普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第7回目は「フクロムシ×吉田隆太特任助教(お茶の水女子大学 湾岸生物教育研究センター)」です。それではどうぞ。(編集部)
お話を伺った吉田さんが調査地とする、館山市沖ノ島の北西にひろがる磯環境。美しい青空
我が身の組織を宿主に流し込み、栄養分をゴッソリ奪取
「フクロムシ」という名前から、頑張って袋状の昆虫を思い浮かべようとしたけれど、想像力の限界。パンパンに膨らんだマダニっぽいやつしか浮かばなかったんですが…って、そもそも昆虫なのかしら。
「フクロムシは甲殻類に寄生する甲殻類で、推定では世界に300種ほど。とくにカニに寄生する種類が多く、ほかにもヤドカリやシャコに寄生するものもいます。名前のとおり巾着袋みたいな袋型をしていて、生息域のメインは海。波打ち際から深海まで、宿主がいる幅広い海域で暮らしています」
甲殻類に寄生する甲殻類!? しかも袋型でカニにくっついてる…この時点で、七福神の布袋さんカニver.が現れたものの(脳内に)、ハサミで小粋に抱えられているわけじゃないですよね?
「袋はカニのお腹の部分に位置していて、見た目はカニの卵のようです。実はこの部分が生殖器官で、大部分を占めるのが卵巣。卵巣の周りを包む膜の間で産卵した卵を育て、孵化した幼生が海中へと飛びだしていきます」
カニに寄生したフクロムシ。お腹の黄色いカズノコのようなものがフクロムシ(の卵が詰まった生殖器官)。右下の白い線=スケールバーは10mm
おっと、これはもう早々にパニック! 写真を見て卵っぽさには納得したものの、これってどういう状態なんだか…。
「孵化した時点では、ノープリウス幼生といって、脚が三対ある典型的な甲殻類の幼生と変わらない形態なんですよ。それが数回脱皮をすると、フジツボの幼生と同じく、米粒みたいな形のキプリス幼生に変態します。キプリス幼生が宿主にくっつき、宿主の表面で一度変態し、注射針のようなものをだします。その注射針を宿主に差し込み、自分の体の組織を流し込むんです[文献1]」
いや、変態にもほどがある! 組織を流し込むって???
「線虫みたいなものが入り込むイメージですかね。もっていた殻は脱ぎ捨て、宿主の体内に根っこのようなものを張って、消化器官に取りつき、栄養分をもらって生きていきます。そしてある程度大きくなったら、宿主の体外に生殖器官を出すんです」
孵化したころは甲殻類に典型的なノープリウス幼生(左)。しかしやがてキプリス幼生(右)に変態し、寄生し始める
ちなみにフクロムシはフジツボの仲間。写真はクロフジツボ
生殖巣を破壊して不能にし、卵を守り育てるオスへと調教?
幼生の姿はちゃんと甲殻類っぽいのに…そこからはもう、生き物かどうかも謎な姿に…。しかしながら、袋の部分が卵巣ってことはメスですよね。オスはどう生きて、どうやって受精するんでしょ。
「メスの袋の中に、オスが入り込むための“部屋”(レセプタクル receptacle)があるんですよ。オスは幼生の状態で寄って来て部屋の中で変態し、精細胞のようになります。一方で袋もどんどん発達し、放精と抱卵が繰り返され、幼生が海へと放たれていくんです。オスが小さい生物は割と多くいますが、これほど極端に形を変える例は特殊でしょう。立派に成熟したフクロムシのメスでも“部屋”自体が空になっていることを見かけるので、それがオスの寿命ではないかと推測しています」
うわぁ、なんだか切ない話…。そういえば、寄生先の宿主の性別は決まっているんですか?
「宿主はオス・メス問いません。カニの場合、卵を抱えやすいようメスのお腹が幅広いんですが、フクロムシに寄生されたオスは三角形だったお腹がだんだん広くなり、メスっぽく形を変えられてしまうんですよ。よく“メス化する”と表現されますが、オスでも自分の卵のように世話をするんです。精巣を破壊することで雄性ホルモンが分泌されなくなり、結果的にメスのような形態や行動に結びついているのかもしれません」
えええ、生殖巣を破壊する!?
「“寄生去勢”と表現されるように、機能を停止させ不能の状態にしてしまうんです。生き物が生殖巣に与えるエネルギーをすべて、フクロムシの繁殖のために回す目的があるのではと言われています」
ヤドカリに寄生するフクロムシを宿主から取り出した様子。緑色が宿主体内にある“根”の部分、オレンジ色が卵の詰まった生殖器官。スケールバーは10mm
親からもらった栄養だけで、宿主に辿り着くまで生き永らえる…
なんたる乗っ取り行為! いや、見事な生存戦略! あからさまに子孫を残すことだけに特化した寄生っぷりが、かっこよく思えてきました。
「寄生したら、生殖器官と栄養を吸収する器官以外、何もない。酵素で分解された栄養を吸収するので、消化器官すらありませんからね。宿主が繁殖するために得た栄養分を、いかに自分たちに行きわたらせるか…そのための器官を発達させることに専念しているかのようです」
うーん、なんだかとってもストイック! 逆にフクロムシの天敵は、宿主をエサとする生き物ってことになるんですかね。
「それに加えて、フクロムシに寄生する生き物もいるんですよ。大きいものだと、ダンゴムシの仲間である等脚目のカクレヤドリムシ類がその一つですが、寄生率はものすごく低いです」
ほへぇ~。自分たちが寄生するだけじゃなかったのか…。
「フクロムシも、必ず寄生できるわけではありません。甲殻類はきれい好きで、常に表面をグルーミングしてるから、寄生しづらいんですよ。そんななか、脱皮直後の体は柔らかく、じっとしていないと固まらないので、その時期に寄生するんじゃないかと言われています」
なるほど、最適なタイミングがあるんですね。そうやって寄生するまでの間は、フクロムシも普通にエサをとるんでしょうか?
「幼生時代は、いっさいごはんを食べませんね。そもそも口もなく、親からもらった栄養だけで、宿主に辿り着くまで生き永らえます」
これまたすごい! 宿主から根こそぎ栄養分を吸収しようとするのも納得です。フクロムシに寄生された甲殻類が食卓に並ぶ…なんてこともあり得ます?
「タラバガニに寄生している例なんかは、ロシアからの報告がありますね。あとはワタリガニとか。シンガポールなどでチリクラブの材料として有名なノコギリガザミの仲間といった大きなカニに寄生し、問題視されている例もあります。中国のほうでは、チュウゴクモクズガニ(上海ガニ)の養殖場で流行ったらどうしようと心配する声もあります[文献2]。シャコにつくこともあり得ますが、見つけると相当珍しいレベルです。日本でのチェックをかいくぐることはほとんどないでしょうが、そもそも食べても全然大丈夫なので心配は要りませんよ」
研究対象のヤドカリに寄生していたフクロムシが、まさかの新種!
聴けば聴くほど不思議な生き物ですが、存在自体は珍しいわけではないようで。とはいえ海と縁遠ければ出会う機会もないし…そもそもフクロムシに関心を持たれたきっかけは?
「琉球大学での卒業研究でヤドカリの繁殖時期を調べようとしていたとき、お腹にタラコのようなものがついているのを見つけたんです。先生に訊ね、フクロムシだと教えてもらって。本やインターネットで調べたら、生き様がすごかったので気に入りました。それから研究を始め、例のフクロムシが新種だったこともわかりました」
なんたる奇跡! 初めて出会ったフクロムシが新種だったなんて!
「実はヤドカリに寄生しているフクロムシは全然研究されていなかったんです。ちょっと変わっているなと調べてみたら、まだ未記載種であることが結構ありますよ。それでも特徴をとらえきれないものもあって。外見で種類を見分けるのが難しいんですよね」
ヤドカリのお腹にいる赤いものが、吉田さんが発見し新種記載したフクロムシ。学名はDipterosaccus shiinoi。スケールバーは10mm
おっしゃる通り、タラコにしか見えませんもんねぇ。そこにどんな違いがあるのか、素人には見当もつきません。当時は甲殻類を専門とする先生にアドバイスをもらったり、その分類手法を参考にしたりしていたそうですが…。
「解剖をして顕微鏡で限られた構造を見ると、些細なところが違ったりします。それをもとに、先行の研究論文を参考にしながら見分けるんですが、トゲがあるかないかなどの判別も、これをトゲと見ていいのか、これを長いと見ていいのかといった細かさなので、ずいぶん悩まされました。甲殻類でいう外骨格の殻がなく、すごく柔軟に袋を動かせるから、その形がどうだっていう議論もできないんですよね」
そんななか、一筋の光明となったのが、仲間としては全然違う“柔らかい生き物”の研究手法だったんだとか。
「イソギンチャクなどの柔らかい生き物だと、中の筋肉がどう走っているかといった特徴などから分類することが多いので、そのへんを参考にすると格段にわかりやすくなっていきました。薄く切って断面を顕微鏡で観察すると、中の細かい組織が内臓とどうくっついているかなどの違いがわかったり。そういった積み重ねが、新種の発見にもつながっていきました」
生き様がドラマチックな寄生虫のなかでも、とりわけ不思議で面白い。
これまでに吉田さんが発見された新種は4種。微細な違いから分類を進めつつも、フクロムシの構造が生き方にどう関わっているのかは、まだまだ謎だらけだそうです。
「たとえば、卵を抱え込むのにヒダのようなものを伸ばしている種類がいるんですが、これは卵がむやみに外に出ないようにするためなのかなとか、表面積を増やすことで卵に新鮮な海水を行きわたらせやすくしているのかなとか、想像しながら観察はしていますが、実情はわからないんですよね」
フクロムシが学術的に発見されたのは1836年のこと。1906年にフクロムシだけをまとめた書籍が発行されたものの、現在もフクロムシをメインにしている研究者はわずか数人。
「寄生虫全般そうですが、生活史がとてもドラマチックでしょう。僕らでは想像できない世界が広がっている。なかでもフクロムシは、寄生するためにここまで形を変えられているのも魅力です。不思議な生き物で面白いし、海辺では珍しくないんですが、研究する人が少ないんですよね。だからまずは自分のいる千葉の沿岸域で見られるフクロムシがどういう種類なのかを、はっきりさせていきたい。自分たちの扱っているフクロムシがどういう正体なのか、はっきりさせていければ、研究が盛り上がるんじゃないかと期待しています」
作業中の吉田さん。海底の砂泥を採集し、そのなかの生き物を探しているところ
【珍獣図鑑 生態メモ】フクロムシ
他の甲殻類に寄生する甲殻類で、世界に300種ほど存在。幅広い海域に暮らし、とくにカニに寄生する種類が多い。フジツボと同じ蔓脚下綱に属し、ノープリウス幼生からキプリス幼生へと変態するが、寄生するメスの成体は袋状となる。宿主の腹部から体内に侵入して栄養分を吸収し、体外にほぼ卵巣が占められた生殖器官を出し、オスを取り込んで放精と抱卵を繰り返す。孵化した幼生が海中へと飛びだし、新たな宿主に寄生する。
参考文献
[1] Glenner, H., and Høeg, J.T. 1995. A new motile, multicellular stage involved in host invasion by parasitic barnacles (Rhizocephala). Nature, 377: 147-150.
[2] Li, H., Yan, Y., Yu, X., Miao, S., Wang, Y. 2011. Occurrence and effects of the rhizocephalan parasite, Polyascus gregarius, in the Chinese mitten crab, Eriocheir sinensis, cultured in a freshwater pond, China. Journal of the World Aquaculture Society, 42: 354-363.