特別天然記念物にまで指定されているオオサンショウウオ、しかし依然として謎なところも多く.....
両生類としては並外れて大きな体と、まるで沈思黙考しているかのように水底にじっとたたずむ姿で人を惹きつける生き物、オオサンショウウオ。最近では京都水族館が商品化した原寸大のぬいぐるみがSNSで話題になったりと、注目される機会も増えてきているようだ。その存在感は日本の文化にも少なからぬ影響を与えてきたようで、たとえば太宰治の『黄村先生言行録』は身の丈が一丈(約3m)あるオオサンショウウオに憧れた老人がひどい目に会う話である。
一丈は大げさにしても、オオサンショウウオが何年くらい生きて、どのくらい大きくなるのかはやはり気になるところ。西川先生、実際のところ、どうなのでしょう?
「じつは最大でどのくらいになるのかを確かめるのが非常に難しくて、今研究してるところなんです。野外で見るのは最大で130センチくらいですね。飼育下ではまれに150センチくらいまで育つのもいます。
年齢も今調べてるんですが、55年とか飼育した記録が残ってますから、60年は生きるだろうということがわかっています。ただ、自然環境下ではほとんどが60歳までには死んでると思いますけどね。長生きなのは100歳とかまで生きてるかもしれませんけど、時間スケールが大きすぎてちゃんと確かめられてないのが現状です」
西川完途先生とオオサンショウウオ(撮影:田邊真吾)
なるほど、長生きする生き物について調べようとすると、我々人間の寿命が研究の制約になってしまうのだ。
「60年も生きられたら、研究者も現役を退いてますよね。何世代かでやろうというのでマイクロチップを埋めたりもしてますけど、それでもやっぱり結果が出るのに50、60年かかります。
他の方法でよくやるのは、指の骨を切って薄い切片を作るんですよ。それを植物由来の染料で着色すると年輪ができて、それで推測するという方法です。でも誤差がかなりあるし、オオサンショウウオは特別天然記念物なので文化庁の許可をとるのがたいへんだとかの問題もあります。
ほかに、オオサンショウウオに限らず生き物の細胞が正常に成長や分裂するためにはDNAのメチル化と呼ばれる現象が必要なのですが、DNAに蓄積したメチル化の量から年齢を推定しようという試みも進めています。うまくいけば血液から年齢がわかるようになる、夢のような話なんですけどね」
いろいろ障害があるけれど、新しい技術でそれを克服しようとすることが研究の醍醐味かもしれない。ところで、日本に生息する他種のサンショウウオはいずれも手のひらサイズだ。どうしてオオサンショウウオだけがこんなに大きいのだろう?
「まず、オオサンショウウオは生まれてから成熟するまで、外鰓(がいさい:体の外に飛び出したエラ)がなくなる以外は体の形があまり変わりません。頭でっかちな幼児体型のまま大人になるんです。同じ両生類でもカエルなんかがオタマジャクシと親で全然形が違うのとは対照的です。そして、そういう幼い特徴を残したまま成熟する生き物は、一般にゆっくりと成長し、体が大きくなる傾向があるんですね。
ただ、どうしてオオサンショウウオがそういう戦略をとったのかはわかりません。他の例でメキシコサンショウウオに代表されるアホロートルというのがいるんですが、彼らは幼形そのままで成熟します。これはカルデラ湖という外界から隔絶された、天敵もいない安定した環境に適応した結果だとされています。ずっと水の中で安全に暮らせるなら、わざわざ変態して陸に上がる必要もないというわけです。オオサンショウウオも、どこかの時点で安定した河川の環境に適応する必要があったのかもしれません」
生まれたばかりのオオサンショウウオはだいたい3~4センチくらい。成長するにつれてどんどん大きくなるけれど、カエルのように劇的に体の形が変わったりはしないのだ。(撮影:田邊真吾)
オオサンショウウオの生息地は、西日本(愛知県以西)を流れる河川の中流から上流域だ。東日本に分布していない理由については、まったくわかっていないという。
意外にも子煩悩!? オオサンショウウオの育児は父親がメイン
体の形がほとんど変わらないまま成長するオオサンショウウオ。どうやって繁殖するんだろう?
「成熟して繁殖できるようになるまで15年ほどかかります。これだって、他の両生類と比べると格段に遅いですね。それで、8月末が繁殖期でですね、その時期になるとオスはおしりの、肛門の周りが膨らむし、メスだとお腹が卵でぱんぱんになってきます。
まずオスが川岸にあるよさそうな洞穴を見つけて中を掃除して、そこにメスがやってきて卵を産んで、オスが放精します。一つの穴に複数のメスがやってきて、先にいたメスの産んだ卵を食べてしまうこともあるし、スニーカーといってコソ泥みたいなオスがやってきて横から受精させようとすることもあるので、オスは巣穴を守りますね。だから、普段は基本的にはおとなしい生き物なんですけど、繁殖期の巣穴にちょっかいをかけると噛みつかれたりしますよ」
オオサンショウウオの大きな口。写真ではわかりにくいが、ちゃんと歯も生えている。噛まれると大けがをすることもあるから要注意だ。
なかなか熾烈な争い!産卵後はほったらかしなのかと思ってたけど、ちゃんと卵を守るのか。しかもオスが。これは意外だ。
「卵が孵化するまでの1か月間はずっと尻尾を振って、新鮮な水を供給します。それから、これは岡田純博士の研究でわかった事ですが、巣の中をいつも嗅ぎまわってて、腐ってカビが生えたような卵があったら、ちぎってパクッと食べちゃうんですよ。そうしないとカビが全部に広がっちゃうじゃないですか。そのためにオオサンショウウオの卵は紐みたいになってるんじゃないかと、僕は睨んでるんですけどね。
孵化した後もオス親は2か月くらいはずっと一緒にいます。だから合計で3か月くらいは一緒にいることになりますね。カニとかカメとか魚とかが食べに来るのを追い払ったりとかもするし、それからおそらく親の体から出る粘液の効能で殺菌とかもしてるんじゃないかと思います。そういう巣穴から親を引き出すと、子供は全滅するということがわかっています。
体外受精する動物で、しかもオスがここまで手の込んだ育児をするというのはかなり珍しいですね」
オオサンショウウオの卵塊。産卵数は700~1000個だという。特徴的な形で、筆者は「ちぎりパン」みたいだと思いました。実際、カビが生えたりしてダメになった卵があると、他の卵に病気が移らないように親オオサンショウウオがちぎって食べてしまうのだそう。(撮影:田邊真吾)
なかなか手の込んだ育児をするオオサンショウウオ。ひょっとして、頭が大きい分だけ犬や猫と同じくらい知能が高かったり?
「たしかに頭は大きいですが、脳は小さいので知能というほどのものがあるかどうかは疑わしいです。ただ記憶力であったり、個体ごとの性格の違いみたいなのはある気がします。
例えばこんな例があります。梅雨明け頃になると田んぼの水を減らすために川に放出するんですけど、そうすると田んぼで繁殖したドジョウやオタマジャクシが川に流れ出てくるんです。そこを狙って集まって来るオオサンショウウオがいて、もしかしたら毎年同じ個体が来てるかもしれません」
うーむ、さすがに哺乳類と比べるのは酷というものか。しかし一年に一度のことを覚えていられるとなると、オオサンショウウオはなかなか侮れない記憶力の持ち主ということになるぞ。
チュウゴクオオサンショウウオとの交雑阻止は喫緊の課題。しかし解決には人間の都合による障害が。
外見も生態も個性的なオオサンショウウオだが、一部の河川では外来のチュウゴクオオサンショウウオの侵入・交雑によって日本在来種が存亡の危機に立たされているとか。ではブラックバスやマングースのように「外来種なので駆除しましょう」となるかというと、そう単純な問題でもないようだ。
「もともと日本でも中国でもオオサンショウウオを食べたり、ペットにしたり、薬にしていた歴史があるんです。それが日本では1952年に特別天然記念物に指定されたことで文化財保護法の対象になって利用できなくなったので、代わりに中国から輸入されたのがチュウゴクオオサンショウウオです。これが野外に放流されて、遺伝的にも日本のオオサンショウウオと近いので、交雑が進んでしまったんですね。
問題をややこしくしているのが、日本では厄介者のチュウゴクオオサンショウウオも、国際的にはワシントン条約でオオサンショウウオ属という属レベルでの保護の対象になっているということです。日本には種の保存法という法律があって、これはワシントン条約に準拠することになっています。外来生物だからといって駆除することができないんです」
チュウゴクオオサンショウウオとの交雑個体たち。今のところ前述の問題で駆除することができないので、これ以上野外で生息域を広げないように捕獲された個体は隔離されている。チュウゴクオオサンショウウオは体の扁平さや、体表の模様・イボの形に特徴があって、成体であれば日本のオオサンショウウオと見分けるのは容易なのだそう。ただし交雑個体を外見だけで識別するのは困難。
とはいえ、オオサンショウウオは前述の通り飼育下では何十年も生きる生き物。終生飼育するとなると並大抵ではない負担がかかることになる。しかも、その数は年々増えていくのだ。
「現状でも全てを終生飼育するというのは現実的ではないので、特別な許可をもらって一部の交雑個体を研究や標本の材料にしています。もちろん自然に寿命で死んだり、病死したりする個体もいますが、全て標本にしています。年齢にしても健康状態にしても、研究するためには標本とそこから得られるデータが必要ですから。あとは、各地の水族館に引き取ってもらったり、教育のために使ってもらったりしています」
研究材料には事欠かないというのが不幸中の幸いということだろうか。しかし法律や対策の整備が急務ということは変わらなさそうだ。
「交雑個体に関しては、法的な扱いが明確になるように国内法を改正することが必要だと思います(現在は遺伝子鑑定までして交雑個体と判明しない限りは、日本のオオサンショウウオとして扱われるので、交雑個体の生息する河川の個体だからと触ったり持ち帰るのは違法行為になる可能性がある)。ただ、文化財保護法は文部科学省の、種の保存法は環境省の管轄なので、なかなか制度の整備が進まないというのが実情なんです。
ただ現実は待ったなしの状態で、場所によっては9割以上が交雑個体なんていうところもありますよ。そうなると、もう交雑個体を残らず捕獲するということは難しいので、いかにそこから拡散させないかということが重要になってきます。雨が降って増水すると上流や下流に向かって移動しますから。分水嶺を越えて自力で移動することはできないというのが唯一の救いでしょうか」
なにかと前途多難な様子。しかも、在来種の方のオオサンショウウオは文化財保護法で厳重に管理されているので、巣穴の前にカメラを設置するだけでも許可を取るのがたいへんだとか。西川先生が、そんなややこしい境遇のオオサンショウウオをあえて研究対象に選んだ理由はなんだったのだろう?
「もともと私は九州の出身で、淡水魚が好きだったんです。ヤマメやアマゴやイワナみたいな渓流魚がとくに好きで、それであるとき釣りにいった川でサンショウウオの卵を見つけたんです。これがほんとに美しくて、そこからサンショウウオに興味をもち始めました。
それと、学部時代は経済系の学科に振り分けられたんですが、卒業論文のときに『生き物のことを何かやりたい』と先生に言ったら『生物保護法のことを書いたらいいだろう』と言われたんです。そのとき勉強したことが、オオサンショウウオに関する法律や制度の問題を考えることにつながってきているんです」
オオサンショウウオの分布や生息状況、交雑個体の侵入の状況などを調べるには定期的な調査が欠かせない。各地で調査観察会が行われており、一部は事前に申請することで一般の人も参加することができる。意外に市街地の近くにも生息しているので「こんなところに!」と驚く人もいるとか。(写真は日本オオサンショウウオの会 山口大会での様子)
かつては今よりももっと近かった人とオオサンショウウオの距離
京都市内を流れる賀茂川では、大雨が降って川が増水すると岸に打ち上げられたオオサンショウウオが発見されてSNSを賑わせるのが夏の風物詩になっている。さらに特別天然記念物に指定される前は食用利用されていたように、とくに山間部では身近な存在だったのだろうか?
「戦後の食糧難の時代とかは結構食べてたと思うんですよね。今でも田舎に行くと『こうやって食べてた』みたいな話を聞くこともあるし。井戸に入れて飼っておいて、結婚式の時に食べたという人とお会いしたこともあります。岡山の方にオオサンショウウオのお祭りがあるんですけど、供養のための物だったと思いますね。食用としてかなり重要だった地域もあるんでしょうね」
どんな味なんだろう......山椒の香りがするからサンショウウオという名前がついた、なんていう話を聞いたこともあるけれど。
「魚肉と鶏肉の中間だ、なんていうふうに聞いたことはありますね。僕は食べたことがないんですけど、あっさりしててササミみたいだと言われたこともあります。
山椒の香りは......しませんね! 怒ったときに出す粘液が刺激臭を発するのは事実です。傷についたりするとちょっとヒリヒリしたりもして。でも決して山椒の臭いとは思わない。何人かに聞いてみましたけど、山椒みたいだという人には会ったことがありません。
山椒の木のごつごつした感じがオオサンショウウオの体表に似てるからとか、昔山椒のことをハジカミと呼んでいたのが転じてハンザキ(オオサンショウウオの別称)になったんだとか、口が半分裂けてるからハンザキだとか、名前については本当にいろんな説があります」
名前の起源にいろいろな説があるのは、それだけ古くから人々の生活に寄り添ってきたからだともいえそうだ。生物学だけでなく、文化的な面でもオオサンショウウオには興味深いことがたくさんあるのだ。特別天然記念物となった今では食べたり捕まえて飼ったりはできないけれど、今後も末永くお付き合いいただけるよう保全と研究が進んでほしいものだ。
【珍獣図鑑 生態メモ】オオサンショウウオ
有尾目オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属。愛知県以西を流れる河川の中・上流域に生息する。飼育下では体長150センチ、寿命は60年に達することもある。メスは川岸の洞穴などに数珠状の卵塊を産みつける。産卵直後の卵から生後2か月くらいまで、オスの親が付きっ切りで世話するという特徴がある。近年、人為的に移入されたチュウゴクオオサンショウウオとの交雑が問題になっている。