京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」
【第10回】なぜ、人は協力をするの!?
教えてくれた先生
専門はゲーム理論、ミクロ経済学。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。ハーバード大学客員研究員、ペンシルバニア大学客員研究員、神戸大学助教授などを経て現職。2014年に「動学ゲーム理論とその経済学への応用」で日本学術振興会賞を受賞。
キーワードは「長いお付き合い」
- ♠ほとぜろ
「なぜ、協力するのか」と、こちらから聞いておいてなんですが、協力するのに理由があっていいのかという気もします。
- ♠関口先生
世の中にはいろいろな協力があります。「人は助け合うものだ」というような思いで、自発的に行う損得を越えた協力はもちろんあるのですが、今回、それは置いておきましょう。
- ♠ほとぜろ
では、損得のある協力について考えるということですね。
- ♠関口先生
そうです。経済学では損得勘定に基づく人間の意思決定を重視しているので、損得勘定がない行動は分析対象にしづらいのです。しかし、逆に言えば、損得勘定さえあれば、経済活動でなくても構わない。人間として行う様々な場面の意思決定を、ゲーム理論という数学的な道具を使うことで、解き明かすことができます。
- ♠ほとぜろ
ゲーム理論ってどういうものなのでしょうか?
- ♠関口先生
将棋や囲碁などのゲームでは、相手の動きを読んで自分がどう動くかを決めますよね。このように、自分が何をすればよいのかが、他の人がどのように行動するかによって決まる戦略的状況下で、それを行う主体の意思や行動を科学的に分析・解明する方法論です。いまや経済学の中心的な理論の一つですが、経済学だけでなく多岐にわたる学問分野にも応用されています。
仕事のパートナーを助けたり、近所の手伝いをしたり、人はさまざまな場面で協力しています。企業レベルでの良くない協力としては、価格カルテルや談合というのもあります。それをすると集団に所属している他の人は助かるが自分にとっては面倒くさい、というような協力を、人はなぜするのでしょうか。身近なところで、職場の掃除をなぜすると思いますか?
- ♠ほとぜろ
職場の掃除なら、自分にとっても少しはメリットがありますよね。
- ♠関口先生
そうそう、自分にも多少見返りはあるし、協力するのは集団にとっていいことではあるんだけど、面倒くさいのでできればやらないですませたい…。
- ♠ほとぜろ
…という誘惑に負けてしまいそうです。
- ♠関口先生
なぜ、誘惑に打ち勝って協力するか、その一つの要因は、集団の関係が一度限りのものではなく、明日以降も続く長い付き合いである、というところにあります。怠けたい誘惑に従ってしまうと、明日以降気まずくなってみんなも協力してくれなくなるかもしれない。それは嫌なので、協力するんですね。
- ♠ほとぜろ
協力するのは、協力してもらえなくなるかもしれないから、ということですね。しかし、そういう結果が、理論で出てくるのですか? 一般人の常識的な判断のようにも思えるのですが。
- ♠関口先生
ゲーム理論では、問題を数学の問題のようにつくって、それを解いていくという作業をします。今言った「将来気まずくなるかもしれない」というような要素を問題に入れて数学的に解いていくと、「将来のことを考慮に入れるならば、今日面倒くさくても協力しておいて、明日、自分が協力してほしい時に協力してもらうようにするということが、損得勘定で考えると得になる」ということを示せます。(この詳細は先生が講義動画で解説しています!⇒こちら)
- ♠ほとぜろ
驚きです。ゲーム理論がすごいのか、数学がすごいのかわかりませんけど、すごいですね。
- ♠関口先生
これは、私が研究者になる前から知られている理屈です。
ほとぜろ編集部の質問に理路整然と答える関口先生
助け合い上手は、お仕置き上手
- ♠関口先生
では、もう少し話を進めてみましょう。もし協力したことが、相手に伝わらない場合はどうなるでしょう。掃除が下手で、やったと認めてもらえないとか、相手が忙しくて気づかれなかったとかもあり得ますよね。自分の協力が相手に伝わる前提だと、手伝おうという気にさせることができるでしょうが、その前提が崩れたらどうなるでしょうか。
- ♠ほとぜろ
手伝おうという気にならないかもしれないですね。
- ♠関口先生
そうですよね。しかし、このように意図した結果にならない場合でも、協力する気にさせることができます。その一つの方法は、結果主義に徹することです。
掃除してもらう側から見てみましょう。もし掃除の効果が見えなかったとしても、相手にとっては掃除をしておいた方が得なのだから、ちゃんと掃除をしてくれたのだろうと考える。つまり、自分が見間違えただけだと考えるのが妥当なんです。でもあえて結果だけを見て文句をいい、相手を気まずくさせるくらいの態度を見せた方が、協力自体はさせやすくなります。これをやると、実際には悪いことをしていない相手を気まずくさせるので、チームにはいつか摩擦が生じるかもしれません。しかし、そのような厳しい態度を用意しておくことで、そもそも、最初の掃除をするかしないかのところで協力する気にさせることができる。協力関係をつくる上で損か得かといえば、得になるわけです。
本当の意図には関わりなく、相手がさぼった時に出てきそうな結果に対して厳しく臨むことが、助け合いのカギになります。ここで「気まずくする」といっている局面を、ゲーム理論では「お仕置き」と呼びます。このお仕置きを適量用意できるかどうかが、助け合いのポイント、つまり「助け合い上手は、お仕置き上手」というわけです。
長い付き合いでは、関係を密にするということもポイントです。関係を密にする一つのやり方は、頻繁な付き合いにするということですね。一週間に一度会うような関係よりも、毎日会う関係の方が、協力をしないと気まずさがすぐにやってくるので、損得勘定にはっきりと効いてくるわけです。
もう一つは、付き合いの範囲を広げること。同じ人と、仕事を一緒にするだけでなく、昼ご飯を一緒に食べて接触の場を多くするわけです。あと同じ社宅に住んでたりすると、いやでも接触が増えますね。そうすると、仕事のことだけでなく他のことでも気まずくなるかもしれません。先ほどから言っているように損得勘定なので、後々、損の方が大きくなるのであれば、今日はとりあえず助け合うはずですから。
- ♠ほとぜろ
協力させるように持っていくには、それなりの戦略がある、ということなんですね。
- ♠関口先生
頑張ればもっとパフォーマンスが上がるのにみんなが面倒くさいと思っているようなチームを、もっとよくするためのヒントのようなものでしょうか。
協力を科学すると何が大切かが見えてくる
- ♠ほとぜろ
私たちは長い付き合いをしていることが多いわけですが、そのような関係にゲーム理論の考え方を生かせたりするのでしょうか。
- ♠関口先生
ゲーム理論のモデルを現実にそのまま当てはめることはできませんが、ある程度は活用できるでしょう。
一つは、先読みをすることが大事です。相手は相手自身のために動くということを考えに入れながら、自分は何をしたらよいのか、後になって見当違いだったと後悔しないようにしたい。そのためには、相手が何を考えているのか理解することが必要……、というのが二つめ。さらに、三つめとして、自分がどんな人間であるかを相手に理解してもらうことも重要だと思います。助け合うためには、自分はこういうことをされるとうれしいというようなことを伝えるメリットはあります。
- ♠ほとぜろ
いろいろやっても、協力しない人もいそうですね。
- ♠関口先生
もちろんいるでしょうね。しかし、そういう人がいるから、人は協力するともいえます。
協力する人かどうか、相手から見たらわからないわけでしょう。損得勘定でいうと、協力する人だと思われたほうが得なので、協力しない人だと思われたらおしまいです。協力する人と、協力しない人がいるという世の中の構図をふまえ、自分がどっちの人だと思われたいかということに関してセルフプロデュースするつもりで協力するというのもあると思います。
私は研究で、協力という言葉のイメージからは最も遠い、利己的で誘惑に負けそうな人ですら協力する、という可能性を論理的に示そうとしています。人が無条件に助け合う姿が尊いのは間違いないのですが、一方、もともと善人でなくても協力できる条件というのもあるはずです。それを見つけ出して仕組みを考えることが、社会を前に進めることにつながるのではないかと思っています。
今回の ま と め
人が協力するのは、協力しない、ということもできるから!
※先生のお話を聞いて、ほとぜろ編集部がまとめた見解です
おすすめの一冊
『ゲーム理論はアート 社会のしくみを思いつくための繊細な哲学』
(松島斉著 日本評論社発行 2018年)
この本のテーマは、ゲーム理論で社会を読み解くこと。経済学的な損得勘定が社会のいろいろな場面に現れることや、ゲーム理論の考え方があちこちで役立つことに驚くかもしれません。今回紹介した繰り返しゲームの解説もありますが、ここで伝え切れなかった理屈も学べます。
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