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  • date:2020.10.27
  • author:谷脇栗太

SFを通して考える学問の未来。応用哲学会シンポジウム「学問をSFする」を聴講してみた。

小説や映画で描かれるSF、サイエンスフィクションと聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか。AI? 宇宙人? はたまたディストピア……? 夢物語と捉えられがちなSFと、客観的事実を追求する現実の学問はどのように関わりあっているのだろうか?

 

哲学・倫理学を軸に多分野にまたがる学際研究をすすめる学会組織・応用哲学会で、SF作家と研究者たちが垣根を越えて語り合うシンポジウムが開催されると耳にした。題して「学問をSF する―新たな知の可能性?」。YouTube Liveで誰でも視聴できるということなので、気になるその様子を覗いてみた。

 

※トップ画像は応用哲学会ホームページより引用。作成者:松崎有理

トンデモではない! 学問とSFの未来を探求する 

「まず初めに宣言しますが、この企画は『トンデモ』ではありません!」

 

そう口火を切ったのは、企画者で司会進行役の大庭弘継さん(京都大学大学院文学研究科 研究員)。学問の世界では、SFという言葉は必ずしも前向きな意味には取られないという。「あの研究はSFだよね」と言われると、すなわち現実離れした「トンデモ」だという揶揄のニュアンスが含まれる。ところが、過去を振り返ればSFは最先端の学問に影響を与え続けていることも忘れてはならない。アシモフの描いたロボットを始め、通信衛星、核分裂エネルギーを利用した原子爆弾まで、SFが科学を先取りしてきた革新的な発明は数知れない。

 

翻って、現在のSFと科学技術との関係はどうだろうか。AIの進歩がもたらすシンギュラリティ(技術的特異点)、生命工学が到達しつつあるデザイナーベイビー、火星の植民地化という大胆なアイデアまでが現実味を帯びて語られている。果たしてそれらが実現してしまったとき、社会はどう変わってしまうのか? その行く末を先取りして考えることができる想像力こそがフィクションの力、すなわちSFの出番というわけだ。「今、学問は変容を迫られています。SF的な想像力を取り入れつつも『トンデモ』に陥らずに学問が発展していくにはどうしたらよいのか。その上で、どんな新しい学問が生まれてくるのか。そんな将来像を考えることが本日のテーマです」。

上段左から大庭弘継さん(司会・京都大学)、柴田勝家さん(SF作家)、松崎有理さん(SF作家)、下段左から大澤博隆さん(筑波大学)、稲葉振一郎さん(明治学院大学)

上段左から大庭弘継さん(司会・京都大学)、柴田勝家さん(SF作家)、松崎有理さん(SF作家)、下段左から大澤博隆さん(筑波大学)、稲葉振一郎さん(明治学院大学)

SF作家が描く学問のディストピア

発表の前半戦は、2人のSF作家がそれぞれの考える学問の未来を大胆に語った。

 

トップバッターはSF作家の松崎有理さんだ。「頭の中では常に新しいディストピアのことを考えている」という松崎さんは、研究者にも容赦ないディストピアを用意している。それは例えばこんなふうだ。

 

  • 3年以内に論文を提出しないと研究職を追放されてしまう架空の法律「出すか出されるか法」が施行された世界の、新しい職業とは?(『代書屋ミクラ』光文社文庫)
  • AIが研究職を手がける未来で、人間にしかできない「研究」は?(『イヴの末裔たちの明日』創元日本SF叢書)
  • 研究不正が横行する架空の世界で、デタラメな論文を提出し続けると……?(『架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章』光文社)

 

こうして設定を聞くだけでも、どんな酷いことが起こるのか(!?)ワクワクしてこないだろうか。荒唐無稽な架空理論が次々と飛び出す松崎さんの作品は、エンタメでありながら学問というものの脆さや危うさを捉えた優れたアイロニーでもある。(ちなみに、松崎さんの公式サイトでは『架空論文投稿計画』所収の通称「ぶぶ漬け論文」が公開されています。是非。)

 

それでは、現実の学問がめざすべき未来はどこにあるのか? 松崎さんは「その研究、何の役に立つんですか?」という定番のツッコミを引き合いに出し、「役に立たないこと、面白いことを追求できるのは人間だけなんです」と断言する。多様な研究が盛んに行われる土壌として、ニッチな分野に挑戦しやすい在野の研究者の存在や、学際研究の広がりがますます重要になるだろうということだ。その点、日本はノーベル賞だけでなくイグ・ノーベル賞受賞常連国であることをもっと誇っていくべきかもしれない。

とにかく楽しそうにディストピアについて熱弁を振るう松崎さん

とにかく楽しそうにディストピアについて熱弁を振るう松崎さん

科学と信仰を橋渡しするSFの想像力

つづいては、元民俗学者という異色の経歴をもつSF作家の柴田勝家さんが登壇。柴田さんはそもそも学問の「正しさ」に揺さぶりをかける。柴田さんの作品は、信仰や伝承と最先端のテクノロジーが溶け合った唯一無二の世界観が魅力。例えば最新短編集『アメリカン・ブッダ』(ハヤカワ文庫)所収の「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」は、VRゴーグルを装着したまま生涯を送る架空の少数民族の暮らしを報告書という体裁で描き、現実はひとつではないということを問うた異色作だ。柴田さんは、科学と信仰はどちらも人間が物理現象を理解しようとする枠組みである点で変わりはないのだという。

 

例えば火という現象は古代では神の力とされていたが、現代の科学では酸素の燃焼とされている。その時々の都合で解釈を選びとっているわけだ。今は科学的解釈こそが正しいということになっているが、その正しさは時代や個人によって変わりうる「心理的事実」に過ぎないのだ。柴田さん曰く、観測できる物理現象の外側には、人間が理解し得ない空想の領域が存在する。それを何とか説明しようとするのが信仰であり科学だ。SFはまさにそんな空想の領域を縦横無尽に駆け回ることができる。科学と信仰、異なる体系の想像力の橋渡しをできるのがSFであるとも言える。

 

この先科学技術がどこまで進んでも、世界のありかたを説明してくれる物語を欲する人の心そのものはあまり変わらないのだろう。だからこそ、SFを通して科学も信仰も俯瞰できるような想像力をもつことが健全なのかもしれないと考えさせられた。

物腰柔らかな口調と「ワシ」という一人称がチャーミングな柴田さん

物腰柔らかな口調と「ワシ」という一人称がチャーミングな柴田さん

学問としてのSF研究の最前線

後半戦は、学問の側に身を置く研究者が、SFの可能性について語る。

 

大澤博隆さん(筑波大学システム情報系 助教)は人工知能の研究者。専門用語でヒューマンエージョントインタラクション(HAI)という、人間らしい見た目や振る舞いをそなえたインターフェースを専門的に研究されているという。

 

その大澤さんが最近手掛けているのが、ズバリSFの研究だ。SFが科学技術に影響を与えてきたことは冒頭でも触れたが、最近は企業や大学、学会、政治の現場に至るまで、SF的発想を積極的に取り入れる動きが活発になっているらしい。例えば、SFの発想を製品開発に役立てる「SFプロトタイピング」という分野がそれだ。半導体大手のインテルには、SFをベースに未来予測を行いビジョンを立案する専門の研究員がいたという。

 

様々な側面からSF的想像力が社会実装されつつあるが、大澤さんは注意点も指摘する。一つは、娯楽作品としてのSFが現実の問題点を見えづらくする可能性だ。SFでお馴染みの展開にAIが暴走して人間に危害を加えるというものがあるが、AIの進歩によってもたらされる現実の危険はむしろ、それを使う人間の側の適性によるところが大きいだろう。もう一つは、SFが描く未来像が先入観を助長する危険性だ。特に公共性の高い場面では、SFといえど人々に馴染み深いステレオタイプな未来像が描かれやすい。しかし、実社会の価値観の方が古典的な未来像よりもはるかに急速なアップデートを求められているのは周知の通りだ。

 

とは言え、SFのもつ跳躍力、社会を挑発するような大胆なビジョンはやはり魅力的である。SFをどのように取り入れ、現実の問題を突破する力に変えるのか。それは取り入れる側次第だと言えそうだ。

「SFは社会の共有資本」。揮毫して会議室の壁などに張り出しておきたい素敵なフレーズだ

「SFは社会の共有資本」。揮毫して会議室の壁などに張り出しておきたい素敵なフレーズだ

SFとは何か? 現実と融け合うその極限 

最後の登壇者は、稲葉振一郎さん(明治学院大学社会学部 教授)。著書の『宇宙倫理学入門』(ナカニシヤ出版)では、人類が人工知能化して宇宙に飛び出す未来を真っ向から論じたツワモノだ。発表題目は「考えられないことを考える」。ここではSFというジャンルについて弁証法的な考察が展開された。

 

SF、ファンタジー、リアリズム小説。一括りにフィクションといってもさまざまなジャンルが存在する。ではまず、リアリズム小説とSF、ファンタジーとの違いは何だろうか?

 

リアリズム小説は、調度品ひとつをとっても現実と変わらない世界を描く。物理法則やそこに存在する生物種も現実と同じだ。そこに虚構の個人(キャラクター)が配置され、虚構の出来事が起こる。いわば、虚構の物語を経由することで現実のある側面を伝えるということこそ、リアリズムのめざすものである。翻ってSFやファンタジーは、現実世界とは異なる物理法則や生物種を描くことで、個別の物語よりもその世界観を楽しむという側面に重点が置かれる。SFやファンタジーがRPG(ロールプレイングゲーム)と相性がいいのはこのためだ。さらに言えば、SFやファンタジーは物語である必要すらなく、松崎さんや柴田さんが試みているような架空の論考という形でも成立する。別の言い方をすれば、SFやファンタジーは架空の世界観のシミュレーションなのだ。

 

それでは、ファンタジーと比較したときのSFの特徴は? その答えのひとつは、架空の世界観と現実との関係性にあるという。SFで語られる世界観や理論は架空のものであるが、それは現実世界でまだ検証されていない科学的仮説や技術構想と見分けがつかないのではないかと稲葉さんは指摘する。架空と未検証の本質的な違いとは……? そんなことに頭を悩ませなければならないのがSFなのではないかということだ。

 

SFとは何かを問うていくと、その先端では現実との境界が曖昧に溶け合っていた。柴田さんが語った「心理的事実」や大澤さんが語ったSFの社会実装を、別角度から裏付けするような話ではないか。

稲葉さんの考察はさらに深部へと踏み入ってゆき、筆者は自分が今どこにいるのかわからなくなってくる。そうか、これは大学の講義を受けている感覚だ

稲葉さんの考察はさらに深部へと踏み入ってゆき、筆者は自分が今どこにいるのかわからなくなってくる。そうか、これは大学の講義を受けている感覚だ

SFが描く多様な未来。私たちは何を選び取るか? 

つづいてのディスカッションでは、司会の大庭さんが用意した設問や聴講者からリアルタイムで寄せられたコメントに4名の登壇者が答えた。大学のあり方や最先端の技術について非常に興味深い議論が交わされたが、ここではとても紹介しきれないので、気になる方はYouTubeの録画配信を是非チェックしよう。

 

最初に「SFと学問」と聞いて、筆者の頭に真っ先に浮かんだのは「SF的なアイデアを最新の研究に取り入れること」だった。これはある意味ではもう当たり前になりつつあり、今後さらに加速していきそうだということが今回確認できた。また、現代社会の寓話としてのディストピアSFが突きつける未来には、私たちはますます注意深く向き合っていかなければならないだろう。この2点だけでもSFと学問の未来を考えるのには十分すぎるほど多様な議論がある。しかし、SF的な想像力はさらに思いもよらないところで学問や科学技術を補完し、私たちが多様な視点から未来を選び取る架け橋になるのではないだろうか……そんな予感に胸が熱くなる3時間だった。

 

最後に、大庭さんがコメント欄から引用した「今日の宿題」を紹介しよう。みなさんも一緒に考えてみていただきたい。

 

「SFが多様な現実の可能性を描くものだとすれば、これまで描かれてきたさまざまなディストピアは人類の失敗の反復練習だ。その失敗を乗り越えて、この先、本当のユートピアSFは現れるのだろうか?」

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