「博士のアイドルグループPhD48のメンバーを募集します。
・応募資格 博士号を有する、または博士課程在籍中であること」
去る4月16日、Twitterにこんなツイートが投稿された。博士のアイドルグループ? 48??
ツイートはあっという間に拡散され、面白そう、私も参加できますか? といった反応が飛び交う。(ちなみに、Ph.D.(Doctor of Philosophy)とは日本でいう博士号のこと)
投稿の主は武田紘樹さん。2021年に東京大学で博士号(理学)を取得し、現在は京都大学に研究員として所属する気鋭の物理学者だ。個人でもYouTubeチャンネル「たけださんの4コマ宇宙」を運営し、新しいアウトリーチ活動を模索する武田さんに、アイドルグループの構想やその背景にある問題意識について伺った。
※なお、グループの正式名称は取材時点で検討中とのことなので、記事内では「PhD48(仮)」とさせていただきます。
きっかけは何気ないつぶやきから……多彩なメンバーが集う「ゆるいコミュニティ」
――どうしてPhD48(仮)を始めようと思われたのでしょうか?
あるとき家でふざけていて「研究してても儲からないから、アイドルグループでも作ろうかな」と妻に話したことがあって、それを何気なくつぶやいただけだったんです。それがバズってしまったから、それじゃあ本当に作ったら面白いんじゃないかと。それで投稿したのが「メンバー募集」のツイートでした。
ツイートを見て、これまでのところ博士と博士課程の学生からなるメンバーで合計100人、一般の学生まで幅を広げた研究員でさらに100人、それに加えて、裏方のスタッフとして60人ほどが参加してくれています。男女比、文理比ともにほぼ半々。准教授、助教といった大学の職についていらっしゃる方、所属は東大京大から地方の国立、私大、海外の大学までばらばらです。
著名人では落合陽一さんが「写真ぐらいだったら撮りますよ」と参加してくれました。ほかにも法学部の教授や、教育系のイベントを企画されている方が相談に乗ってくれたりと、いろいろな方が参加・協力してくださっています。
4月25日に投稿されたPhD48の募集要項。正規メンバーだけでなく研究員、スタッフまで幅を広げた。
――すばらしい多様性ですね。Twitterスペース(誰でも参加できる音声チャット機能)を使ってミーティングをするなど、オープンな雰囲気も印象的です。
僕もみんなも研究で忙しいですし、組織的にやると負担になるしつまんない、ダサいかなと。だから出入り自由のゆるいコミュニティとして運営しつつ、メンバー紹介だけはいつでもサイトで見れるようにしておくのがいいかなと思っています。そして、たまに企画をやってwebラジオやYouTubeで発信していく形ですね。
リアルイベントをやろうとすればお金もかかりますし、メンバーも世界中に散らばっているので難しいでしょうね。基本はネット上の悪ふざけコンテンツにしたいかなと。
――ふざけたコンテンツと言いつつ、PhD48(仮)のTwitterコミュニティ(メンバー同士の交流機能)を見ると「学術研究に関わる学生・研究者と学問や学問をする人に興味を持つ一般の人々の交流を通して学術の世界を盛り上げていく」という目標を掲げておられますね。
はじめから目標があって作ったというよりは、バズってしまったから理由をつけてグループを作ってみたという感じですね (笑)。なんでもいいから面白いことをやっていれば、色んな人が関心を持ってくれるんじゃないかと。
関心を集めることで得られるメリットは、参加する人それぞれだと思います。
自分の研究を多くの人に知ってほしい人、メディアに出たい人、本を書きたい人、あるいは、研究者をとりまく現状を変えたい人。共通しているのは、発信力を上げないことにはどんな目的も達成しづらいということです。
PhD48(仮)のコミュニティ。運営に関することだけでなく博士課程進学や研究に関する相談も書き込まれ、ゆるやかな交流の場になっている。
――発信力を上げる手段として「アイドルグループ」を名乗ったのには何かこだわりがあるのでしょうか?
アイドルにこだわりがあったわけではないんですが、容姿や歌やダンスでなくても、その人達の存在の魅力で人が集まってくるならなんでもアイドルと呼べるんじゃないかなと。親近感も持ってもらいやすいですし。一般の人に対していきなり研究の話をしても、耳を貸してくれる人ってすごく限られますよね。人としての魅力を発信してファンになってもらうことが、研究者としての発信力にもつながるんじゃないかと思っています。
とくに日本は、ノーベル賞を伝えるニュースで受賞者の生い立ちや人柄ばかりが報じられるぐらい「人」が好きな国です。そんなことではダメだという研究者もいますが、僕はむしろ、そういう事実を一旦は受け入れるところから発信を始めたほうがいいと思っていたんです。だから今回、バズったついでにそういうことができるんじゃないかと思って始めてみたのがアイドルグループでした。
発信不足への危機感、だけどSNSではあくまで不真面目に。
――研究者には発信力が必要ということですが、武田さん個人としては研究者をとりまく環境をどのようにご覧になっていますか?
研究予算がどんどん減らされていること、若手研究者の雇用が不安定なために優秀な人が研究職を諦めてしまうこと、先進国で唯一、日本の博士課程の学生数が減少していることなど、研究環境をめぐるネガティブな話を挙げるときりがありません。政府の方針は予算を削る一方でお金になる成果を出せと迫っていて、ちぐはぐですよね。ただ、研究者に責任がないとも言い切れないと僕は思っているんです。
――どういうことでしょうか?
アウトリーチ(教育普及活動)が足りていないんですよね。たとえばヨーロッパ社会は世の中全体のサイエンスに対するリスペクトが高くて、研究者があまりアウトリーチに労力を割く必要がないといわれています。アメリカは逆に、研究者は予算の何%をアウトリーチに割かなければいけないということが明確に決まっている。
そこで日本の現状を見れば、もっとアウトリーチが必要なはずなのですが、研究業績に直接つながるわけではないので、わざわざ労力を割いて取り組もうという人が少ない。そうするとノウハウも蓄積されないので、いざというときに世間に対して研究の価値をうまく伝えられない。どうも学会発表のような、堅い話になってしまいがちなんです。アウトリーチをサボってきたことで、アカデミアが社会から分断されて、研究予算や待遇に跳ね返ってきている面があるのではないかと思います。
――やはりそういう危機感を持っていらっしゃる方は多いのですか。
僕たちのような若い世代はとくに、アカデミアと自分自身の将来に強い危機感を持っている人が多いと思います。国の政策に対して声を上げていくのも大切ですが、それと同時に、今すぐにできるアウトリーチもやっていかなければならない。研究をやりながら個人で発信していくのはすごく大変ですが、みんなで集まれば一人ひとりの労力は少なくてすむ。だからPhD48(仮)に参加してきてくれる人が多いのではないでしょうか。
ただ、そういう危機感や野望はありつつも、あまり気合いを入れるとツイッターではスベってしまうので。だらっとやってるように見せておいたほうがいいのかなとは思っています。
学術系コンテンツでも「人柄」が最強の武器?
――お話をお聞きしていると、武田さんはSNSでの振る舞いを熟知されている印象です。
SNSでなにがウケてなにがスベるのかについてはめちゃくちゃ研究しましたね。Twitterを始めた頃は宇宙や物理の話をしてたんですが、やっぱり受けない。内容だけでなく文字の長さや語順など試行錯誤してフォロワーを増やしてきました。だからTwitterにいる人たちがなにを考えているのかは大体わかるつもりです。ただ、YouTubeは難しいですね。
――YouTubeチャンネル「たけださんの4コマ宇宙」を運営して、重力波や宇宙に関する解説動画や大学院に関するアドバイスを発信されていますね。Twitterよりも難しい内容を伝えるのには向いていそうですが?
Twitterでうまくいったので、YouTubeもいけるのでは? と思って今年の2月に始めたんですが、ちょっと勝手が違いました。物理や宇宙の話だと再生数はせいぜい5000ぐらいなのに、雑談動画が7万再生されたりする。がっつり講義系の動画にも固定ファンはいてくださるのでそちらも作りつつ、多くの人がある程度楽しめる柔らかい内容のものもシリーズ化して、階層分けをするのがいいのかなとか、日々試行錯誤しています。
YouTubeチャンネル「たけださんの4コマ宇宙」より、武田さんが自身の博士論文を紹介する動画。
――学術トピックをカジュアルにまとめた動画がたくさんあるなかで、研究者自身が発信する情報にはとくに価値があると思うのですが、その価値を伝えるのが難しいのですね。
子供向けに特化すると爆発的に伸びるかもしれませんが、そういう性格でもないので……。最近は、専門性と面白さを両立できる大人向けのラジオ番組のような立ち位置をめざすのがいいのかなと考えています。
YouTubeで今人気の「ゆる言語学ラジオ」ってご存知ですか? 言語学の専門的な内容を扱っているのですが、パーソナリティーのお二人に毒気がなくて、おしゃべりそのものを楽しく聴いていられる。PhD48(仮)の話に戻ってきますが、やはり人柄で受け入れてもらえるとコンテンツとして強いと思います。
――ほとんど0円大学で研究者の方に取材させていただくとき、丁寧にお話を聞いていくと、研究の根っこにあるのはとても素朴で人間的な疑問だったりします。難しい研究の話と研究者の人柄は別物ではなくて、つながっているものなのかなと。
それに加えて、その分野に進んだきっかけにもその人らしさが出ていたりしますね。小さい頃から興味があってという人もいれば、行きたかった研究室の試験に落ちて仕方なく、という人もいる。もちろん、何が正解ということはありません。
そういうパーソナルな部分を見せるというのは、一般の人に親近感を持ってもらいやすいのはもちろん、これから研究者をめざそうとしている人に肩の力を抜いてもらうきっかけにもなるのではと思っています。とくに今、女性研究者のキャリアモデルが少ない。たとえば、女性研究者の話だけにフォーカスした動画を作ったら需要があるかもしれませんね。
PhD48(仮)では女性限定メンバー募集も行われた。武田さんいわく、「SNSで論争になった大学の教授ポストの女性限定公募を皮肉ったもの」。
――そうするとPhD48(仮)のようなコミュニティは、研究者の発信力を高めるだけでなく、いろいろな立場の人がフラットに議論できる場にもつながっていきそうですね。
そうですね。研究者は職業がら発言に慎重になりがちですが、みんなもっと気軽に発言して、間違ったら間違ったで訂正すればいいのにと僕は思います。差別的な発言などは許されませんが、そうではないたいていのことは真摯に謝れば許してもらえますし。発言してみて、訂正して、情報がきれいにされていく循環が起きないと、アカデミアじゃない人たちがアカデミアのことを粗雑に評するのを見ているだけになってしまう。それはそれで無責任な態度ですよね。だから、研究者も気軽に発言できるフラットな場を作りたいという思いはあります。
PhD48(仮)はオーディションに向けてまもなく始動!
――いろいろお聞きしてきましたが、PhD48(仮)で今後考えておられる企画があれば教えて下さい。
最終的には精鋭メンバーのオーディションを行って、それ自体をメインコンテンツにしようかなと思っています。いま100人ほど応募者がいるので、数人のグループに分けてそれぞれトークしてもらって、その中で誰が良かったかを見ている人に投票してもらう。トークテーマは「コンビニでいつもなに買ってますか」とか、研究に関すること〈以外〉ならなんでもいい。こんなことを考えている人がいるんだなというところを楽しめればいいのかなと。
トーナメント方式で選抜を進めて、最終的に勝ち残った10人ぐらいのメンバーが「解散ライブ」と称して研究発表をする。これを1クールとして、また最初から繰り返すという形です。いろんなやり方があるでしょうし、繰り返すうちにブラッシュアップしていければいいかなと思います。
オーディションの開催はまだ少し先になりますが、今はメンバー一覧を掲載するサイトをスタッフが構築してくれていて、もうすぐお披露目できる予定です。
――楽しみにしています! 最後に、武田さんご自身の今後の目標があれば教えてください。
目標は大学の先生になることです。アウトリーチばっかりやって常勤の仕事につけないと本末転倒なので、あくまで研究が本分です。ただ、明確な目標立てて失敗すると凹んでしまうタイプなので、可能な限り目標を低くして、うまくいったら「思ってたよりマシだった」と思えるぐらいがちょうどいいいですね。
――ありがとうございました!