ、文化財保護法は文部科学省の、種の保存法は環境省の管轄なので、なかなか制度の整備が進まないというのが実情なんです。

 

ただ現実は待ったなしの状態で、場所によっては9割以上が交雑個体なんていうところもありますよ。そうなると、もう交雑個体を残らず捕獲するということは難しいので、いかにそこから拡散させないかということが重要になってきます。雨が降って増水すると上流や下流に向かって移動しますから。分水嶺を越えて自力で移動することはできないというのが唯一の救いでしょうか」

 

なにかと前途多難な様子。しかも、在来種の方のオオサンショウウオは文化財保護法で厳重に管理されているので、巣穴の前にカメラを設置するだけでも許可を取るのがたいへんだとか。西川先生が、そんなややこしい境遇のオオサンショウウオをあえて研究対象に選んだ理由はなんだったのだろう?

 

「もともと私は九州の出身で、淡水魚が好きだったんです。ヤマメやアマゴやイワナみたいな渓流魚がとくに好きで、それであるとき釣りにいった川でサンショウウオの卵を見つけたんです。これがほんとに美しくて、そこからサンショウウオに興味をもち始めました。

 

それと、学部時代は経済系の学科に振り分けられたんですが、卒業論文のときに『生き物のことを何かやりたい』と先生に言ったら『生物保護法のことを書いたらいいだろう』と言われたんです。そのとき勉強したことが、オオサンショウウオに関する法律や制度の問題を考えることにつながってきているんです」

オオサンショウウオの分布や生息状況、交雑種の侵入の状況などを調べるには定期的な調査が欠かせない。各地で調査観察会が行われており、一部は事前に申請することで一般の人も参加することができる。意外に市街地の近くにも生息しているので「こんなところに!」と驚く人もいるとか。(写真は日本オオサンショウウオの会 山口大会での様子)

オオサンショウウオの分布や生息状況、交雑個体の侵入の状況などを調べるには定期的な調査が欠かせない。各地で調査観察会が行われており、一部は事前に申請することで一般の人も参加することができる。意外に市街地の近くにも生息しているので「こんなところに!」と驚く人もいるとか。(写真は日本オオサンショウウオの会 山口大会での様子)

かつては今よりももっと近かった人とオオサンショウウオの距離

京都市内を流れる賀茂川では、大雨が降って川が増水すると岸に打ち上げられたオオサンショウウオが発見されてSNSを賑わせるのが夏の風物詩になっている。さらに特別天然記念物に指定される前は食用利用されていたように、とくに山間部では身近な存在だったのだろうか?

 

「戦後の食糧難の時代とかは結構食べてたと思うんですよね。今でも田舎に行くと『こうやって食べてた』みたいな話を聞くこともあるし。井戸に入れて飼っておいて、結婚式の時に食べたという人とお会いしたこともあります。岡山の方にオオサンショウウオのお祭りがあるんですけど、供養のための物だったと思いますね。食用としてかなり重要だった地域もあるんでしょうね」

 

どんな味なんだろう......山椒の香りがするからサンショウウオという名前がついた、なんていう話を聞いたこともあるけれど。

 

「魚肉と鶏肉の中間だ、なんていうふうに聞いたことはありますね。僕は食べたことがないんですけど、あっさりしててササミみたいだと言われたこともあります。

 

山椒の香りは......しませんね! 怒ったときに出す粘液が刺激臭を発するのは事実です。傷についたりするとちょっとヒリヒリしたりもして。でも決して山椒の臭いとは思わない。何人かに聞いてみましたけど、山椒みたいだという人には会ったことがありません。

 

山椒の木のごつごつした感じがオオサンショウウオの体表に似てるからとか、昔山椒のことをハジカミと呼んでいたのが転じてハンザキ(オオサンショウウオの別称)になったんだとか、口が半分裂けてるからハンザキだとか、名前については本当にいろんな説があります」

 

名前の起源にいろいろな説があるのは、それだけ古くから人々の生活に寄り添ってきたからだともいえそうだ。生物学だけでなく、文化的な面でもオオサンショウウオには興味深いことがたくさんあるのだ。特別天然記念物となった今では食べたり捕まえて飼ったりはできないけれど、今後も末永くお付き合いいただけるよう保全と研究が進んでほしいものだ。

【珍獣図鑑 生態メモ】オオサンショウウオ

有尾目オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属。愛知県以西を流れる河川の中・上流域に生息する。飼育下では体長150センチ、寿命は60年に達することもある。メスは川岸の洞穴などに数珠状の卵塊を産みつける。産卵直後の卵から生後2か月くらいまで、オスの親が付きっ切りで世話するという特徴がある。近年、人為的に移入されたチュウゴクオオサンショウウオとの交雑が問題になっている。

田舎の昔話だけじゃない。関西学院大学の島村先生に聞いた、『ヴァナキュラー』で始める身近な民俗学

2021年8月5日 / この研究がスゴい!, 大学の知をのぞく

日本でもっとも有名な民俗学研究といえば、柳田國男が岩手県遠野地方(現在の遠野市)を訪れ、その地域の伝承をまとめた『遠野物語』で間違いないだろう。民俗学にまったく興味のない人でも、その名前は聞いたことがあるのではないだろうか? そのせいか、私たちが民俗学にたいして抱く印象はどうしても「田舎の伝承を調べる学問」というものになってしまいがち。

 

そんな従来の民俗学のもつイメージを、「ヴァナキュラー」という言葉で払拭しようと試みるのが、関西学院大学社会学部の島村恭則先生だ。

 

「『遠野物語』のような研究は民俗学のごく一部なんです。民俗学は本来もっと自由で、カジュアルで、普段の生活で見聞きするものも研究対象にできてしまう学問です」

そう語る島村恭則先生にお話を伺った。

民俗学は覇権主義に対抗するための盾だった

基本的なところから質問させてください。民俗学とはどういうものなのでしょうか?

 

民俗学は18世紀末のドイツで始まった学問です。当時のヨーロッパはフランスやイギリスを中心とした啓蒙主義(非合理的な古い考えや習慣を打破し、科学や理性を重んじる考え方のこと)の時代でした。近代化が比較的遅れていたドイツでは、その影響を受け、流れに乗り遅れるなという掛け声のもと、自分たちの土着のことばや文化を軽視したり否定したりするようになってしまいました。

 

これに対して「いやそれはおかしいだろう」と主張したのがヘルダーという人です。外国のものを取り入れるのもいいけど、もとからあった自分たちの文化も大事にしなくちゃいけないだろうと。彼は最初、ドイツの民謡を集めていたんですが、これが同じような境遇の国々にも広まっていきます。ロシア語の浸食を受けていたバルト三国やフィンランドなどですね。それが各地に広がる過程で、民謡だけでなく民話や祭りや衣食住、その他いろいろなことを記録に残すようになりました。

 

純粋な興味本位で始まったものかと思ってました! 自分たちの文化を守るための運動だったんですね。

 

啓蒙主義や覇権主義(フランスやイギリスなど大国が強大な権力を拡張させようとすること)への対抗ですね。なので、ヨーロッパで民俗学が盛んな国というのはどちらかというと小国だったり、大きな国の中でも例えばフランスのブルターニュ地方とか、イギリスのスコットランド・ウェールズ・アイルランド(19世紀当時。後にイギリスから独立)のような周縁的な地域でした。

 

調査対象が人間の生活であるところやフィールドワークを中心にすえているところが、素人目には文化人類学と似ているような気もします。

 

たしかに、やっていることだけを見ると似ているかもしれません。ただ、文化人類学のほうは、もとはといえば、イギリスやフランス、アメリカなどの強大国が、植民地主義を背景に、非ヨーロッパ圏の人びとの文化を調べることから始まった学問。一方、民俗学のほうは、啓蒙主義や覇権主義に対抗する文脈の中で、自分たちやその周囲の文化に着目して始まったわけです。出発の地は、ドイツやその周りの弱小国。ちなみに、そういうこともあって、東ヨーロッパの小国など、現在でも民俗学が盛んな国では文化人類学はそれほどでもないということが少なくないです。

 

こういうと、日本には民俗学も文化人類学も両方あるんじゃないの?と思われるかもしれませんが、これは文明開化といわれるような急速な西洋文明の流入期と、その後よその国を植民地化していた時期の両方を経験したという歴史を反映しています。

 

なお、二つの学問は成立過程が違うというだけで、対立しているわけではなく、重なり合っていたり、協業関係にあったりしていますので、くれぐれも誤解のないようにお願いします。

江戸のヒマ人たちが作り上げた、近代以前の民俗学の系譜

先生の著書を拝読したのですが、そこで紹介されていた研究テーマは、喫茶店のモーニング文化、大学キャンパスの都市伝説、子供を躾けるためにお母さんが考えたお化けやおまじないなどなど、「え、そんなのが民俗学なの、というか大学でやる研究になるの!?」というようなものも多くて驚いてしまいました。誰もが当事者として見聞きしたことのあるものからスタートする研究が多くて。

(左上)午前中限定でコーヒー+軽食のセットを格安で提供する「モーニング」メニュー。誰が考え出したのか、またモーニング文化の盛んな地域には共通点があるのだろうか? (右上)ある家庭では、新品の靴をおろす際にわざわざ靴底などに落書きする『儀式』が必ず行われるという。聞き取りをするうちに、少なくない家に同じような『儀式』の習慣があることが明らかになった。どうしてそんなことをするのだろうか? (下)関西学院大学に代々伝わる『関学七不思議』。「大事な試合や試験の前に神学部の学生に出会うと、うまくいく」「時計台の前庭の芝生には、どんなに晴れた日でも常に湿っている一角が存在する」etc。あなたの通っていた(通っている)学校にもこんな伝承がなかっただろうか?  これらの研究については、島村先生の著書『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』(平凡社)に詳しい。

(左上)午前中限定でコーヒー+軽食のセットを格安で提供する「モーニング」メニュー。誰が考え出したのか、またモーニング文化の盛んな地域には共通点があるのだろうか?
(右上)ある家庭では、新品の靴をおろす際にわざわざ靴底などに落書きする『儀式』が必ず行われるという。聞き取りをするうちに、少なくない家に同じような『儀式』の習慣があることが明らかになった。どうしてそんなことをするのだろうか?
(下)関西学院大学に代々伝わる『関学七不思議』。「大事な試合や試験の前に神学部の学生に出会うと、うまくいく」「時計台の前庭の芝生には、どんなに晴れた日でも常に湿っている一角が存在する」etc。あなたの通っていた(通っている)学校にもこんな伝承がなかっただろうか?
これらの研究については、島村先生の著書『みんなの民俗学 ヴァナキュラーってなんだ?』(平凡社)に詳しい。

 

「合理的でないもの、覇権主義でないもののための学問」というのが、歴史的経緯をふまえて私が見出した民俗学の定義です。その範囲で面白いものは何でも調べてやればいいと思っています。

 

さきほどドイツで生まれた民俗学が世界に拡散したと言いました。明治時代の日本にもそれが入ってきましたが、実はそれ以前にも、民俗学という名前はついていないにしろ、それに近いことは行われていたんです。江戸時代の都市部なんかではとくに盛んでした……ヒマ人が多かったのかもしれませんね。江戸幕府公認の学問は朱子学(儒学)でしたが、そうした正統派の学問にはカテゴライズできないけれどなんか面白いなと思ったこと、役には立たないしお金にもならない市井で見聞きしたことを熱心に調べた記録が随筆という形でたくさん残されているんです。

 

例えば「どこそこの子供が失踪して、数か月後に元気に帰ってきた」とかそんな話がひたすら書かれている。で、彼らはまたそれを研究しちゃってるわけです。この話と似た内容の言い伝えがどこそこにあって、そこにはこういう法則性があるのではないか、とかね。

そうした随筆の数々は『日本随筆大成』というシリーズにまとめられて刊行されているという。

そうした随筆の数々は『日本随筆大成』というシリーズにまとめられて刊行されているという。

 

めちゃくちゃ面白いヒマの潰し方ですね! まさしく大人の自由研究だ。そして先生の研究はその流れを汲んだものであると。

 

もし彼らが現代に生きていたとしたら、私の研究と同じようなことをしたと思いますよ。最近話題になったものだと、新型コロナウイルスの感染拡大に関連して流行ったアマビエやアマビコのような、疫病の発生とかかわって出現する怪物についての話も随筆として残されています。こうした随筆は、民俗学にとって宝の山です。

『ヴァナキュラー』で民俗学についた間違ったイメージを退散すべし

市井を歩いて気になったものを深掘りするという点で考現学に近いような気もしますね。こういう民俗学なら、現代でも積極的に参加してみたいと思う人が多そう。どうして「民俗学は田舎の風習を調べる学問」というイメージが定着してしまったのでしょうか?

 

日本の近代民俗学のはしりと言えるのは柳田國男ですが、彼自身や周囲の研究者は江戸の随筆については把握していたし、それらを研究してもいました。明治生まれの人間から見れば江戸時代なんてついこのあいだのことなんで当然です。

 

ただ同時に、柳田は弟子たちに、文献研究よりも、農村・山村・漁村に直接出向いての聞き取り調査が最優先だと教えました。これにはもちろん理由があって、江戸時代の随筆というのは圧倒的に都市部で書かれたものが多かったんですね。でも、調べてみると紙に書かれたものになっていないだけで似たような話は僻地にもたくさんある。それを知っている人が残っているうちに、記録しておかないといけないと考えたんだと思います。

 

この「とにかく現地に行って農村・山村・漁村の伝承を調べなければ」という話が時代が下るにつれてだんだん一人歩きを始めて、やがて出発点であったはずの「市井のことなら好奇心に任せて何でも調べよう」という部分が希薄になっていきました。

柳田國男(1875~1962)出典:Wikipedia

柳田國男(1875~1962)出典:Wikipedia

 

もったいないですね。そこが一番面白そうなところなのに。してみると、先生の研究は民俗学のエッセンスを取り戻そうとする運動でもあるわけですね。

 

そうなんです。そこで私が引っ張ってきたのが『ヴァナキュラー(Vernacular)』という概念なんですよ。

 

『ヴァナキュラー』は、20年くらい前からアメリカの民俗学界隈で使われ出した言葉です。英語圏ではもともと民俗学の研究対象のことをフォークロア(Folklore)と呼んでいたんですが、このフォークロアという言葉が一般的な英語話者の間では「田舎で古くから伝えられている風習」としてだけ受け取られていた。でもアメリカの民俗学というのは、都市をフィールドとした研究を盛んに展開していました。ストリートミュージシャンとか、地下鉄の落書きなんかを対象にした研究がたくさんあるんです。それで、そうした民俗学の実態を正確に表現できる言葉はないかとなったときに、アメリカの研究者たちが使い始めたのがヴァナキュラーです。

 

ヴァナキュラーは直訳すると「俗な」というような意味の形容詞です。日本語の「民俗」とほぼ同じですね。わざわざ民俗をヴァナキュラーと言い換える必要はないといえばないのですが、フォークロアと同じように民俗という言葉にも「田舎で古くから伝えられている風習」のようなイメージがなきにしもあらずなので、一新するためにもありかなと。言葉の意味的にも「合理的でないもの、覇権主義でないもののための学問」という私の提唱する民俗学の定義ともぴったりですし。

 

なるほど。ヴァナキュラーという言葉は日本ではまだまだ馴染みがないですが、民俗学の一番魅力的な部分を知ってもらうためにも積極的に使っていきたいですね。

ヴァナキュラー的思考で退屈知らず、その極意は……

今取り組んでおられるテーマは何ですか?

 

これは民俗学のいいところなんですが、複数のテーマを同時進行することができるんです。気になったことをとりあえず書き留めておいて、「機が熟したな」と感じたときに引き出してくる。おかげで研究でスランプになったことがありません。常に興味を引く何かをストックしておけるので、退屈せず楽しく暮らすことができますよ。

 

それはそれとして。今一番力を入れているのは、沖縄県那覇市についての研究です。大学4年生のとき、宮古島に数カ月間住み込んで宗教儀礼に関する調査をしたことがあるんですが、それ以来沖縄について見聞きしたことがずいぶんと貯まってきました。来年(2022年)は沖縄返還50周年という節目の年でもあり、それらを一冊にまとめて出版する予定です。

 

那覇というのがまた、面白い街です。琉球国から日本国沖縄県へ、戦前のモダン都市から戦後の焼野原へ、そして、アメリカ占領期を経て再度日本に返還され……現在では激動の歴史を反映したように「迷宮都市」と呼ばれるほど雑然としているところもあります。かと思うと「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」ならぬ「首里の着倒れ、那覇の食い倒れ」なんていう価値観が残っていたりする。首里の一帯は琉球王朝の士族、首里城勤めの気位の高い人たちが住んでいた土地で、今でも「首里に住んでいる人はステータスが高い」などといわれているんです。

那覇市内の景観1

那覇市内の景観

那覇市内の景観

 

ぜひ読んでみたいです。そして、民俗学をやってたら一生退屈しないというのも素晴らしいですね! 街の風景や日常の生活からヴァナキュラー的なものをすくいとるにはどうすればいいのでしょうか?

 

基本的には直感なんだけど、その直感の正体をいくつかに分けてみると、まずは物語を感じさせるもの。家と家の間の路地裏なんかでも、同じ物はこの世に二つとなくて、そこを覗いているとそこにしかない物語を感じますよね?  あるいは、ロードサイドにあるショッピングモールなんかはどこに行っても同じようなものがあるけれど、それだってそこを舞台に唯一無二の物語が展開されている場であるはずです。これらは生活感のあるものと言い換えてもいいかもしれない。

 

次に合理的には割り切れないもの。都市伝説や怪談なんかは言わずもがな。「縁起物」ってありますよね。関東だったら「酉(とり)の市」の熊手、関西だったら「十日えびす」の福笹。おめでたい飾り物です。自分で商売している人の中には、毎年あれを5万円とか10万円くらい使って買ってきて店やオフィスに飾る人がけっこういる。サラリーマンにはない発想。「なんでそこまでするんですか?」と聞いてみると、「こういうのをケチると商売がうまくいかなくなる」「縁起物だからね」という答えが返ってきます。

 

人間ってときに合理性からはみ出したことをしてしまうことがあります。そういうものがヴァナキュラーになりやすいです。

浅草・酉の市で売られている縁起物の熊手。毎年、これを数万円分買う人もいる。「どうしてそんなことを......?」という疑問から研究がスタートする。

浅草・酉の市で売られている縁起物の熊手。毎年、これを数万円分買う人もいる。「どうしてそんなことを……?」という疑問から研究がスタートする。

 

興味をひくものを見つけたとして、アプローチのコツなどはありますか?

 

以前はどうだったのか、過去を掘り下げてみることです。そうすると、そのものが今の状態に至った経緯が見えてきます。それから、他の土地に似たものを見つけて比較してみること。そこに共通するものがあれば、ある種の法則性みたいなものが発見できて話のスケールが膨らむし、違いを見出すことができれば個別性について議論することができます。

 

あと、これは特に大事なことなんですが……

 

はい。

 

気になったこと、思いついたこと、調べたことはとにかくノートか何かに書き留めておくことをオススメします。私がこれまでつけてきたノートを先日数えてみたら、150冊を越えていました。これが私のネタ帳であり、民俗学者としての資産ですね。

島村先生の研究ノート。現在はモレスキンのものを使っているとか。各ページには、見聞きしたことが図解も交えてびっしりと記録されている。

島村先生の研究ノート。現在はモレスキンのものを使っているとか。各ページには、見聞きしたことが図解も交えてびっしりと記録されている。

 

150冊! すごい数ですね。

 

江戸時代の随筆なんかも、基本的には整理されず聞いた順番に書きつけてあるので、書いた本人にとってのネタ帳的なものだったのかもしれません。当時は互いに書いたものを見せあって情報交換をしたりもしていたようです。その記録を編集してまとめた曲亭馬琴という人もいます。

 

そうそう、情報交換といえば、かつてはどの国でも民俗学の雑誌上で読者同士が情報交換するコーナーが盛んだったんですが、南方熊楠(1867~1941 民俗学者、博物学者)はほとんど毎回このコーナーに投書していました。雑誌の発行元がロンドンだったので、シベリア鉄道経由で数週間かけて送ってね。今ではインターネットがあるから、そういうことをはるかに少ない労力でできますね。

 

 

 

調べものをするにはかつてないほど恵まれているといえる現代。ヴァナキュラーな視点を意識して街を歩いてみてはどうだろうか。ひとたび好奇心のドミノ倒しがおこれば、世界を見る解像度がグッと細かくなるはずである。

動物を糧に生きる。北海道大学・山口未花子先生に聞いた、カナダ・ユーコン先住民の今

2021年6月1日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

ご先祖様をずっとたどっていくと、われわれはみんな狩猟採集民だった。そのころ人間は何を感じ、どんな生活をしていたのだろうか?

 

そんな人間と自然のプリミティブな関係について研究しているのが、北海道大学文化人類学研究室の山口未花子先生だ。山口先生のフィールドである北米ユーコン準州の先住民の集団では、さまざまな野生動物から肉や皮を得る生業が残っているという。彼らは小さなリスからヘラジカやカリブーのような大型哺乳類、また時によってはオオカミにまで狩りの対象を広げるというのだ。

 

筆者は『北方先住民族の狩猟と毛皮』と題してYouTube上で行われた講演会で山口先生の研究について知った。雄大な森や川に囲まれた土地で、人と野生動物がよりそうユーコン先住民の暮らしは、なんて魅力的なんだろう。もっと詳しく知りたいと思い、お話を伺った。

人間と野生動物の濃密な関係を求めてユーコンへ

大学では動物生態学を専攻されていたそうですが、なぜ文化人類学者として狩猟採集民を調査するようになられたのでしょうか?

 

子供のころから動物が好きで、大学ではノウサギの冬場の土地利用について調べていたんですが、里山で現地の人の話を伺いながらフィールドワークするうちに、ある1種類の動物についてというよりは人間も動物も一緒くたにしたその地域の生活史みたいなものに興味が湧いてきました。でも、動物生態学の手法だとそういう数値化できない部分はどうしても余計なものとして削ぎ落されてしまうんです。

 

そこで、大学院から人類学に専攻を変えました。人類学って、決められた研究手法みたいなものがないんですね。自由度が高くて、余計なものをどんどん付け加えることができるんです。調査対象に狩猟採集民を選んだのも、そこには人間と野生動物の濃密な関係が残されていると考えたからです。

山口さんも一目見てその雄大さに息をのんだというカナダ東部ユーコン準州の光景。ユーコンには8つの言語グループからなる14の先住民自治政府があり、人口4万2千人のうちの25%を占めている。

山口さんも一目見てその雄大さに息をのんだというカナダ東部ユーコン準州の光景。ユーコンには8つの言語グループからなる14の先住民自治政府があり、人口4万2千人のうちの25%を占めている

 

狩猟採集民の中でもユーコン先住民を対象にされた理由はなんですか?

先住民が暮らすカナダ北西部ユーコン準州は、北方なので植物由来の食料が利用しにくい分、野生動物への依存が大きいのに、人々は動物を家畜化するということをしていないんです。人間と動物の濃密で初源的な関係が残っているんですね。この地域は今でこそ定住化が進み、狩猟採集とそれ以外の生業が併存する混合経済と呼ばれる状態に移っていますが、第二次世界大戦の頃に外界とつながる道路ができるまでは森の中をテントをもって移動する遊動生活をしていました。それで狩猟採集だけに頼った生活の記憶を持つ人が残っていたんです。

 

群れで行動する動物がいないのも大きな特徴です。私が調査に入ったのはユーコンの南部でしたが、もう少し北の方にいくと数万頭のカリブーの群れがいる地域もあります。そういう土地では自然とカリブーに大きく依存することになります。あるいは大量の鮭が遡上してくる地域でも同じです。

 

なるほど、同じ物ばかり狩って食べている地域もあるんですね。生活する分には便利なんでしょうけど、少し単調な気もしますね。

 

ええ。たくさんの種類の動物を利用している地域の方が面白いと思ったのも、ユーコン南部の先住民を研究対象に選んだ理由です。

狩猟採集文化を受け継ぐユーコン先住民の社会は”超”個人主義。でも、日本人と似たところも

現地ではどんな調査をされたんでしょうか?

 

先住民の自治政府は65歳以上のメンバーを「古老」として認定しているんですが、その古老の一人に弟子入りしました。具体的には、ボートで移動してライフルでヘラジカを仕留める狩猟に同行したりしました。

猟場で古老と焚き火を囲む。移動中はなかなかゆっくりと話ができないため、こういう時間はいろいろ教えてもらうのに貴重だったそう

猟場で古老と焚き火を囲む。移動中はなかなかゆっくりと話ができないため、こういう時間はいろいろ教えてもらうのに貴重だったそう

 

弟子入り! なんだかすごく厳しそうなイメージがあります。

 

カナダ政府や自治政府から調査の許可をとるまではたいへんでしたけど、狩猟の同行自体は意外にすんなり許してくれましたよ。古老たちも町にいるときよりずっと楽しそうで和気あいあいとしていますし。

 

ただ、一番困惑したのがですね。

 

はい。

 

狩猟採集を基本としてきた彼らの社会は個人主義がすごく強くて、それゆえ約束という概念が希薄なんです。たとえば、これは古老とは別の人なんですけど、「山岳地帯のカリブー猟に同行させてください」と頼んでOKしてもらえたはずなのに、しばらくたってから、あれどうなったのかな?と思って聞いたら「あ、もう行っちゃったよ」って。

 

他人との約束よりも、自分の気が向いたタイミングやしたいことが優先されると。日本人とはだいぶ違いますね。逆に、日本人と似てるなと思ったところなんかはありますか?

 

自然や動物にある種の人格を認める感覚は、人間と自然を対立したものとしてとらえるキリスト教的な自然観よりは日本人に近いと思います。

 

それに、風貌もわれわれに似ています。北米先住民はモンゴロイドとルーツがかさなりますから。友人が都会で子供を病院に連れて行ったら、虐待の嫌疑で警察を呼ばれたなんていう話もありました。ヨーロッパ系カナダ人の医者が蒙古斑を知らなくて、殴られてできた痣だと思ったんですね。それを聞いて「日本人にも蒙古斑があるよ」と言ったら喜ばれたりもしました。

 

ユーコン先住民と日本人の共通点は蒙古斑だった......

 

そういう外見的なシンパシーもあって「家の孫と結婚しないか」なんて誘われたこともあります。ただ、人類学で長期のフィールド調査をやってる人だとだいたい一度はこういう誘いを受けるみたいで、学会で集まったときに盛り上がる話題の一つだったりします。

 

「人類学者あるある」だ。

もっとも重要な動物であるヘラジカには特別な葬送儀礼が施される

ヘラジカの解体。ヘラジカは現生する北方の偶蹄類でも最大級の動物であり、体高は3mほどにもなるという。

ヘラジカの解体。ヘラジカは現生する北方の偶蹄類でも最大級の動物であり、体高は3mほどにもなるという

 

ヘラジカの肉は他の動物、たとえばカリブーやビーバーやウサギなんかと比べて特別な食べ物という扱いだそうですが、やっぱりヘラジカは美味しいですか?

 

美味しいです!

 

カリブーの肉も食べましたが、ヘラジカのほうがコクのある味で美味しいと感じました。ユーコンの人たちも同じ意見で、特に内陸の先住民100人に聞いたら99人くらいはヘラジカが一番好きだと答えると思います。

ヘラジカ肉を煮たもの。

ヘラジカ肉を煮たもの

 

いいなあ、一度食べてみたいものです。そうそう、狩った動物にほどこす”送り”の儀式があるそうですね。

 

私の弟子入りした古老は狩ったヘラジカを解体するときに、まず気管を切り取ってそばにある木の枝に吊るしていました。人によって少しずつ違って、後ろ足の大腿骨とか舌の先を切り取って森に残してくる人もいます。

 

どういう意味があるんでしょうか?

 

基本的には全て再生儀礼です。肉や皮は贈り物として人間が受け取るけれど、魂は森に返してやる。そうすることで、しばらくすると魂がまた肉と皮をつけて、ヘラジカになって戻ってくるという考え方です。狩猟は動物を殺す行為ではあるけれど、命の循環を根本的に断ち切ってしまうような行為ではないんですね。

解体に際して、切り取った気管をそばの木の枝に吊るす。

解体に際して、切り取った気管をそばの木の枝に吊るす

 

ユーコン先住民の動物観や死生観が反映された行いなのですね。

 

動物を解体するときにはまず目玉をくり抜くというのも決まっていました。気管を森に残す儀式は大きな動物にしかやらないんですが、これは肉を食用にする動物すべてに対して行われる行為です。

 

なんで目玉をくり抜くのかというと、動物の種類ごとに集合意識みたいなものがあって、目玉を通して見たものを共有していると彼らは考えているんですね。目玉をつけたまま解体すると、仲間の体が切り刻まれるところを集合意識に見られてしまう。これは非常によくないこととされています。

ヘラジカは皮まであまさず利用する

肉や皮はヘラジカからの贈り物であるという話が先ほど出てきました。肉は食用として、皮はどのように利用するのでしょうか?

 

まず、1か月から半年ほどかけて、皮を鞣し(なめし)*ていきます。

*動物の皮を柔らかく、また腐敗しないようにして、衣服の製造などに利用できるよう加工すること。鞣す前のものを皮、後のものを革と区別する。

 

この地域の伝統的な鞣し方は脳しょう鞣しといって、獲物の脳や脊髄を使って皮を柔らかくします。

 

【カスカ流・皮鞣しの工程】

① 木枠に皮をぴんと張って肉と油を除去

② 脳と脊髄を水と混ぜて皮に塗る

③ 燻す

④ ②で使った水につけて柔らかくする

⑤ 皮を破らないように注意しながらスクレイパーでこする。

⑥ ④と⑤をひたすら繰り返す

⑦ 乾いてもパリパリにならないようになったら完成!

ナイフやスクレイパーを使って皮を鞣す。この写真は、木枠に張った皮から余分な肉や脂をナイフで取り除いているところ。

ナイフやスクレイパーを使って皮を鞣す。この写真は、木枠に張った皮から余分な肉や脂をナイフで取り除いているところ

工程が進んで”革”の状態に近づいたもの。

工程が進んで”革”の状態に近づいたもの

 

若い人たちは鉄でできたスクレイパーを使うことも多いんですが、古老世代に言わせると鉄製の道具は皮を破ってしまうのでよくないそうです。彼らは石を割って自作したスクレイパーを使います。

 

ものすごく根気と体力がいりそうです......

 

はい。私も手伝いましたが腰とか腕がすごく痛くなります。でも現地ではおじいちゃん・おばあちゃんほど皮鞣しに熱心なんですよ。若い世代は工場に委託して鞣してもらったり、場合によっては皮を森に放置してきちゃったりすることもあるんですが、それは伝統的な動物観からするとすごくいけないことなんです。

それに、手鞣しした革は工場で鞣した革よりも通気性がよく丈夫になるようです。

ヘラジカの革でつくったモカシン(北米先住民が伝統的に作ってきた一枚革から作る革靴)。

ヘラジカの革でつくったモカシン(北米先住民が伝統的に作ってきた一枚革から作る革靴)

押し寄せる変化の波

革は製品にして売ったりもするんですか?

 

本来は自然から得たものを換金することに抵抗があるんですが、最近は「加工したものならいい」というふうに考え方が変わってきたようです。鞣した革も売ることがありますが、生皮を売ることは今でもありません。

 

先住民の社会は、本来は”贈与”によって結ばれているものなんです。財産をため込むということはしないし、必要なものはみんなでシェアします。というのも今でこそ一家に一台冷凍庫がありますが、自然の状態では肉なんて1週間もすれば腐りますし、遊動生活では持ち運べる物も限られていますから。人に物を無償であげたり、もらったりすることの方が自然なんです。

 

貧富の差の生じにくい平等な社会なんですね、本来は。

 

難しいのは、お金が入ってくるとそういうことができなくなるんですよ。彼らも自然からとれたものは肉でも薬草でもシェアするんですが、お店で買ったものは、親族はともかく他人に無償であげたりはしないみたいです。定住化して貨幣経済に組み込まれていく中で、どうしてもお金の面では差が出てきています。

贈与を基本にする先住民社会も、少しずつ貨幣経済寄りの考え方に変わってきている。

贈与を基本にする先住民社会も、少しずつ貨幣経済寄りの考え方に変わってきている

 

貨幣経済のほかに、北方の暮らしは地球温暖化の影響なんかも受けそうです。

 

ものすごく影響が出ています。ユーコン南部で一番大きなのは、河川洪水です。昔は全然そんなものなかったのに、2010年くらいから始まって、2、3年に1回は集落が水浸しになる被害が出ます。

 

個々の狩猟採集者はものすごくよく自然のことを観察していて、「川のこの中州に生える植物が、昔より高く生長するようになった」とか「日照りが強くなってベリーのブッシュが枯れてしまった」とか、彼らの目線でも温暖化の影響は顕著にとらえられています。

 

狩猟採集技術の継承などはできているんでしょうか?

 

若い世代は学校にも通わないといけないし、狩猟採集のための膨大な技能を全部習得するには時間が足りないようです。

 

それに、先ほども述べたように「自分がそのときやりたいと思ったことをやる」というのが基本姿勢なので、本人がその気にならないことを無理矢理学ばせるわけにもいきません。古老たちも「若いやつらは伝統的なやり方を学びたがらない」とか愚痴るんですけど、本人が教えてくれと言ってくるまではなにもしないんです。

 

そんなわけで、狩猟、道具作り、薬草集め等々、全部を一人でできるジェネラリストというのは、古老たちの世代がほぼ最後なんじゃないでしょうか。

手製のかんじき。自然から得たものだけで作ることができるが、そのためには知識と技術が必要だ。

手製のかんじき。自然から得たものだけで作ることができるが、そのためには知識と技術が必要だ

 

ただ、都会に出て定住した人たちの子供の世代が、自分たちのアイデンティティを先住民のコミュニティに見出すという流れはあるようです。そういう人たちがユーコンに戻ってきて伝統を継承しようと頑張ったりとか。

 

明るいニュースが聞けてうれしいです。最後に、山口さん自身が調査を通じてユーコン先住民的な考え方や感じ方をするようになったことはありますか?

 

カナダから日本に戻ってきて2、3日は人の多いところにいるのが耐えられないようになりました。カナダで森の中を歩いているときは、身体感覚が拡張されるというか、些細な変化だとか動物の痕跡なんかを逃さないために五感を研ぎ澄ました状態で周囲を観察するように自然となってるんです。その状態で人ごみとかに入っちゃうと、もう気持ち悪くて......。帰国してしばらくすると感覚が鈍化して慣れるんですけどね。

 

日本で普通に生活するということが、人間のもつ野生の感覚を抑えつけることで成り立っているということでしょうか。山口さん、今回はお時間とっていただきありがとうございました。

 

 

狩猟採集民の社会には、全員でモノを共有することや自然へのシンパシーなどなど、現代日本では希薄になった感覚が色濃く残されていた。反面、先細りしていく伝統的なライフスタイルや格差の拡大などの問題は日本社会にもおおいに通じるところがある。

 

地球上に残された数少ない狩猟採集の文化が今後どう変化していくのか、見守っていきたいと思う。

 

自然は想像力の源だ! 研究者が語る、発光生物と漫画・アニメ・特撮の世界の光るキャラクター

2021年4月15日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

前回の記事では、大昔に絶滅したホタルの光を現代に再現するプロジェクトについて話してくださった発光生物学研究者の大場裕一先生。余談として、漫画やアニメなどに登場する『光るキャラクター』収集をライフワークにしているという意外な一面も披露してくださいました。

 

発光するキャラクターとして有名なものというと、背鰭の光るゴジラや蛍光色の血を流すプレデターなんかがまっさきに思い浮かびます。こうした架空のキャラクターと現実の発光生物を見比べていったところ、フィクションを凌駕する発光生物の多様性が見えてきました。聞き手は怪獣と生き物に目がないライターの岡本です。

 

 

――大場先生の関心が、現実の発光生物から光を出すキャラクターに広がったきっかけを教えていただけますか?

 

キノコや昆虫から魚まで、あらゆる光る生き物の研究をしています。すると講演会などで必ず「人間は光るんでしょうか?」とか「○○の仲間で光る生き物はいますか?」と聞かれるんです。そういう時に「いや人間は光りません」とだけ答えていてもつまらない。

 

いろいろ調べていると、フィクションの世界では本当にいろいろな生き物に光を放つ能力が与えられていることに気づきました。それらと、実在する発光生物を比べたらとっても面白いと思ったんです。

発光生物研究者の大場裕一先生

発光生物研究者の大場裕一先生

僕らはみんな、実はうっすらと光っている

――光の巨人ウルトラマンや目から光線を出すスーパーマンなどなど、人型の光るキャラクターは多いです。人間の光ることに対する憧れを反映してるのかなとも思うんですが、人類が進化して光る能力を獲得することは難しいですか?

 

まず、目は光を受容する器官なので、人に限らずどんな生物でも目から光を出すと何も見えなくて困ってしまいます。猫の目は光るじゃないか、と思われるかもしれませんが、あれも実は外から入った光が目の奥で反射して見えているだけで、それ自体が発光しているわけではないんです。

発光生物が光る理由は、仲間内でコミュニケーションを取るためだったり敵を遠ざけるためだったりです。人間には言語や便利な道具がありますから......。今のような世界が続くかぎりでは人間が発光する力を獲得することはないと思います。

正義のヒーローは光りがちだが…

正義のヒーローは光りがちだが…

 

――なるほど。当然のような、なぜか少し残念なような。

 

ただですね。実は我々人間を含めた生物はみんな、目に見えないくらい微弱な光を常に出しているんです。バイオフォトンというんですが。

 

――ほ、ほんとうですか!?

 

バイオフォトンというのは、基本的に人間の眼には見えないくらいの弱い可視光なんです。見えないのに可視光ってのも変ですが。400~700nmくらいの可視領域の波長なんだけど、弱すぎて人間の眼には見えない光っていうのが、生物から常に出てるんですね。

 

――私も実は発光生物だった......。しかし見えないということは目的があって出てる光ではないですね。

 

そうです。代謝の副産物として出ています。特殊な装置を使うと観測することもできて、サーモグラフィみたいになるんですけど、熱とはまったく違うもので光子がちゃんと出ている。で、たぶん何の役にも立ってない。

 

アニメの中だと、精神力や怒り、強さなんかを強調するための表現として「光る」ということを使ってることがよくあります。例えば、『ドラゴンボール』の主人公もスーパーサイヤ人になると光り始めますよね。バイオフォトンも似たような文脈で解釈されることがあるんです。以前たまたま読んだスピリチュアル系のサイトでは、人間の出すオーラなんかと同一視して説明されていました。科学的には完全に嘘なんですけど、それだけ我々人間が発光能力を特別視しているということだと思います。

 

――バイオフォトンの話はとてもロマンがありますが、「見えないものだ」ということはしっかりとおさえておきたいですね。

ひょっとして光ることに意味はない!? 光ることの意味を調べるのはすごく大変 

――光るキャラクターについて大場先生にたずねた時に、真っ先に挙げていただいたのが『ウルトラQ』(1966年に放送されたウルトラマンの前身となる特撮番組)に出てくるカタツムリのような貝獣ゴーガでした。『ウルトラQ』にはナメゴンというナメクジ型の光る怪獣も出てきます。

 

ナメゴンみたいな光るナメクジは見つかっていませんが、光るカタツムリは存在します。

ヒカリマイマイといって、タイとかマレーシアとか、あとフィジーにも生息していて、口のところが点滅しながら光ります。

口の部分が光るヒカリマイマイ

口の部分が光るヒカリマイマイ

 

――この写真だとガラス板に載せたカタツムリの裏側から撮影してますけど、上から見ても光ってる口の部分が見えるんでしょうか?

 

これが不思議なところで、実はほとんどわかりません。這ってるところを普通に上から見ても光は見えないんです。しかも、直径3cmくらいの大人になるとあんまり光らないんですよ。1cmくらいの小さいやつがしきりに光ります。カタツムリは雌雄同体とはいえペアじゃないと繁殖できないんですが、大きくなると光らないということは交尾の相手を探すためではない。なんでだろうと。

 

――それは......謎ですね。

 

これについて僕のたてた仮説があります。ホタルの幼虫はカタツムリを食べるんですが、このヒカリマイマイはホタルに食べられてる状態に擬態してるんじゃないかと思うんです。ホタルには毒があるので、ホタルの幼虫に食いつかれてるカタツムリは鳥とかが食べたがらない。実際、ホタルはカタツムリを捕食中でもぴかぴか光ってることがありますから。それを真似してるんじゃないかと、まだ想像の段階なんですが。

 

――なんてトリッキーな! 本当だとしたらとても面白いですけど、実証するのはすごく大変そうですね。『ウルトラQ』のゴーガは殻全体光ってましたが、ヒカリマイマイが光るのは口の一点だけです。全身から光を出す生き物っていうのはいるんでしょうか?

 

うん、少ないですね。ほとんどの発光生物は一部が光ったり、光るものを吐き出したりするんですけど、全身が光る生き物は実はほとんどいません。それでも例えば、発光キノコには全身が光るものがいます。

ヤコウタケ

ヤコウタケ

 

――光るキノコというと......ツキヨタケとか?

 

ツキヨタケは傘の上側は光らないですね。ヤコウタケとか、白一色の発光キノコはだいたい全身が光ります。それ以外だと、ヒカリボヤっていうホヤとか、そのくらいですね。全身が常に光るっていうのは、発光生物にとってあんまりメリットがないんだと思います。

 

そうそう、松本零士の『銀河鉄道999』の「ホタルの町」という話は、光り方によって人間の身分が可視化される話でした。

 

――あ、知ってます!その星では体全体が均一に光る人ほど偉いという話だったような......。

 

体の一部しか光らない人や、不均一な光り方しかできない人は逆に身分が低かったりしてね。最後は「光り方なんかで人の価値は決まらない」という鉄郎の主張でオチがつくんですが。全身が光るという性質は、貴賤とはまったく関係ないにしろたしかに希少ではあります。

 

――さきほど例に挙げていただいたヤコウタケがあえて全身を光らせることにはどんな意味があるんでしょうか?

 

虫をおびき寄せて胞子を運んでもらうんだとか、毒を持ってることをアピールしてるだとか、いろいろな説がありますがどれも決定打に欠ける気がします。人間の食用にはすすめられませんが虫なんかには普通に食べられてますし。そもそも光ることに意味はないんじゃないかという話も出てきています。

 

――え、そうなんですか! 先ほどのバイオフォトンの話のときも思ったことですが、意味もなく光るのもありなんですね。

 

なんらかの化学反応で光ってることは間違いないんです。消化とか、なにかしらの機能の副産物として光が出ちゃって、光そのものにはメリットもデメリットもないと。人間は光ってるものに意味を求めがちなんですけど、案外そんなもんかもしれません。

 

――「光り方なんかで人の価値は決まらない」という鉄郎の主張と似てますね。光ること自体に意味はないと。

 

あ、なんかいいですね。「人は見た目じゃないよ」ていう単純な主張かと思ってましたけど、そこまで深読みするとなかなか面白いですね。

発光能力は深海や地中でこそヒカる

――光線(ビーム)を出して敵を攻撃するキャラクターはとても多いです。攻撃のために光を使う生物は実在するのでしょうか?

光は攻撃手段になるのか?

光は攻撃手段になるのか?

 

自己防御のための毒とかを出すときに光も一緒に出すやつはいますね。連合学習というか、攻撃と光を関連付けることで敵から忌避されやすくしてるんじゃないでしょうか。

 

『ウルトラマン』に出てきた怪獣ザラガスのように、目くらましのために光を使う生き物もたくさんいます。ホタルイカの腕なんかがそうです。体全体はぼや―と光ってるんですけど、腕先はフラッシュ的にぴかっと光って目くらましになります。

 

――たしかに、ホタルイカは以前生きてるやつを見たことがあるんですが、結構強く光ってました!

 

ほかにもウミホタルなんかは吐き出した液が光りますね。あとミミズの仲間にも、傷をつけると発光性の体液を出すやつがいます。敵を驚かしたり、敵が光る液に気を取られてる間に撤退するためじゃないかと言われています。

光で天敵の目を眩ますホタルイカ(上)、光る液を分泌するウミホタル(下左)、ホタルミミズ(下右)

光で天敵の目を眩ますホタルイカ(上)、光る液を分泌するウミホタル(下左)、ホタルミミズ(下右)

 

――ハリウッド映画のプレデターみたいですね。光を出すとかえって目立って別の捕食者が寄ってきたりはしませんか?

 

あり得ますね。ただ、そんなこと言ってられないくらい差し迫った状況であることが多いので。夜光虫とかプランクトンなんかで、小エビに襲われたときに光るのがいます。こいつらが光ると襲撃者である小エビの姿が写し出されて、その小エビを狙ってイカとか魚が集まってきて、結果的にプランクトンは生き残ることができる。そういう話もあります。

 

――ははあ、敵の敵を光で召喚するんですね!おもしろい! しかしこうして見ると、発光能力をアクティブに使っている生き物は深海や地中に住む生き物が多いですね。

 

周りが真っ暗なので、我々から見ると微弱な光でも十分敵を驚かすことができますからね。それに暗い中で不意に敵と遭遇するので、敵との距離がとっても近いことが多い。逆に、陸上で敵を驚かすために光を使う生き物っていうのは知りません。哺乳類・爬虫類・両生類・鳥類で発光する生き物も見つかっていないですね。

 

――あーなるほど、周りが暗いからこそ光る力が発達したと。怪獣が地底や海底からあらわれがちな理由を見た気がします。

 

深海は隠れる場所がほぼないので、見つからないために光を使うやつもいます。海の中って上から太陽の光が降り注いでいるので、自分の下に影ができちゃうんですね。そこで、体の腹側を光らせて自分の影を弱め、海面からくる光の中にうまく溶け込むんです。カウンターイルミネーションと呼んでいますが、このタイプの発光生物って深海には非常に多い。

 

そうそう、フジクジラという小型のサメなんかは、腹だけじゃなくて背中にある大きな棘のすぐ横が光っていて、棘を目立たせることで「自分はこんなに怖いやつなんだぞ!」というアピールまでするんですよ。背びれが光るって、なんかゴジラに近いですね。あるいは武器を光らせるっていう意味だと、電気で角が光るウルトラ怪獣ネロンガとか。

フジクジラ。海底では背びれの棘を目立たせるように発光するという

フジクジラ。海底では背びれの棘を目立たせるように発光するという

 

――すごい、まさに光らせたもん勝ちの世界ですね! そしてゴジラみたいなサメ。以前、『シン・ゴジラ』の幼態のモデルになったとされるラブカという深海サメが話題になりましたが、やはりゴジラはサメなのか......。

光るメカニズムは省エネ一択 

――電気で光る怪獣ネロンガだったり、放射性物質のチェレンコフ光を出すゴジラだったり、特撮の世界ではいろいろな発光のメカニズムが考案されてきましたが、現実の発光生物にも発光のための多様なメカニズムがあるんでしょうか?

 

発光メカニズムはいろいろな生物で別個に進化しているんですが、実のところメカニズムとしては基本的にすべて、酵素を使った化学反応で光を出します。

 

――意外です。電気とかは使わないんですね。

 

電気を作る生き物自体は、デンキウナギなんかがいます。でも、光は出ないんです。ピカチュウの10万ボルトみたいに見えたら面白いですけど。

 

電気ではありませんが、テッポウエビがハサミを打ち合わせて衝撃波を出すときに、ソノルミネッセンスといって人間の目に見えない微弱な発光を伴います。例外はそれくらいでしょうか。

 

――たしかに、考えてみるとエネルギーを電気に変換して、そこからさらに光にするというのはとても効率が悪そうです。

 

我々人間はそれをやってるわけですけどもね。化学反応を使った発光メカニズムというのは、とても省エネなんです。

 

そうそう、省エネといえば、自分ではエネルギーを使わずに発光バクテリアを取り込んで光る生き物もいます。チョウチンアンコウなんかがそうですね。

 

――チョウチンアンコウ、そうなんですか!

 

あの提灯は背びれの一番前の棘が変形したもので、先端に発光バクテリアを格納できるようになってるんです。増殖したものを次世代に受け渡してるんじゃないかという仮説もあります。

 

――秘伝のタレ的な......。

 

それとつながるフィクションの話だと、手塚治虫の『ブラック・ジャック』に火の鳥が出てくるセルフオマージュ的な話があります。「光る鳥がいるぞ!火の鳥だ!不死鳥だ!」と大騒ぎになって、撃ち落としてみたら発光バクテリアに寄生された鳥だったという話です。

「火の鳥」の正体は発光バクテリア…?

「火の鳥」の正体は発光バクテリア…?

 

――実際あり得るんでしょうか?

 

人間の傷口に発光バクテリアが繁殖して闇夜にごく薄く光って見えたという記録もありますから寄生されること自体はあるかもしれません。ただ、遠くから見てわかるほどの光を出すのは難しいでしょうね。江戸時代の文献にゴイサギが光るとまことしやかに書かれたものがあるんですが、これなんかも夜行性のゴイサギの胸に生えた白い羽毛が月の光を反射して光って見えたというのが真実だと思います。

 

――真実ではないけど、ウソとも言い切れない、絶妙に想像力を掻き立てるところをついてきましたね。 

そして探求は続く 

――最後に、これは私の個人的に好きな怪獣なんですが、『帰ってきたウルトラマン』に出てくる電波怪獣ビーコンです。

 

ビーコンという怪獣は知らなかったので画像検索してみたんですが、とてもかわいいですね。

 

――目が3つあって、左右の目が赤く、真ん中の目が黄色く光ります。こんな感じで違う色の光を出す生き物はさすがにいないですよね?

 

いや、いますよ。

 

――発光生物に不可能はないんですか......。

 

南米の鉄道虫という昆虫なんですが、これは頭が赤く、体側が黄緑に光ります。赤い光が前照灯、緑の光が車窓の光に見えるから、鉄道虫。

南米に生息する昆虫、鉄道虫(イラスト:編集部)

南米に生息する昆虫、鉄道虫(イラスト:編集部)

 

――きれい。そしてしゃれた名前だ。

 

頭のところだけが赤く光る理由は、まったくもって不明です。

それとこれは我々のグループが発見したんですが......実はホタルの卵と蛹も、色は似ていますが2種類の光を出してるんです。全身から出す光と、成虫で尻の先になる部分から出す光と。

 

――ホタルの光には2種類ある、という話は前回の記事でも詳しく教えていただきました。卵や蛹の出す光の方が、ホタルの先祖『原型』の光により近いはずだと。

 

不思議なことに成虫になると体の方の光は消えてしまうんです。もともと一つしかなかった光る遺伝子が重複して二種類の光を獲得したと考えられているんですが、両方が今日にいたるまで機能を損ねずに残っているということは、なんらかの利点があるはずだと考えています。

 

――「蛍の光」に新しいニュアンスが加わる日が来るかもしれないわけですね。これは気になります。

ヘイケボタルの蛹。尻の先が光るだけでなく、全身からぼんやりと光を放っている

ヘイケボタルの蛹。尻の先が光るだけでなく、全身からぼんやりと光を放っている

 

 

フィクションと実在の発光生物の間には、ワクワクするような相似がたくさんありました。ただ、作り手が科学的な事実をふまえて創作をしていたかというとそれはわかりません。現実とフィクションが別々に進化して、結果的に同じところに行きついたと言えるでしょう。

それほどまでに、生き物の出す光は人間の想像力をかき立ててやまないのです。

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