普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。
研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。
第8回目は「ウミクワガタ×太田 悠造 学芸員(鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館)です。それではどうぞ。(編集部)
ダンゴムシの仲間だけど、オスの成体はまんまクワガタムシ
ミナミシカツノウミクワガタ
ウミクワガタ=海のクワガタ…そんなド直球なイメージで泳いでいるクワガタを想像したけど、写真を見てビックリ。色以外ほぼ正解ですやん! なにこれ、溺れないの? と心配になっちゃうほどクワガタなんですが…いったい何者なんですか?
「ダンゴムシやワラジムシ、オオグソクムシらと同じく、甲殻類の等脚目に含まれる生き物です。その名のとおり、オスの成体は昆虫のクワガタムシに似た大顎をもっています。とはいえ大きくても2cmあったらめちゃくちゃでかい部類で、たいがいが2~3mm。非常に小さいんです。等脚目はまるっとしたグループが多く、ウミクワガタもメスはダンゴムシのようにまるっこい。幼生も成体とは全く違う形態なんですよ」
ソメワケウミクワガタ。一番左、オスの頭部はクワガタムシそっくりである。真ん中はメスの成体。右は幼生の姿
ソロ写真ではわからなかったけれど、サイズは本家(クワガタムシ)と全然違うんですね。なんでオスの成体だけ、クワガタチックな大顎ができちゃったんでしょうか?
「大顎の意義は昔から議論されているものの、それを自然下で使っている目撃例は報告されていなくて。今のところ一番有力な説は、外敵から身を守ること。ウミクワガタは、成体になると海綿や岩の中に棲みますが、巣穴の入口付近でオスが一匹、顎を外に向けて鎮座しているんです。これは中にいるメスを守っているんじゃないかと考えられています」
なるほど。だけどクワガタムシならオス同士、メスをめぐって大顎でケンカをしますよね。そういう使い方の可能性は?
「あると思いますよ。複数のオスを一緒に飼育していると、カラダがバラバラになっているといったように、明らかに大顎でケンカしたであろう状況は見られるので。甲殻類の多くは、カニのように歩行用の脚の一部が発達してハサミになり、それを武器としていますが、ウミクワガタは甲殻類の仲間なのに、咀嚼する大顎が武器になった点で、かなり特異的。どのようにして進化していったかも大きな研究テーマです」
昆虫少年が海の生物に興味をもった結果のマッチング
実はまだあまり調査されていないというウミクワガタ。そもそも太田さんが研究を始められたきっかけは、なんだったんでしょう。
「昆虫少年だったんですよ。大学(琉球大学 理学部 生物系)に進学してからも虫採りは続けていたんですが、研究はもう少し知られていないものをやろうと、海の無脊椎動物の研究室へ。講義を聴き、その未解明さに惹かれたんですよね。そこで研究室の先生に虫好きだという話をしたところ、教えてもらったのがウミクワガタでした」
もともとクワガタありきだったとは、なんだか合点がいきました。でも研究が進んでいないってことは、生息エリアが限られていたり、数が少なかったりするのでは? 沖縄でも見つかるものだったんでしょうか。
「極地から熱帯まで世界中に棲んでいて、珍しい生き物ではないんですが、相当小さくて海でも岩の穴の中などに隠れているので、全然見つからないんですよね。そのせいもあり、世界的に研究者が少なくて…。僕も最初、岩などを真水で洗い流して探していたんですが、見つけるのに半年ぐらいかかりました。だけどあるとき、魚がたくさんいる珊瑚礁で探したらすぐに見つかったことがあって、しかもそれが新種だったんですよ」
なんと! そんな早々に新種が見つかるなんて、夢がある!
「以降もなかなか出なかったんですが、珊瑚礁のなかでもポツンとあるような、魚の多い岩場では見つかることが多いとわかってきて。その後、干潟でウミクワガタが大量に入っている海綿を発見。行ったら確実に何百匹もとれる場所だったので、そこで見つけたウミクワガタの生態を研究して卒論にしました」
ウミクワガタをソーティング(選り分け)する太田さん
「ドロホリ」「トンボ」…ウミクワガタの新種を、特徴そのままに命名!
そんな発展途上なら、新発見もたくさんありそうですね。アッと驚くようなことってありました?
「かなり多いですよ。沖縄ってマングローブの干潟がたくさんあるんですが、下が泥地になっていて、水が流れると削れて壁みたいになるんです。その泥の壁を割ったら、ウミクワガタが大量に入っている巣穴を見つけたんです。ヨーロッパの報告で、そういう生活をする種類がいると知り、似たような環境だなと思って探してみたら本当にいて。ほぼ淡水の汽水域だし、干潮になると完全に干上がる環境なのに、暮らせていたんだとビックリしました」
へぇぇ、海水でしか暮らせない、ってわけじゃなかったんですね。
「しかも調べたところ、それも新種だとわかりさらに驚きました。ほかのウミクワガタより大顎が小さく、脚がガッチリしていて泳げない。泥を掘って巣穴をつくるのが特徴的だったので、ドロホリウミクワガタという和名をつけました」
なんてわかりやすいネーミング! ていうか種類によって、大顎が小さかったりもするんですか。
「ほとんどがしっかりとした大顎をもっていて、頭が四角くクワガタっぽいんですが、調べていくと変なやつも出てくるんですよ。複眼が頭の大半を占めていて頭が丸く、大顎がちょろっとしか出ていないトンボのようなやつが沖縄で発見され、東海大学の田中克彦先生が新種として報告されました。その和名を私がつけたのですが、見たまんま、トンボウミクワガタと名づけました」
ドロホリウミクワガタの巣穴
トンボウミクワガタ
幼生のときに蓄えたエネルギーだけで成体は生き延びる
クワガタにトンボまで乗っかってくるとは、ややこし面白い。聞けば現在210種類ほど見つかっているうちの、まだ名前のついていない種類も入れて40種類近くは太田さんが発見されたんだとか。調査を始められたのが2004年なのに…そないポンポン見つかるものなんですか?
「幼生は魚の寄生虫なので、魚をつかまえて探すと、魚のエラや表面に幼生がついていることがあるんですよ。サメやエイをとってくると、結構な確率で何十匹とついてくる。とはいえ幼生の状態だと種類がわからないので、脱皮して成体になるまで水槽で保管します。この手法は2000年代から使われ始め、日本では僕、あとはオーストラリアと南アフリカの研究者が行っているんですが、おかげで研究が飛躍的に進むようになりました」
人気が出そうなビジュアルなのに、それほど未開の生物だったとは…。って危うくスルーしそうになりましたが、幼生は魚の寄生虫ですと!?
「魚にくっつき血を吸うとダニのように体が膨らみ、ギチギチに膨らむとマダニなどと同じくポロッと離れ落ちるんです。そこから泳いで、海底の海綿や岩の小さな穴などに入って脱皮するサイクルを繰り返します。そして3度目の脱皮で成体になると姿がガラリと変わり繁殖をする。成体になって以降は、幼生のときに吸った魚の体液だけを残りの生活のエネルギーとして使い、何も食べません。だから口を解剖しても、咀嚼器官が全くないんです」
海の甲殻類と陸の昆虫とで、なぜこれほど似たのか明らかにしたい
なんたる生活史! 若いうちに散々ヤンチャをして結婚したら落ち着く的な? いやでも何も食べんとは、落ち着くにもほどがあるけど…。幼生が寄生するのは、先ほどおっしゃってたサメとかエイとかだけなんですか?
「寄生される魚は何百種にも上ります。硬骨魚類も軟骨魚類もいて、ギンザメやシーラカンスなど珍しい魚からも見つかっています。ウミクワガタは2~3mmぐらいがほとんどだと言いましたが、軟骨魚類に寄生する種類は、1cmを超える種類のものが多いんですよ」
んんん? 寄生する魚類によって大きさが変わるんですか。それはまた、どうしてでしょう。
「大きな寄生虫ほど目立つため、それらを餌にするクリーナーフィッシュに食べられやすいんですが、軟骨魚類への寄生って、ほとんどがエラの中なんですよね。よく開く硬骨魚類のエラとは違い、エイなどの軟骨魚類のエラは解剖しなければ完全に開けないような構造。そのすごく奥まで入り込むから、捕食されることなく長く寄生できるんです。硬骨魚類への寄生はせいぜい1日足らずですが、軟骨魚類には何日も寄生している。その間、大きくなれるよう進化したのではと考えています」
なるほど、進化って不思議です。ウミクワガタが今の形になったのも、進化の過程で何かあったってことなんですかねぇ。
「海の甲殻類と陸の昆虫とで、明らかな収れん(近しい形質もつ方向への進化)が生じているのは非常に興味深いことです。それらを解明するのが研究の魅力だと思っています。系統分類学的な面はもちろん、宿主の利用の仕方など、生態学的な面からもウミクワガタの謎を明らかにしていきたいですね」
【珍獣図鑑 生態メモ】ウミクワガタ
甲殻類の等脚目に含まれ、全長は概ね2~3mm。オスの成体は昆虫のクワガタムシに似た大顎をもち、それを武器として使用していると考えられる。極地から熱帯まで世界中に生息し、現在確認されている種類は210種ほど。幼生は魚類への寄生と脱皮を繰り返し、三度目の脱皮で全く形態の異なる成体へと変態する。