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  • date:2020.12.8
  • author:南 ゆかり

京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」

【第15回】なぜ、人は感情にとらわれるの!?

☆☆DSC07186

教えてくれた先生

野村 理朗

京都大学大学院教育学研究科 准教授

脳や遺伝子からこころの複合的なシステムを探り、自己、他者認識、自己と他者をつなぐ共感、創造性と身体技法、ICT技術とのかかわりなどを研究テーマとし、対人葛藤の予防解決、新しい価値や世界観、意味の創造を通じて社会に貢献することをめざす。著書に『なぜアヒル口に惹かれるのか?』(角川新書、2010)『脳の報酬系』(丸善出版、2019)『「無心」の心理学』(身心変容技法研究、2019)など。

人間だけが持つ感情とは

♠ほとぜろ

感情というものはいろいろとやっかいで、これがなければ、もっと仕事が進むのに、と思うこともあります。そもそも、人間の感情とはどこからくるのでしょうか。

♠野村先生

感情は、脳内の扁桃体というところから生まれると言われています。扁桃体は外の環境から信号を受け取って、それが自分にとって危険か安全か、何かいいことがあるのかそうではないのか意味づけをし、危険なら不快、安全なら快というような感情を引き起こします。また外的な環境だけでなく、自分の体内の状態からも情報を得て感情を生み出しています。

♠ほとぜろ

すべての感情は脳を経由しているのですね。

♠野村先生

そうですね。動物にも「怒り」などの感情はありますが、動物の怒りは自分のテリトリーが侵されて自分が攻撃しなければやられてしまうというようなときに表れます。これに対して、人間の場合は、生死に関わらなくても、自分が考える自分のテリトリーが侵されたらときに怒りが湧いてきます。この侵害されたら許さないというテリトリーは人によって違い、バラエティに富んでいます。

♠ほとぜろ

確かに、人から見たらしょうもない、そんなことでなぜ怒るのかわからないようなことでも、自分にとっては許せないということがありますね。

♠野村先生

人間もサルも、ヘビや毒グモを見せてその時の脳をスキャンすると、扁桃体が活性化しています。このように生得的にプログラムされている感情がある一方で、後天的に得た感情もあり、これらは宗教や習慣など文化の影響を受けています。このような感情は、前頭前野などで加工された人間らしい感情ということもできます。

♠ほとぜろ

感情にはいろいろな種類があるのですね。

♠野村先生

心理学ではいくつかの理論がありますが、基本感情などと呼ばれているのは、怒り、恐怖、驚き、悲しみ、幸福、そして中性の6つです。これらは、快・不快と覚醒度の2次元で分類することができます。不快な感情の中の、覚醒度の高いのが怒り、覚醒度の低いものは悲しみです。中性はちょうど原点のところに位置する、快でも不快でもなく、覚醒度も高くもなく低くもない感情です。

6つの基本感情

♠ほとぜろ

怒りと悲しみは一つながりだというのは、経験的にわかります。

♠野村先生

悲しみといっても、結構、奥が深いんですよ。何かを喪失したときの深い悲しみとともに、さらに深いところにある、どうにもならない儚い命の美しさを感じるような審美的な悲しみとがあります。後者は、たとえば、映画「おくりびと」の世界観といったらいいでしょうか。まさに美しい悲しみです。私は、この曖昧で複雑でいわば審美的ともいえよう感情に興味を持って研究を進めてきましたが、そうした悲しみについては心理学研究としてまだあまり行われていない分野です。

♠ほとぜろ

美しさに心打たれて流す涙が、喪失感を少し和らげるといったようなこともあるのでしょうか。

♠野村先生

怒りや悲しみなどネガティブな感情は、発散することでストレス物質が発散されて、ストレスを緩める効果があります。悲しみの涙には、ストレス物質が含まれているという研究結果もあります。

 

その先に考えているのは、審美性は未来への希望ではないか、ということです。人間が宗教を必要としたのは、死後の世界、つまり未来を想像できる力があるからこそでしょう。人間はメンタルタイムトラベリングといって、過去のできごとを追体験したり、未来を見通しながら行動したりできます。特に遠い先の未来や死後の世界まで考えられるのは、人間固有の力です。これが審美的なものへの感動をもたらし、未来へ向けて立ち上がる力につながっているのではないかと思います。

♠ほとぜろ

先ほど、感情は文化的な影響を受けるというようなお話をされていたと思います。たとえば、文化や経済の発展が感情に影響を与えるというようなことも考えられるのでしょうか。

♠野村先生

その答えはわからないですが、そうだとすれば面白いですね。小さい集団の場合は感情もシンプルなものだけで十分に回っていく、しかし経済的に発展した大規模な集団ではそれだけいろんな人と関係を構築・維持しなければならないから、より複雑で細やかな感情が必要となってくる、というようなことがあってもおかしくないですね。

♠ほとぜろ

私たちは、何となく、感情が豊かでバラエティに富んでいることがいいように思っているのですが、しかし、シンプルであってもそれで世界が回るなら、それでもいいじゃないか、という気になってきます。

♠野村先生

確かに、シンプルに「あいつ困ってるから助けてやろうか」みたいなところだけで世の中が回っていけば、もっといい社会になりそうですよね。ただ一方で、スティーブン・ピンカーという有名な認知心理学者は、そうではないと言っています。昔は、死亡率に占める殺人の割合が圧倒的に高かった。現代は治安が悪いとか世界大戦が起きたりもしましたが、それでも、殺人の割合はずっと下がり続けてきていると言うのです。感情が複雑化してきているのだとしても、それらを上手に使い分けることで、人と人との関わりがより円滑になってきているのかもしれません。

 

これから先、さらに感情が増えていくのかどうかはわかりません。ただ、コロナで増えたリモートによるコミュニケーションでは細やかな感情はあまり伝わりませんから、どうしてもシンプルな感情の伝達にならざるを得ないかもしれません。さらにリモートで人の密度が疎になることも手伝って、また感情が大雑把になっていくという揺り戻しがありそうな気もしています。

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感情の奥深さを説明してくれる野村先生

感情はコントロールできるのか?

♠ほとぜろ

最近、アンガーマネジメントという言葉をよく聞くようになりました。怒りはコントロールできるのでしょうか。

♠野村先生

アンガーマネジメントについては、3ステップで進めるといいと言われています。第1ステップは、怒りには向き合わないこと。散歩とかお風呂とか、カラオケなんかに逃げて、まずは怒りの気持ちから離れることです。第2のステップは、幽体離脱。自分の視点から相手を見ると、どうしても腹が立ちます。だから、空の上からその場面を、自分も含めて見る、つまり客観視するということです。そして第3のステップとして、客観視したできごとを誰かとシェアします。怒りのストーリーを共有して対象をさらに客体化すれば、怒りはすっかり成仏してしまいます。

 

このような感情をコントロールする方法論は、バブル時代から言われてきたことです。もちろんこれはこれで価値があるのですが、現代にはもう少し別の体系も必要なのかもしれないと思っています。

アンガーマネジメント

♠ほとぜろ

それはどういうことですか。

♠野村先生

感情の種類の中に、「驚き」というのがあったと思います。これは、予測したことが外れることで生まれる感情で、まさに今の時代の最重要テーマではないかと思っています。コロナ禍に見舞われ、われわれは今、驚きの連続です。それ以前からすでに、Volatility(激動)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(不透明性)の頭文字をつなげた「VUCA(プーカ)」の時代などとも言われ、先が読めずに予測がことごとく外れる、驚きの時代に私たちは立っています。

 

驚きはたまに来ると爽快ですが、あまり続くと不安になります。そうならないためには、驚きや曖昧さに対する耐性、曖昧な状況を受け入れられる能力が重要になってきます。先行きの目処がたたなくても「そうなんだね」と受け入れられる、胆力と言ってもいいかもしれません。

 

このような、曖昧なものに対する耐性をどうしたら養えるのかについて科学的に明確な答えはまだありませんが、私は、感情を緩やかにハッピーな状態に保っておくような方法が重要だと思っています。そのキーワードとなるのが、「とらわれないこと」です。

♠ほとぜろ

感情にとらわれなくてすんだら、楽なことも多そうです。

♠野村先生

感情は、人間を生かしも殺しもします。本当はこだわらなくてもいいようなことにとらわれて苦しんでいるなら、そこから解放されることが重要です。

 

感情にとらわれないようにするためのトレーニングとして有効なのが、マインドフルネスや瞑想、ヨガなどの身体技法です。たとえば瞑想一つをとってもいろいろありますが、一番やりやすいのは、呼吸瞑想でしょう。息を吸うときには「冷たい空気が入っていくなあ」、吐くときには「温かい空気が出ていくなあ」などと自分の呼吸に徹底的に注意を向けることを最低5分間は続けます。そんなに簡単にはできないかもしれませんが、逸れたらまた呼吸に意識を戻すことを繰り返すうちに、だんだんと呼吸に集中できるようになっていくと思います。

♠ほとぜろ

呼吸瞑想、ぜひ覚えたいです。しかし、それは感情を限りなくゼロにするような方法ですよね。たとえば、快の感情を常に引き起こすようにする、とかはできないのでしょうか。

♠野村先生

「幸福」の感情を引き起こすのは、生理活性物質のドーパミンだと言われています。ドーパミンは、「何かいいことがやってくるぞ」と予期しているときに一番出てくる物質で、いいことが実際にやってきたらもう出なくなります。幸福感は放っておくとなくなってしまうのです。怒りの感情が放っておくとどんどんたまるのと対照的です(笑)。

♠ほとぜろ

やっかいですね。

♠野村先生

そう。だから、ドーパミンに頼らず安定的に幸福感を感じ続ける知恵として「とらわれない」状態を研究しようと考えました。

「無心」を見える化する

♠野村先生

「とらわれない」状態の一つとして、取り組んでいるのが「無心」の研究です。無心とは、哲学や宗教学で語られてきたワードです。これを心理学や脳科学の言葉で説明し、さらに心理学のアプローチによって従来の理解以上に深めていくことをめざしています。

♠ほとぜろ

無心と聞くと、我を忘れるというイメージが浮かびます。

♠野村先生

無心にはいろんな定義がありますが、私が考えているのは、周りの環境から時々刻々とかわる信号を取り入れて非常にたくさんのものを受け止め、気づいていながら、何にもとらわれていない。そして、自他の区分なく、ときに対象と一体化する。あるいは自身を客体視している。このなめらかで、柔軟で、ときに一気呵成に力を発揮するような心の状態のことです。

 

脳を計測して無心の状態になると脳のどこが活性化するか、とらわれているときの脳の活動がどのようなときに治まるのかなど、さまざまなエビデンスを蓄積しているところです。とらわれているときの状態、たとえば精神的な要因でスポーツ動作が思うようにできなくなるイップス(yips)という現象などを分析することも含め、無心という見えない脳の働きを見える化しようとしています。

♠ほとぜろ

無心になると、パフォーマンスが上がるわけですね。

♠野村先生

そうですね。能を大成した世阿弥は、無心であれば舞台は成功するし、無心でなければ成就しないと言っています。良いパフォーマンスをみせようとしているということを観客に感じさせないぐらいまでに、自分自身もそういう意図を完全に忘れてその中に入るというような状態が無心であり、そこに至るために、稽古を重ねなさいと説いています。

♠ほとぜろ

怒りなどの感情が勝手に生じてしまうのとは違って、無心は、そういう状態に自分が持っていかなければならないものなのですね。

♠野村先生

いえ、そうとも言い切れません。素晴らしい大自然の映像を見せた瞬間に、無心に近い脳の状態になるというデータが得られました。大自然の見せる圧倒的な何かは、実際に見たことがなくても知っている心の原風景のようなものです。それは閾下の、つまり無意識的な感情刺激に対応することがわかった脳領域と一部重なっていましたので、何か深いところにある人間の共通体験のようなものに触れる形で、無心が表れることもあるのです。

♠ほとぜろ

私たちは、日々どうすれば無心になっていけるのでしょうか。

♠野村先生

今のところは私にもわかりません。ただ、想像しているのは、無心になろうと思ったら無心になれないということ、そして、無心になりたいと思わないと無心になれないということです。矛盾してはいますが、無心というゴールを描いていないと意識も努力もできないですよね。だから、まずは、無心とは何かを明らかにしていきたいと思っています。

今回の   

人が感情にとらわれるのは、人間の感情が豊かで細やかだから!

※先生のお話を聞いて、ほとぜろ編集部がまとめた見解です

おすすめの一冊

『無心ということ』

(鈴木大拙著  KADOKAWA発行 2007年)

「無心」について鈴木大拙が語る。それは徹底した受動性、あるいは 道元禅師の説く柔軟心に近しいもの。本書は真宗を対象にした講演の記録となるため、仏教の体系については梅原猛から、近年の無心論については東洋哲学の西平直から、さらにキリスト教における「無心」の理解、表現を読みとくことにより、無心にかかわる多角的な理解が深まるだろう。

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