新型コロナウイルス感染症は、2023年5月8日から5類感染症に移行し、いまやニュースで取り上げられることも少なくなっています。夏になって増えつつあるとは言われていますが、以前のような緊張感はもはやありません。
「喉元過ぎれば」状態になりつつある世の中ですが、新型コロナウイルスによるものも含めて、感染症の脅威から解放されたわけではもちろんありません。考えてみれば、新型コロナウイルス以前にも、人々を恐れさせた感染症の大流行はありました。1996年のO157、2006年から2007年のノロウイルス、2009年の新型インフルエンザウィルス…。しかし、沈静化するといったんリセットされてしまい、また新しい流行がやってくるとパニクってしまう―。
そういうのはもうそろそろ卒業し、「感染症リテラシー」とでもいうべき基本的な知識を持っておくべき時代になっているのかもしれません。コロナ禍でめいっぱい転ばされた私たちだからこそ、ただで起きてしまってはもったいないのではないでしょうか。
というわけで、コロナだけでなく様々な感染症や病原体について、一から楽しく学べるコンテンツをご紹介します。仕掛け人は、大阪大学微生物病研究所(以下、阪大微研)。科学的根拠に基づく情報を、専門知識のない一般の人向けにわかりやすく提供してくれています。
コロナ禍の中で知りたい思いに応える
幅広いターゲットに向けて情報を届けているのが、「阪大微研のやわらかサイエンス 感染症と免疫のQ&A」というサイトです。
カテゴリーや疑問点、キーワードから気になるあれこれを調べてみることができる
カテゴリーに分かれていて、一つ選ぶとさらに細かなカテゴリーが一覧できるので知りたい情報を選ぶのが簡単。もちろんサイト内検索機能もあるので、キーワード検索も可能です。答えのページは、一つのQ&Aが1ページで完結していて読みやすい。検索サイトから飛んできた人も迷子になることはありません。
たとえば、「そもそも免疫ってなんだ?」というQを見てみましょう。アンサーは簡潔で、しかもイラストが超わかりやすくていい感じ。知りたい気持ちが削がれないページです。関連した情報やさらに掘り下げた情報に飛ぶことができるリンクも適宜あるので、知識を広げたい人、深ぼりしたい人にも満足度が高そうです。
イラストはこのサイトのオリジナル。かわいいテイストでまさに“やわらかサイエンス”
このサイトの開設には、新型コロナウイルス感染症パンデミックが大きく関わっています。同研究所企画広報推進室・中込咲綾さんは、その経緯を次のように話してくれました。
「新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こる前、2019年10月ぐらいから感染症と免疫の教科書サイトをつくろうと動き出していました。特に免疫についてはネット上の情報があまりに玉石混淆だったので、『ここに来れば真実がわかるよ、大丈夫』みたいなサイトをつくりたかったのです。そこへパンデミックが始まり、2020年1、2月ぐらいにはいよいよ世界的に広がり始めました。これは、みなさんが知りたい重要な情報から発信しないと、という思いで、『コロナウイルスとは』と当時大きな話題になっていた『PCR法』の詳細をまとめ緊急公開しました」
コロナ禍の真っ最中に始まった取り組みだったんですね。この情報発信はメディアや教育に携わる人からも好評だったそう。さらにパンデミックがそう簡単に収まりそうもないことがわかってきたことから、リニューアルして内容を充実させていくことに。1年ほどかけて、2021年11月にサイトがオーブンしました。
新型コロナウイルスの流行時は、感染防止策、ワクチン、変異株、サイトカインストームなどなど、社会の状況に合わせて人々の関心はどんどん広がっていきました。そうしたニーズに対応できるよう、情報更新を続けていったそうです。もちろん新型コロナだけでなく、他の感染症やワクチンの動きなどにも対応しています。オミクロン流行時はいち早く情報を掲載、最近では、2022年以降世界各地で患者の報告が増えているサル痘についてなど、最新情報への更新を進めています。
感染症への興味関心をもっと多くの人へ
このサイトは阪大微研とワクチンメーカーである一般社団法人阪大微生物研究会(BIKEN財団)が共同で制作しています。阪大微研は、今から90年ほど前に設立され感染症と免疫の基礎研究をリードしてきたいわば感染症の知の殿堂。また、その研究成果を応用してワクチン製造や検査業務を担い、数々の日本初ワクチンを生み出してきたのがBIKEN財団です。いわば最先端を走る専門研究機関が、ここまで一般向けに寄り添ったコンテンツを開設した理由には何があるのでしょうか。
「大きく分けて二つあります。一つは、情報が氾濫して、何が正しいかわからないという状況に対応して、科学的根拠に基づいた正しい知識を広く一般の方々に提供したかったということです。もう一つは、感染症研究への興味・関心が薄い日本の状況への危機感です」
中込さんによると、現代の日本は衛生状態もよく医学も発達しており、しかも島国だからと感染症が世界で流行してもどこか対岸の火事のような意識があったといいます。グローバル化が進んだ今、島国だからといって感染の波から逃れることはできないことを、このコロナ禍でしっかり学んだと言えるのかもしれません。
「そうなんです。コロナ禍は、よくも悪くもみなさんの感染症への興味関心を高めました。このタイミングで、学術研究分野としてより多くの人に関心を持ってもらいたい。そしてその中から若い研究者の獲得・育成につなげていきたいという、長期的な展望を持っています。Q&Aサイトに、詳しく知りたい人の情報やちょっと難しい研究成果へのリンクなどを織り込んでいるのは、そのためもあります」
楽しく遊びながら基本が学べるコンテンツ
中込さんは、Q&Aだけでなく「コラムが面白いからぜひお見逃しなく」と教えてくれました。確かに、トップページの下のほうにコラムが並んでいました。気づかない人も多いらしいです。
コラムは、マンガや研究者インタビューなど読み物コンテンツです。マンガは、ウイルスとは何かとか、感染ルートとか、RNAワクチンとか、基本的な知識がかなりすっきり理解でき、へぇの連続でした。研究者インタビューは、サイエンスライターによる丁寧な取材とライティングで、難しい研究の話が面白く読める記事になっています。
マンガでわかるシリーズと研究者インタビュー
感染症や免疫を知る最初の一歩として楽しめるコンテンツは、まだあります。その一つは、「病原体をよけろ!」という落ちゲー(上から降ってくるものを消したり、よけたりする落ちモノゲーム)です。
ダメージになるウイルスや、免疫を獲得できるものなどさまざまなキャラクターが落ちてくる 【協力】ムーンショット型研究開発事業目標2 「ウイルスー人体相互作用ネットワークの理解と制御」
微生物の中には、「病原体」になるものもいれば「病原体じゃない」ものもいるという、基本の「き」から始めるゲーム。同じウイルスの仲間にも、加点キャラと減点キャラが存在します。キャラクターを知りゲームを攻略することで、微生物や病原体、感染症に対抗する薬や免疫系のことがふんわりわかる仕組み。通勤通学のスキマ時間に楽しめそうです。
さらに、8月の1カ月間は、免疫についてスマートフォンを使って楽しみながら学べるスタンプラリーを、大阪府吹田市にあるショッピング施設「ららぽーとEXPOCITY」で開催中です。(詳細はこちら)
ふくろうの「JUJO」や「B犬」「T犬」がチャットでプレイヤーを導いてくれる。JUJOは樹状細胞、B犬はB細胞、T犬はT細胞を表現している。【協力】ムーンショット型研究開発事業目標2 「ウイルスー人体相互作用ネットワークの理解と制御」
免疫に重要な役割を果たす樹状細胞、B細胞、T細胞がキャラクターになっていて、みんなで鬼(病原体)を鎮めるストーリー。ストーリーの元ネタは、ノーベル医学・生理学賞の研究だとか。チャットボットでキャラクターと話しながら、難しい免疫システムについてのノーベル賞受賞研究を理解できるようになっています。好評だった昨年に引き続き2回目の開催です。
「親御さんが子どもに正しい説明ができることが、一番最初の教育ではないでしょうか。ぜひ、親子で楽しみながら挑戦していただきたいと思っています」と中込さん。コンプリートすると商品も出るし、あと少しの期間ですが、行ってみない手はないかも。残念ながら大阪まで行けない人は、下記のページから、別のストーリーが展開する「おうちスタンプラリー」を楽しめます。
新型コロナウイルス感染者数は、この夏もじわじわと増えているし、後遺症に悩んでいる人もいます。また、初夏の頃からは、子どもの夏かぜやRSウイルスなどの感染症が大流行しているという報道もありました。自分や家族を守るために正しい知識を学び、自分で正しい判断をできる人になるために、阪大微研のコンテンツは強い味方になりそう。また、感染症の科学に興味を持った若い人たちの中から、将来、優れた研究者が誕生するかもと思うと頼もしい限り。今後ますます楽しいユニークな広報活動、期待しています。