定年後に本当にコワいのは経済格差より「知的格差」…。そんなドキリとするフレーズを掲げ、今年5月に櫻田大造先生が出された、大学の活用術などを伝授する書籍『「定年後知的格差」時代の勉強法』(中公新書ラクレ・2021)。この内容は、大学の魅力を伝え、大人と大学をつなごうという『ほとんど0円大学』とも相通ずるものがある! と盛り上がり、編集長の花岡正樹を聞き手に、大人のための大学活用法をテーマに語り合ってもらいました。
『「定年後知的格差」時代の勉強法』(中公新書ラクレ・2021)
独学とは異なり、「学び方」から学べ、テーラーメイドの指導が受けられる
花岡 櫻田先生のご著書『「定年後知的格差」時代の勉強法』、とても興味深く拝読しました。人生100 年時代の大学活用という視点で書かれていて面白く、シニア世代に限らず幅広い世代にとっての大学活用法を伺えればなと。
櫻田 実は花岡さんのご著書、『定年進学のすすめ―第二の人生を充実させる大学利用法』(花伝社・2010年)にも非常に触発されたんですよ。11年前の本ですが、全然古くなく、むしろこれからのトレンドをうまく読み切っている。こちらで花岡さんがおっしゃっていることが、今回の本を書く一つの動機にもなったんです。
花岡 本当ですか!? それは光栄な…。
櫻田 まさに大学というものは、20歳前後の若者だけのものじゃない。定年後、定年の前も、さまざまな形で大学を活用することが大切です。こちらと『50歳からの大学案内 関西編』(ぴあ・2018年)も、すべて参照させていただき…。
花岡 ありがとうございます。いやもう、お恥ずかしい…(笑)。
櫻田 だから私も、お目にかかるのを楽しみにしていました。問題意識は花岡さんと非常に近く、日本の場合、どうしても新卒一括採用に引っぱられ、20歳前後で大学に入り、卒業後すぐ就職するというのがはっきりしていたので、長年そこに囚われきた。しかし今後は新卒一括採用が次第になくなり、18歳人口も減っていく。また日本人の平均寿命が延びており、今や日本人の平均年齢は48歳です。いろいろな形で大学にもう一度入り直すことの意味が高まってきています。
花岡 定年後を見据えたシニア世代以外も、ということですよね。
櫻田 そうです。勉強することが遊びだという感覚でもって、純粋に自分の好きな知的テーマを大学や大学院で追いかける50代以降の定年前後組に加え、20代から40代にかけた、働き世代の学び直しも挙げられます。
花岡 それぞれにおすすめしたい大学の活用法となると、いかがですか?
櫻田 学び直しの場合、ビジネスに結びつけたいならMBA(経営学修士)コースなど、夜間に受講できるものもあるので、仕事との両立も可能でしょう。
能動的知的生活をするために学びに行きたいというジニア世代は、テーマを決めて探し、可能であれば直接、必要であれば学部で勉強されてから大学院に進まれるといい。また、世代問わず、進学されるなら大学図書館の利用をおすすめしたい。レファレンスに行って、どんなデータベースがあり、どんなネットで取れる情報があるかを訊くだけでも勉強になる。大学なら、知的好奇心の赴くままにいろいろな追究ができると思います。
花岡 図書館で相談することで、得られるものも多いと。
櫻田 そうです。テーマを相談し、アドバイスをもらって、メモをとると非常にいい。うちの学部(関西学院大学 国際学部)では、1年次に必修の基礎ゼミの時間を使って、図書館司書の方に図書館の使い方のガイダンスをやってもらっています。これをやるかやらないかで、かなり違ってきます。また私のゼミの学生には、卒業論文のためにも秋学期が始まる前の夏休み中か9月下旬に、必ずレファレンスに行かせています。
花岡 図書館をちゃんと使えることがまず、重要になってきますよね。
櫻田 そうです。1980~90年代に大学で勉強された方は、そういうことをされなかった方も多いと思います。だから40~50代の方が院生になったとしたら、自分が知りたいテーマに関連するものに、どんなデータベース資料が使えるかを、指導教員だけでなく図書館のレファレンスで訊ねることをおすすめします。
花岡 「この本が欲しいけど、ありますか?」という形だけじゃないんですね。
櫻田 そうです。でも最近の学生は、課題を出すと、YouTubeに上がっている日本語の動画を見て発表したりもするんです。参考にするのはいいんですけど、読書習慣が廃れてきており、せっかく便利な図書館があるのにもったいないなと思います。
花岡 定年前後の世代であれば、それこそ図書館がマッチしやすいのかもしれませんね。
櫻田 そのとおりです。今は学術機関リポジトリといって、教員や学生が執筆した論文や資料をPDFファイルにして、無償で公開しています。図書館ではそういったサービスの利用法を学べますし、ILL(Interlibrary loan)、要するに図書館間の相互貸借制度で、自大学にない資料を他大学から簡単に取り寄せるなんてこともできます。郵送料はかかりますが、雑誌の記事なら1枚数十円ぐらいで必要な記事を取り寄せられる。まさに知の宝庫なのです。
花岡 そういう面でも、独学で学ぶのと大学で学ぶのとは、結構な差がありそうですよね。
櫻田 ええ。ただ、独学できるだけの力があれば、データベースを使えないという点では不便だと思いますけど、それ以外はあまり問題ないように思います。とはいえ、何時間かけて勉強しても苦にならないような、知的関心や興味のあるテーマがあるなら、大学院に行ったほうが伸びやすい。教員から手取り足取り、テーラーメイドの指導が受けられますからね。
櫻田先生も書籍執筆等するときに大学図書館をよく活用するという
今までの知識と経験+新しい知識+自分なりの考えを融合させることで研究は深まる
花岡 単純に知識を得るだけの良さもあると思うんですが、 学術論文を書く良さはどこにありますか。
櫻田 なかなか鋭いご質問です。学術論文は小説などと違って、イマジネーションだけで書けるものじゃない。さまざまな情報を自分なりに咀嚼して、別の言い方に変え、なおかつ出典や脚注を明記して、自分の意見と今まで知らなかった知識をうまく折衷させ、クリエイティブなオリジナルのものとしてアウトプットします。今までの知識と経験、そこに新しい知識と自分の考え、この3つをうまく組み合わる必要があります。
花岡 自分のアイデアに吸収した知識を融合させる必要があると。
櫻田 そう、融合という言葉がまさにキーワードです。学術論文の場合は客観的に記して、学会で発表することにも意義がある。書き方についても、私は学生の卒業論文に必ず赤字を入れますが、3回ぐらい書き直させることもありますからね。図書館まで一緒に行って、新聞の縮刷版を見せて、しおりを挟ませ、ここの記事は引用しなきゃいけないと教えることもあります。
花岡 それは…だいぶ手取り足取りですね(笑)。論文を書いた経験のない世代でも安心です。
櫻田 シニアの方は義務的に、あるいは就職に有利だからではなく、例外なく学びたいから来ています。今の時代の大学は、そういう方に対していくらでもレスポンスできるような形でやっています。学会もかなり今は社会人、シニア層が入ってくるようになりました。研究者だけじゃなく、いろんな人が来て、いろんな知識を共有して、なおかつ切磋琢磨する場になってきています。
花岡 働き世代やシニア世代が学会とつながる良さ、魅力はどういうところなんでしょう。
櫻田 学会誌などを見ると、その分野の学問の最先端がわかることが大きい。この分野にはこういう先生がいて、こんな研究をやっているといったことが、学会に入れば伝わってきますからね。
花岡 やはり最先端のところとつながれる場所だと。
櫻田 こちらも興味のあるテーマに関連している学会を訊かれれば、いくらでも教えられますし、推薦人が必要な学会なら推薦することもあります。学会も18歳人口が減り、定年退職と同時に辞められる先生方も少なくないので、分野によっては人数が減ってきている。社会人、シニア世代の方々に対して、まさにウエルカムになってきています。
花岡 大学と同じようなことが、学会でも起きているんですね。ちなみに、所属すれば学会の活動に関われるものなんでしょうか?
櫻田 全く問題ありません。学会のプロジェクトとして本をつくるとき、現役の教授か否かは関係なく、60章を20人ぐらいで書いたりしますからね。たとえばカナダに関する入門的なテキストをつくるとき、あなたが料理好きでカナダの研究をしているならカナダ料理の章をお願いします、と依頼されることがあるかもしれません。
櫻田先生(左)と、ほとんど0円大学編集長・花岡(右)。今回はオンラインでお話をうかがった
貪欲に学ぶ社会人学生の姿勢が刺激となり、大学や社会にも良い影響が出る
花岡 先生ご自身がカナダの専門家ということで、海外の大学での社会人の大学活用事例についても伺えたらと。
櫻田 まずカナダやアメリカの場合、新卒一括採用をやっていません。加えて今、北米では定年退職がなくなってきています。そうなると大学というものが、日本のように二十歳前後からフルタイムで4年間、きちんと勉強しなきゃいけないものじゃなくなってきている。パートタイムで働きながら…たとえばウエイトレスを昼間やりつつ、夜間に6年かかって学部を卒業し、それををアピールして大きいチェーン店のエリアマネエージャーに就くといった形で、ステップアップのために進学する学生も多くいます。
花岡 働きながらキャリアアップができると。
櫻田 逆に言うと、そうしなくちゃいけないというか。日本のように年功序列で増額する給与体系を北米はとっていないので、労働組合か何かの働きかけでベースアップがない限り給料が上がりません。
花岡 自分で上げていかざるを得ないんですね。
櫻田 そうなんです。日本も今、年功序列賃金が崩れて、メンバーシップ型からジョブ型の採用に変わりつつある。今後は業績連動みたいな形で年収が決まる形に変わっていくと思います。新卒一括採用に関しても、3年間で3割が辞めるとずっと言われていますから、第二新卒市場も成長していくでしょうし。いろんな企業に出たり入ったりする間に、北米のように大学院でスキルアップしてから別の企業や年収の高い仕事、働き次第で年収がアップするような職業に移っていく人も増えるのではないでしょうか。
花岡 今の大学を出たら行ったきりじゃなく、行ったり来たりしながら、自分の人生をデザインしていくと。
櫻田 そういう点では、アメリカやカナダのようになっていくかなと思います。もう一点、北米の場合、授業料が高くなりすぎている。この前、調べたんですが、ワシントン大学はワシントン州の学生なら、年間126万円ぐらいで。
花岡 日本と同じぐらいですね。
櫻田 それが州外や留学生になると、3倍以上の380万円ぐらいになるんです。州立大学なのにですよ。名門のカリフォルニア大学バークレー校は、留学生の1年間の授業料が500万円ぐらい。これで寮に住んで食費も出すと600万円ぐらいはかかります。
北米の大学に留学する場合、高額な授業料がかかる
花岡 相当ですね…。それでも北米の方々はキャリアアップのために、高額の費用を払って大学へ行かれるものなんですか?
櫻田 やはり大卒と高卒だと就ける仕事が全然違ってきますからね。
花岡 海外の大学活用事例のなかで、日本の大学で取り入れたらいいと思われることはありますか。
櫻田 やはり図書館ですね。すごく整備されていて、私が行ったトロント大学なんかもそうでしたが、大学院レベルになれば図書館の中に自分の机と椅子がもらえる。Ph.Dスチューデント…博士課程の院生になると、小さな個室ももらえます。朝早くから夜中まで開いていて、カフェテリアもあるので、そこでごはんも食べて、ずっと勉強していられる。あの環境は日本も真似すべきだと思いますよ。図書館がそれほど利用されていませんし、11時ぐらいまでやっている大学はあまり多くないですから。
花岡 深夜までやっている図書館って、それだけで大学の大きな売りになりますもんね。それをフル活用している学生さんが北米には多くいると。
櫻田 都会の中にある大学も少ないんですよ。ニューヨーク大学やコロンビア大学、トロント大学なんかは都会にありますが、普通はだいたい…ミシガン大学とかだと街まで車で何時間とか。だから寮に住んで、ほかにやることがない。なおかつ向こうの場合は、成績が悪いとすぐ留年します。大学入試で選ばれる感覚も、一部有名大学にはありますが、日本の一般入試のレベルほど厳しくない。入学してから勉強せざるを得ない仕組みになっているんです。
花岡 より真剣に学ぶことになりますよね。学費も高いし…。
櫻田 そうそう、まさに元を取るみたいな経済感覚も強くあります。
花岡 その元を取ろうという感覚は、日本でも自分が稼いだお金で通う社会人学生の場合、強くもって学ばれるでしょうし。若い学生さんにとっても刺激になる気がします。
櫻田 まったくその通りです。学部生にせよ大学院生にせよ、社会人の方はとにかく真面目。社会に出てみてから足りないと気づいた知識を補おうとされるなど、モチベーションが明確ですし問題意識も非常にある。ご自身の社会的経験を話していただけると、就職の具体的なイメージが湧かない学生の勉強にもなりますし。教える側にも、いい意味での緊張感も生まれます。それが相乗効果になり、大学にも社会にも良い影響が出てくると思いますよ。