この秋、龍谷ミュージアムで、「かわいい!」「やばくない?」と思わず口にしてしまう作品ばかりが勢ぞろいしている楽しい美術展が開催されている。タイトルは「日本の素朴絵」。副題が「ゆるい、かわいい、たのしい美術」なのだが、まさにそのまま、看板に偽りなしだ。
ゆるく味わい深い「素朴絵」
展示室を歩くと、観るもの観るものが、ゆるキャラの元ネタのよう。子どもの描いた絵のようだったり、本気なのか?と作者に問いかけたくなったり、そのくせ、色遣いやデザインセンスは抜群だったり、とにかく突っ込みどころが満載の作品ばかりだ。
雲水托鉢図(南天棒筆)。なんともいえないこの表情…。描いたのは明治から大正時代にかけて活動した臨済宗の僧侶
ツッコミたくなる気持ち、わかります
素朴絵というのは、浮世絵や仏画といった絵画のジャンル名ではなく、ゆるく味わいのある表現で描かれた絵画のことで、今回の展覧会でも監修を務める跡見学園女子大学教授の矢島新氏が名付けた。
「素朴絵画家」といった人が存在するのではなく、素朴絵かどうかを決めるのは観る人だというところがポイントである。基準もゆるいので、突っ込み放題。作品を観つつ、「これ、素朴絵じゃなくない?」と反応している人もいるそうだが、これ、かなり正しい観方なのである。
実は最近、このような本流でないというかB的というのか、王道からズレたところを楽しむ美術展がいくつか開催され、サブカル女子などを中心にかなりブームになっているそう。そんな中で、今回の美術展の特色とは何か。龍谷ミュージアム学芸員・松村加奈子さんは、「一番古いもので埴輪などから大正時代まで、日本美術史の中の素朴絵を通史的に味わえるところです。長い歴史の中で、どんなふうに根付いてきたのかを感じてもらえればと思います」と話す。
垂れ幕は「soboQuiz」。さらに楽しめる仕掛けになっている
庶民も将軍も絵描きもみーんなゆるい
100を超えるゆるかわキッチュな展示作品は、どれも、素通りすることをなかなか許してくれない。たとえば、室町時代の絵巻物「つきしま絵巻」。清盛が大輪田泊の大改修をした時のことを描いた絵物語で、激しい潮流や風を鎮めるために人柱を立てるという悲惨な話なのだが、この絵を一目見てその重たさ暗さを想像する人はまずいないだろう。
つきしま絵巻の一部。右上に平清盛の姿がある
人物がかわいすぎ、着物の柄がおしゃれすぎ、建物のパースは崩れすぎ、なのに字がうますぎる。とにかく、平静ではいられない。村松さんによれば、この絵巻物を発見したのは、民芸運動の父と言われる柳宗悦だという。「幼稚な絵だが、まがいもなく美しい」とその魅力を表現したそうだ。
同じくつきしま絵巻。俯瞰してみれば、色使いも美しく整っていることがわかる
素朴絵には名もなき人の作品がいっぱい含まれている。庶民が手の届かない「上手い」作品の代替として季節行事などに用いられたケースもあるという。当時の庶民がどんな絵を描き親しんでいたのかを知ることができるのは興味深い。
また同時に、時の権力者など有名な人が描いた、驚くほどのゆるい絵にも会える。あまりにも振り切ったレベルだと、思わず人柄に親しみを覚えてしまう。さらに、著名な画家が描いた、何ともいえない抜け感のある絵もある。いや、うまいのは確かにうまいが、なんでこれ、その画風にしようと思いました? と聞いてみたくなるような、通常の画風との不思議な落差が存在している。
伏見人形図(伊藤若冲筆)。え!これが若冲!?
不思議なのは、昔から、ゆるいものが好きな人がいたのかということ。前述の雲水托鉢図や伊藤若冲の伏見人形図は、同じようなモチーフがたくさん残っており、人気だったと思われるのだそうだ。
「庶民文化が円熟していく中、お金持ちや特権階級の人たちが、ちょっといいね、と認めたのではないでしょうか。矢島先生は、江戸時代の半ばぐらいがひとつのターニングポイントだとおっしゃっています。この時代には心の余裕が生まれ、素朴を愛でるスタンスができてきたと言えるのかもしれません」
キュレーターぞっこんの狛犬さん
展示は「絵本と絵巻」「庶民の素朴絵」「素朴な異界」「知識人の素朴絵」「立体に見る素朴」と5つに分かれているのだが、中でも、本当にレアなものが目白押しなのが「異界」と「立体」だ。異界の展示作品は、江戸時代のUFO目撃譚を克明に記録した「漂流記集」や、小学生の絵日記から抜け出たような「大坂城堀の奇獣」、かわいくてこわすぎる「クタヘ」など、一言で言って、ぶっ飛んでいた。
1803年に常陸国(茨城県)で起きた漂流船に関する記事。“江戸時代のUFO事件”として知られる。船の中にいた女性の詳細も記載され、うそかまことか、世間を騒がせた
江戸時代に描かれた「クタヘ」は「件(くだん)」とも呼ばれる「予言獣」。素朴なようで、うっすらとしたこわさも…
さらに、石造や焼き物の小さな狛犬たちは、あまりにもキュート。神社に奉納されていたものや、愛知県陶磁美術館の館蔵品の一部で、出品交渉に行った矢島教授と村松さんが一目ぼれしたという。
和歌山の河根丹生神社に奉納されていた獅子と狛犬(室町時代)。おもしろかわいい顔立ちに、自然と笑顔になる
こちらは陶製の狛犬(江戸時代)。村松さんおすすめは真正面の表情
「私の専門は仏画で、いわゆるA級クラスの作品をよく見ているわけですが、それを家に飾ろうとは思わない。でも、今回展示したものは全部、自分のものにしたいという感覚があります」という村松さん。
完璧なものは人を寄せ付けないところがあるが、ゆるさはやはり、愛おしさをもたらすのだ。村松さんは、この狛犬に密かに名前をつけて可愛がっている。確かに、欲しい、と思う作品がいくつもあった。
時間の過ぎるのも忘れて、見入ってしまった。いわゆる、はまったと思う。ぐっと近づいて、こんなものが描かれている、あんな変な形がある、なんていちいち見つけたいという衝動を抑えることができなかった。かなり幸せな気分なのだが、それは癒しとか、ほっこりとかいうのと、またちょっと違う。一つひとつの作品のあり方そのものが主張してきて、それに突っ込んだりできるライブ感、のようなものか。観終わってから立ち寄ったミュージアムショップで、グッズも久しぶりに買ってしまった。
手ぬぐいやシール、ノートなどのオリジナルグッズも
すごい展覧会です。最近、ときめきないなあ、という方、ぜひ行ってください。10月20日までの前期と10月22日~11月17日の後期では、作品の入れ替えもあるそうなので、一度行かれた方もぜひ。後期には、尾形光琳の「竹虎図」が展示されるのにちなんで、10月26日には、この絵をモデルにした京都国立博物館のゆるキャラ、トラりんがお迎えしてくれます(時間はHPで要確認)。