テクノロジーで女性の健康問題を解決するフェムテック(Femtech)。
2020年は日本の「フェムテック元年」と呼ばれ、ここ1~2年で急速に市場が拡大しています。
ほとんど0円大学もこの動きに注目し、2021年1月にはフェムテックに関する活動を行う学生団体を取材して紹介しました。
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最近はファッション誌で取り上げられるほど身近になりつつありますが、まだまだ目新しい分野であるフェムテックを、成城大学がシンポジウムのテーマとして取り上げると聞き、オンラインで聴講しました。
フェムテックの可能性や課題について考える
今回参加したのは、成城大学グローカル研究センターが主催する全5回のシンポジウム「ポストヒューマニティ時代の身体とジェンダー/セクシュアリティ」の第2回目。
「フェムテック」について語るべきこと——サイエンス・スタディーズからの視点、というテーマで開催されました
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シンポジウムのポスター
シンポジウムの企画・コーディネートを務める成城大学の竹﨑一真さん(成城大学グローカル研究センターPD研究員)より、「フェムテックという新しいテクノロジーの現象が人間と結びつくことによって、どういった可能性や課題が見えてくるのか。さまざまな問題点を出し合いながら、どういった方向性で考えていくべきかディスカッションしていきたい」と主旨説明があり、シンポジウムがスタートしました。
登壇者プロフィール
渡部麻衣子さん
自治医科大学医学部総合教育部門講師。専門は科学技術社会論。共編著に『出生前診断とわたしたち「新型出生前診断」(NIPT)が問いかけるもの』(2014年)、共著に『人と「機械」をつなぐデザイン』(2015年)などがある。
標葉 靖子さん
実践女子大学人間社会学部准教授。博士(生命科学)。化学系民間企業での新事業開発・研究企画管理業務を経て、現在は「科学技術と社会」や科学コミュニケーションに関わる教育・研究を行っている。
隠岐さや香さん
名古屋大学大学院経済学研究科教授。専門は18世紀科学技術史。日本学術会議連携会員。著書は『科学アカデミーと「有用な科学」――フォントネルの夢からコンドルセのユートピアへ』(2011年)など。
フェムテックの核となる新しさとは?
最初に登壇した自治医科大学医学部講師の渡部麻衣子先生の発表テーマは、テック系ベンチャー「女性化のジレンマ」。渡部先生は、まず初めにフェムテックの定義と種類について、次のように説明します。
フェムテックは女性(Female)とテクノロジーを掛け合わせた造語で、2013年にドイツで月経周期管理アプリの提供を始めたアイダ・ティン氏が、自身のサービスのビジネスカテゴリを称するために作った言葉。女性の健康における課題をテクノロジーで解決するサービスやプロダクトを総じてフェムテックと呼びます。
たとえば、月経カップや吸水ショーツといった生理用品、ピルの飲み忘れを防ぐデバイスや授乳を助けてくれるデバイス、プレジャートイと呼ばれるプロダクトなど、その範囲は情報工学系だけでなく非情報工学系も含み、多岐にわたっています。
渡部先生はフェムテック産業の発展状況についても解説。2017年には世界で50社しかなかった関連するスタートアップの数が、2021年には1550社にまで広がっていると聞いて、その勢いに驚きました。
2020年の484社から2021年は約3倍に
急速に発展してきたフェムテック産業。でも、たとえば生理用品や婦人体温計など、女性の健康問題を解決するプロダクト自体は昔からあったはず。月経周期管理アプリも、10年以上前から身近にあったような……。
筆者がそんな疑問を抱いていると、今フェムテックと呼ばれているものにどのような新しさがあるのか、1.テック系、2.女性起業家、3.ビッグデータという3点を挙げて解説してくれました。
「1点目は、最初に出てきた時は明らかにテック系、アプリとして登場したということ。2点目は、女性起業家が多く活躍していること。3点目はビッグデータ、つまり、女性の身体情報を収集してそれをもとに新たな知見を提供していることです。この3点がフェムテックの核となる新しさだと考えています」
特に渡部先生が注目しているのは、テック系の女性起業家が多く活躍していることだと言います。それはなぜでしょうか。
「世界の先進国の共通課題として、STEM領域(科学技術・工学・数学分野)における女性の割合が非常に低いという問題があります。STEM領域の学部を卒業する女性がそもそも少ないためです。なぜそれが問題かというと、テック系企業が世界の情報を集めて社会に還元していく上で、女性が少ないということは集める情報にジェンダーの偏りが生じてしまうからです」
このような課題に働きかけていけるのが、フェムテックの領域であると渡部先生。フェムテックはテック系イノベーションの「女性化」を図ることができるという意義があるのではないかと話します。
フェムテックが抱えるジレンマ
続いて渡部先生は、フェムテックについての議論のための問題枠組みをいくつか提示しました。中でも興味深かったのは、フェムテックのジレンマについて。
「フェムテックが『生理の貧困』の文脈の中で語られることは、しばしば見られます。実際、女性の身体に生じる不利益を何らかの形で解決していこうという動きの中でフェムテックをとらえることもできるのですが、一方でここにはジレンマがあって。フェムテックとして販売されている商品は価格帯が高いものが多いんです。つまり、買える人と買えない人の間で、同じ身体を共有しているにもかかわらず、課題を解決できる人とできない人を分断してしまう危険性がある。これはフェムテックのジレンマと言えるのではないでしょうか」
確かに、吸水ショーツなどを見て「高いな」と思った経験は筆者にもあるため、買える人と買えない人の分断はすでに起こっているのかもしれないと感じました。さらに、「女性の身体を市場のフロンティアとして位置付けてしまうような危険性も、フェムテックははらんでいる」という渡部先生のお話を聞いて、ビジネスにうまく利用されている面もあるのかも?とちょっと複雑な気持ちになりました。
渡部先生は発表の中で、フェミニズム運動の歴史や、「#MeToo」運動で加速した近年のフェミニズムの波にも触れ、フェムテックは「女性の身体の主体化」の流れともつながっていると説明していたのも印象的でした。
最後に渡部先生は、本シンポジウムのテーマであるポストヒューマニズムにおけるフェムテックの意義について、「これまで知られていなかった多くの<女性>の身体情報を集めてきて、それを視覚化できるというところに、ポストヒューマニズムに貢献できるフェムテックの意義を見出しています。<女性>の身体の多様さを共有できるプラットフォームをフェムテックが提供することで、『<女性>の身体の主体化』を進化させていくことができるのではないかと考えています」と述べ、発表を締めくくりました。
教育におけるフェムテックの可能性と意義
続いて登壇したのは、実践女子大学人間社会学部准教授の標葉靖子先生。「フェムテックは科学技術への市民参加のきっかけになりうるか?」と題し、フェムテックというフレームが持つインパクトを、科学技術への市民参加、とりわけこれまで科学技術に低関心だった人々の参画につなげていけるのかという観点からお話されました。
標葉先生は、大学の授業の中でフェムテックを取り入れています。たとえば、産学連携型のPBL(問題解決型)授業では、フェムテック関連の企業と連携。月経カップ、企業向け不妊治療保険、スマートバイブレーターといったフェムテック商品を日本のマーケットに進出させるにはどうすれば良いかという課題を入り口に、学生たちが議論していく授業を行ったと話します。
また、学生の問題意識を出発点とするPBL授業では、学生たちが自主的に取り上げた社会課題の多くが「女性の問題」とされるものであり、出てくるアイデアにはフェムテックのフレームに当てはまるものも多かったそうです。
「科学技術への市民参加を考える上で、そもそも科学に関心がない人にはなかなかリーチできないという非常に難しい課題があります。低関心層にいかにして関心を喚起させるかというところで、これまで多くの工夫や苦労をしてきましたが、フェムテックというフレームは非常に良いフックになるという実感を得ています。学生たちは女性の健康問題に対する関心が高く、自然に興味を持って議論に参加しようとする姿が見られました」
標葉先生は、授業の中で学生から出たアイデアや意見も紹介。たとえば「月経痛を数値化して有給休暇取得をしやすくする」というアイデアや、それに対して「痛みを証明しないと休めないのは変じゃない?」「テクノロジーで解決することではなく、そもそも誰もが気軽に休暇を取れるようにするべき」といった議論が展開するなど、フェムテックを入り口として科学技術やその背景にある社会についても思考を巡らせている様子がよくわかりました。
また、標葉先生のお話で興味深かったのは、フェムテックの多様性について。TwitterとInstagramでのフェムテックの取り扱われ方の違いについて紹介し、「フェムテックが多様性を持ち始めていることが見て取れます。立場や属する集団によって、フェムテックの解釈がかなりずれている。そのずれが非常に重要」と話していたのが印象的でした。
Twitterでは月経カップや吸水ショーツについての話題が多く、「女性のための」という言い回しや価格帯の高さへの疑問や不満も見られるのが特徴。一方Instagramでは月経カップや吸水ショーツだけでなく美容コスメや健康食品にまつわる投稿が多く含まれ、フェムテックというある種のブームに便乗しているようなものも散見されるそう
さらに標葉先生は、国の成長戦略(「経済財政運営と改革の基本方針2021」「成長戦略フォローアップ」)でフェムテックが言及されていることも紹介。フェムテックがかなり積極的に推進されている現状を知り、少し意外に感じていると、標葉先生から次のようなお話がありました。
「女性特有の悩みによる経済的損失がいかに大きいかということを算出して、それを根拠に国として推し進めようという言説が見られます。今までこうした領域に予算配分がなされてこなかったという背景を考えるととても良いことである反面、経済を推し進めるためのイノベーションという面が過度に強調されていることには注意が必要かもしれません。また、先端的なテクノロジーによって月経を管理することが当たり前になり、それが新しい規範になってしまうことに対する、懐疑的な視点の投げかけは必要だと思います」
わかりやすさゆえの罠や危険性
二人の発表の後、コメンテーターとして登壇した名古屋大学経済学研究科教授の隠岐さや香先生は、「フェムテックは多様であるにもかかわらず、とてもわかりやすいものとして受け止められて広まっている。わかりやすさゆえの良い面と悪い面がある」と語ります。
隠岐先生は、良い面として、渡部先生の発表にあったフェムテックの新しさや意義、標葉先生が紹介した教育面での可能性について触れ、続いて悪い面、わかりやすさゆえの罠や危険性について、3つの論点に絞って指摘します。
1つ目は、フェムテックという名前への批判。「フェム=女性という言葉を使うことによって、トランスジェンダーを排除しているのではないか」という参加者からの指摘にも触れながら、生殖する身体を自分のものとして違和感なく受け入れているようなアイデンティティを持つ人、狭い女性像をターゲットにしているのではないか、そしてそのことが新たな規範の形成につながってしまうのではないかと問題提起します。さらに、規範の話に関連して、国の対応についても指摘します。
「私が非常に興味深く思ったのは、自民党や経済産業省といった日本の主流派が、ずいぶん早くからフェムテックに反応していること。それはなぜか。私の仮説としては、日本の社会では男女という二元論の規範を維持するものが推進される傾向があると感じています。フェムテックを推進する上で経済的損失を強調していますが、たとえば夫婦別姓が実現しないことによる経済的損失もあるわけですよね。でもその問題はなかなか進まない。フェムテックは男女二元論の規範を維持したい人たちに訴える技術なのかなと、個人的に思ってしまいました」
なるほど、標葉先生の発表の中で国の成長戦略を知った時に、筆者がまず抱いた違和感の正体もこれだったのかもしれない……と思わず頷いてしまいます。
2つ目は、資本主義の関わり。フェムテックには女性を市場のターゲットとして囲い込むという側面があるのではないかという指摘です。男性向け商品よりも女性向け商品の価格が高いと言われる「ピンク・タックス」問題にも触れ、そういった商売の構造により一層女性を巻き込むのではないかと語ります。
3つ目は、疑似科学的なものへの接近に対する懸念。ジェンダーや多様性をとらえた研究やサイエンスに、フェムテックは貢献するのか。逆に、敵対的な関係性になってしまわないかという懸念を挙げました。
以上3点を挙げた上で、「参加者の皆さんからの質問で一番多かったのは、資本主義との関わり、女性の身体の市場化の問題。その点についてコメントをいただければ」と、渡部先生と標葉先生にバトンを渡しました。
渡部先生は、「市場のフロンティアとして女性の身体が搾取されていく構造は、実際に見ることができます。でも一方で、男性の身体も同様に、市場原理の中で搾取されている。すべての身体が搾取される中、フェムテックにおける新たな搾取をどうとらえるかという問題が出てきている」とコメント。
標葉先生は、「渡部先生がおっしゃるように、すべての身体が搾取の対象、資本主義の対象とされている。そのなかで女性の場合、生殖する身体としての女性ばかりが取り上げられているようにと思います。いずれにせよそこから新しい規範がより強固に作られてしまうことに対する警戒を、利用者や開発者が強く持ち続けることが重要」と語りました。
2人のコメントを受け、隠岐先生は「すべての身体が搾取されている中で、女性固有の搾取のされ方があるのか、分析する段階に入っているのかもしれません」と話しました。
さらに、参加者からのコメントやコーディネーターの竹﨑さんも交えたディスカッションが続き、あっという間に予定の2時間が終了。最後に隠岐先生は、「フェムテックは科学技術や女性の問題だけではなく、イノベーションそのものの問題。ダイバーシティやジェンダー、トランスヒューマンやポストヒューマンの話とも関わってくるので、広い文脈とつなげて議論していくことが大事」と締めくくりました。
フェムテックに興味を持ち、もっと詳しく知りたいという好奇心で聴講しましたが、先生方のお話から想像以上にさまざまな文脈とつながっていることを実感しました。標葉先生の授業に参加した学生たちがそうだったように、フェムテックは多くの問題について考えるための入り口になりうると感じました。