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  • date:2021.7.13
  • author:藤原 朋

スポーツにおける多様性とは?成城大学の公開講座でLGBTについて考える。

性的マイノリティの総称としてよく使われるLGBTやLGBTQ+。

ここ数年は日本でもこの言葉を目にする機会が増え、法整備についても議論されています。

また最近では、トランスジェンダー選手が東京オリンピックの出場権を獲得し、スポーツの世界でもジェンダーの問題に注目が集まっています。

 

しかし日本ではまだまだ理解が進んでいないのが現状。LGBTという言葉は知っていても、自分が本当に理解できているのか自信がないという人も多いのではないでしょうか。

今回は、トランスジェンダーとスポーツをテーマとするシンポジウムが成城大学でオンライン開催されると聞き、少しでも深く知るきっかけになればと聴講を申し込みました。


ジェンダー/セクシュアリティの視点からポストヒューマニティを考える

「ポストヒューマニティ時代の身体とジェンダー/セクシュアリティ」は、成城大学グローカル研究センターが主催する全5回のシンポジウム。第1回「トランスジェンダーアスリートとスポーツにおける性別二元制」が2021年6月16日に開催されました。

poster

シンポジウムポスター

 

登壇者はトランスジェンダーでありフェンシング元女子日本代表でもある杉山文野さんと、スポーツとジェンダー/セクシュアリティの関係性について研究する立命館大学産業社会学部教授の岡田桂さん。司会は成城大学グローカル研究センターの竹﨑一真さんです。

登壇者プロフィール

profile1

杉山 文野さん

株式会社ニューキャンバス代表・元フェンシング日本代表選手。社会的活動/LGBT プライドパレード主催団体NPO法人東京レインボープライド共同代表理事。日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ条例制定に関わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務める。

 

profile2

岡田 桂さん

立命館大学産業社会学部教授。専門領域:スポーツ社会学。研究テーマは主にスポーツとジェンダー/セクシュアリティの関係性、スポーツ/フィジカル・カルチャーと身体の理想像、二十世紀初頭の英米における柔術ブームなど。

 


 

初めに、全5回のシンポジウムの企画・コーディネートを務める竹﨑さんから、「テクノロジーの進展によって私たち人間の在り方が大きく変わりつつある。人類のターニングポイントとも言えるポストヒューマニティの時代について、とりわけ身体とジェンダー/セクシュアリティの視点にこだわって議論していきたい」と主旨説明があり、シンポジウムがスタートしました。

トランスジェンダーの当事者として

まず登壇したのは杉山文野さん。「スポーツ界の多様性を考える ~LGBTの視点から~」と題し、トランスジェンダーである自身の経験を中心にお話されました。

 

「フェンシングの元『女子』日本代表です。そんな髭面で何を言っているんだと言われますけど」とまず自己紹介をした杉山さんは、自身の経歴を写真と共に振り返ります。

 

スカートを履くのが嫌でたまらなかった幼少期。思春期には体が女性として成長していく一方で、内面では男性としての自我がより鮮明になり、「女体の着ぐるみを身に付けているような感覚。体と心が引き裂かれるという言葉では言い尽くせない」と当時の気持ちを表現します。軽快な口調で明るく話す杉山さんですが、こんなふうに笑顔で話せるようになるまでには、ここでは語り切れない苦労があるのでしょう。

 

自己紹介に続いて、多様な性の存在について解説。「性はいくつかの要素が組み合わさってできている」と説明します。

カラダの性(法律上の性)、ココロの性(性自認)、スキになる性(性的志向)、そして表現する性(言葉遣い・服装・仕草など)がある

カラダの性(法律上の性)、ココロの性(性自認)、スキになる性(性的志向)、そして表現する性(言葉遣い・服装・仕草など)がある

 

LGBTと聞くと頭の中で混同してしまいそうになることもありますが、こうして図表化すると、複数の要素があり、さらにグラデーションになっていることがよくわかります。

 

「性には無限の組み合わせがあり、この表で考えること自体にも限界がある。これだけ多様に考えられる性の在り方を男女という2つの箱に押し込めて考えるのは、ちょっと窮屈じゃないかと思います」

 

近年、LGBTに代わって使われることも増えた「SOGI(ソジ)=Sexual Orientation and Gender Identity(性的指向と性自認)」についても次のように説明します。

 

「LGBTという言葉だと、どうしてもマイノリティの人たちに限定されてしまいますが、誰を好きになるのか、自分の性をどう認識するか、これはみんなに関わる課題ですよね。そこで、マイノリティ/マジョリティに関係なく、性的志向と性自認を表すSOGIが使われるようになってきています」

スポーツ界におけるLBGTの現状と課題

杉山さんは自身とスポーツの関わりについて次のように語ります。

 

「小さい頃から体を動かすことが好きでしたが、水泳は水着がどうしても嫌で、バレエは衣装やお化粧が嫌で辞めてしまった。そんな中で出会ったのがフェンシングでした。フェンシングは男女でユニフォームの差がない。それが続けられた唯一の理由でした」

 

衣装の問題に限らず、少しでも体力がない男子がいれば「お前はオカマか」と嘲笑するようなシーンが日常茶飯事だったり、合宿ではお風呂やトイレに気を使ったりと、LGBTの当事者はスポーツの世界で居場所を作りづらく、早い段階で排除されてしまっているのが現状だと杉山さんは話します。さまざまな理由から、幼少期や学生時代にスポーツ自体を諦めてしまう人も多いのでしょう。

 

杉山さんは10歳でフェンシングを始め、大学院時代には日本代表として世界選手権に出場。しかし、男性中心主義的なスポーツ界では常に居心地の悪さがあり、結局はフェンシングも辞めてしまいます。

 

「自分の身近な先輩にも、フェンシングが好きだったのに続けられなかったゲイの選手がいました。同じようなことが世界中で、特に日本のスポーツ界では数えきれないほど繰り返されているんじゃないかと思います」

 

LGBTにまつわるスポーツ界の課題や現状について紹介し、課題解決のための最近の取り組みについてもいくつか事例紹介(セクシュアリティに関係なく参加できるスポーツ大会・ゲイゲームス、東京プライドハウスの設立等)をした杉山さん。今年行われる東京オリンピックのビジョンである「多様性と調和」に触れ、発表を締めくくりました。

 

「本当に『多様性と調和』を実現させるのか、言葉だけに終わってしまうのか。世界中から注目が集まっています。誰もがスポーツを楽しめる社会を作っていくために、皆さんと意見交換をしていきたいです」

杉山さんが紹介した「プライドハウス東京」はセクシュアル・マイノリティや多様性に関する情報発信を行う施設。アスリートやその家族や友人、観戦者や地元の参加者が、自分らしく、多様性をテーマとした大会を楽しめるように活動するとともに、次世代の若者が安心して集える常設の居場所づくりに取り組んでいる

杉山さんが紹介した「プライドハウス東京」はセクシュアル・マイノリティや多様性に関する情報発信を行う施設。アスリートやその家族や友人、観戦者や地元の参加者が、自分らしく、多様性をテーマとした大会を楽しめるように活動するとともに、次世代の若者が安心して集える常設の居場所づくりに取り組んでいる

スポーツと性的多様性を考える上で大切なこと

続いて登壇した立命館大学教授の岡田さんは、まずオリンピックにおけるトランスジェンダーアスリートの歴史を振り返り、特にトランスジェンダー女性がバッシングされ、スケープゴート化している現状を指摘します。

 

「一番の問題はスポーツ自体のジェンダー格差。近代スポーツの発祥がイギリスのエリート男子校だったこともあり、スポーツという土俵がそもそも男性優位に作られている。だからこそ起きる問題であって、当事者であるトランス女性を矢面に立たせるのは筋違い。スポーツ自体のジェンダー格差や社会全体の男女平等にこそ目を向けるべきです」

 

スポーツと性的多様性を考える上で、岡田さんは2つの可能性を提示します。

 

「一つは、近代スポーツの解体。今のスポーツはあまりに男性優位で性別二元制をもとに作られているので、現在のような問題が起こっている。そのため近代スポーツの仕組み自体を緩めるか解体するという方向性があります。たとえばオリンピックにeスポーツや武道の型といった男女差の少ない種目を取り入れようとしているのは、この試みの一つと言えます。もう一つは、今あるスポーツの範囲内で最大限の平等を目指すという方向性。近代スポーツ自体をなくしてしまうのはやはり難しいため、後者が一つの現実的な解になると考えています」

これまで100年ほどの間でスポーツ界も模索を続けてきたが、まだまだ課題も多い

これまで100年ほどの間でスポーツ界も模索を続けてきたが、まだまだ課題も多い

 

いずれにせよ、欧米と日本では現状に大きな開きがあると岡田さんは続けます。

 

「日本では性的マイノリティへの法整備もいまだにされておらず、そもそも男女格差が先進国の中でも非常に大きい。ジェンダー平等の度合いが高い社会ほど、性的多様性や他のマイノリティに対する受容度が高いと言われています。性的マイノリティを受け入れていくスポーツ文化を作るためには、まずはジェンダー平等から進めていかなければなりません」

 

「ジェンダー平等なくしてはトランスジェンダー平等も成り立たない」と、何度も繰り返し強調した岡田さん。日本はまだまだその段階か……と現状を感じつつも、根本的な課題を再認識することができました。

誰もが自分ごととして向き合うために

シンポジウムの最後には、杉山さんと岡田さん、司会の竹﨑さんの3人でディスカッションが行われました。

左から竹﨑さん、杉山さん、岡田さん

左から竹﨑さん、杉山さん、岡田さん

 

竹﨑さんから岡田さんへ、「スポーツを緩める・解体する方向と、身体のデータを取ることによって際限なく平等化していく方向があると思うのですが、ポストヒューマニティの時代においてどちらの可能性があるのでしょうか」と水を向けると、「正直わからない」と岡田さん。

 

「スポーツからジェンダー格差や男性中心主義的な考え方を取り除いて、その後に残るスポーツの魅力とは何なのか。果たしてそれがあるのか。近代社会そのものがジェンダー化されている中で、それを取り除いてスポーツを残すことができるのかというと、あまり想像できないです」(岡田さん)

 

「たとえば『速く、高く、強く』というオリンピックの標語がありますが、そういう男性中心主義的なスポーツを女性たちも楽しんでいるからこそ普及してきた側面もある。それを解体するのはなかなか難しいですね」(竹﨑さん)

 

ここで杉山さんは、「男女の枠が悪い、男らしさ女らしさが悪いということではなく、スポーツは社会的な影響力が強いのが問題」と指摘します。

 

「たとえばスポーツで良い成績を収めると進学や就職で有利になるなど、スポーツが社会と密接に関わっていることによって、問題が複雑化しているように思います。だからこそ、スポーツの世界からある属性の人が排除されてしまうことは非常に問題。スポーツから排除されてしまうことで、社会からも排除されてしまうんです」(杉山さん)

 

岡田さんが「具体的にどんなサポートが必要なのでしょうか」と問いかけると、「一番の問題はどこにも悪気がないこと」と杉山さん。

 

「知らないがゆえに差別や偏見が生まれている。結局知ることからしか始められないんです。特に指導者の方たちが正しい知識を身に付けること。まずは議論できるだけの最低限の知識を得る必要があります」(杉山さん)

 

「当事者だけではなく、シスジェンダーも含めていろんな人が語れるような環境ができていくと良いと思います。当事者性に価値を置くと、話せる人が限られてしまいますね」(岡田さん)

 

「多様性の議論をする時に、当事者と非当事者、健常者と障害者といった二元論で考えても、どちらかの側面だけにいる人っていないと思うんです。みんなに二面性がある。誰だっていつかは高齢者になるし、事故にあって明日から車イス生活になるかもしれない。自分がLGBTの当事者でなくても、生まれてくる子どもがそうかもしれない。『みんなが多様な人』だと捉えて、自分ごと化して向き合っていくことが、どんな課題においても大事だと感じています」(杉山さん)

 

多様性というとマイノリティの存在ばかりを意識していましたが、「みんなが多様な人」という杉山さんの言葉から、当たり前のことに改めて気付かされました。自分ごととして捉えることで、あらゆる社会的課題の見え方が変わってくると感じました。

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