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動物を糧に生きる。北海道大学・山口未花子先生に聞いた、カナダ・ユーコン先住民の今

2021年6月1日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

ご先祖様をずっとたどっていくと、われわれはみんな狩猟採集民だった。そのころ人間は何を感じ、どんな生活をしていたのだろうか?

 

そんな人間と自然のプリミティブな関係について研究しているのが、北海道大学文化人類学研究室の山口未花子先生だ。山口先生のフィールドである北米ユーコン準州の先住民の集団では、さまざまな野生動物から肉や皮を得る生業が残っているという。彼らは小さなリスからヘラジカやカリブーのような大型哺乳類、また時によってはオオカミにまで狩りの対象を広げるというのだ。

 

筆者は『北方先住民族の狩猟と毛皮』と題してYouTube上で行われた講演会で山口先生の研究について知った。雄大な森や川に囲まれた土地で、人と野生動物がよりそうユーコン先住民の暮らしは、なんて魅力的なんだろう。もっと詳しく知りたいと思い、お話を伺った。

人間と野生動物の濃密な関係を求めてユーコンへ

大学では動物生態学を専攻されていたそうですが、なぜ文化人類学者として狩猟採集民を調査するようになられたのでしょうか?

 

子供のころから動物が好きで、大学ではノウサギの冬場の土地利用について調べていたんですが、里山で現地の人の話を伺いながらフィールドワークするうちに、ある1種類の動物についてというよりは人間も動物も一緒くたにしたその地域の生活史みたいなものに興味が湧いてきました。でも、動物生態学の手法だとそういう数値化できない部分はどうしても余計なものとして削ぎ落されてしまうんです。

 

そこで、大学院から人類学に専攻を変えました。人類学って、決められた研究手法みたいなものがないんですね。自由度が高くて、余計なものをどんどん付け加えることができるんです。調査対象に狩猟採集民を選んだのも、そこには人間と野生動物の濃密な関係が残されていると考えたからです。

山口さんも一目見てその雄大さに息をのんだというカナダ東部ユーコン準州の光景。ユーコンには8つの言語グループからなる14の先住民自治政府があり、人口4万2千人のうちの25%を占めている。

山口さんも一目見てその雄大さに息をのんだというカナダ東部ユーコン準州の光景。ユーコンには8つの言語グループからなる14の先住民自治政府があり、人口4万2千人のうちの25%を占めている

 

狩猟採集民の中でもユーコン先住民を対象にされた理由はなんですか?

先住民が暮らすカナダ北西部ユーコン準州は、北方なので植物由来の食料が利用しにくい分、野生動物への依存が大きいのに、人々は動物を家畜化するということをしていないんです。人間と動物の濃密で初源的な関係が残っているんですね。この地域は今でこそ定住化が進み、狩猟採集とそれ以外の生業が併存する混合経済と呼ばれる状態に移っていますが、第二次世界大戦の頃に外界とつながる道路ができるまでは森の中をテントをもって移動する遊動生活をしていました。それで狩猟採集だけに頼った生活の記憶を持つ人が残っていたんです。

 

群れで行動する動物がいないのも大きな特徴です。私が調査に入ったのはユーコンの南部でしたが、もう少し北の方にいくと数万頭のカリブーの群れがいる地域もあります。そういう土地では自然とカリブーに大きく依存することになります。あるいは大量の鮭が遡上してくる地域でも同じです。

 

なるほど、同じ物ばかり狩って食べている地域もあるんですね。生活する分には便利なんでしょうけど、少し単調な気もしますね。

 

ええ。たくさんの種類の動物を利用している地域の方が面白いと思ったのも、ユーコン南部の先住民を研究対象に選んだ理由です。

狩猟採集文化を受け継ぐユーコン先住民の社会は”超”個人主義。でも、日本人と似たところも

現地ではどんな調査をされたんでしょうか?

 

先住民の自治政府は65歳以上のメンバーを「古老」として認定しているんですが、その古老の一人に弟子入りしました。具体的には、ボートで移動してライフルでヘラジカを仕留める狩猟に同行したりしました。

猟場で古老と焚き火を囲む。移動中はなかなかゆっくりと話ができないため、こういう時間はいろいろ教えてもらうのに貴重だったそう

猟場で古老と焚き火を囲む。移動中はなかなかゆっくりと話ができないため、こういう時間はいろいろ教えてもらうのに貴重だったそう

 

弟子入り! なんだかすごく厳しそうなイメージがあります。

 

カナダ政府や自治政府から調査の許可をとるまではたいへんでしたけど、狩猟の同行自体は意外にすんなり許してくれましたよ。古老たちも町にいるときよりずっと楽しそうで和気あいあいとしていますし。

 

ただ、一番困惑したのがですね。

 

はい。

 

狩猟採集を基本としてきた彼らの社会は個人主義がすごく強くて、それゆえ約束という概念が希薄なんです。たとえば、これは古老とは別の人なんですけど、「山岳地帯のカリブー猟に同行させてください」と頼んでOKしてもらえたはずなのに、しばらくたってから、あれどうなったのかな?と思って聞いたら「あ、もう行っちゃったよ」って。

 

他人との約束よりも、自分の気が向いたタイミングやしたいことが優先されると。日本人とはだいぶ違いますね。逆に、日本人と似てるなと思ったところなんかはありますか?

 

自然や動物にある種の人格を認める感覚は、人間と自然を対立したものとしてとらえるキリスト教的な自然観よりは日本人に近いと思います。

 

それに、風貌もわれわれに似ています。北米先住民はモンゴロイドとルーツがかさなりますから。友人が都会で子供を病院に連れて行ったら、虐待の嫌疑で警察を呼ばれたなんていう話もありました。ヨーロッパ系カナダ人の医者が蒙古斑を知らなくて、殴られてできた痣だと思ったんですね。それを聞いて「日本人にも蒙古斑があるよ」と言ったら喜ばれたりもしました。

 

ユーコン先住民と日本人の共通点は蒙古斑だった......

 

そういう外見的なシンパシーもあって「家の孫と結婚しないか」なんて誘われたこともあります。ただ、人類学で長期のフィールド調査をやってる人だとだいたい一度はこういう誘いを受けるみたいで、学会で集まったときに盛り上がる話題の一つだったりします。

 

「人類学者あるある」だ。

もっとも重要な動物であるヘラジカには特別な葬送儀礼が施される

ヘラジカの解体。ヘラジカは現生する北方の偶蹄類でも最大級の動物であり、体高は3mほどにもなるという。

ヘラジカの解体。ヘラジカは現生する北方の偶蹄類でも最大級の動物であり、体高は3mほどにもなるという

 

ヘラジカの肉は他の動物、たとえばカリブーやビーバーやウサギなんかと比べて特別な食べ物という扱いだそうですが、やっぱりヘラジカは美味しいですか?

 

美味しいです!

 

カリブーの肉も食べましたが、ヘラジカのほうがコクのある味で美味しいと感じました。ユーコンの人たちも同じ意見で、特に内陸の先住民100人に聞いたら99人くらいはヘラジカが一番好きだと答えると思います。

ヘラジカ肉を煮たもの。

ヘラジカ肉を煮たもの

 

いいなあ、一度食べてみたいものです。そうそう、狩った動物にほどこす”送り”の儀式があるそうですね。

 

私の弟子入りした古老は狩ったヘラジカを解体するときに、まず気管を切り取ってそばにある木の枝に吊るしていました。人によって少しずつ違って、後ろ足の大腿骨とか舌の先を切り取って森に残してくる人もいます。

 

どういう意味があるんでしょうか?

 

基本的には全て再生儀礼です。肉や皮は贈り物として人間が受け取るけれど、魂は森に返してやる。そうすることで、しばらくすると魂がまた肉と皮をつけて、ヘラジカになって戻ってくるという考え方です。狩猟は動物を殺す行為ではあるけれど、命の循環を根本的に断ち切ってしまうような行為ではないんですね。

解体に際して、切り取った気管をそばの木の枝に吊るす。

解体に際して、切り取った気管をそばの木の枝に吊るす

 

ユーコン先住民の動物観や死生観が反映された行いなのですね。

 

動物を解体するときにはまず目玉をくり抜くというのも決まっていました。気管を森に残す儀式は大きな動物にしかやらないんですが、これは肉を食用にする動物すべてに対して行われる行為です。

 

なんで目玉をくり抜くのかというと、動物の種類ごとに集合意識みたいなものがあって、目玉を通して見たものを共有していると彼らは考えているんですね。目玉をつけたまま解体すると、仲間の体が切り刻まれるところを集合意識に見られてしまう。これは非常によくないこととされています。

ヘラジカは皮まであまさず利用する

肉や皮はヘラジカからの贈り物であるという話が先ほど出てきました。肉は食用として、皮はどのように利用するのでしょうか?

 

まず、1か月から半年ほどかけて、皮を鞣し(なめし)*ていきます。

*動物の皮を柔らかく、また腐敗しないようにして、衣服の製造などに利用できるよう加工すること。鞣す前のものを皮、後のものを革と区別する。

 

この地域の伝統的な鞣し方は脳しょう鞣しといって、獲物の脳や脊髄を使って皮を柔らかくします。

 

【カスカ流・皮鞣しの工程】

① 木枠に皮をぴんと張って肉と油を除去

② 脳と脊髄を水と混ぜて皮に塗る

③ 燻す

④ ②で使った水につけて柔らかくする

⑤ 皮を破らないように注意しながらスクレイパーでこする。

⑥ ④と⑤をひたすら繰り返す

⑦ 乾いてもパリパリにならないようになったら完成!

ナイフやスクレイパーを使って皮を鞣す。この写真は、木枠に張った皮から余分な肉や脂をナイフで取り除いているところ。

ナイフやスクレイパーを使って皮を鞣す。この写真は、木枠に張った皮から余分な肉や脂をナイフで取り除いているところ

工程が進んで”革”の状態に近づいたもの。

工程が進んで”革”の状態に近づいたもの

 

若い人たちは鉄でできたスクレイパーを使うことも多いんですが、古老世代に言わせると鉄製の道具は皮を破ってしまうのでよくないそうです。彼らは石を割って自作したスクレイパーを使います。

 

ものすごく根気と体力がいりそうです......

 

はい。私も手伝いましたが腰とか腕がすごく痛くなります。でも現地ではおじいちゃん・おばあちゃんほど皮鞣しに熱心なんですよ。若い世代は工場に委託して鞣してもらったり、場合によっては皮を森に放置してきちゃったりすることもあるんですが、それは伝統的な動物観からするとすごくいけないことなんです。

それに、手鞣しした革は工場で鞣した革よりも通気性がよく丈夫になるようです。

ヘラジカの革でつくったモカシン(北米先住民が伝統的に作ってきた一枚革から作る革靴)。

ヘラジカの革でつくったモカシン(北米先住民が伝統的に作ってきた一枚革から作る革靴)

押し寄せる変化の波

革は製品にして売ったりもするんですか?

 

本来は自然から得たものを換金することに抵抗があるんですが、最近は「加工したものならいい」というふうに考え方が変わってきたようです。鞣した革も売ることがありますが、生皮を売ることは今でもありません。

 

先住民の社会は、本来は”贈与”によって結ばれているものなんです。財産をため込むということはしないし、必要なものはみんなでシェアします。というのも今でこそ一家に一台冷凍庫がありますが、自然の状態では肉なんて1週間もすれば腐りますし、遊動生活では持ち運べる物も限られていますから。人に物を無償であげたり、もらったりすることの方が自然なんです。

 

貧富の差の生じにくい平等な社会なんですね、本来は。

 

難しいのは、お金が入ってくるとそういうことができなくなるんですよ。彼らも自然からとれたものは肉でも薬草でもシェアするんですが、お店で買ったものは、親族はともかく他人に無償であげたりはしないみたいです。定住化して貨幣経済に組み込まれていく中で、どうしてもお金の面では差が出てきています。

贈与を基本にする先住民社会も、少しずつ貨幣経済寄りの考え方に変わってきている。

贈与を基本にする先住民社会も、少しずつ貨幣経済寄りの考え方に変わってきている

 

貨幣経済のほかに、北方の暮らしは地球温暖化の影響なんかも受けそうです。

 

ものすごく影響が出ています。ユーコン南部で一番大きなのは、河川洪水です。昔は全然そんなものなかったのに、2010年くらいから始まって、2、3年に1回は集落が水浸しになる被害が出ます。

 

個々の狩猟採集者はものすごくよく自然のことを観察していて、「川のこの中州に生える植物が、昔より高く生長するようになった」とか「日照りが強くなってベリーのブッシュが枯れてしまった」とか、彼らの目線でも温暖化の影響は顕著にとらえられています。

 

狩猟採集技術の継承などはできているんでしょうか?

 

若い世代は学校にも通わないといけないし、狩猟採集のための膨大な技能を全部習得するには時間が足りないようです。

 

それに、先ほども述べたように「自分がそのときやりたいと思ったことをやる」というのが基本姿勢なので、本人がその気にならないことを無理矢理学ばせるわけにもいきません。古老たちも「若いやつらは伝統的なやり方を学びたがらない」とか愚痴るんですけど、本人が教えてくれと言ってくるまではなにもしないんです。

 

そんなわけで、狩猟、道具作り、薬草集め等々、全部を一人でできるジェネラリストというのは、古老たちの世代がほぼ最後なんじゃないでしょうか。

手製のかんじき。自然から得たものだけで作ることができるが、そのためには知識と技術が必要だ。

手製のかんじき。自然から得たものだけで作ることができるが、そのためには知識と技術が必要だ

 

ただ、都会に出て定住した人たちの子供の世代が、自分たちのアイデンティティを先住民のコミュニティに見出すという流れはあるようです。そういう人たちがユーコンに戻ってきて伝統を継承しようと頑張ったりとか。

 

明るいニュースが聞けてうれしいです。最後に、山口さん自身が調査を通じてユーコン先住民的な考え方や感じ方をするようになったことはありますか?

 

カナダから日本に戻ってきて2、3日は人の多いところにいるのが耐えられないようになりました。カナダで森の中を歩いているときは、身体感覚が拡張されるというか、些細な変化だとか動物の痕跡なんかを逃さないために五感を研ぎ澄ました状態で周囲を観察するように自然となってるんです。その状態で人ごみとかに入っちゃうと、もう気持ち悪くて......。帰国してしばらくすると感覚が鈍化して慣れるんですけどね。

 

日本で普通に生活するということが、人間のもつ野生の感覚を抑えつけることで成り立っているということでしょうか。山口さん、今回はお時間とっていただきありがとうございました。

 

 

狩猟採集民の社会には、全員でモノを共有することや自然へのシンパシーなどなど、現代日本では希薄になった感覚が色濃く残されていた。反面、先細りしていく伝統的なライフスタイルや格差の拡大などの問題は日本社会にもおおいに通じるところがある。

 

地球上に残された数少ない狩猟採集の文化が今後どう変化していくのか、見守っていきたいと思う。

 

自然は想像力の源だ! 研究者が語る、発光生物と漫画・アニメ・特撮の世界の光るキャラクター

2021年4月15日 / 大学の知をのぞく, この研究がスゴい!

前回の記事では、大昔に絶滅したホタルの光を現代に再現するプロジェクトについて話してくださった発光生物学研究者の大場裕一先生。余談として、漫画やアニメなどに登場する『光るキャラクター』収集をライフワークにしているという意外な一面も披露してくださいました。

 

発光するキャラクターとして有名なものというと、背鰭の光るゴジラや蛍光色の血を流すプレデターなんかがまっさきに思い浮かびます。こうした架空のキャラクターと現実の発光生物を見比べていったところ、フィクションを凌駕する発光生物の多様性が見えてきました。聞き手は怪獣と生き物に目がないライターの岡本です。

 

 

――大場先生の関心が、現実の発光生物から光を出すキャラクターに広がったきっかけを教えていただけますか?

 

キノコや昆虫から魚まで、あらゆる光る生き物の研究をしています。すると講演会などで必ず「人間は光るんでしょうか?」とか「○○の仲間で光る生き物はいますか?」と聞かれるんです。そういう時に「いや人間は光りません」とだけ答えていてもつまらない。

 

いろいろ調べていると、フィクションの世界では本当にいろいろな生き物に光を放つ能力が与えられていることに気づきました。それらと、実在する発光生物を比べたらとっても面白いと思ったんです。

発光生物研究者の大場裕一先生

発光生物研究者の大場裕一先生

僕らはみんな、実はうっすらと光っている

――光の巨人ウルトラマンや目から光線を出すスーパーマンなどなど、人型の光るキャラクターは多いです。人間の光ることに対する憧れを反映してるのかなとも思うんですが、人類が進化して光る能力を獲得することは難しいですか?

 

まず、目は光を受容する器官なので、人に限らずどんな生物でも目から光を出すと何も見えなくて困ってしまいます。猫の目は光るじゃないか、と思われるかもしれませんが、あれも実は外から入った光が目の奥で反射して見えているだけで、それ自体が発光しているわけではないんです。

発光生物が光る理由は、仲間内でコミュニケーションを取るためだったり敵を遠ざけるためだったりです。人間には言語や便利な道具がありますから......。今のような世界が続くかぎりでは人間が発光する力を獲得することはないと思います。

正義のヒーローは光りがちだが…

正義のヒーローは光りがちだが…

 

――なるほど。当然のような、なぜか少し残念なような。

 

ただですね。実は我々人間を含めた生物はみんな、目に見えないくらい微弱な光を常に出しているんです。バイオフォトンというんですが。

 

――ほ、ほんとうですか!?

 

バイオフォトンというのは、基本的に人間の眼には見えないくらいの弱い可視光なんです。見えないのに可視光ってのも変ですが。400~700nmくらいの可視領域の波長なんだけど、弱すぎて人間の眼には見えない光っていうのが、生物から常に出てるんですね。

 

――私も実は発光生物だった......。しかし見えないということは目的があって出てる光ではないですね。

 

そうです。代謝の副産物として出ています。特殊な装置を使うと観測することもできて、サーモグラフィみたいになるんですけど、熱とはまったく違うもので光子がちゃんと出ている。で、たぶん何の役にも立ってない。

 

アニメの中だと、精神力や怒り、強さなんかを強調するための表現として「光る」ということを使ってることがよくあります。例えば、『ドラゴンボール』の主人公もスーパーサイヤ人になると光り始めますよね。バイオフォトンも似たような文脈で解釈されることがあるんです。以前たまたま読んだスピリチュアル系のサイトでは、人間の出すオーラなんかと同一視して説明されていました。科学的には完全に嘘なんですけど、それだけ我々人間が発光能力を特別視しているということだと思います。

 

――バイオフォトンの話はとてもロマンがありますが、「見えないものだ」ということはしっかりとおさえておきたいですね。

ひょっとして光ることに意味はない!? 光ることの意味を調べるのはすごく大変 

――光るキャラクターについて大場先生にたずねた時に、真っ先に挙げていただいたのが『ウルトラQ』(1966年に放送されたウルトラマンの前身となる特撮番組)に出てくるカタツムリのような貝獣ゴーガでした。『ウルトラQ』にはナメゴンというナメクジ型の光る怪獣も出てきます。

 

ナメゴンみたいな光るナメクジは見つかっていませんが、光るカタツムリは存在します。

ヒカリマイマイといって、タイとかマレーシアとか、あとフィジーにも生息していて、口のところが点滅しながら光ります。

口の部分が光るヒカリマイマイ

口の部分が光るヒカリマイマイ

 

――この写真だとガラス板に載せたカタツムリの裏側から撮影してますけど、上から見ても光ってる口の部分が見えるんでしょうか?

 

これが不思議なところで、実はほとんどわかりません。這ってるところを普通に上から見ても光は見えないんです。しかも、直径3cmくらいの大人になるとあんまり光らないんですよ。1cmくらいの小さいやつがしきりに光ります。カタツムリは雌雄同体とはいえペアじゃないと繁殖できないんですが、大きくなると光らないということは交尾の相手を探すためではない。なんでだろうと。

 

――それは......謎ですね。

 

これについて僕のたてた仮説があります。ホタルの幼虫はカタツムリを食べるんですが、このヒカリマイマイはホタルに食べられてる状態に擬態してるんじゃないかと思うんです。ホタルには毒があるので、ホタルの幼虫に食いつかれてるカタツムリは鳥とかが食べたがらない。実際、ホタルはカタツムリを捕食中でもぴかぴか光ってることがありますから。それを真似してるんじゃないかと、まだ想像の段階なんですが。

 

――なんてトリッキーな! 本当だとしたらとても面白いですけど、実証するのはすごく大変そうですね。『ウルトラQ』のゴーガは殻全体光ってましたが、ヒカリマイマイが光るのは口の一点だけです。全身から光を出す生き物っていうのはいるんでしょうか?

 

うん、少ないですね。ほとんどの発光生物は一部が光ったり、光るものを吐き出したりするんですけど、全身が光る生き物は実はほとんどいません。それでも例えば、発光キノコには全身が光るものがいます。

ヤコウタケ

ヤコウタケ

 

――光るキノコというと......ツキヨタケとか?

 

ツキヨタケは傘の上側は光らないですね。ヤコウタケとか、白一色の発光キノコはだいたい全身が光ります。それ以外だと、ヒカリボヤっていうホヤとか、そのくらいですね。全身が常に光るっていうのは、発光生物にとってあんまりメリットがないんだと思います。

 

そうそう、松本零士の『銀河鉄道999』の「ホタルの町」という話は、光り方によって人間の身分が可視化される話でした。

 

――あ、知ってます!その星では体全体が均一に光る人ほど偉いという話だったような......。

 

体の一部しか光らない人や、不均一な光り方しかできない人は逆に身分が低かったりしてね。最後は「光り方なんかで人の価値は決まらない」という鉄郎の主張でオチがつくんですが。全身が光るという性質は、貴賤とはまったく関係ないにしろたしかに希少ではあります。

 

――さきほど例に挙げていただいたヤコウタケがあえて全身を光らせることにはどんな意味があるんでしょうか?

 

虫をおびき寄せて胞子を運んでもらうんだとか、毒を持ってることをアピールしてるだとか、いろいろな説がありますがどれも決定打に欠ける気がします。人間の食用にはすすめられませんが虫なんかには普通に食べられてますし。そもそも光ることに意味はないんじゃないかという話も出てきています。

 

――え、そうなんですか! 先ほどのバイオフォトンの話のときも思ったことですが、意味もなく光るのもありなんですね。

 

なんらかの化学反応で光ってることは間違いないんです。消化とか、なにかしらの機能の副産物として光が出ちゃって、光そのものにはメリットもデメリットもないと。人間は光ってるものに意味を求めがちなんですけど、案外そんなもんかもしれません。

 

――「光り方なんかで人の価値は決まらない」という鉄郎の主張と似てますね。光ること自体に意味はないと。

 

あ、なんかいいですね。「人は見た目じゃないよ」ていう単純な主張かと思ってましたけど、そこまで深読みするとなかなか面白いですね。

発光能力は深海や地中でこそヒカる

――光線(ビーム)を出して敵を攻撃するキャラクターはとても多いです。攻撃のために光を使う生物は実在するのでしょうか?

光は攻撃手段になるのか?

光は攻撃手段になるのか?

 

自己防御のための毒とかを出すときに光も一緒に出すやつはいますね。連合学習というか、攻撃と光を関連付けることで敵から忌避されやすくしてるんじゃないでしょうか。

 

『ウルトラマン』に出てきた怪獣ザラガスのように、目くらましのために光を使う生き物もたくさんいます。ホタルイカの腕なんかがそうです。体全体はぼや―と光ってるんですけど、腕先はフラッシュ的にぴかっと光って目くらましになります。

 

――たしかに、ホタルイカは以前生きてるやつを見たことがあるんですが、結構強く光ってました!

 

ほかにもウミホタルなんかは吐き出した液が光りますね。あとミミズの仲間にも、傷をつけると発光性の体液を出すやつがいます。敵を驚かしたり、敵が光る液に気を取られてる間に撤退するためじゃないかと言われています。

光で天敵の目を眩ますホタルイカ(上)、光る液を分泌するウミホタル(下左)、ホタルミミズ(下右)

光で天敵の目を眩ますホタルイカ(上)、光る液を分泌するウミホタル(下左)、ホタルミミズ(下右)

 

――ハリウッド映画のプレデターみたいですね。光を出すとかえって目立って別の捕食者が寄ってきたりはしませんか?

 

あり得ますね。ただ、そんなこと言ってられないくらい差し迫った状況であることが多いので。夜光虫とかプランクトンなんかで、小エビに襲われたときに光るのがいます。こいつらが光ると襲撃者である小エビの姿が写し出されて、その小エビを狙ってイカとか魚が集まってきて、結果的にプランクトンは生き残ることができる。そういう話もあります。

 

――ははあ、敵の敵を光で召喚するんですね!おもしろい! しかしこうして見ると、発光能力をアクティブに使っている生き物は深海や地中に住む生き物が多いですね。

 

周りが真っ暗なので、我々から見ると微弱な光でも十分敵を驚かすことができますからね。それに暗い中で不意に敵と遭遇するので、敵との距離がとっても近いことが多い。逆に、陸上で敵を驚かすために光を使う生き物っていうのは知りません。哺乳類・爬虫類・両生類・鳥類で発光する生き物も見つかっていないですね。

 

――あーなるほど、周りが暗いからこそ光る力が発達したと。怪獣が地底や海底からあらわれがちな理由を見た気がします。

 

深海は隠れる場所がほぼないので、見つからないために光を使うやつもいます。海の中って上から太陽の光が降り注いでいるので、自分の下に影ができちゃうんですね。そこで、体の腹側を光らせて自分の影を弱め、海面からくる光の中にうまく溶け込むんです。カウンターイルミネーションと呼んでいますが、このタイプの発光生物って深海には非常に多い。

 

そうそう、フジクジラという小型のサメなんかは、腹だけじゃなくて背中にある大きな棘のすぐ横が光っていて、棘を目立たせることで「自分はこんなに怖いやつなんだぞ!」というアピールまでするんですよ。背びれが光るって、なんかゴジラに近いですね。あるいは武器を光らせるっていう意味だと、電気で角が光るウルトラ怪獣ネロンガとか。

フジクジラ。海底では背びれの棘を目立たせるように発光するという

フジクジラ。海底では背びれの棘を目立たせるように発光するという

 

――すごい、まさに光らせたもん勝ちの世界ですね! そしてゴジラみたいなサメ。以前、『シン・ゴジラ』の幼態のモデルになったとされるラブカという深海サメが話題になりましたが、やはりゴジラはサメなのか......。

光るメカニズムは省エネ一択 

――電気で光る怪獣ネロンガだったり、放射性物質のチェレンコフ光を出すゴジラだったり、特撮の世界ではいろいろな発光のメカニズムが考案されてきましたが、現実の発光生物にも発光のための多様なメカニズムがあるんでしょうか?

 

発光メカニズムはいろいろな生物で別個に進化しているんですが、実のところメカニズムとしては基本的にすべて、酵素を使った化学反応で光を出します。

 

――意外です。電気とかは使わないんですね。

 

電気を作る生き物自体は、デンキウナギなんかがいます。でも、光は出ないんです。ピカチュウの10万ボルトみたいに見えたら面白いですけど。

 

電気ではありませんが、テッポウエビがハサミを打ち合わせて衝撃波を出すときに、ソノルミネッセンスといって人間の目に見えない微弱な発光を伴います。例外はそれくらいでしょうか。

 

――たしかに、考えてみるとエネルギーを電気に変換して、そこからさらに光にするというのはとても効率が悪そうです。

 

我々人間はそれをやってるわけですけどもね。化学反応を使った発光メカニズムというのは、とても省エネなんです。

 

そうそう、省エネといえば、自分ではエネルギーを使わずに発光バクテリアを取り込んで光る生き物もいます。チョウチンアンコウなんかがそうですね。

 

――チョウチンアンコウ、そうなんですか!

 

あの提灯は背びれの一番前の棘が変形したもので、先端に発光バクテリアを格納できるようになってるんです。増殖したものを次世代に受け渡してるんじゃないかという仮説もあります。

 

――秘伝のタレ的な......。

 

それとつながるフィクションの話だと、手塚治虫の『ブラック・ジャック』に火の鳥が出てくるセルフオマージュ的な話があります。「光る鳥がいるぞ!火の鳥だ!不死鳥だ!」と大騒ぎになって、撃ち落としてみたら発光バクテリアに寄生された鳥だったという話です。

「火の鳥」の正体は発光バクテリア…?

「火の鳥」の正体は発光バクテリア…?

 

――実際あり得るんでしょうか?

 

人間の傷口に発光バクテリアが繁殖して闇夜にごく薄く光って見えたという記録もありますから寄生されること自体はあるかもしれません。ただ、遠くから見てわかるほどの光を出すのは難しいでしょうね。江戸時代の文献にゴイサギが光るとまことしやかに書かれたものがあるんですが、これなんかも夜行性のゴイサギの胸に生えた白い羽毛が月の光を反射して光って見えたというのが真実だと思います。

 

――真実ではないけど、ウソとも言い切れない、絶妙に想像力を掻き立てるところをついてきましたね。 

そして探求は続く 

――最後に、これは私の個人的に好きな怪獣なんですが、『帰ってきたウルトラマン』に出てくる電波怪獣ビーコンです。

 

ビーコンという怪獣は知らなかったので画像検索してみたんですが、とてもかわいいですね。

 

――目が3つあって、左右の目が赤く、真ん中の目が黄色く光ります。こんな感じで違う色の光を出す生き物はさすがにいないですよね?

 

いや、いますよ。

 

――発光生物に不可能はないんですか......。

 

南米の鉄道虫という昆虫なんですが、これは頭が赤く、体側が黄緑に光ります。赤い光が前照灯、緑の光が車窓の光に見えるから、鉄道虫。

南米に生息する昆虫、鉄道虫(イラスト:編集部)

南米に生息する昆虫、鉄道虫(イラスト:編集部)

 

――きれい。そしてしゃれた名前だ。

 

頭のところだけが赤く光る理由は、まったくもって不明です。

それとこれは我々のグループが発見したんですが......実はホタルの卵と蛹も、色は似ていますが2種類の光を出してるんです。全身から出す光と、成虫で尻の先になる部分から出す光と。

 

――ホタルの光には2種類ある、という話は前回の記事でも詳しく教えていただきました。卵や蛹の出す光の方が、ホタルの先祖『原型』の光により近いはずだと。

 

不思議なことに成虫になると体の方の光は消えてしまうんです。もともと一つしかなかった光る遺伝子が重複して二種類の光を獲得したと考えられているんですが、両方が今日にいたるまで機能を損ねずに残っているということは、なんらかの利点があるはずだと考えています。

 

――「蛍の光」に新しいニュアンスが加わる日が来るかもしれないわけですね。これは気になります。

ヘイケボタルの蛹。尻の先が光るだけでなく、全身からぼんやりと光を放っている

ヘイケボタルの蛹。尻の先が光るだけでなく、全身からぼんやりと光を放っている

 

 

フィクションと実在の発光生物の間には、ワクワクするような相似がたくさんありました。ただ、作り手が科学的な事実をふまえて創作をしていたかというとそれはわかりません。現実とフィクションが別々に進化して、結果的に同じところに行きついたと言えるでしょう。

それほどまでに、生き物の出す光は人間の想像力をかき立ててやまないのです。

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