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  • date:2026.2.5
  • author:岡田千夏

第21回京大変人講座をレポート!チンパンジーとヒトの描く絵の違いからアートの起源を探る

京都大学でトークショー形式の超人気公開講座が開催されているのを知っていますか。その名も「京大変人講座」。京都大学に連綿と受け継がれている「変人のDNA」(変人は誉め言葉です)を世に広く知ってもらうため、2017年にスタートしました。講座のナビゲーター兼ディレクターを務めるのは、大学客員教授や書道家など幅広い分野で活動する越前屋俵太さん。本来は先生が一人で話すところを、あえて一緒に登壇し、ゲストの「変人」な先生の専門的な話に質問やツッコミを入れて、我々一般人受講者の理解を面白おかしく手助けしてくれます。いわゆる専門的になりがちな研究者の話を一般人にわかりやすくトランスレーションするのが「京大変人講座」です。

 

11月19日に開催された第21回京大変人講座のテーマは「チンパンジーはなぜ絵を描くのか?!~芸術認知科学からみたアートの起源~」。講師は、京都芸術大学教授の齋藤亜矢先生です。齋藤先生は、京都大学理学部から京都大学大学院医学研究科を経て、東京藝術大学大学院美術研究科の博士課程修了という異色の経歴の持ち主。芸術認知科学の視点から、旧石器時代の洞窟壁画やチンパンジーとヒトが描く絵を題材にした研究などを行っています。そんな齋藤先生と、アートの起源を探ります。

ヒトとチンパンジーの違いとは

まず、先生の専門分野である「芸術認知科学」とはどんな学問なのでしょうか。「アートとは何かというテーマは、美学や芸術学、哲学など文系の学問で研究されることが多いのですが、それを科学の視点から研究しようというのが芸術認知科学です。とくにアートに関わる心の仕組みを知りたいと思っています」と齋藤先生。

講師の齋藤亜矢先生。異色の経歴については、講座後半で語られます

ナビゲーターを務める越前屋俵太さん

 

講義ではまずアートの起源として、インドネシアのスラウェシ島で見つかった4万5千年前の壁画や、スペイン・アルタミラ洞窟の1万8千年前の壁画などがスライドに映し出されました。これらは旧石器時代のホモ・サピエンスによって描かれたもので、ホモ・サピエンス以前の人類は絵を描かなかったといわれています。「なぜホモ・サピエンスだけが描いて、それ以前の人類は描かなかったのか。できることなら両者を比較して調べてみたいのですが、ホモ・サピエンス以前の人類は現存していません。そこで今生きている中で一番ヒトに近いものと比較しようと。それがチンパンジーなのです」と解説する齋藤先生に、「なるほど、今日のタイトルにつながるんですね」と俵太さんも納得。

人とチンパンジーは進化の過程で比較的最近になって別々の系統へと分かれたので、人だけに備わった特徴と共通して持っている特徴があるはず、と齋藤先生は話します

 

「研究では、実際にチンパンジーに絵を描いてもらいました」と齋藤先生。「ことばを覚えた天才チンパンジー」として知られ、かつて京都大学霊長類研究所で研究されたアイちゃんの描いた絵がスライドで紹介されます。アイちゃんの絵はカラフルな曲線が水性ペンで画面いっぱいに描かれた抽象画のような作品です。

チンパンジーのアイちゃんの作品

 

次にスライドが切り替わって別の4枚の絵が現れました。「この中でアイちゃんが描いた絵はどれでしょうか」と齋藤先生がクイズを出題。すべてチンパンジーが描いた絵だということですが、会場の多くの人が正解したように、アイちゃんの絵にはアイちゃんだとわかる特徴があり、そのほかの絵にもそれぞれの“画風”があることがうかがえます。

4頭のチンパンジーが描いた作品。アイちゃんは(B)。俵太さん「ジャンパ(C)はピカソ系ですね」。齋藤先生「パンちゃん(A)は色を重ねずに塗り分けて描く特徴があります」。(D)のポポちゃんは上下の往復線が作風

 

チンパンジーの絵にも個性はあるものの、どれも抽象表現という点では共通しています。ではなぜ写実的な絵は描かないのでしょうか。それを知る手がかりとして、齋藤先生は子どもが1歳から4歳までに描いた絵を映し出します。

子どもの絵の年齢による変化。俵太さん「最初のほうは『ヒト』って書いてなかったら、パンちゃんとかポポちゃんって言われてもわかりませんね」

 

「1歳では殴り描きだったのが年齢とともにまとまってきて、3歳くらいで顔などを描き表す『表象』が出てきます。その後、画面に構成が出てきたり、手足を描くようになったりと変化していきます」と齋藤先生。

 

同様にチンパンジーも子どもと大人では絵に進歩がみられますが、ヒトのように表象を描くようにはなりません。さらに研究では、片目が描かれていないチンパンジーの顔のイラストをチンパンジーに見せて、抜けた目を描くかどうかを調べる実験が行われました。その結果、アイちゃんもポポちゃんもパンちゃんも、顔に殴り描きをしたり、描かれてある目にしるしをつけたり、すでにある線をなぞったりするだけで、目を描き入れることはありませんでした。

 

一方でヒトは、2歳前半まではアイちゃんたちと同じく殴り描きをしたり、描かれてある目だけにしるしをつけたりしていましたが、2歳半を過ぎると足りない目を描き入れるようになります。「ここにチンパンジーとの違いがあって、ヒトは『ここに目があるはず』と想像できるんです」

 

丸があったら顔を描き入れてアンパンマンにしたり、平行線があれば線路を描いたり。ヒトは「見立ての想像力(パレイドリア:月の模様がウサギに見えるなどの心理現象)」をはたらかせることができると齋藤先生は説明します。

 

ここでもう一度、旧石器時代の壁画に戻ってみると、新たな発見が。写真ではなかなかわかりませんが、牛やイノシシなどの壁画は、洞窟の壁の出っ張りや亀裂を動物の体の一部に見立てて描かれているのだそうです。

よく見ると、壁の亀裂を動物の輪郭に見立てて描かれています

 

「いま見学できる洞窟のなかには、懐中電灯や当時のような石製のランプで壁画を見せてくれるところもあります。わずかな光で動物の姿が浮き上がり、光を当てる角度で影が動くんですね」と齋藤先生。俵太さんも「当時も同じような光景が見えていたのかもしれませんね」と感に堪えない様子です。

アートにおける言葉の功罪

では人類はパレイドリア(見立ての想像力)をどうやって手に入れたのでしょうか。「先ほどの子どもの絵の変化を見ると、表象を描くようになる2歳前半から後半にかけて、何かが起こっているんですね。それは、言葉の変化です。語彙が爆発的に増加するのが2歳後半ごろなんです」

 

言葉を持ったことで、ヒトは見たものに言葉のラベルをつけるようになります。猫を見たら、これまでの経験から得た三角の耳や丸い顔といった猫に関する知識(スキーマ)をもとに、猫だと判断してラベルをつけるといった具合です。そうすると、たとえば三角形が二つついた丸い形の雲を見たときにラベルをつけようとして、「猫みたいだな」というパレイドリアが起こるのです。つまり言葉を話すようになったときに人はパレイドリアを手に入れたのではないか、と齋藤先生は考えます。

パレイドリアで雲が猫のように見える

 

その反面、言葉を持ったことで人は物を大雑把に見るようになってしまったと齋藤先生は指摘します。「幼児は見たものではなく知っているものを描くんですね。子どもがよく描く絵に頭から直接手足が伸びた『頭足人』がありますが、これは、胴体という概念が子どもには難しくてよくわからないからです。大人も一緒で、アリの絵を描いてくださいと言われて、正しく描ける人は多くありません」

 

俵太さんも「僕も前にアリを描いたら、『ゴキブリ描いてるの?』って言われたことがありました(笑)。人は見ているようで意外と見ていないんですね」と相槌を打ちます。知らないと描けない。でも逆に描くということは、これまでぼんやりとしか見ていなかった世界をちゃんと見るということでもあるのです。

アーティストはチンパンジーに共感する

次に、絵を描くモチベーションは何でしょうか。それはヒトもチンパンジーも「おもしろいから」だと齋藤先生は答えます。「チンパンジーたち類人猿は、真っ白な紙に自分の行為で跡が残るのをおもしろいと認識していると考えられます。これは殴り描きをする1、2歳の時期の子どもも同じですね」

オランウータンのモリーちゃんもたくさんの絵を描いていたそうです

 

チンパンジーがおもしろいと感じているのは絵を描くプロセス。では表象を描くヒトにとってのおもしろさとは何でしょうか。それは見立てのおもしろさと頭の中のイメージを外に出すおもしろさといった内発的なおもしろさに加えて、ほかの人とイメージを共有でき、反応がもらえるといった外発的なおもしろさだと齋藤先生は説明します。

 

ところが、同じヒトでもアーティストはチンパンジーに共感する人が多いといいます。齋藤先生はピカソが絵を描く動画を紹介。ピカソによってキャンバスに描き表される絵は、花から魚、ニワトリのようなものへと次々に変化していきます。「見立ての想像力を使いながら、自分の描いたものを壊していく。ピカソはそのプロセスを楽しんでいるんですね。アートの本質は、実はプロセスなのではないでしょうか」

 

すでに頭の中にある物を外に出すのではなく、描いているうちに自分でもわからなかったものがわかってくる。それがクリエイティビティではないかと齋藤先生は言います。「ヒトは言葉を持ったことで見立ての想像力を手に入れ、絵が描けるようになりましたが、逆に言葉のラベルをつけて物事を枠組に当てはめて見るようになってしまった。その枠組みを壊して、新しい見え方に気づかせてくれるところにアートの本質があるのではないでしょうか」

おもしろいと思ったらどんどんチャレンジ

後半は齋藤先生の異色な経歴にスポットライトが当てられます。アートの起源を研究してきた結果、アートの本質にたどり着いた齋藤先生ですが、京都大学の理学部に入学したときからアートの起源を研究していたわけではありません。

 

理学部の頃はただおもしろいことを追い求めていたという齋藤先生が最初に取り組んだのは、ミルククラウンの研究。ミルクの液滴を落としたときにできる王冠型のアレです。「チンパンジーもなにも関係ないですね!」と俵太さんも思わずツッコミ。しかも齋藤先生の論文の共同研究者には、この変人講座の発起人である酒井敏先生(現 静岡県立大学副学長)の名前が。おもしろいと思ったことにどんどん飛び込んでいく齋藤先生、「勝手に(当時 京大に勤務していた)酒井先生の研究室に行って入り浸ってた」そうです。

サプライズで登場した酒井先生(右)

 

理学部1回生でミルククラウンの研究をした齋藤先生ですが、もともと霊長類学に興味があったということで、2回生からは屋久島やボルネオ島を皮切りにフィールドワークの日々。それがおもしろくてそのままフィールドワーカーになると思っていたところ、4回生のときに人生のターニングポイントとなる大事件が起こります。

 

「サルを追いかけている途中に足を滑らせてしまい、崖から落ちて背骨を骨折しました。2か月入院しましたが、命にかかわるような大きな出来事だったので、PTSDのようになってしまって。それで、悪夢を見たりだとか自分の体に起こる出来事を、サルの調査のために持ってきていたフィールドノートに書き出したんですね」

 

自らの状態を研究しているうちに、体と心の関係に興味がわいた齋藤先生は、医学研究科の大学院に進むことに。そこで認知機能などの研究をしていましたが、そのうち自分のやりたい研究との方向性の違いを感じて、行き詰ってしまったそうです。

 

「いろいろ調べてもしっくりくるところが見つからず、どうしようと焦ったときに、ゴリラの夢を見たんです」
「ゴリラの夢を見た?」びっくりする俵太さん。
「夢の中では自分がゴリラで、たくさんの荷物を持っていて、ちょっと歩くとそれを落とす。拾ってはまた落とす、どうしようと思っているところに、上のほうから優しい女性の声がして、『ゴリラの生き方はゴリラが決める?』―――」
一瞬の間をおいて、会場からは驚きの声と笑いが。

 

「ゴリラが決める?って聞かれてゴリラの私は『うん』と答えて、ほっとして目が覚めたんです。そこで、さっきまで自分がゴリラだと疑ってもいなかったことに気がついて、「自分」なんてそんなあいまいなものなんだと思って。それでとりあえず「いまの自分」が好きなものを考えてアートに行きつき、東京藝大に入りました」

 

驚きのエピソードの連続の末、いまに至る齋藤先生が大事にしているのは「体で考える」ということ。旧石器時代の人たちがなぜ絵を描いたのかを考えるために、旧石器時代の人たちみたいに狩猟や石器製作などを体験してみたいという齋藤先生に、「まさかどこかの洞窟にこもったりしないですよね」と俵太さん。さすがにそれは否定しつつも、カナダの先住民の長老に弟子入りしたという北海道大学の人類学者の狩猟に同行したりしているそう……

 

最後に、先生にとって研究とは何でしょうかと俵太さんが尋ねます。「アートとは何かと聞かれると、石ころを拾うみたいなものだと答えています。大人になったらその辺に転がっている石ころを気にすることはなくなりますが、価値がないと思われている石ころのなかから特別な石ころを見いだし、他人にもわかるように見せてくれるのがアートなんだろうなと。研究も自然の中でいいなとかおもしろいなと思うところまではアートと一緒ですが、そうして心の中に生じたビックリマークをクエスチョンマークに変えて探求するのが研究なんだと思います」

著作にも力を入れているという齋藤先生

 

受講前、チンパンジーに絵で負けていたらどうしようと思っていた筆者は、アイちゃんたちの絵を見て「勝った」と安心したのもつかの間、プロセスを楽しむという点で完敗してしまいました。それでも気を取り直して、心の中のビックリマークとクエスチョンマークを大事にしていきたいと思います。

 

「京大変人講座」、次回はどんな変人先生が来られるのでしょうか。おもしろいこと間違いなしなので、ぜひ受講してみてください!

 

(編集者:河上由紀子/ライター:岡田千夏)

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