普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、よく知らない生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちはその生き物といかに遭遇し、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。もちろん、基本的な生態や最新の研究成果も。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第3回目は「カモノハシ×浅原正和 専任講師(愛知学院大学)」です。(編集部)
見た目も特徴も風変わりな、卵を産んで母乳で育てる哺乳類
浅原正和さん(愛知学院大学の研究室にて)
アニメや企業ブランドのキャラクターにもなっていて、なんとなく身近な印象のあるキュートな動物、カモノハシ。自分が知らないだけで、どこかの動物園にはいるのだろう、なんて思っていたけれど、日本国内どころか、カモノハシに出会える場所は現在、オーストラリアしかないという。
そんなカモノハシが研究対象になったきっかけは?
「小学校低学年の頃、雑誌に載っていたカモノハシの図解を見て、『こんなヘンテコな生き物がいるのか!』と驚いたんですよね。まず見た目が変だし、特徴も変。哺乳類なのに卵を産み母乳で子どもを育てたり、くちばしがあってほかの哺乳類にない感覚器官をもっていったり、水かきがあって水中を泳いで餌をとったり…とにかく変わっているところに惹かれました」
それをきっかけに、周りにもカモノハシ好きだと公言するように。とはいえ将来、研究したいとまでは、まだ思っていなかったようで。
「もともと理系の科目、なかでも生物が好きだったんですよ。大学で専攻したところ、歴史が好きだったこともあり、哺乳類の進化に興味がわいてきて。研究テーマを探していたとき、カモノハシの祖先の化石が歯や下顎ぐらいしか見つかっていないことがわかり、単孔類をターゲットにするのもありだなと考えるようになりました」
単孔類? 読んで字のごとく、穴が一つ、つまり鳥類や爬虫類などと同じく総排泄腔(肛門・排尿口・生殖口を兼ねる器官)をもっている哺乳類らしいけど…。
「単孔類は、現存するなかで唯一、卵を産む哺乳類。そのことからも想像できるように、哺乳類のなかで最も原始的なグループに属していて、ヒトを含む哺乳類の進化を知るうえで重要な存在です。爬虫類からの分岐が3億年以上前に遡るので、その後、哺乳類がより哺乳類らしくなっていく途中段階、つまり我々の祖先の姿を知ろうと思うと、貴重な比較対象になってきます。しかしながら現在はカモノハシとハリモグラの仲間に含まれる5種しかおらず、化石記録もあまり残っていないんです。だからこそ逆に、挑戦してみたくなりました」
カモノハシ (Photo by David Clode on Unsplash)
歯1本の化石から特定された、カモノハシの祖先の新種
あえて困難に立ち向かおうとは、さすが研究者。ここで素朴な疑問。カモノハシってくちばしがあるのに歯もあるの? あ、でも鳥類じゃなく哺乳類だから、あって当然か。
「いえ、現生の単孔類には、歯がありません。カモノハシは咀嚼をするにも関わらず歯を失った、唯一の哺乳類なんです。だけどカモノハシの仲間として、歯のある祖先、2300~700万年前に生きていたオブドゥロドンの存在がわかっています」
オ、オブドゥロドン!? 歯があるだけに噛みそうな名前だけど(?)、歯の化石からカモノハシの仲間だったとわかるなんて不思議…。
「歯は体のなかで一番固く、残りやすいんですが、逆に言うと歯の化石ぐらいしか見つかっていないものも多い。だけど哺乳類は、歯の形を見れば種がわかります。さらには食性、何を食べていたかもわかりますし、かなり情報量の多い組織なんです。歯から新種が発見されることもありますしね。2013年に見つかったオブドゥロドンの新種も、歯1本の化石から論文が出されているんですよ」
カモノハシに歯がないのは何故? 定説を覆す新説を発表!
歯ってすごい…。だけどカモノハシの歯は、なんでなくなってしまったんだろう。
「その謎を解き明かすため、オーストラリアやアメリカの研究者たちと共同で研究を進めました。共同研究者がCTで撮影した、1000万年ほど前のオブドゥロドンの化石標本のデータをもらって解析し、カモノハシの頭骨と比較。その結果、くちばしの感覚器官が発達するとともに、電気感覚を伝えるために太くなった神経が、歯の生えるスペースを奪ってしまったのだと考えました」
オブドゥロドンの頭骨(上)とカモノハシの頭骨(ともにレプリカ)
カモノハシはくちばしで電気を感知しているの!? 発達したってことは、何らかの変化に対応する必要があったってことか。
「歯が失われただけでなく、くちばしも下向きに変化してきているんですよね。いずれも原因は、オブドゥロドンとカモノハシの採食行動の違いではないかと思います。カモノハシは水の底で餌をとるため、くちばしが下向きになっているのに対し、オブドゥロドンは、水中で泳いでいる獲物をとっていたんじゃないかと。加えて、水底で餌をとると、くちばしで泥が巻き上がるため、視覚が役立ちにくくなります。そのため、くちばしの感覚を発展させていった、という結論に至りました」
なんと興味深い発見! だけど浅原さんたちが研究する前までは、どう捉えられていたの?
「単孔類の仲間は、1億2000万年前ぐらいから歯の先に伸びる神経の管が発達していたことがわかっていて、その感覚器官は恐竜の時代には鋭敏に発達していたというのが定説でした。しかし現在のカモノハシほどの鋭敏な電気感覚は、オブドゥロドンがいた時代よりあと、つまりこれまで考えられていたよりもずっとあとになって発達した、という説を2016年に発表したんです」
定説を覆す新説! かっこいい! 件の論文は『Science』の姉妹誌である『Science Advances』に掲載され、世界5カ国で報道。さらには『Science』本誌にも紹介記事が載り、大きな話題となったそう。
「カモノハシは、くちばしを振りながら泳ぐことで、電気の発信元を検知し、周囲を認識しているようです。それ以外の感覚はかなり低く、視覚も聴覚も嗅覚も強くない。水の中では目をつぶって泳ぎまわり、耳も閉じている状態です。人間は情報の8割を視覚から得ているといいますが、カモノハシはくちばしで世界を感じているんですよ」
浅原さんらによるオブドゥロドンとカモノハシの比較研究の図解
標本調査に利用した米国国立自然史博物館(スミソニアン)
日本にもやって来る可能性があった!? 「カモノハシ外交」
前述の研究で使った材料が、「共同研究者がCTで撮影した化石標本のデータ」だったことで気になったけれど、浅原さんが生きたカモノハシを目にする機会って?
「オーストラリアへ遊びに行ったときに見るぐらいで、研究でふれたことはありませんね。初めて目にしたのは、まだ研究を始める前の学部生時代。動物園や近くにカモノハシが住んでいるというワイナリーに行って出会ったんですが、さらに愛おしくなりました。
研究には標本を使う選択肢しかありませんが、その数も少ない。単孔類は現在、カモノハシとハリモグラしかいないぐらいなので、あまり多様性がなく、細く長く生き延びてきたと考えられます」
オーストラリアのワイナリーの裏手の川で、カモノハシの出現を待つ学生時代の浅原さん
シドニー水族館で浅原さんが撮影したカモノハシ
材料が限られている、という研究の苦労もあるわけか。だけどそもそも、カモノハシはオーストラリアにしかいなかったものなの?
「6000万年ほど前には、南極大陸や南米大陸にもカモノハシの仲間がいたことはわかっています。現在は動物愛護の考え方も強くなってきているので、わざわざストレスをかけて海外に運び出せなくなっているようです。オーストラリアから外に出たのは、アメリカの動物園に送られた例だけ。ほかは実現しませんでした」
それは意外。現在いないだけで、過去には各国の動物園で愛されていたのかと想像していた。だけど海外に送る試みはあったということか。
「中国の『パンダ外交』と同じレベルのことが、カモノハシでも行われていたんですよ。特徴的なのは、計画された回ごとに、主体も目的も違うこと。1916~58年にかけて試みられたアメリカへの移送は、動物商や動物園といった民間の交流。それに対し、戦時中に進められたイギリスのケースは政府間。実は日本にも送られる計画があったんですが、これは自治体間、州首相と都知事との取り決めでした。1996 年に開催予定だった東京での博覧会で出展される計画だったんですが、前年に首相と知事が交代したことで、計画は中止に追い込まれたんです」
知らなかった! さほど遠くない過去に、カモノハシが日本で暮らす可能性があったなんて…。じゃあイギリスへは、なぜ戦時中に?
「オーストラリアはイギリスからの支援を必要としていましたからね。1943 年の移送は、英首相だったウィンストン・チャーチルのリクエストによるものです。第二次大戦中、イギリスの船はドイツ軍の潜水艦から攻撃を受けていましたが、その被害が減り、形成が逆転しつつある時期でした。その戦果が上がりつつあることをアピールしたかったのでは、というのが私の考えです。オーストラリアからはるばる船便で届くということは、イギリスの周りの海が安全になったことを示すでしょう」
なるほど、そんな思惑が…。カモノハシは、オーストラリアではコインにもなっているほど象徴的な生き物だけど、コアラやカンガルーよりもレア度が高い。しかも神経質で長い期間の輸送が難しいので、それだけ外交に意味が出てきたのだという。とはいえ、環境的にオーストラリア外でも生きていけるのだろうか。
「オーストラリア大陸でも北から南、熱帯から寒いところまでかなり広いエリアで暮らしているので、それなりに適応能力は高いはず。まちのすぐ近くの公園でも見られますし、川が汚れていなくて餌がある場所なら生息できるようですよ」
水と陸、生活スタイルが分かれる前の祖先の姿を解き明かす!
カモノハシグッズがたくさんの研究室
へんてこで面白く、そしてかわいい。そこがカモノハシの魅力だと微笑む浅原さん。研究室は、カモノハシグッズでいっぱいだ。
「ひょうきんな顔をしているものも多く、愛くるしいですよね。研究を始めてから、さらに愛着がわいてきています。カモノハシって 、実物より大きく思っている人が多いんですが、実際は40から60cmぐらい。骨のレプリカを見てもらったらわかるとおり、意外に小さいでしょ?」
意外と小さいカモノハシ
確かに! もっと大きなイメージだったけど、実際はこれぐらいなのか。
「水で暮らす生き物は、毛皮の中に水が入らないよう、毛の密度が高い傾向にある。すると犬や猫などに比べて、実物より大きく見えるみたいです。カモノハシは、水の中で餌をとりますが、水辺の穴の中で寝泊まりする、半水生の暮らしをしています。同じ単孔類でも、ハリモグラの生活場所は陸上。よちよちと歩き回り、長い舌でアリなどを食べるんですよ」
同じグループとはいえ、水と陸上、生活様式が違えば見た目も随分、違うものだ。かわいいのは共通しているけれど…。
「オーストラリアだけに生息しているのも共通しているんですけどね。カモノハシは、石の下など見えない場所にいる甲殻類や昆虫などを探すので、そこから漏れてくる電気の情報が大事になってきますが、陸上で蟻塚などを探すハリモグラは、においの感覚がメインのようです。ハリモグラの鼻先にも電気を感じる感覚器官はありますが、数は少ない。カモノハシが約2万なのに対し、400ほどしかなく、恐らく今は役に立っていません」
これも進化の過程で失われていったんだろうか。探っていけば、哺乳類最初の分岐点が見えてきそうだ。
「痕跡があるということは、祖先が恐らく電気の感覚を必要とする暮らしをしていた、つまり電気の伝わる水中で活動していたことを示唆しています。今ではかなり違う姿をしているカモノハシとハリモグラがどう分かれていったのかも今後、解き明かしていきたいです。ゲノムのデータがそろってきたら、水生で進化するような特徴の遺伝子を見ることもできるはず。今後も周辺分野の動きを注視しながら、研究を進めていきたいですね」
【珍獣図鑑 生態メモ】カモノハシ
ハリモグラ、ミユビハリモグラを含めた3属からなる単孔類の一種で、オーストラリアにだけ生息。哺乳類だが卵を産み、母乳で子どもを育てる。くちばしと水かきがあり、緻密な毛皮とひらたい尻尾をもつ。水辺に穴を掘って暮らし、水中で甲殻類や水棲昆虫などを捕食。獲物が動くときに発する微弱な電流や水流をくちばしで感知して捕らえ、くちばしの付け根にある角質板を歯の代わりにして咀嚼する。