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  • date:2024.9.3
  • author:岡本晃大

紫式部も食べた味?幻の甘味「甘葛煎」復活秘話を奈良女子大学の前川佳代先生に聞いてきた

今回お話を伺った研究者

前川佳代

奈良女子大学大和・紀伊半島学研究所協力研究員

京都市生まれ。花園大学文学部史学科卒業、立命館大学博士前期課程修了、奈良女子大学博士後期課程修了(文学)。専門は源義経・奥州平泉の都市論。2011年に古代の甘味料「甘葛煎」を再現してから、古代スイーツの研究・普及にも取り組んでいる。「甘葛煎」以外の古代スイーツについては著書「古典がおいしい!平安時代のスイーツ」(かもがわ出版)に詳しい。

今、「源氏物語」が熱い。作者である紫式部の生涯を描いた大河ドラマ「光る君へ」放送の賜物である。そんな「光る君へ」や「源氏物語」には「椿餅」というお菓子が登場する。最古の和菓子であり、現在も和菓子店で見かけることのある椿餅は、気軽に平安時代の味を味わえることもあって、目端が利く視聴者の間で話題になったのだとか。

ただ、平安時代の椿餅と現代の椿餅では材料に決定的な違いがある。それは、最も大切な“甘さ”を出すための甘味料だ。砂糖は現代でこそそこらじゅうに溢れているけれど、平安時代にはとても貴重なもので、食べ物というよりは薬として使われていたようだ。では何で甘味をつけていたのだろう?

そこで登場するのが、甘葛煎(あまづらせん)である。

 

甘葛煎について残されている記録は多くないけれど、その中には清少納言の「枕草子」や「今昔物語集」所収の「芋粥」といった、いわゆる有名どころの古典作品も含まれている。それほど貴族社会に浸透していた甘葛煎ではあるものの、その製造は海外からの砂糖流入の増加にともない急速に廃れていった。江戸時代にはすでに原材料・製造方法ともに不明のロスト・テクノロジーになっていたという。

 

そんな甘葛煎の原料・製法を突き止め、現代に復活させようとしているのが、奈良女子大学の前川佳代先生を筆頭とするグループだ。そもそも甘葛煎の正体は何だったのか?現代人が食べても美味しいと感じるものなのか?今、甘葛煎を普及させる意味とは?尽きない疑問を抱えて、お話を伺いに奈良女子大学にお邪魔してきた。

奈良女子大学の正門

奈良女子大学へ。

幻の甘味、その正体は意外に身近な植物だった

――よろしくお願いします。さっそくですが、甘葛煎の正体はなんだったんでしょうか?

 

ナツヅタ(ツタ)という植物は冬になると樹液に糖分を貯め込み、その糖度は最高で20%以上にもなります。これを採取して、煮詰めて5〜10倍に濃縮したものが甘葛煎だと私たちは考えています。

 

――ツタ!ツタにそんなに糖分があるとは意外です。

 

煮詰めていないものは「甘葛汁」や「みせん」と呼ばれ、これも料理に使ったり、そのまま飲むこともあったようです。

今昔物語集に『芋粥』というお話が収録されています。これは、宴席で少量お裾分けされた芋粥を一度でいいから飽きるほど食べてみたいという願望をもった下級役人の話なんですけど、ここで出てくる芋粥という料理は薄く切った山芋を「みせん」で煮たものだったと考えています。

再現した甘葛煎をはじめとして、テーブルに広げられたさまざまな資料を交えつつこちらの疑問に答えてくださった前川佳代先生。

 

――『芋粥』は芥川龍之介の同名の小説のもとになったお話ですよね。そこにも登場していたとは。当時はポピュラーな食材だったのでしょうか?

 

甘葛煎が市場で売られていたという記録はあるんですけれども、現代の我々が砂糖を使うような感覚で庶民が口にできていたかというと、それはないと思います。

ただ貴族社会においては普及していたようで、というのも日本各地で生産させて税金として納めさせていたようなんです。北は現在の山形から南は鹿児島まで、生産されていたという記録が残っているんです。

 

――そんなに大規模に生産されてたんですか!でも、ということはナツヅタという植物自体はそれほど珍しいものではない?

 

まったく珍しい植物ではないです。なんなら本学(奈良女子大学)のキャンパスにも生えてますよ。すぐそこなのでちょっと見に行きましょうか。

 

取材地のカフェテリアを出てキャンパスに繰り出す一同。「あれです」と言って立ち止まった前川先生が指をさす先には、ツタに巻きつかれた立派なクスノキが。

大きな葉をつけて木に絡みつくツタが、甘葛煎の材料になるナツヅタだ。

ツタ本体も太い。左のツタが途中で切れているが、これは以前、甘葛煎作りをした時に伐採したものだそう。

前川先生いわく「恐竜の足跡みたい」な形の葉が特徴だ。

「こうして見るとあちこちにありますね!」

 

あちこちに生えるナツヅタを見てから、ふたたびカフェテリアに戻ってきた。

 

――キャンパス内のあちこちに生えていました。言われてみれば、意識しないだけでうちの近くにも生えているのを見たことがあるような気もします。こんな身近なものにそんな利用法があったなんて。

 

甘葛煎作りはナツヅタの糖度が上昇する真冬に行うんですが、とにかく寒いんですよね。それで休憩のときに焚き火をしていて、樹液をとった後のナツヅタを火にくべたら、煙にのってかすかに甘い香が周囲に立ち込めて。「これじゃん!」ってみんなで大はしゃぎしました。火にくべたナツヅタからジュワジュワ出てきた樹液を舐めてみた、勇気ある最初の一人がいたんだろうなって。

 

――煙まで甘いってすごいですね!昔の人はそうやってナツヅタの甘さを見つけたのかもしれないと。前川先生たちは、どうやってナツヅタに辿り着いたんですか?

 

ナツヅタが材料だと特定して、現代で最初に甘葛煎作りを成功させたのはじつは我々ではなくて、もとは北九州市で小倉薬草研究会という会の会長をしておられた石橋顕先生の研究でした。

石橋先生以前にも、江戸時代末期の紀州藩で藩医をしていた畔田伴存(くろだ ともあり)がツタで甘葛煎を再現したり、昭和初期の植物病理学者である白井光太郎(しらい みつたろう)がツタ原料説を提唱していた記録が残っていて、石橋先生はそうした文献を参考にしつつ甘葛煎作りをしておられたんです。

はじめ、我々が石橋先生に連絡をとって甘葛煎作りを教えていただきたいとお願いした時に、「そういう連絡をいただくことは多いんだけど、最後までやり遂げてくれる人はなかなかいないし、材料探しもたいへんだから……」というようなことを言われて断られそうになってしまって。

ただ、そう言われてキャンパス内を散策してみたらそこらじゅうでナツヅタが見つかって。これならいけるんじゃないかということで再度お願いしたら了承をいただけて、2011年に先生をキャンパスにお招きして教授していただいたんです。

 

――断続的に甘葛煎作りを再現しようとする人が現れるんですね。

 

そうなんですよ。作ろうとしてみる人はいる。ただそれが広まることはなくて、どうしても個人の営みに終始してしまうんです。

最初、我々も一回再現したらそれでおしまいのつもりでした。これはあくまで石橋先生の研究だったので。ただ、そのあと石橋先生も亡くなられて、このままじゃまた忘れ去られるぞということになって。

空気ポンプを使ってツタから樹液を押し出す石橋氏発案のやり方に代わって、現在採用されているのが遠心力を使った樹液採取法、名付けて「あまづらブンブン」だ。適当な長さに切ったツタの片側にビニール袋をかぶせて、手でもってブンブン振り回す。遠心力で断面から溢れた樹液がビニール袋に貯まる仕組み。

ナツヅタの断面を観察すると、細かい穴が無数に開いているのがわかる。ここから樹液が溢れてくるのだ。満月のタイミングで伐採すると樹液の量が増えることなど、長く続けることでツタのもつ不思議な性質もわかってきたのだそう。

 

それで、せっかくよみがえった甘葛煎がまた消滅しないように、甘葛煎を実際に作ってみるワークショップを各地でやっています。甘葛煎を作るには、大人30人で一日がかり。樹液を1ℓあつめても、それを煮詰めると100ccくらいにしかなりません。真冬に作業をするので、甘みを求める大変さとそれに従事したであろう農民たち、対して労力なしでその成果を得られる貴族たちがいた世界のことを、参加者には身をもって体感していただくことになります。もちろん、その美味しさもですね。この体験は、社会や理科、食育といった学習にもつながるので、大変な作業は大人が段取りして、小学校の総合学習の時間にお邪魔したこともありました。奈良では、奈良を愛する「奈良あまづらせん再現プロジェクト」のメンバーで毎年再現しています。

甘葛煎は作った人しか食べられませんが、より多くの方々に甘葛煎の味を味わっていただきたいという思いで、甘葛煎の味わいに極力近づけた甘味料の開発にも取り組んできました。念願の「甘葛シロップ」は昨年完成し、奈良市内のお店で販売しています。

 

せっかくなので本物の甘葛煎と甘葛シロップ、舐め比べてみますか?

 

――いいんですか!貴重なものなのに。

 

せっかくですから。

各地で開催したワークショップで作った甘葛煎。それぞれ微妙に色が違うけれど、おしなべて黄色っぽい、蜂蜜みたいな色だ。

甘葛煎と甘葛シロップ、その味は……?

小さな匙で、ほんの少しすくって口に運ぶ。樹液と聞いてからメープルシロップみたいな味を想像していたのに、実際はもっと癖のない、黄金糖みたいな香ばしさのある甘さが舌に広がった。と、その味は後を引かずにスッと消えてなくなった。しつこくなく、植物の汁を煮詰めただけとは思えないくらい雑味のない、上品な潔さのある味だと思った。

そしてこちらが、甘葛煎を再現して作った「甘葛シロップ」(右端の瓶は平成10年産の本物の甘葛煎)。小規模生産なこともあって、ロットによって色が少しずつ違うんだとか。

 

続いては、甘葛煎の味わいを再現して作った市販品の「甘葛シロップ」。こちらは紙コップに少量注いでいただく。本物より少し甘味が強くて果物的な酸味がある気がするけれど、これは一度に口に含んだ量が多いからだろうか。

甘葛煎にあった、口の中に広がった甘さが間を置かずにスッと消えていく感じ。この不思議な感触が一番の特徴だと思うのだけれど、甘葛シロップにもちゃんとその不思議な「スッ」感があった。

 

――どちらも美味しいです。甘葛シロップは、甘葛煎の後を引かない不思議な甘さが再現されてますね。どうやって作っているんでしょう?

 

成分分析をしまして、まず甘味成分。個体差はありますが、ショ糖、果糖、ブドウ糖がおおよそ3:1:1の割合で含まれていることがわかりました。ですが、単にそれらを混ぜてもただ甘いだけにしかならなくて。甘葛煎の、糖度がとても高いにも関わらず甘さが引いていく秘密はなんなんだろうという課題が残りました。

2017年に予算がついて、糖以外の成分についても分析をした結果、どうもタンニンが効いているんじゃないかということになったんです。タンニンって渋味とか苦味の成分なので、それが甘味をマスキングしているんじゃないかと。

それで、いろいろなタンニンを試しているうちに、「あ、これ近いかも」と感じるものがあって、それがなんと柿渋だったんです。

 

――柿渋!柿と言えば奈良の名産品ですが、その柿のタンニンが甘葛煎再現にぴったりだったと。偶然なんでしょうが、不思議な話ですね。

 

本当に。成分分析をお願いした奈良県農業研究開発センターの濱崎さんがおっしゃるには、タンニンというのは何千種類もあるそうで、柿渋がうまく合ったのは奇跡的なことだそうです。

ただ、それでも本物との微妙な違いはまだありますね。理想を言えば、ナツヅタからタンニンを抽出して添加できれば一番なんですが、それだと食品として販売するためのハードルがすごく上がってしまって。味的に近いものができたとは思いますが、さらに改良していきたいですね。

一押しの甘葛煎メニューは枕草子にも出てきたかき氷(削り氷)だ。(写真提供:前川佳代先生)

古代の人々の感性や思考を、私たちと地続きに感じてほしい

――甘葛煎復活にそこまで熱心に取り組んでおられる理由はなんなのでしょうか?

 

今我々のいる場所を俯瞰的に見て、歴史の地続きであることを感じてもらいたいんです。1000年前の世界って、現代とは完全な別天地というか、ほぼファンタジーの世界とその住人みたいにとらえられてるんじゃないかと思うことがあるんです。でも実際はそうではありません。

甘葛煎についての記述は清少納言の「枕草子」にもあって、そこでは「けずりひ(削り氷)にあまづら入れて新しきかなまり(金碗)に入れたる」(削った氷に甘葛煎をかけて金属の器に盛ったもの)が「あてなるもの」(高貴で上品なもの)とされています。これは今のところ日本最古のかき氷の記録です。彼らは冬に作った氷を氷室で夏まで保存することを知っていたし、ナツヅタの樹液から甘葛煎を作ることも知っていたし、暑いときに氷菓を食べる贅沢も知っていたんです(贅沢だと思っていたかどうかはわかりませんが)。

現代ってすごく便利な時代で、そこに慣れてしまうとどうしても歴史の世界に対して上から目線になってしまうというか、「昔は酷い生活をしていたんだろうな」「昔の人はなにもわかってなかったんだろうな」みたいな見方をしてしまうと思うんです。でもそうじゃなくて、昔の人は身の回りの現象を理解していたし、不味いものを食べていたわけでもなかった。思考力や感性が現代人と比べて劣るわけではなかった。

 

――たしかに。古典を読んでると、感受性や観察力なんかはむしろ昔の人の方が高かったんじゃないかと思うことすらあります。

 

ナツヅタは米や野菜と違って品種改良されていないので、甘葛煎の味も1000年前とほぼ変わっていないはずです。その甘葛煎がこんなに美味しい。古代の貴族たちと味覚を共有することで、昔の人たちも私たちと同じ人間だったんだと、感じる糸口になってほしいんです。

 

 

誰でも、予備知識がなくても楽しめる食べ物は、直感的に古代を感じる手段としてはうってつけだ。前川先生は甘葛煎以外にも何種類もの平安時代スイーツを再現している。昨今の平安時代ブームに乗ってますます知名度が上がることに期待です!

小麦粉と米粉を水と塩で練って、油で揚げた「索餅(さくべい)」というお菓子もご馳走になった。ほんのりと塩味の利いた素朴な味と噛み応えのある食感が美味しい!

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