ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • date:2023.6.20
  • author:岡本晃大

え、イモムシの糞がお茶になるの!? 京都大学農学研究科で『虫秘茶』を試飲してきた

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今回お話を伺った研究者

丸岡 毅

京都大学大学院農学研究科博士課程

専門は化学生態学。もともとの研究テーマは寄生蜂とイモムシの関係だったが、蛾やイモムシの可愛さに魅了されていつしか虫秘茶の研究に没頭するように。街中から山間部まで、蛾やイモムシを追いかける毎日を送る。2023年には虫秘茶を広めるためのクラウドファンディングを目標額の300%で達成。

「昆虫食」といえばどちらかというと代用食としてのイメージを一般に持たれがちだが、付加価値の高い嗜好品を生産するために昆虫に注目する人がいる。

 

植物を食べた蛾の幼虫の糞を茶として利用できないか?というのが、京都大学農学研究科博士課程に在籍する丸岡さんの研究テーマだ。名付けて『虫秘茶』。なんとすでに一部で商品化が始まっているという。

いったいどんな味なのだろうか?そして、植物の葉をそのまま茶にせずいったん虫の腸を通す意味とは?これはオンライン取材ではもったいないぞということで、試飲させていただくため研究室にお邪魔してきた。

イモムシの糞は清々しい良い香り

「どうぞ」と言って通された応接室では、机の上に黒いものが入った瓶が置かれていた。遠目には同じような黒い粒にしか見えないが、目を近づけてよく見てみると少しずつ色・形・大きさが違うようだ。

見せていただいた虫秘茶の数々。蓋に書いてあるのは、それぞれ餌になった植物と糞をしたイモムシ(蛾)の名前だ。

見せていただいた虫秘茶の数々。蓋に書いてあるのは、それぞれ餌になった植物と糞をしたイモムシ(蛾)の名前だ。

 

瓶の蓋に「サクラ モモスズメ」「クチナシ オオスカシバ」のように書かれているのは、それぞれ餌になった植物と、糞を出したイモムシの名前である。虫秘茶の味の方向性はおおむね餌になった植物の種類で決まるので、オオミズアオのような雑食(動物性の餌も食べるということではなく、ここではいろいろな種類の植物を食べられるという意味)のイモムシであっても、特定の植物だけを食べさせているのだそうだ。

 

蓋を開けておそるおそる香りを嗅いでみる。中国茶を思わせる濃厚な発酵臭に植物の爽やかな香りが尾を引く。とくにサクラ×モモスズメの虫秘茶からは桜餅と同じ独特な甘い香りがしたので驚いた。

どの瓶からも、いわゆる糞を思わせるような嫌な臭いはしなくて、なにも言わずに出されればウーロン茶やプーアール茶のような発酵茶だと信じて疑わないに違いない。

奈良在住の陶芸家である野田ジャスミン氏に『虫秘茶』をイメージして作ってもらったという茶器。

奈良在住の陶芸家である野田ジャスミン氏に『虫秘茶』をイメージして作ってもらったという茶器。

 

一通り香りを試した後に試飲させてもらうことに。

丸岡さんが

「これでいきましょうか」

と言って手に取ったのはクリ×オオミズアオの瓶だ。

オオミズアオの幼虫と成虫。とても美しい大型の蛾であり、幼虫の糞のサイズも大きい。(写真提供:丸岡毅)

オオミズアオの幼虫と成虫。とても美しい大型の蛾であり、幼虫の糞のサイズも大きい。(写真提供:丸岡毅)

急須に虫秘茶を入れ、80℃~90℃の湯を注いで50秒くらい抽出する。料理の専門家の意見も交えつついろいろな条件を試して、一番香りと味が引き立つ条件を探ったとのこと。茶器をあらかじめ湯で温めておくのは、中国茶のやり方を参考にしたテクニックだ。

急須に虫秘茶を入れ、80℃~90℃の湯を注いで50秒くらい抽出する。料理の専門家の意見も交えつついろいろな条件を試して、一番香りと味が引き立つ条件を探ったとのこと。茶器をあらかじめ湯で温めておくのは、中国茶のやり方を参考にしたテクニックだ。

クリ×オオミズアオの虫秘茶はルイボスティー似??

一口すすってみる。

「あ、美味しい」

という感想が口をついて出た。

 

味を言葉で表現するのは難しいけれど、あえて似ているものを上げるとすればルイボスティーが近いだろうか。渋みがほとんどない代わりに、後味にはおそらくクリの葉由来の独特の芳香が残る。茶としてのポイントを押さえた上でほどよく個性があるなという印象だ。

 

白状しよう。頭では大丈夫だと知りつつも、最初の一口を飲むまではどうしても心のどこかで警戒していた。イモムシとはいえ糞由来のものを口に入れることに拒絶感がなかったといえば嘘になる。味についても「まあ飲めなくはないけど、とはいえ普通のお茶の方がいいよね」程度のものであればしめたものだと思っていた。

 

飲んで賞味したあとだから自信をもって言えるのは、虫秘茶は普通のお茶と比較してもじゅうぶん美味しいということだ。

色はまさしくほうじ茶のそれ。

色はまさしくほうじ茶のそれ。

二煎目を抽出した後の茶殻。お湯に溶けてしまうようなことはなく、しっかりと形が残っている。五煎目くらいまでは味が出るという。

二煎目を抽出した後の茶殻。お湯に溶けてしまうようなことはなく、しっかりと形が残っている。五煎目くらいまでは味が出るという。

なぜイモムシの糞を茶にしようと思ったのか

試飲に満足したところで、いろいろ質問させていただくことに。

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――イモムシの糞をお茶にしてみようと思ったきっかけはなんなのでしょうか?

 

「もともとうちの研究室は生態学が専門で、昆虫と植物の関係などを調べているんですが、あるときリンゴの木につく害虫を研究している先輩がマイマイガを大量に捕まえてきてお土産にくれたんです。正直に言うとあまりいらなかったんですが、頂いたものなので近場でとれるサクラの葉を与えて飼っていました。そうしたら、その子たちのした糞からすごくいいサクラの香りというか、芳香がすることに気が付いたんです。それに糞が落ちた水が赤茶色に染まったりしてて、『あ、これお茶だな』と思って飲んでみたのが最初でした」

記念すべき一号虫秘茶はマイマイガ×サクラの組み合わせだった。(写真提供:丸岡毅)

記念すべき一号虫秘茶はマイマイガ×サクラの組み合わせだった。(写真提供:丸岡毅)

 

――そこで飲もうとするところがすごい。それでそのマイマイガ×サクラ茶が美味しかったと。

 

「美味しかったです。運がいいことに。今まで試したのはイモムシが20種、植物が30種くらいで組み合わせは70通りを越えると思いますが、当然中にはあまり美味しくないものもあるんです。もし最初にそういう美味しくないやつを飲んでいたら、その時点で興味をなくしていたかもしれない。

もともとはイモムシと寄生蜂の関係を研究していたんですが、最初の体験が強烈だったこともあってだんだんこっちの方が面白くなってきました。研究テーマを変更することについて指導教員の理解があったこともあって今に至ります」

「たぶん70通り以上のイモムシ×植物の組み合わせを試しました」という丸岡先生。「たぶん」というのは、50種類を越えたあたりから数えるのを止めてしまったからだという。実験室の机の上には糞を入れた瓶が大量に積み上げられていた。

「たぶん70通り以上のイモムシ×植物の組み合わせを試しました」という丸岡先生。「たぶん」というのは、50種類を越えたあたりから数えるのを止めてしまったからだという。実験室の机の上には糞を入れた瓶が大量に積み上げられていた。

 

虫の糞を使ったお茶自体は前例がないわけではない。中国南部や東南アジアでは伝統的に蛾の幼虫やナナフシの糞を茶にする地域があるという。ただ、丸岡さんが文献で調べた限りではあまり美味しいものではなかったようである。思いつきで飲んだ1回目で美味な組み合わせを引いたのは本当に運がいいことだったのだ。

 

――とくに美味しかったものや、逆に美味しくなかったものはありますか?

 

「イモムシの種類が味に与える影響ももちろんありますが、味の方向性は食べさせる植物で概ね決まります。いまのところサクラ、クリ、ヤブガラシを食べさせて出た糞がベスト3ですね。不味かったもので印象に残ってるのはミカンです。蛾ではないんですけど、アゲハチョウの幼虫にミカンを食べさせて試してみたことがあって、凄まじい青臭さでとても飲めたものではありませんでした。ミカン×マイマイガの組み合わせも試しましたが、アゲハの時よりは少しマイルドになったもののやはり美味しいとは言い難かったですね」

 

――柑橘の実の清々しさがお茶になったら美味しそうでしたが、残念な結果だったと。少し意外です。アゲハチョウの糞を試した話が出てきましたが、蛾以外の草食昆虫の糞も虫秘茶になるのでしょうか?

 

「ハバチという、葉を食べる蜂を試してみましたが、これは不味いとまでは言わないもののわざわざ飲むほどの価値を感じませんでした。チョウもいくつか試しました。ただとても不思議なことに、チョウと蛾には分類上の明確な違いはないにも関わらず、チョウの糞で美味しいと思うものに出会ったことはほとんどありません」

 

――これは不思議ですね! 素人考えですが、まだ判明していないだけで蛾とチョウでは消化器官に違いがあるのかも、とか思ってしまいます。

というわけで、飼育ケースの中のイモムシは蛾の幼虫ばかりである。「ナナフシも試してみたいんですが、たくさん捕獲するのが難しくて……。来年からナナフシの研究をしたいという後輩が研究室に入ってくる予定なので、糞を分けてもらえないか期待してるんです」

というわけで、飼育ケースの中のイモムシは蛾の幼虫ばかりである。「ナナフシも試してみたいんですが、たくさん捕獲するのが難しくて……。来年からナナフシの研究をしたいという後輩が研究室に入ってくる予定なので、糞を分けてもらえないか期待してるんです」

 

ブラックボックスな「イモムシ製茶工場」の謎に切り込めるのか……?

生の葉をそのまま乾燥させたものに湯を注いでも、味も香りも弱いただの茶色いお湯にしかならないという。やはり、噛み砕いて消化するというイモムシの働きが大事なのだ。では、イモムシの消化管の中では具体的になにが起こっているのだろうか?

モリモリと葉を食べるクスサンの幼虫。その腹の中では、いったい何が?

モリモリと葉を食べるクスサンの幼虫。その腹の中では、いったい何が?

 

「イモムシの消化器官は直線的で昆虫の中でも単純な形状をしている方なのですが、それでもその働きについては多くはわかっていないんです。細かく噛み砕いた葉を細菌や酵素の力を借りて発酵させるという、人間が発酵茶を作るのに似たプロセスがあることは間違いないと思いますが、具体的に何が何をしているのかということを調べた先行研究というのがほとんどないんですね」

 

――まったくのブラックボックスなわけですね。消化によって何がイモムシの体に吸収され、逆に何が葉の方に与えられているのかも不明であると。

 

「これについては明るい兆しもあって、じつは島津製作所と共同で成分分析をする目途が立ちました。糞の成分を調べることで、消化される前と後でどんな変化があったのかを把握できるのではないかと期待しています」

 

――それはとても興味深いですね! それに、食品として見たときもどんな成分が入っているのかわかっている方が安心して飲める気がします。

採集された糞。乾燥させた後はとくに加工などはせず、そのまま虫秘茶になる。

採集された糞。乾燥させた後はとくに加工などはせず、そのまま虫秘茶になる。

 

お茶会の席の会話を花開かせる、虫秘茶の力

当初は丸岡さん一人で楽しんでいた虫秘茶。現在はその魅力を全国に広めることに力を入れているという。2022年12月から2023年1月にかけて実施した資金調達のためのクラウドファンディングで集まった支援は、なんと目標額の300%!世間の関心が決して低くないということが伺えるというものだ。

集まった資金はなんと当初の目標額の300%以上!

集まった資金はなんと当初の目標額の300%以上!

 

――どういうシーンで飲むことを想定しておられるのでしょうか?

 

「一人で飲むのもいいですし、人が集まるお茶会などであれこれ言い合いながら飲むのも楽しいと思います。実際に虫秘茶を使ったお茶会を催したこともあるんですが、話題性の高さはすごいですよ。一口飲むやあちこちで感想の言い合いが始まって、初対面の人同士でも一瞬で会話に花が咲いたので感動しました」

 

――たしかに、共通の嗜好品を楽しむというのはコミュニケーションツールとして強いでしょうね。植物×虫の組み合わせで無限のバリエーションを作り出せる点も、飲み比べなどで話の広がりができていいと思います。

 

「我々の暮らす日本には北の亜寒帯から南の亜熱帯までバリエーションにとんだ環境があり、各々の地域には唯一無二の生態系が形成されています。その地域の植物と昆虫を使った、いわばご当地虫秘茶を生産することができれば、そこから消費者の関心を自然環境にまで広げていけるかもしれません。

それに資源の利用という点から見ても、樹木の葉というこれまで人間が使ってこなかった資源を使って新しい特産品を生産できるのは、大いに意味のあることでしょう。

自然環境に関心を持ってもらうため、そして生態系の産物を地域の振興に活用していくためにも虫秘茶を広めていきたいと考えています」

 

――なるほど、虫秘茶の利用は新しい嗜好品の発見に留まらず、自然環境や地域の振興という面でもとても意味のあることなのですね。

 

インタビューを実施したのは4月末、これから植物も昆虫も活動が活発になっていくという初夏の入口の時期である。

「虫秘茶になる植物や虫は身近に生息しているものなので、自分で採集して試してみる毎日です。これからの時期は採集に忙しくなります」

丸岡さんはインタビューの最後をそう締めくくった。

筆者も、虫好きのはしくれとして前のめりになりながら話を聞いた。

ちなみに、丸岡さんは定期的に虫秘茶を広めるためのお茶会も開催しているという。記事を読んで興味を持たれた方は、ぜひ試してみてはいかがだろうか。最初の一口を飲むには思い切りが必要かもしれないが、そこには生き物の神秘を舌で実感できる豊穣な世界が広がっているのだ。


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