「孫育て」って聞いたことありますか?言葉の通り、おじいちゃん、おばあちゃんが親の代わりにこどもの世話をすることです。
団塊の世代が定年を迎えたころから言われはじめ、両親の共働きや保育施設の不足から「孫育て」をする人は年々増えているそう。でも、シニア世代の老眼や体力面などに配慮された育児用品は少ないのが現状です。
そこで生まれたのが、シニア世代と赤ちゃんの安全を考えて作られた哺乳瓶「ほほほ ほにゅうびん」。哺乳瓶の落下や計量ミスを防ぐ工夫が施されています。
今までになかった哺乳瓶が生まれた
こちらの商品は、第10回キッズデザイン賞・優秀賞 少子化対策担当大臣賞と、かわいい感性デザイン賞・優秀賞を受賞。開発したのは、芝浦工業大学 デザイン工学部 デザイン工学科の女子学生と橋田規子教授、そして「孫育て」グッズを販売するBABAラボです。
今回、開発を担当した元TOTO株式会社のプロダクトデザイナー、橋田規子教授にお話を伺いました。
橋田規子教授
哺乳瓶の開発のきっかけをお聞かせください。
共同開発したBABAラボさんからのアプローチからでしょうか?
はい、そうです。BABAラボさんの所在地である埼玉県に、私の所属する芝浦工大があったので。BABAラボさん→さいたま市中小企業支援系部署→大学の産学連携課→橋田研究室という流れでお話をいただきました。
そこで、高齢者の育児参加と多世代での子育て支援を目的とした産学連携プロジェクトとして、2012年にデザイン工学科(プロダクトデザイン領域)の学生が卒業研究でのデザイン開発に取り組みました。
開発には4年かかったとのことですが、長いのでしょうか?
そうですね。現在の商品開発はどんなジャンルでも1年~2年以内なので、かなり長いと言えます。普通の企業では採算が取れない期間です。しかし、それがじっくり商品を吟味することに繋がったので良かったと思います。
実際に、55歳~67歳の女性に新生児人形を用いて5種類の既存品を使用してもらい、アンケート調査を行ったり、同時に写真と動画を撮影して調査を行いました。
学生の卒業研究として始まったそうですが、
学生が卒業した後はどのように開発を進めていったのですか?
メインは卒業研究で行った学生1人で、学生が卒業した後は指導教員の私が商品化までのサポートをしました。哺乳瓶自体の最終デザインは、主に私が手がけて、その後、メインで行った学生に声を掛けてパッケージをデザインしてもらいました。
商品化され、学生はとても喜んでいましたね。商品開発は、様々な人が関わってできているということを学べたと思います。学生たちには常に、目的や初めに決めたコンセプトを忘れないようにと言い聞かせています。
哺乳瓶で一番工夫されたところはどこですか?
断面の花形形状です。この断面については意匠出願ができていて、オリジナリティーがあります。使用感も花びら断面の凹凸が指にはまって、落としにくく安心感があります。花形以外にトライしたのは、○・□・△・星形などですね。
もうひとつの特徴は老眼でも見えやすいよう10mlごとに徐々に長くしていったメモリです。
デザイン面では、お年寄りにとってより使い心地が良く優しい印象になるよう、心がけてデザインしました。
持ちやすい花形になっているところがポイント
視認性の高い目盛り
大学側としてこれまで産学連携で商品化に取り組んできた中で、
企業側がもつ課題や求められているものなど、感じたことはありますか?
相談に来る中小規模のメーカーさんはデザイナーを抱えていないことが多く、自分たちの考えるものを形にして欲しいというケースが多いですね。
また、大企業であってもそうなのですが、製品を作っているメーカーは、バイヤー(問屋)や販売店の要求を聞くうちに、自分たちのビジョンがわからなくなってきてしまう場合があります。そういった時に、客観的な視点で方向性を示すことが大事な役割のひとつだと考えています。
-橋田先生が過去に手がけたプロダクト-
BEWキッチンシリーズ
ENOTS MINIMAL CHAIR / 岩谷マテリアル株式会社
kifuku / wall clock / TAKATA Lemnos
最後に、研究テーマのエモーショナルデザイン※について、一般の人たちの生活にどのように関わっていくのか。これからのデザインや可能性などを聞かせてください。
現在は、使う人の気持ちを一番に考えた人間中心設計の思想が、どの業界でも求められてきています。製品の性能が人にとっていかに心地よく使い易くなっているかがメインとなっています。
エモーショナルデザインでは、さらに形や色など視覚からくる印象や触り心地、音や香りなども対象にしています。エモーショナルデザインが考えられている商品は、愛着を持って使い続けることに繋がるので、心の豊かさやエコロジー問題にも貢献できると考えています。
※商品は機能を果たすだけでなく、使用者が気持ち良く使えたり、満足感や愛着を持てることが必要と考え、橋田研究室では「なぜ、人はそれを魅力的に感じるのか?」をテーマに、エモーショナル(感性)の要素解明とそれを応用したものづくりを工学の知識を取り入れ研究している。
―お話を聞いて
シニア世代向けの哺乳瓶と聞いて、最初は「?」だったのですが、今回お話を伺って、哺乳瓶は30代前後の母親世代の意見が反映された商品がほとんどで、シニア世代の「孫育て」が増えていてもニーズにすら気付かれていない状態だったということを知りました。
小さいけれど身近な悩みや不便さをデザインで心地良く解決していくというのは、これからの社会の流れのように感じました。