寺社や庭園、美術工芸品といった日本文化、日本人に宿る美的概念や抽象的概念とされる「侘び寂び」。感覚としてはわかるけれど、説明するとなるとなかなか難しい言葉といえます。今回はそんな「侘び寂び」の「侘び」をクローズアップ。茶道で用いられる抹茶茶碗の侘びについての公開講座が東洋学園大学で行われると聞き、オンラインで聴講しました。器として表現された侘びとは…?
伝来した器は薬だった抹茶を飲むために珍重
今回聴講した公開講座は「抹茶茶碗のうんちく:歴史性・科学性」。講師は、東洋英和女学院大学人間科学部教授で、裏千家淡交会巡回講師・裏千家学園茶道専門学校理事でもある岡本浩一先生です。
岡本先生の専門は社会心理学。自身の研究と茶道の心得に相通じる要素があることから、裏千家に入門され、茶人の道も究めていらっしゃいます。
当日は対面で70名以上、配信で300名以上が受講。時折、京都弁を交え、対面の聴講者の笑いを誘っていました
まず岡本先生は下のように茶碗を分類し、それぞれ説明しました。
- 唐物茶碗(天目茶碗、油滴天目、祥瑞茶碗など)
- 高麗茶碗(井戸茶碗、堅手茶碗、三島茶碗など)
- 国焼茶碗 (楽茶碗、萩茶碗、唐津茶碗、京焼など)
「鎌倉時代に宋から茶道が伝来して以降、茶道具も日本に渡ってきました。唐物茶碗とは、唐から伝来した茶碗です。その頃、抹茶は神秘的な薬とされ、口にできるのは帝や貴族など上流階級と時の権力者だけ。室町時代には贅を極めた唐物茶碗が足利将軍家に献上されていました」
そういって岡本先生は、唐物茶碗の一種「天目茶碗」の画像を見せてくれました。
以下、講座のスライドから
茶碗表面は光沢があり、高級感が画像からも伝わってきます。しかも、茶碗が不安定なことから専用の台に乗せられていて、恭しく提供されたとか。まさに偉い人が使う物という感じですね。では、この天目茶碗は、どこが侘びているのかなと思っていると、「天目茶碗をはじめとする伝来した唐物茶碗は『侘び』が表現された茶碗ではない」と、岡本先生は言うのです。では、侘びの定義とは…?
「侘びがある抹茶茶碗を茶道では『侘び茶碗』と言います。この侘び茶碗は作ろうとしてできるものではありません。ご覧いただいた天目茶碗をはじめ唐物茶碗は美術工芸品のようで、作家が作意を持って創作した作品です。しかし、侘び茶碗には作り手に作意がないんです」。作意がない茶碗? いったいどのようなものなのか…。それは、この後に続く岡本先生の説明で明らかになりました。
数億円の価値!? 太閤秀吉も虜にした高麗茶碗の「侘び」
次に岡本先生は、李朝時代(1392年〜1876年)に作られ、朝鮮から日本に伝来した高麗茶碗を代表する「井戸茶碗」の画像をモニターに映しました。
一見すると普通の茶碗。しかし、その価値は天井知らず…
見たところ、形はドシッとして、やや歪みがあり、表面はデコボコ。先ほどの「天目茶碗」とは大違い。上品さや贅沢さに欠ける印象ですよ。ところが、「この井戸茶碗を茶席で使うと、全員がシーンと静まりかえります。国宝になっている井戸茶碗もありますよ。今日では現存数が少なく、2億円近い値が付いたこともあります」と岡本先生。えっ! 失礼ながらこの無骨な茶碗にそんな価値があるなんて、びっくりです。
「この井戸茶碗をはじめ、高麗茶碗こそが侘び茶碗なんです」と岡本先生。この無骨な感じが「侘び」なんですか! なかなか理解が難しいのですが、先ほど岡本先生がおっしゃった「作意がない」、つまり無作意が侘びのポイントになるようなのです。
この無作意による「侘び」が生まれた理由はいくつかあり、製造方法や原材料、さらに抽象的概念や美的感覚にまで話が発展するため、岡本先生は「侘び」の大きな要素を挙げられました。
まず、井戸茶碗の侘びとは、陶磁器の表面のガラス層である釉薬が不完全であること。釉薬とは鉱物や草木などから作る液体・粉末で、焼く前の陶磁器をかけて本焼きをすると釉薬が熔けて、陶磁器の表面がガラス質になります。井戸茶碗は科学的に考察すると焼く際の焼成温度が低かったとされ、ガラス質や発色にムラがあります。しかし、朝鮮から日本に伝来した際、「不完全がかえって『おもしろい』『趣深い』と捉えられ、侘びを感じる茶碗として位置づけられました」と岡本先生は言います。
釉薬だけではありません。井戸茶碗の「侘び」となるのが、茶碗の下に入ったロクロ目という筋です。上記の井戸茶碗の画像をご覧いただくと、茶碗の下に筋が入っていることがわかります。これはロクロを回しながら茶碗を作る際に入る作り手の指跡。先に見た“侘びていない”「天目茶碗」にはこういった筋は入っていませんでした。
「井戸茶碗は抹茶を飲むための茶碗ではなく、ごはんを食べるための飯椀として作られたとされています。1点1点時間をかけて創作する作品ではなく、数多く製造する実用品です。しかも、作った人は作家ではありません。この使うために気軽に作って焼いた“無作意の美”、作家ではないけれど、技術に優れた“名も無き名工の茶碗”ということが、『侘びている』と日本人の心をわしづかみにしたのです」。なるほど、名も無き名工による無作意の美。少しずつ、侘びの部分が解明されてきました。
さらに岡本先生は、高麗茶碗の一種「堅手(かたて)茶碗」の画像も見せてくれました。先ほど説明にあった釉薬のムラだけでなく、茶碗にはひび割れが入り、使うことができないように見えます。しかし、「このびび割れは雨漏りといって『侘びている』と、茶席でもてはやされます」と岡本先生。びび割れが侘びているとは。またまた理解が難しくなってきました…。
すると、岡本先生は「井戸茶碗や堅手茶碗は、すっと手になじんで温かみが伝わり、抹茶を飲む際の口あたりがやわらかです」と、使い手として侘び茶碗の魅力を教えてくれました。毎日食べるご飯のお茶碗として愛用されてきたので、人の手のぬくもり、ごはんがおいしいといった思いが詰まっているのかも。この使うことで感じる“用の美”も、井戸茶碗をはじめ高麗茶碗が「侘びている」とされる所以だと岡本先生は言います。そう聞いて、改めて井戸茶碗、堅手茶碗の画像を見ると、素朴さや誰かが愛用してきた温かみがなんとなくわかり、作品として愛でるというよりは「使ってみたいな」という気持ちがしてきました。みなさんはいかがでしょうか。
無作意の美、用の美など「侘び」を作意した千利休
岡本先生のお話は、3つめの分類「国焼茶碗」に移りました。「国焼茶碗」は日本で作られた茶碗のこと。千利休が確立した茶道(茶の湯)が流行・定着したことで、茶碗が不足したため、千利休は茶の湯専用の茶碗を独自に作ることを構想。長次郎という屋根瓦職人に指導しながら理想の茶碗を作り上げていきます。その一つが楽茶碗です。
長次郎は佗び茶碗を代表する楽茶碗を作る楽家の開祖に。楽家は現在も続き、十六代目の楽 吉左衛門さんが当主を務めています
では、なぜ千利休は長次郎を抜擢したのでしょうか。その理由を岡本先生は、「屋根瓦に使う土は熱伝導率が低く、その土で茶碗を焼けば熱い抹茶を手に持つことできると千利休が見越していたからです」と説明しました。千利休が科学的な目も持っていたとは…! 筆者は初めて知りました。
熱伝導が低い、つまり器が熱くなりすぎないので手に持ちやすいだけでなく、千利休と長次郎の工夫として挙げられるのが、手取りの軽さです。手取りとは、抹茶が飲みやすいウエイトバランスのことだとか。井戸茶碗はもともと飯椀なので、抹茶を飲む際に持ち上げにくい、傾けにくいなど、茶道でいう“手取りが重い”という難点がありました。二人は、楽茶碗を作るにあたり、茶碗内側の下部にくぼみを付け、飲み口はやや薄め、内向きにしたそうです。
岡本先生手書きによる楽茶碗を横から見た断面図。茶碗下部のくぼみがわかります
「抹茶を点てるには、茶筅が茶碗の隅々まで行き渡ることが必要です。ただ、井戸茶碗などは底の角に茶筅が入らず、抹茶が溶け残ってしまうことがある。しかし、楽茶碗は下部のくぼみに茶筅が入って隅々まで点てることができます。また、飲み口が薄いのでフィットしやすい。ふちが内向きになっているのは、茶席で回し飲みする際、抹茶が外側にたれることを防ぐためです」
千利休と長次郎はこんな細かい部分まで計算し尽くしたんですね。内向きの飲み口も、美しい所作振る舞いが求められる茶席でお点前をいただいた際、茶碗から抹茶がたれてしまっては、恥ずかしい…。亭主(茶席を設ける人)を務める千利休だからこそ施すことができた、客人への気配りを示す工夫だったのでしょう。
「楽茶碗は、井戸茶碗をはじめ高麗茶碗と違って無作意の茶碗ではありません。だからといって、『侘びていない』のではありません。無作意の侘びを作意によって構築することに成功した茶碗です」と説明する岡本先生の言葉を聞いて、楽茶碗の画像を見ると、独特の趣と空気感を感じます。これは千利休の作意にはまっているだけ? いや、少しは侘びを感じられるようになってきたのかも。
もちろん、こうして作意を持って無作意の美を表現した楽茶碗は“侘びている”と、当時の人びとを魅了。その後、「国焼茶碗」は各地で萩茶碗、唐津茶碗、京焼と作られるようになり、どれも現在の茶席、茶会で「侘び茶碗」として用いられています。
独自の釉薬によって短期間で使い込んだ風情に佇まいが変化して“侘びる”ことから人気の萩茶碗
無作意の美と作意の美を見極め、「侘び」を深く理解するには、美術工芸品などに関する知識はもちろん、茶道の心得も知り、数多くの侘び茶碗を見て、使って経験することが必要。また、心理学者でもある岡本先生はご自身の著書や研究において、「侘び」「寂び」には、人の心に静寂や癒やしをもたらす機能があると考察されているそうです。
岡本先生のような境地にいたるのは不可能ですが、機会があれば茶会に足を運んで、今回学んだことを手がかりに「侘び」を体感し、癒やしにもつながれば……と思う聴講になりました。