皆さんは昆虫を食べたことがありますか? あるいは、食べたいと思いますか? 筆者自身は殻付きのエビやシャコでも極力触りたくないので、昆虫となると、目も口もきつくきつく閉じてしまいます。ですが、やがて来る食糧不足への対策として“昆虫食”は避けて通れないかも…。ということで、7月13日にオンライン形式で行われた九州大学のシンポジウム「知の形成史#3 食資源としての昆虫~昆虫の新たな価値創造~」を聞いてきました。
肉が足りない!タンパク質クライシスがもう目の前に
このシンポジウムは九州大学の人社系協働研究・教育コモンズが主催。3回目となる今回の講師は、九州大学経済学研究院 産業マネジメント部門 助教の荒木啓充先生です。
先生はまず「昆虫とは何か?」という話からはじめました。必ずしも「虫=昆虫」ではなく、例外はあるものの、定義は6本脚、頭・胸・腹の3部構成、頭に一対の触覚があること。仲間と思いがちですが、クモやムカデ、ダンゴムシは昆虫ではないというのがちょっと意外でした。
調べてみると、辞書にも「昆虫:昆虫類に属する節足動物の総称。体は頭・胸・腹の三部からなる」とありました(シンポジウム スライドより)
数字のデータから、食用昆虫の必要性について講演する荒木先生(写真右)
その昆虫は、世界にどのくらいいるのか?今、世界中で100万種の昆虫がいるそうで、地球上の全生物種における割合はなんと54%! 種の半分以上が昆虫ということになります。そのうち食べられている昆虫は1900種あり、伝統的に昆虫を食べる人は20億人もいるのだとか。世界の人口はそろそろ80億人に達するといわれているので、乱暴に平均すれば、4人に1人が昆虫を食べていることになります。
食べられる昆虫が1900種! この数字だけでも驚きです(シンポジウム スライドより)
昆虫を食べるといえば、思い浮かぶのは、ぷくぷくとした幼虫を食べるアフリカの人たち、タガメやコオロギのフライが並ぶ東南アジアの屋台…。ごく限られた地域の限られた人しか昆虫を食べないと思っていたので、4人に1人という数字は驚きです。
荒木先生によると、日本でもほんの5、60年ほど前まではさまざまな昆虫が食べられていたそうです。そういえば、蜂の子やイナゴの佃煮は信州地方の名物ですし、今でも土産物屋やスーパーでごく普通に購入できますね。
『昆虫食先進国ニッポン』(亜紀書房/野中健一著)内の「昆虫食日本分布図」には、蜂の子やイナゴの佃煮など、昔から全国各地で昆虫が食べられていることが記載されています(シンポジウム スライドより)
今、昆虫食が注目される背景に人口増や食糧問題があるのは想像がつきますが、一体どのくらい深刻なのか気になるところです。
2010年から2050年にかけて、人口は1.3倍に増える見通しですが、畜産物の需要は1.8倍にまで上がると考えられています。人口増加の割合よりも多くなるのは、所得水準と食肉消費に関係があるからとのこと。
「何かがんばったらお肉を食べようと考えるのは世界共通の話で」と、荒木先生。「所得が上がると食肉の消費量が上がる。新興国の所得水準が上がると、それに伴って食肉の消費量が増えることになります」
人口増加にともなった食料需要量や畜産物需要量の見通しグラフ(シンポジウム スライドより)
畜産物を増やすには、飼料をつくるための農地も必要です。でも、温暖化の影響で、2010年から2050年で農地面積はわずか2%しか増えないと予測されています。需要は180%増えるのに、農地はたった2%しか増えないとは! さらに、温暖化で気温が上がると、畜産の生産性そのものも下がってしまいます。
魚の養殖にとっても飼料不足やエサ代の高騰は大きな問題。つまり、牛や豚、鶏、魚などのあらゆる肉が足りなくなることに。その結果として起こるのが、“タンパク質クライシス”です。
「2025年から2030年に、タンパク質クライシスが訪れるといわれています。実は世界の穀物消費の約1/3は飼料ですが、タンパク質の需要量がどんどん上がっていって、今の穀物供給量では追いつかなくなると予想されているんです」
早ければ3年後。決して遠い未来のことではなく、大人にとって3年なんてあっという間です。そこまで危機的な状況にあるというのです。「がんばったから焼き肉!」は夢のまた夢、本物の肉を食べられるのは富裕層だけという日も近いかもしれません。
このように、人口増加や食肉消費量増加、地球温暖化、飼料高騰によって、将来的には食糧需要量が食糧供給量を上回ると考えられ、新たな代替タンパク質が必要とされています。期待されている代替タンパク質は3つ。大豆などの植物・藻類由来のもの、培養肉など合成物質、そして昆虫由来のタンパク質です。
期待される代替タンパク質として、話題の3種類(シンポジウム スライドより)
荒木先生は、「牛肉や豚肉よりも、昆虫を好んで食べる人は少ないでしょうが、いろいろな社会的問題を踏まえて昆虫が注目されている」と話しました。また、FAO(国連食糧農業機関)が2013年に出したレポート「食品及び飼料における昆虫類の役割に注目する報告書」も大きな転機で、これを機に昆虫食ブームがはじまったといいます。
昆虫食のメリットは?どうすれば昆虫を食べたくなる?
では、昆虫食のメリットは何か。荒木先生は、昆虫食の社会的意義として「飼料効率・可食部」「温室効果ガス」「飼育にかかる資源」「感染症リスクの軽減」「有機物の分解」という5つの観点から説明してくれました。
まず、「飼料効率・可食部」について。可食部は牛40%、豚55%、鶏55%に比べて、昆虫(コオロギ)は80%と高く、「カイコの幼虫なんて100%、捨てるところがない」と荒木先生。牛や豚は、胃や腸などをホルモンとして食べているので可食部は多そうと思いましたが、意外と少ないのですね。確かに、革は靴や服、バッグなどに利用できるとばいえ、食べられる部分は半分強になるのでしょう。また、必要なエサの量も大きく異なります。牛の場合、可食部1kgあたりに10kgもの飼料が必要なのに対し、コオロギは2kg程度で済みます。
可食部80%という驚異の数字をたたき出す昆虫(シンポジウム スライドより)
「温室効果ガス」は、コオロギはほとんど出さず、牛の1/2000くらいだそうです。「飼育にかかる資源」も昆虫は少なく、1kgのタンパク質を生産するために必要な面積で比べると、鶏や豚に比べて昆虫(ミールワーム)は半分以下。牛に比べるとさらに少なくて済むといいます。
そして、荒木先生が「これが結構大切」と指摘したのが、「感染症リスクの軽減」です。今世界中で問題となっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をはじめ、エボラ出血熱や鳥インフルエンザなどは人獣共通感染症。動物から人に伝播可能な感染症ですが、昆虫は系統的に哺乳類とはかなり離れたところにあるため、人獣共通感染症のリスクが低いといわれています。
「例えば、鶏インフルエンザが発症すれば、養鶏場全てを対象に何万羽という鶏を殺処分することになる可能性があります。昆虫の場合は、昆虫が媒介する感染症もあるものの、少なくとも人獣共通感染症のリスクは低い」と説明しました。
昆虫は感染症のリスクも低いなんて人間にとっていいことだらけ!(シンポジウム スライドより)
さらに、昆虫は食資源であるだけでなく、「有機物の分解者」でもあります。そこで、「食品廃棄物を雑食性の昆虫にエサとして与え、その昆虫を家畜のエサにしたり人間が食べたり…。まさにサスティナブル、循環型の食糧供給プロセスができる」と荒木先生。これが、昆虫食が注目されているもう一つのポイントだそうです。
こうして説明されると、いいことだらけのようですが、果たして昆虫は体によいのかが心配です。
「まだ研究レベルの段階の話もある」としつつ、荒木先生は昆虫の栄養価について解説しました。昆虫の種類によってバラつきはあるものの、今食べている肉と同じくらいのタンパク質含有量があり、バッタにいたっては牛やサバの3、4倍ものタンパク質を含むとか。先生も触れていましたが、バッタといえば畑を荒らす害虫の代表格で、高い農薬を使い、高タンパク質含量のバッタを駆除しているという皮肉が現実に行われているそうです。また、アミノ酸や脂質も、既存の肉と変わらず、むしろビタミンやミネラルは昆虫の方が豊富だとか。
さらに、機能性も優れています。バッタやカイコ、コオロギはオレンジジュースの5倍の抗酸化物質を含み、他にも抗肥満作用や腸内細菌改善の機能を持つ昆虫もいるそうです。
「栄養素だけでなく、機能的にも優れている」というのが荒木先生の結論でした。
タンパク質含有量がぶっちぎりで1位のバッタ。明日からバッタを見る目が変わるかも?!(シンポジウム スライドより)
さて、ここまでの話を踏まえて、あなたは昆虫を食べますか?
昆虫食には社会的意義があり、昆虫が栄養面・機能性でも優れていることがわかりました。筆者は、そんなに肉が足りないなら、昆虫からタンパク質を摂るのも仕方がないと思います。ただし、原型を留めていなければ…です。やはり「どうしても見た目が…」という人もいるでしょう。
昆虫食が普及するには、社会的意義や栄養価をアピールするだけでなく、粉末にして原型を見せないなど、食べ方や伝え方にもひと工夫いりそうです。大豆ミートのように、昆虫を粉末にしてナゲット型に整えれば、意外といけるかもしれません。
それでも食べない! という方へ。「実は、私たちは日常的に昆虫を食べているんです」と荒木先生。ハムやソーセージ、かまぼこ、いちごジャムなどの赤色着色料として使われるコチニール色素の原料は、なんとカイガラムシでした。知らなかったとはいえ、私たちは既に昆虫を口にしていたのですね。“タンパク質クライシス”を目前にした今、昆虫食は意外と身近なものと捉え、前向きに考える必要があると感じました。
普段食べているハムやいちごジャムまで! 普段からすでに昆虫を口にしていた可能性大(シンポジウム スライドより)
(写真左)オンラインショップでの即日完売された無印良品の「コオロギせんべい」。(写真右)兵庫県佐用町産コオロギを使用した「こおろぎカレー マッサマン風」(シンポジウム スライドより)
最後に、荒木先生は面白い話を教えてくれました。昆虫といえばアンリ・ファーブル著『ファーブル昆虫記』ですが、著者のひ孫にあたるヤン・ファーブルが昆虫タンパク配合ビールの開発に携わったのだそう。その名も「BEETLES BEER」。昆虫食もビールならハードルが低い! と探してみましたが、残念ながら今は売り切れでした。
昆虫タンパク配合ビールならば、ハードルが低いので試してみたい!(シンポジウム スライドより)
アンリ・ファーブルは2023年に生誕200年を迎えるので、もしかすると、来年あたり昆虫食ブームはさらに盛り上がりを見せるかもしれませんね。
なお、九州大学でも大学公式グッズとしてカイコクッキーの商品開発を進めているそうです。この秋、生協で発売予定なので、ぜひお楽しみに。
▼「ほとんど0円大学」の過去の記事でも、食用コオロギの取り組みをご紹介!
食用コオロギが地球を救う!? ベンチャーを立ち上げた徳島大学の先生たちに聞いてみた。