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  • date:2024.10.17
  • author:池田一城

デジタルアーカイブを楽しむ(5): 色メガネを外して世界中の生活を眺めてみよう!国立民族学博物館の特設サイト「月刊みんぱくアーカイブズ」!!

国立民族学博物館は1977年、大阪府吹田市に開館した、文化人類学ないし民族学に関する研究所を備えた博物館である。通称は「みんぱく」(以下、「みんぱく」と記載)。世界各地の人間の生活について「文化」を切り口に、収蔵・展示・研究活動を行っている。対象が世界の「文化」であるから資料の数は膨大であり、建物のキャパシティもかなり広大だ。

 

みんぱくでは、開館当時から『月刊みんぱく』を刊行してきた。『月刊みんぱく』は、世界各地の日常や関連する用具等について、そこを調査フィールドとする研究者によってエッセイやコラム風に紹介される。だから、学術書とは異なり、広く一般の人々にもわかりやすい言葉で、異文化の一端に触れることができるわけだ。しかも現在ではそれら『月刊みんぱく』の一部が、『月刊みんぱくアーカイブズ』として、誰もが自由に閲覧できるように公開されている。

 

自分が生きる日本、社会、世間、会社……などなど、ともすれば常識や日常が一枚岩であるかのような閉塞感を感じてしまう人もいるかもしれない。だけど世界は広い。少し視野を広げてみれば、自分を取り巻く環境などほんの些細な事に過ぎないのではないか? そんな期待を胸に膨らませながら、早速アーカイブズを覗いてみた。

「みんぱく」の愛称で親しまれる、国立民族学博物館

収蔵資料も豊富ならアーカイブズも豊富!

『月刊みんぱく』は、2005年4月号から2023年12月号まで各号のPDFを読むことができ、創刊号から2005年3月号までは目次が公開されている。ざっと特集タイトルの並びを見るだけでも文化の多様性を感じることができる。というか、国や地域、民族や部族など、それぞれの生活文化がテーマなので、本誌面の1記事でひとつに絞って紹介するというのは難しい。だからここではいったん、私たち(というか全人類)にとって間違いなく、いやたぶんおそらく、身近であるだろう「衣」・「食」・「住」に絞って、興味深かった記事を紹介したい。日常の「わたし」や「常識」といった〝ものさし″を意識しつつ読んでみるとさらに興味が湧いてくると思う。

言葉をもたぬ「衣」、語りかける

まずは『月刊みんぱく』2019年6月号の特集「サウジアラビア女性の暮らしの半世紀」から、「衣」に関する紹介をしよう。この特集では、サウジアラビア女性の生活史や、同地を調査した人類学者の片倉もとこ氏(1937-2013)の足跡について、7人の研究者・関係者が寄稿している。ここで取り上げたいのは、縄田浩志先生(同館特別客員教授、片倉もとこ記念砂漠文化財団代表理事)の論考だ。イスラームの聖地メッカが所在するサウジアラビアの西部にワーディ・ファーティマと呼ばれる地域がある。中近東を主な研究フィールドとした片倉氏が、約半世紀前に調査を行っていた地域である。縄田先生の論考では、片倉先生が収集した資料と追跡調査の結果を交え、ワーディ・ファーティマの生活文化、特に女性の日常について紹介されている。

『月刊みんぱく』2019年6月号 特集 サウジアラビア女性の暮らしの半世紀

 

さて、「ムスリムの女性」と言われると一般的にどのようなイメージを思い浮かべるだろうか?多くの場合、メディアの影響もあって、真っ黒なベールに全身を包み込み、「なんとなく不自由そうな女性たち」を想像する方も少なくないのではないだろうか。実際、サウジアラビアのベールは、「うすい黒色の紗」であり、それを頭も含めて全身にかけるという。この一見一読だけで理解を終われば、確かに彼女たちは(私たちの日常に比べて)不自由そうだと思ってしまうのも無理はないかもしれない。そのような画一化されたイメージに対して片倉氏は以下のように述べている。

 

「砂よけ、紫外線よけにもなりますが、これをかぶると、わたしのほうから外は大変よく見えるのです。しかし、向こうからわたしの顔は、シワもシミも、全体の顔もよく見えないのです。…(中略)…サウディアラビアの女性たちは、匿名の解放感をエンジョイし、ショウ・ウィンドウにならべられて、値踏みされる商品になることをきっぱりとこばんでいる、ということでしょう。」(p.3、『旅だちの記』2013年、中央公論新社からの引用箇所)

同特集 河田尚子・藤本悠子「半世紀前の被写体女性に会う」p.5より

 

実際にフィールドワークを行い、自身が参与観察者となってベールを纏い、現地女性との会話も含めて調査した片倉氏の視野は深い。現象の表面的な違いに惑わされず、自分が着けている色メガネを外し、そのうえで「現地の女性」の視点から衣服の文化的・社会的意味を明らかにしている。それは日本からは遠く離れた地で生活をする女性と「衣」を通じて、逆説的に日本社会のジェンダー論を照射する示唆さえ与えてくれるようだ。

不均衡な「食」文化 

続いては「食」に関する記事を、2021年12月号の特集「塩と人」から見ていこう。オーストラリア大陸の先住民であるアボリジニは、古くから中央砂漠を中心に生活してきた。砂漠の気温は1年を通して34度前後と過酷だ。現代では砂漠だけでなく都市部にも足を運ぶが、近代以前までの主たる生業であった移動型の狩猟・採集は今も続けられている。しかし現地を研究フィールドとする平野智佳子先生(当時、同館助教 現在、同准教授)によれば、現代のアボリジニに関わる問題のひとつに、「塩」による「健康被害」が挙げられているという。特に指摘される食物が、ジャンクフードである。

『月刊みんぱく』2021年12月号 特集 塩と人

 

ジャンクフードには以下のような特徴がある。

 

●塩分が相当程度用いられている(塩気の効いたポテトは美味しい)。

●比較的安価であり、購入の敷居が低い

 

これら諸条件に加わるのが、

 

●アボリジニの食分配ルール

アボリジニは仲間同士で食物を分け与えるというルールを大切にしており、この分配ルールが離合集散を繰り返す遊動生活の基盤になってきたという。だから食べ物は皆に分け与えられることが多い(ポテトは分配しやすい)。

 

これらの結果として、幼少期からポテトを咥えるアボリジニの子どもを見て、ある人には彼らがジャンクに頼った不健康な人たちとして映り、塩分の過剰摂取者として捉えられる。

 

同特集 平野智佳子「ジャンクフードをわけ合う」p.8より

 

しかし、そもそもアボリジニは塩を食材として用いてこなかった。彼らがオーストラリア大陸に移ってきたのは約5万年前頃と考えられているが、以後、西洋人に発見され、植民地化されるまで ”塩を用いた食品”(西洋型の食生活)は存在していなかった。かつてそこには、アボリジニの知恵と経験に基づく塩の無い健康的な食文化があった。

 

そんな食文化を一変させたのが18世紀後半以降から始まる白人の入植である。様々な食材や嗜好品と共に持ち込んだのが、塩あるいは塩を用いた食品であり、それらは時間の経過と共に労働対価や物々交換によってアボリジニの生活に浸透していった。この記事で平野先生は指摘する。

「よそ者が大量の塩を持ち込んだのだ。にもかかわらず『塩のある生活に適応して生きよ』というのは入植者側の身勝手な言い分であろう」(p.9)

 

食というのは生物としての機能を維持するための摂取活動だけではなく、文化的・歴史的・社会的あるいは政治的な意味が存在している。

ガチャではなく他者と「住」む

最後は「住」に関する記事だ。2015年10月号では「混住」が特集されている。混住とは、家族ではない他人同士がひとつの空間で生活を共にすること。日本では近年、シェハウスが増加している。コロナ禍中は若干減少したものの、現在では再び増加傾向にあるという。シェアハウスとは、簡単に言えば一軒家やマンションの一室などを他人同士で暮らす住空間である。台所、トイレ、お風呂など水回りは共有スペースとなる。彼らがシェアハウスに一生涯住み続けることは稀で、あくまで一時的な居住を前提に利用する人が多いようだ。

『月刊みんぱく』2015年10月号 特集 混住

 

田中雅一先生(当時、京都大学教授 現在、国際ファッション専門職大学教授)が特集内の論考「コンタクト・ゾーンとしてのシェアハウス」で注目しているのは、若者の自立を支援するシェアハウスである。居住者の悩みはさまざまだろうが、家族、学校、会社など社会へ踏み出す一歩として、シェアハウスでの生活をひとつの契機にしたいという想いがあるのだろう。

 

シェアハウスで他者と同居と聞けば、なかなか濃密でプライバシーが守られにくい印象を受ける。しかし、シェハウスではかならずしも濃密な人間関係が築かれているというわけでもないようだ。そんな「弱い関係」の居住者同士の間にも、対話は必然的に生じる。居住者は住環境の中で自然と相談する者/相談される者になるわけだ。ここで読み取れるのは、彼らの相談は決して格式ばった「相談」ではなく、居住者同士の何気ない会話から生じるということだろう。

 

「閑(ひま)だからいつも人の悩みを聞き続けているうちに、自分の一言がときには相手の『背中を押す』力をもつことに気づいたと語る学生もいた。…(中略)…これをきっかけに二人が親しい友人になったりするわけでもなく、背中を押された者は、ハウスからさっと飛び立って行くのである。」(p.3)

 

2024年現在になっても、住空間と言えば、未だに家族との「夢のマイホーム」というイメージを刷り込むような時代錯誤的とも言えるテレビCMが流れている。シェアハウスに身を寄せる者たちの行動は、まるで絶対に正しいとは言い切れない社会的規範や常識に対する待避所になっているような印象を受ける。もしかするとそれは緩やかな抵抗の実践なのかもしれない。この先、単身者の増加に加え、血縁、地縁、社縁などの更なる希薄化が進むことも予想される。長屋暮らしは過去のものだが、日常的な他者との接触の希薄化が、逆説的に他者を緩やかに希求する方向へ進んでいるのかもしれない。その結果として安心と安息の場としてのシェアハウスは今後も求め続けられる可能性がある。

日常を窮屈に感じたら、異文化への扉を開いてみよう

以上、「月刊みんぱくアーカイブズ」を早足ではあるが紹介させていただいた。「国立民族学博物館」と聞くと少し恐縮してしまう感じもあるが、平たく言えば、「世界の生活文化」の博物館である。 だから、本誌で紹介させていただいた内容などほんの一部に過ぎない。世界には私たちの知らない多様な民族や文化が存在している。それは翻って、私たちの日常もほんの一部に過ぎないということを意味している。

 

知的好奇心、外国好き、旅行好きな人はもちろん、例えば「今の生活にちょっと疲れちゃったな……」、「常識ってなんだか窮屈だな……」と感じている人にもオススメです。世界は広く、常識もいろいろ。是非、他者と異文化へのドアノブに手を伸ばすように、このアーカイブズを旅してみてはどうでしょうか。

 

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