BLとは“Boys Love”の略語で、主に男性同士の恋愛を描いた作品のこと。今や確固たる地位を築くジャンルです。しかし日本以外の状況はあまり知られていません。そこで海外のBLについて知るため、大阪大学 21 世紀懐徳堂とアートエリア B1が主催するマンガカフェ「海の向こうで、BLはどうなっているのか?~藤本由香里さんを迎えて~」に参加しました。
年末に続き、2017年2月17日にアートエリアB1で開催されたマンガカフェ。参加者はマンガ好きの方だけでなく、ジェンダーについて研究している学生の方も。今回はBLがテーマということもあってか、若い女性が多い印象でした。
会場の様子
参考:2016年のマンガ界を語り尽くす!「マンガカフェ25」に行ってきた。
今回登壇者は4名。
ゲスト
藤本由香里氏(明治大学国際日本学部教授)
伊藤遊氏(京都精華大学国際マンガ研究センター研究員)
カフェマスター
金水敏氏(大阪大学文学研究科教授)
沢村有生氏(大阪大学21世紀懐徳堂)
スタートは「藤本さんと私」というテーマで、カフェマスターの金水先生、沢村さん、伊藤先生からゲストの藤本先生との出会いについておのおの語られました。(とても和やかムードでした)
ゲストの藤本由香里先生(明治大学国際日本学部教授)マンガ文化論・ジェンダー論、マンガの国際比較などが専門。
金水先生(右)・伊藤先生(左)はマンガ学会ができた時、藤本さんが理事として参加されたことがきっかけ。金水先生は以前ベルサイユのばらのイベントなどそれまでにも顔を合わせたことはあったんだそう
海外での商業BLの話
現在藤本先生はサバティカル(在外研究)として海外で研究中。2年の在外研究中に約20カ国、50もの都市を回られているそうで、昨年11月からはシンガポールを拠点にアジアで研究を進めています。
やはり日本と海外、国も文化も違えば当然BLに関する事情も異なるようです。
こちらはアメリカの書店の写真。
この棚すべてがBL本。注目なのが左上にあるジャンル名です。
YAOI(やおい)とがっつりかいてあります。
海外ではBL=Boys Loveは、「少年を愛する」という意味あいが強いようで、このようにYaoiと書かれていることが多いそうです。
また、取り扱いの状況は国によってかなり違います。
中東諸国などはそもそも宗教的に人物画がNGで、同性愛は死刑の対象でもありますから、BLなんてとんでもない。ただ、そうした国を除けば、世界規模でBLは流行っていると藤本先生。
各国でのBLの取り扱いについていくつか例が出されました。
まずアメリカではかなり流行しているそうで、YAOI‐CONなどイベントも定期開催されているといいます。
イベントでは高級ホテルを2泊3日ほぼ貸し切りにして、海外で人気の日本の作家や声優をゲストに呼ぶこともあるそう。思っていた以上に流行っている…!!
そもそもアメリカには日本のBLが入ってくるより前からスラッシュ※1と呼ばれる作品群があるので、伝統的に広まりやすかったのではないかと藤本先生。
続いて欧州。
イタリアのイベントではBIG ROBOTというポスターの隣にBLコーナーがあったり、日本のマンガというくくりで販売されています。
ドイツはヨーロッパの中で一番BL好きの国だそうです。しかしドイツは基本的にマンガは輸入という文化が強く、自国のマンガ家は1割以下。90年代半ばまではアメコミと、バンド・デシネというフランス語圏のマンガが主流で、90年代後半以降、日本マンガもそこに加わっていったとのこと。ドイツはマンガ読者の7、8割が女性ということもあり、マンガの内3割程度がBLなんだとか(ちなみに日本は1割程度)。
一方前回のマンガカフェでもいくつか話が上がったフランス。
こちらは意外なことに、BLが入ってきたのは欧州では一番遅かったそう。マンガが盛んな国という印象があったので驚きました。おそらく、恋愛がもっとも自由な国だからだろうと藤本先生。
棚としては少女マンガと同じ棚に分類。「Yaoi/Shojo」と書かれています。
どの国でもBLに関しては、爆発的に売れるというよりも、「手堅く、確実に売れるジャンル」と藤本先生。
アジアでも流行しているそうですが、状況は欧州やアメリカと異なります。
ベトナムでは同性愛を社会悪とする見方も強く、同性愛表現は公的には流通していませんが、かなり多くの若い人がインターネットで読んでいるんだそう。
また、キリスト教圏のフィリピンでも同性愛に対する見方はかなり厳しく、ファンコミュニティも認証制をとるなど慎重になっています。
なお隣の韓国は自国のBLマンガも多いものの表現規制の厳しさもあり、日本のBL翻訳にもかなり修正が入っているといいます。香港でもBL本の帯には「警告」と大きな文字で書かれており、所持は自己責任だが、人に貸したり、古本として売却するのはNG。
中国ではそもそも出版物が許可制ということもあり、まずBLは出版の許可が下りず、流通している本はほぼ海賊版とのこと。
日本と異なる海外でのBL作品と活動
日本でも個人のBL創作活動が盛んですが、マンガ同人誌が代表的な発表形態となっている日本と違い、海外ではイラストレーション(一枚絵)や小説が多いそうです。
印象的だったのは中国。創作活動はとても盛んですが、発表場所はほぼインターネット上。また、二次創作よりも一次創作、マンガよりも圧倒的に小説が多いんだそうです。
日本ではインターネットと平行して即売会といったイベントでの発表も盛んなので少しびっくりしました。
アメリカではYAOI‐CONといったイベントが定期開催されています。
アメリカの創作物はリアリスティックなものが多く、また、現実のLGBTの活動とも深く結びついているんだそうです。
このあたりは、LGBTの活動と創作物としてのBLがかなり離れている日本と状況が違います。むしろ世界的にはアメリカのような考え方が主流で、日本のようにLGBTとBL・GLなどの作品がほぼ分断されていることの方が珍しいそう。
アメリカではリアルな男性が好きだという感情が根底にあるようで、日常と地続きになっているところが日本とは違うところなのではと藤本先生は分析していました。
ただ、日本でもゲイ・アートの巨匠・田亀源五郎氏の一般向けのマンガ作品『弟の夫』が大きくヒットするなど、今後状況が変わり、実際のLGBT活動と結びつく可能性はあるのではないかといいます。
各国の創作について共通点と国ごとの違い
さてここからはもう少し踏み込んで、各国の同人誌や二次創作の話へ。
まずアジアの状況から。アジアでは現在「刀剣乱舞」が人気だそう。
台湾では欧米映画の同人誌が人気だそうで、有名なところではハリポタなど。(ちなみに台湾に限らず、どこの国でも「ハーマイオニーどうするか問題」があるそうです)
またフィギュアスケートの世界女王がハマっていたことでも話題になった「ユーリ!!! on ICE」は近年のサイマル配信の影響もあってか、藤本先生曰く「世界同時多発萌え」としか言いようのない状況だったようです。
「何か“やおい遺伝子”みたいなものが世界中で内面化したのかな?」と金水先生。
話の中でさまざまな同人誌が出てきましたが、見ているとイラスト本などが多く、マンガはやや少ないように感じました。プロとして活躍されている方が出しているものも多いそうで、非常にキレイなイラストが多かったのが印象に残っています。
また、各国のファンコミュニティについてのお話も。
各国BLのような作品をネット上で投稿したり、BLについて語る場というのはあるんだそうです。ただ、そういったコミュニティやプラットフォームは国ごと、というよりも、言語ごとに別れているというお話は新鮮でした。
日本国内にいるとあまり意識することもありませんが、言語とコミュニティは密接に関わっていることを改めて感じます。
と、いろいろなお話しを伺っている間に2時間があっという間に終了。前回に引き続き、もっともっと聞きたい!と思ってしまう会でした。
それにしてもBLがこんなにいろいろな場所で流行っているとは思っていなかったので、国ごとに違う状況やLGBTの活動との関わりなど、とても興味深い話ばかりでした。
マンガカフェは現在不定期に開催。アートエリアB1ではマンガカフェ以外にも飲み物を飲みながら研究などの話を聞けるラボカフェを随時開催しています。勉強!という雰囲気ではないので興味がある回があれば、ぜひ足を運んでみてください。
※1 スラッシュ
スラッシュ・フィクションとも言う。2人以上の男性間の関係について焦点を当てたファン・フィクション。「スタートレック」シリーズの登場人物のカーク船長とスポックなどが有名。
取材協力:大阪大学21世紀懐徳堂