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  • date:2024.4.16
  • author:ギサブ キリコ

現代を生きぬくために芸術は必要? 美術家・森村泰昌さんが大阪大学の講演会で投げかける、「つよさ」とはちがう芸術の可能性

「芸術は、まちがっていてもおもしろければよい?」赤字で記された挑戦的な文句につられてやってきたのは大阪大学中之島芸術センター。梅田からすこし歩いた街中に位置する大阪大学中之島センター内にある、文化・芸術に関する教育拠点です。大学院生・学部生だけでなく社会人にひらかれたこの拠点で今回開催されたのは、同大学特任教授である森村泰昌さんの講演会「芸術は、まちがっていてもおもしろければよい? ―ゴヤの《カルロス四世の家族》を深読みする―」。

 

森村泰昌さんといえば、モナ・リザをはじめとした名画の人物や、マリリン・モンローやアインシュタインなどの著名人に扮して写真を撮影するポートレイト作品で有名な美術家です。チラシはゴヤの自画像に扮したもの。会場の中之島芸術センターと目と鼻の先にある国立国際美術館にも、ゴッホに扮した作品をはじめモリムラ作品が多数収蔵されています。そんな特任教授でアーティストな森村泰昌さんとともに、絵画のなかに分けいってみようというのが今回の趣旨。どんな絵かというとこちら。

ゴヤの《カルロス四世の家族》を読み解いていく森村さん

ゴヤの《カルロス四世の家族》を読み解いていく森村さん

 

1、2、3……ぜんぶで14人。王家がずらりと並んだ、歴史の教科書にでてきそうな絵画です。寝そべる女性を描いた《着衣のマハ》《裸のマハ》、自分の子どもを食らう神サトゥルヌスの絵などでよく知られるスペインの巨匠ゴヤが、宮廷画家時代に王家の命を受けて制作したのがこの絵画。

 

今回、ゴヤが選ばれたことには理由がありました。これまで数年かけて特別講義を重ねてきた森村さん。コロナウイルスによる社会状況の一変、ウクライナとロシアの戦争など、その時々の事象と必然的に内容が絡みあっていくことで、おのずと「現代を生きぬくには」というテーマがみえてきたそうです。昔の先人たちはいかにして時代を生きぬいてきたのかを参照することで現代を考えるべく、まさしく激動の時代を生きたゴヤに白羽の矢が立ったとのこと。

誰かに「なってみる」ことでみえてくる景色

にしても……、ずらりと居並ぶ王家の集合写真のような絵画。国も時代もちがえば、文化もちがう。なかなか絵のなかに入っていけない……というのが私もふくめた会場の大多数が抱いた感触のようでした。どこからどう鑑賞すればいいのか。とりつくしまのなさを前に森村さんが案内役としてとりあげたのは、小説家の故・井上靖さんの見方です[1]。じつは井上さん、大学では美学美術史を専攻、大阪での新聞記者時代には美術欄を担当していた、大の美術好きでもありました。単調に並んでいるようにみえた面々に微細な差異をみいだし、一幅の絵画からまるでその場に居合わせたかのような物語を紡いでいきます。

 

たとえば、絵画のどまんなかに起立する女性、国王の妻、マリア・ルイサ・デ・パルマの堂々とした風貌からは、右横に逸れた国王カルロス4世よりも強い影響力と政治手腕を嗅ぎとり、ふたりのあいだにぽっかり空いた不自然な空間と、両脇にぴたりとひっつく幼い子どもたちからは、夫婦の不仲だけでなく、マリアの不倫相手の存在まで浮かびあがらせ、左にすっくと立つ長子フェルナンド7世の足元から伸びるあやしい影には、その後に両親に謀反する姿を読みとります。人物の配置や距離、光のあたり具合や伸びる影からみるみると立ちのぼっていく光景に、先ほどまでとっつきづらかった王族の集合絵画が、個性的な登場人物たちが繰りひろげるドラマティックな絵画に変貌してしまいました。

ゴヤの《カルロス四世の家族》の部分。左奥がゴヤ、左前方が王子、真ん中が王妃、右が王。

ゴヤの《カルロス四世の家族》。左奥がゴヤ、左前方が王子、真ん中が王妃、右前方が王。(出典:Wikimedia Commons)

 

ちなみに、左端の影にひっそり描きまれているのがゴヤ本人。ちゃっかり絵のなかに自分も入りこんでいますが、これはゴヤの先輩にあたるベラスケスの手法にあやかったもの。そしてこの絵が描かれた当時のゴヤの立場といえば宮廷お抱えの画家、つまり雇われ人であり、王家が気にいる絵を描かなくては画家として生きていくことができません。それなのにもかかわらず、この絵には王族の権威を高め、維持しようとする目的にはそぐわない、王妃と王の確執や派閥、波乱までもが描きこまれてしまっています。そここそがこの絵の魅力となり後世に残るゆえんともなるのですが、当然、王家にとっては内部の不和を明るみにされてはたまりません。絶対的な力を持つ権力者の思惑と、そこをかいくぐって自身の芸術を達成したいゴヤとの攻防。《カルロス四世の家族》が生まれた背景に、両者の大変なせめぎあいがみえてきました。

つよさとは別の生きぬきかた

王家と一介の宮廷画家という圧倒的な力関係のなかでも、相手の求めるままに従うのではなく、みずからの画家としての思想をあきらめなかったゴヤ。その姿勢はたくましく、したたかで立派です。ゴヤの果敢な戦いがあったからこそ、この絵画は生みだされ、人々の記憶に継がれて今に残っているのでしょう。すごい、やっぱり生きぬくためにはゴヤのようにつよくあることが大事なのかぁ……と会場が納得し講演が終わるかにみえて、森村さんがひとこと。

「でも、ゴヤってなんだかわたしはちょっと苦手なんですよねぇ、たくましすぎて」

 

ゴヤの姿勢はたしかにすごい、作品もすばらしい、でも……。ゴヤのようなつよさがないと生きぬくこと、芸術を志向することは難しいのだろうか。その問いに森村さんは別の視点から応えます。

 

「たくましく、つよく、勇ましくあることによって、勇敢な兵士や立派な政治家、経済界のリーダーが生まれてくるかもしれません。けれど、勇ましく生きぬくことから芸術が生まれるかどうかはわかりません。生きぬくために芸術は必要か? という問いへのわたしなりの応えは、『生きぬくための』芸術が必要なのではなく、『生きぬくことができないもの』のために芸術が必要だ、ということです」

 

「生きぬく」というイメージは「つよさ」と結びつけられがちです。過酷な現実を生きぬくためには、確固とした自分を打ちだし、ゴヤのように強きに対しても負けじと対峙していくことが必要なのだと。そんな既存の価値観を覆す森村さんの最後の投げかけから想起されたのは、モリムラ作品に感じる存在のゆらぎでした。

 

森村泰昌《ロス・ヌエボス・カプリチョス(私は冷静に熱狂する/バケツをかぶった自画像)》2004~2016

森村泰昌《ロス・ヌエボス・カプリチョス(私は冷静に熱狂する/バケツをかぶった自画像)》2004~2016

見方が変われば「わたし」も変わる

先述した、森村泰昌さんによる誰かや何かに扮するポートレイト作品は、一見してコスプレを思い起こさせますが、みればみるほど対象に「なりきろう」する行為とは別物であることがわかります。モナ・リザに扮する森村さんは、モナ・リザだけれどモナ・リザではありません。でも、かといって扮する姿は森村さん自身であるとも言い切れない……。「なりきる」手前の対象と自分のあいだにとどまって両者の境界線をゆるがし、自明だと思われていた認識に疑問をなげかけるモリムラ作品には、つよい輪郭線ではこぼれおちてしまうたくさんの気配たちが作品に息づいているようです。

 

「わたしたちはついつい脈絡をつけようとしがちです」と森村さんがいうように、自分が何者であるかをふちどり、納得しやすい因果関係にあてはめて外へ説明していくことは、「生きぬく」ためにつよくあろうとすればこその身振りでしょう。それは実際、学校や仕事など、現実の多くの場で求められることでもあります。森村さんの最後の問いかけは、それとは異なる在り方を提示するかのようでした。

ほぼ満席の会場。講義後には質問や感想でにぎわいました。

ほぼ満席の会場。講義後には質問や感想でにぎわいました。

 

18世紀を駆けぬけたゴヤの生きざまを鏡像のようにして、たくましさとは異なる「生きぬき方」の可能性を提示した森村さん。いま、ご自身の活動で気になっていることは「自分自身の脈絡から抜けだし、ばらばらなまま、どう人にみせていくか」ということだそう。ひとつの文脈ではなく様々なあり方を共存させていく。それは、今回とりあげられたゴヤの絵画しかり、名作と呼ばれる作品の数々がさまざまな見方を注がれ多様に読みとかれることでこそ、今に残り「生きぬき」続けてきたことに通じるように感じました。



[1]森村さんが引用された井上靖さんの魅力的な解釈が掲載されているのが90年代に中央公論社から刊行された『世界の名画』シリーズのゴヤ編。他にも、ドラクロワ×松本清張、クレー×吉行淳之助など、取り合わせを聞いただけで興味がそそられるものばかりでした。

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