才色兼備な子どもを意図的に作れるとしたら、あなたならどうしますか?
2016年、大阪大学では「老いの未来」「若さの将来」をテーマに公開講座が多数開催されました。その中の一つ「デザイナーベビー/ゲノム編集の光と影」に参加し、約3年前に開発されたゲノム編集についてお話を聞いてきました。
緑に光るマウス、マイクロサイズの豚。
今回登壇されたのは大阪大学微生物病研究所の伊川正人教授。
研究所では500人ものスタッフがワクチンなどを研究しており、教授はマウスを使った研究を主なテーマとしています。
会場は阪大中之島センター。平日ですがほぼ満席です
講座はDNAの基本的なお話から始まり、緑に光る「グリーンマウス」の話題に!
これは20年程前、教授の研究チームが生み出した、紫外線を当てると緑色に光るマウスのこと。光るクラゲの遺伝子等をマウスに組み込むことで生まれたものです。
グリーンマウス。SF映画みたいですがもう20年前の技術なんですね・・・!
見た目がすごい・・・のですが、光を当てなければ普通のマウス。別の生物の遺伝子で何かおかしくなってしまうのでは?と思うかもしれませんが、何の異常も見られなかったそうです。
このマウスはがん治療の研究にも役立てられました。グリーンマウスにできたがん細胞を普通のマウスに組み込むと、その部分のみが光るため、どのようにがんが転移していくのかを研究できるのです。
教授によれば「この技術はある遺伝子を別の生物に入れ込むという遺伝子の“足し算”。“引き算”も可能ではあるが効率が悪く、ヒトには使えないなど技術的に難しいことが長年の課題でした」とのこと。
それが自在にできるようになったのが、約3年前に開発された「ゲノム編集」の技術です。
生命の設計図ともいえる遺伝子は、A、C、G、T、とよばれる4種類の文字(核酸)からできています。それが並んで文章のようになっているのですが、ヒトの細胞一つにはなんと約30億文字が入っているんだとか。
1つでも違えば、その人の性質(お酒に強いとか太りやすいとか)が変わってきますし、ある病気になりやすいということも違ってきます。
現在では、その30億もある文字を「CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)」というゲノム編集技術で短時間&低コストで編集できるようになりました。
パソコンのワードソフトで文章のてにをはを変えるように、文字通り編集できるようになったわけなんですね。
例えば、赤身ばかりの筋肉ムキムキの牛、歯ごたえの良い筋肉質のふぐのほか、通常300kgを超える豚の15分の1サイズの豚(ミニブタよりさらに小さくマイクロ豚と呼ばれる)などが研究レベルで次々と生み出されています。
実は豚の臓器はヒトの臓器のサイズと似ているそうで、一時的に豚の心臓をヒトに使うための研究がアメリカでは進められています。300kgもあると飼育も実験も大変なため、マイクロサイズをつくることで効率的な実験が可能となっているそう。
教授は「何年もかかっていたことが1~2カ月ででき、費用も10分の1程度。良い面もあるが簡単な知識と技術があればできてしまう悪い面もある。法整備が必要」と指摘していました。
手軽に自分の遺伝子がわかる時代に
遺伝子の研究・実験の様子
次にお話されたのは、グーグルが出資しているアメリカの「23andMe」という会社のこと。私は講座で聞くまで知らなかったのですが、1万円程度で自分の遺伝子を判定してくれるサービスを行っています。
“あなたの遺伝子はこの型なので、この型を持つ人はアルツハイマー病になりやすい”など、医療診断ではなくあくまでも簡単な判定にとどまるので、結果を見てどう行動するかは個人の判断に委ねられています。すでに50カ国40万人が利用しており、日本語サイトもあります。
将来病気になるか知りたい、予防したいという思いは誰にもあるかもしれません。でも治らない病気だったら、どうでしょう。
教授がお話されたある女性の例では、自分の遺伝子を調べた結果、将来親と同じ病を必ず発症することがわかったそう。女性は出産を望んでいましたが、病気になれば子育てを満足にできない可能性があるといいます。
子どもを持たないという選択もありますが、我が子をと願う女性の思いは切実。
「これほどの選択や判断を迫ることになる。そういった技術であることを理解していただきたい」。教授の言葉がずしりとひびきます。
デザイナーベビーが問いかける未来
「23andMe」では他にも夫婦の遺伝子を調べ、どんな子どもが生まれるか予測するサービスがあるそうで、特許も取得済みなんだそうです。
このようにさまざまなことがわかり、病気の治療など役立つことも多い一方、タブー視されていたことが現実味を帯びてきています。それがデザイナーベビー。
ゲノム編集すれば容姿端麗、スポーツ万能、高い知性を持つ子どもをデザインできてしまいます。自分より優れた子どもがほしいという親の願いは万国共通かもしれません。親の育て方や家庭環境はもちろんあるものの、やはり遺伝子で決まる部分も多くあります。
「遺伝子を自分の希望通りにデザインして優れた子どもがほしい。そういった要求をどこまで満たしていいのかという問題があります。病気を治すなら賛成する人も多いかもしれません。では体質や外見、人種についてはどうなのか」。
2015年、中国では世界で初めてヒトの受精卵を使ったゲノム編集が行われたそう。生育しない異常な受精卵を使用したとされていますが、世界で大論争となりました。
しかし人間の探求心は止められないようで、「その後イギリスでは2週間までの受精卵なら実験してもOKと決まったり、アメリカでは国のお金ではできないが、個人でならOKとなったりしています。今ではさらに研究が進んでいるかも」と教授。法整備が追いついておらず、実験したからといって罰則規定もありません。
「例えばAIの自動運転車。事故を起こした場合、誰の責任になるのかといった議論がありますが、ゲノム編集も同じようにクリアしなければならないことがたくさんあります」
さらに「こんな議論もエスカレートするかもしれません。病気の治療はOKなのに、髪の毛が減るのを止めたいがそれはだめなのか?視力を治すのはどうなの?といった問題も出てきます。痛みを感じない兵士がつくられる可能性もあります。誰も病気で死ななくなったら?それはそれで問題です。では死ぬ人を誰かが決めるのか?」
ゲノム編集の課題に言及する伊川教授
次々と膨らんでいく話に会場では少し笑いも起きたものの、今後山積される問題に気が遠くなる思いがしました。
「うまくいった例ばかり注目されるが100%安全とはいえない技術。しかし、何もかも禁止してしまえば助かる人も助からなくなります。議論しながらより良い社会をめざさないといけない」と教授は締めくくりました。
意図的にデザインされた子ども。映画のようで好奇心を刺激されますが、それは物語の中だからこそ。
例えばこの条件で!とデザインして自分の遺伝子ゼロの子どもを育てるとなったら、ちゃんと愛情をもてるかなぁとふと考えました。この鼻はお母さん似だね、頑固なところはお父さん似かなぁとかいう会話もなくなって、ちょっとさびしいような。でも希望した通りの子どもなら、やっぱりうれしいんでしょうか・・・。
教授のこの言葉も、ワクワクするようなゾッとするような、印象深い言葉でした。
「生物は自然と進化してきました。何をもって進化というのか、という問題はありますが、それを自分たちの手でできる時代が来てしまった、ということです」。
教授のわかりやすい語り口で、さまざまな側面からゲノム編集を学び、考えることができた90分でした。世界の研究者たちが今後どのような研究を進め、私たちもどんな選択が迫られるのか。これからも注目していきたいと思います。
取材協力:大阪大学21世紀懐徳堂
※グリーンマウス、講義風景以外の画像はイメージです。