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  • date:2023.1.10
  • author:柳智子

落語と日本料理の意外な共通点とは? 大阪樟蔭女子大学のシンポジウムで聞く“流れの美学”

落語といえば庶民のエンターテイメント。そばやうどんなど、庶民に身近な食べ物が登場するイメージですが、本格的な日本料理と落語がコラボするという珍しいイベントが大阪樟蔭女子大学(大阪府東大阪市)で行われ、足を運んでみました。

樟蔭美科学研究所シンポジウム「落語と日本料理~異なる領域を美しさでコラボする~」というタイトルで、落語も日本料理も伝統に基づき、流れの美しさに留意したわざ(技)があることを紹介するというものです。講師は落語家で大阪樟蔭女子大学客員教授の桂かい枝さん、京料理の店「木乃婦」主人の髙橋拓児さん。ファシリテーターは同大学客員教授の北尾悟先生です。

まずは一席。料理の流れで人生のステージを表現

はじめに、かい枝さんの登場です。「落語と日本料理の流れの美学に迫る」というシンポジウムの宣伝文について「どうしましょう。私、そんなこと意識してしゃべってないもんですから」と客席を笑わせ、大阪の料理屋を舞台にした落語「献立」を披露いただきました。

桂かい枝さんは歴史に埋もれた“古墳落語”を復活させる取組みをしています。今回演じられた「献立」もそのひとつ。大正時代の演目帳より小佐田定雄作です。

桂かい枝さんは歴史に埋もれた“古墳落語”を復活させる取組みをしています。今回演じられた「献立」もそのひとつ。大正時代の演目帳より小佐田定雄作です。

講師プロフィール

桂かい枝 1994 年上方落語の五代目桂文枝に入門。「世界の人たちにも落語の楽しさを伝えたい」と 1997 年より英語による落語の海外公演をスタート。これまでに 世界27カ国108都市で300 回を越える公演を成功させている。2018年、第13回繁昌亭大賞受賞。

 

舞台は、大阪の料理屋「播磨屋」に盗人が入ってくるところからはじまります。盗人と播磨屋の主人がやりとりするうち、なぜか互いの身の上話に。播磨屋の主人が、実は人にだまされて店を手放したことを話し、「先付け、御椀、造り、焼き物、煮物、蒸し物まで出て、あとは酢の物と飯と水菓子というところで、あかんようになってしもた」と嘆いたり、その後の境遇を「先付と御椀の間をうろうろしている」と自嘲したり。人生のステージが料理の流れで表現されていたのが、大変めずらしく感じました。

 “マクラ” が長い日本料理

すっかり播磨屋の世界に浸っていたところに「こんにちは、播磨屋の主人です」と登場したのが、播磨屋主人……、ではなく京料理「木乃婦」主人の髙橋拓児さん。この日お話しするのは「うちの店に食べに来ていただくのが目的です」と笑わせ、日本料理の深い味わいがどういうところから来るのか教えてくれました。

講師プロフィール

髙橋拓児 「木乃婦」三代目主人。大学卒業後、「東京吉兆」にて湯木貞一氏に直接指導を受け、5年ののち「木乃婦」に戻って祖父、父に師事する。日本料理の海外普及に尽力し、創造性のある料理の研究開発も行う。出汁を効かせた離乳食や和食に合うワインの開発、NHK「きょうの料理」講師など幅広く活躍。

 

木乃婦の外観

木乃婦の外観

 

写真の建物は髙橋さんのお店「木乃婦」です。格式の高さを感じる店構えですが、これも「ゆっくりと食事したい」という気分になってもらうための仕掛け。玄関から路地を通って部屋に行くまで50m以上、料理が出るまで15分くらいかかるというから驚きます。

そして座敷に通されて料理が運ばれてくるまで、床の間の絵を眺めたり、お茶を飲んだりと「落語で言うとマクラが長い」(髙橋さん)。そうすることで日頃の喧騒を忘れていただくことが非常に大事だといいます。

料理は八寸からはじまり、「生」「煮る」「焼く」「蒸す」「揚げる」と、五つの調理法(五法)で作られた料理が一品ずつ運ばれ、献立が進んでいきます。

 

さて、京料理は日本料理と何が違うのかというと、「一品一品の中に京都が入っている」こと。いくつか木乃婦の料理を紹介いただきました。

講演スライドより

講演スライドより

 

写真左は「青梅の甘露煮」。青梅を銅製の鍋で二晩煮込み、さらにシロップで二昼夜かけてゆっくり煮込むという、京都の昔ながらの方法で作られています。

右の御椀は「江の島椀」。卵豆腐、あわび、とうがんを島に見立てた一品です。江の島は鎌倉の江の島ですが、昆布の味わいは深く、カツオは香りを引き立てるように、塩と醤油はごく控えめに、…と出汁が京風に仕立てられています。

講演スライドより

講演スライドより

 

上は「ふかひれ胡麻豆腐」。木乃婦の名物料理です。宮城・気仙沼産のふかひれを使い、20年ほど前に髙橋さんが考案した新作の料理ですが、これは胡麻豆腐を作る型ができていないと作れません。

日本料理全般にそうですが、京料理にも非常に多くの型があり、それを体得し、生かしてオリジナリティのある料理に仕立てることが大切だと髙橋さんは話します。

 

こうした料理をただ食べるだけでなく、床の間には掛け軸が掛けられ、テーブルは朱塗りで、と風情のある空間で、美しさに心を向ける瞬間があります。風景をからめて心情の揺れ動くさまを見せる小説の世界のように、日本料理はとても抒情的なもの。

「そうした情景に包まれて、幸せな気持ちで食べてもらうのが日本料理、京料理の真骨頂」という髙橋さんのお店、ちょっと背伸びをして行ってみたくなります。

実は共通点満載、落語と日本料理

それにしても落語と日本料理という意外な組み合わせ、一体どこから出てきたのだろうと思っていましたが、本シンポジウムを発案した北尾先生は食品加工学が専門で、かねてより日本料理と落語に「流れの美」という共通したイメージを持っていたとのこと。

かい枝さんの落語も気楽に楽しませていただきましたが、マクラで観客の心をつかみ、緩急つけて噺の世界に遊ばせ、オチに導くまでの一連の流れ、日本料理の流れと同様に考え抜かれたものなのだろうと思います。

 

フリーディスカッションでは、かい枝さんの落語を聞いて播磨屋の建物の大きさや間取り、部屋の使われ方まで想像したという髙橋さんが、「落語の没入感はすごい」と感想を話しました。そこまで細かく想像できるのはご自身が料理屋だからこそと思いますが、建物や庭、部屋のしつらいなどとあわせてひとつの世界をつくる日本料理は、語りで情景をえがく落語と相通じるものがあるようです。

 

落語「献立」では伴奏のお囃子が入る場合もあり、お寺の鐘に似た音で夜の雰囲気を出すなど、音で奥行きや立体感をもたせることもあるそうです。あの技この技で客を別世界に連れていくのも、型の習得の上に新作がつくられるのも、日本料理と同じ。あらゆるエンターテイメントに通じるもののようにも思います。

 

ディスカッションでは海外の文化との共通性や、異文化との接触による創造にも話が及び、笑いあり、おいしいお酒と食事の話ありの楽しい時間となりました。かい枝さんの落語は各地の劇場で、髙橋さんの料理は京都の「木乃婦」で味わうことができます。そちらもぜひ。

 

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