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  • date:2023.7.6
  • author:柳智子

謎のオリジナル文字を見た。大阪大学の博物館「石濱純太郎展」でめぐる東洋の文字の旅

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駅の看板からスマホ画面まで、身の回りにあふれる「漢字」。その変遷とアジアの文字を紹介する企画展「石濱純太郎展」が大阪大学総合学術博物館で開催されています(開催中~7月29日まで)。

 

石濱純太郎(1888~1968)は、明治から昭和にかけて活動した東洋学者です。東洋の古語や敦煌の文献、当時未解読だった古代文字などに関心をもち、4万冊以上の和書や漢籍、膨大な数の拓本などを収集。その資料が「石濱文庫」として大阪大学総合図書館に所蔵されています。今回はそのコレクションより、漢字とアジアの文字の変遷を追う内容です。

漢字を見るのがけっこう好きなので、本展を企画した堤一昭先生(大阪大学人文学研究科教授)の解説を伺いながら拝見してきました。

東洋の文字をたどる旅

石濱純太郎は明治21年(1888年)、大阪生まれ。10才より漢学塾に学び、東京帝国大学や大阪外国語学校(現在の大阪大学外国語学部)で中国文学やモンゴル語などを学び、のちに関西大学でも教鞭をとりました。自宅にも研究者や作家が集い、“石濱サロン”の様相を呈していたそうです。

 

石濱は当時、解読が始められていた甲骨文字や未解読だった古代文字を研究。その研究資料は「漢字の変遷を全部追うことができる質と量」と堤先生は話します。

展示エントランス。写真は大阪・住吉の自宅書斎での石濱。

展示エントランス。写真は大阪・住吉の自宅書斎での石濱。

 

展示は、漢字のルーツ、亀の甲羅などに彫られた象形文字(甲骨文字)の資料からスタート。時代順に、青銅器などに彫られた金文(きんぶん)、そこから今もハンコなどに使われている篆書(てんしょ)が生まれ、筆で書きやすく変化した隷書(れいしょ)、やがて今のわたしたちにもおなじみの楷書が唐の時代に完成します。

本展で紹介されている篆書、隷書、楷書の拓本はいずれも「書道をする人がお手本とするような字です」と堤先生。

 

拓本とは、字が彫られた石碑などに湿らせた紙を貼って密着させ、さらに墨を含ませたタンポ(綿を布でくるんだもの)で叩いて字を浮き出たせたものです。

採拓の風景。石碑のまわりに足場が組まれている。

採拓の風景。石碑のまわりに足場が組まれている。

 

拓本はレプリカも流通していますが、「石濱文庫の拓本の大部分は、石碑などに直接、紙をあてて採られた拓本(原拓)で、文化財としても高く評価されています」。

たとえば今回、展示されている『伊闕佛龕碑(いけつぶつがんひ)』は楷書の名品として名高いものですが、現在ではもとの石碑が剥落してしまっているため、碑の本来の姿を伝える資料としても大変貴重なものだそうです。

漢字のようだけど、漢字ではない

 今回の展示で特に印象に残ったのが、中国の周辺国で作り出されたという「漢字の構成原理をまねた、漢字とは違う文字」。石濱はこうした文字の拓本を大量に収集していました。

下はそのひとつです。

契丹文字。道宗皇帝哀冊(どうそうこうていあいさく)の拓本。(7月1日までの展示。7月3日からは「宣懿皇后哀册」を展示) 所蔵:大阪大学附属図書館

契丹文字。道宗皇帝哀冊(どうそうこうていあいさく)の拓本。(7月1日までの展示。7月3日からは「宣懿皇后哀册」を展示) 所蔵:大阪大学附属図書館

 

思わずまじまじと見入ってしまいました。どこかで見て知っているような気がする字ですが、読めません。

 

これは中国北東部、モンゴル高原にあった遼(りょう)(10~12世紀)という国で使われていた契丹(きったん)文字というもの。横棒や縦棒などのパーツや構成の仕方が漢字とよく似ていますが、漢字から自然に派生したのではなく、人工的に作られたものだそうです。

写真は、皇帝の墓に納められた正方形の石に、皇帝の生前の功徳をたたえる文章が刻まれたもの。契丹文字は残されている資料が少なく、今でも完全には解読されていないそうです。

 

下も、オリジナルな漢字風文字のひとつ。石濱が、特に力を注いで研究したという西夏(せいか)文字です。

重修護国寺感通塔碑(ちょうしゅうごごくじ かんつうとうひ)(西夏文面)[拓本]、1093年(天祐民安5)。仏教の徳をたたえる文などが記され、天女の絵も刻まれている。(7月1日まで部分展示、7月3日より全面展示) 所蔵:大阪大学附属図書館

重修護国寺感通塔碑(ちょうしゅうごごくじ かんつうとうひ)(西夏文面)[拓本]、1093年(天祐民安5)。仏教の徳をたたえる文などが記され、天女の絵も刻まれている。(7月1日まで部分展示、7月3日より全面展示)所蔵:大阪大学附属図書館

 

現在の中国西北部にあったチベット系民族の国、西夏(せいか)(11~13世紀)の文字です。漢字っぽさ全開ですが、これも自然に発生した文字ではなく、ときの皇帝によって制定された人工的な文字。石濱はこの西夏文字の研究で先駆的な役割を果たし、彼の弟子の代になって完全に解読されました。その文字数、約6000字。仏典の西夏語訳や対訳語彙集など、残された資料が多かったことから解読に至ったそうです。

 

堤先生によると、こうした誰も使わなくなった古代文字の解読が進んだのは近代になってからのこと。「ヨーロッパではエジプトの象形文字(ヒエログリフ)の解読に多くの人が挑戦しましたが、西夏文字などの解読は、その東洋バージョン。学者の間で解読の競争があったんです」

研究者ではない私も、こうした文字の解読に魅せられる人の気持ちはわかる気がします。なんとなく知っている(ような気がする)字だけに、気になります。

ローマ字の先祖、アジアで育つ

 アジアの文字は漢字由来ばかりかというとそうでもなく、ローマ字の先祖(フェニキア文字)が東洋に流れ、そこから派生した文字もあったそうです。展示では、そうした文字(モンゴル文字)や、さらに改良を加えて読み書きしやすくした文字(満洲文字)の拓本も紹介されていました。

達海之碑(だはいのひ)[拓本]1665年(康煕4) 清  所蔵:大阪大学附属図書館

達海之碑(だはいのひ)[拓本]1665年(康煕4) 清   所蔵:大阪大学附属図書館

 

写真の左から漢字、満洲文字、モンゴル文字。

横向きにして見ると、漢字以外の文字はアラビア文字と雰囲気が似ている気がしますが、その印象はあながち的外れではなく、アラビア文字と同じ先祖、アラム文字から派生しています(下図)。「縦書きになったのは、漢文の影響」だそうです。

展示パネルより。本展では図の□で囲まれた文字が展示されている

 

ひらがな・カタカナのもととなった万葉仮名の資料(『薬師寺佛足石歌碑銘』)も紹介されていました。達筆ぞろいの漢字と並ぶとどこかぎこちなく見える筆跡ですが、まだ独自の文字を持たなかった先人が、なんとか日本語を書き表そうと奮闘していた様子がうかがえます。

 

東洋の文字をめぐる展示、見どころはいろいろあると思いますが、個人的には、やはり漢字風のオリジナル文字が強く印象に残りました。漢字由来という点は日本のひらがなと同じですが、のんびりと自然に生成されるのを待たず、意志的に作ったというところに攻めの姿勢を感じます。文字にも未知の世界がたくさんあるなあと感じた展示でした。


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