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  • date:2024.12.12
  • author:岡本晃大

植物図鑑(1):食虫植物が虫を食べる理由とは?ニッチな環境で獲得したニッチな生存戦略

今回お話をうかがった研究者

野村 康之

龍谷大学 食と農の総合研究所 客員研究員

京都大学大学院農学研究科農学専攻修了(農学博士)。2019年より、龍谷大学食と農の総合研究所に在籍。もっぱらイネ科の植物を研究の対象としているが、ライフワークとして食虫植物を愛好し、著書に『あなたの知らない食虫植物の世界:驚きの生態から進化の秘密まで,その魅力のすべて』(化学同人)がある。

ほとゼロでは、連載企画「珍獣図鑑」を中心にこれまで数々の生物とその研究者を紹介してきました。けれど実は、植物についてはまだまだ未開拓。地上のあらゆる場所に存在する植物に目を向ければ、珍獣たちにも引けを取らない、もしかしたらそれ以上に多様な生き様に出会えるのでは!?……ということで、その道の研究者にめくるめく植物の世界を案内してもらう「植物図鑑」をスタートします。

第1回は、「食虫植物×野村康之先生(龍谷大学 食と農の総合研究所 客員研究員)」です。それではどうぞ。(編集部)


食虫植物の条件

ペット兼観葉植物としてホームセンターで売られていたり、ゲームのキャラクターになったり、食虫植物は広く知られた存在だ。でも、そうしたサブカル的な消費のされ方とは裏腹に、「植物なのに虫を食べる」ということ以外に私たちはどれだけ食虫植物について知っているだろう?

「誰もがおもしろいと感じるから食虫植物は広く知られているけれど、その分誤解が広まっていると思います。私はそれに物申したいんです」と語るのは、イネ科の植物を研究する傍らライフワークとして食虫植物を愛好する野村康之さんだ。

そもそもの前提として、ある植物が食虫植物であると言われるためには、5つの能力を持っていないといけないのだという。

 

「まず獲物の昆虫をおびき寄せる誘因能力。次に、おびき寄せた獲物を捕獲する能力。3つ目が、捕獲したものを分解、つまり消化できること。4つ目が、分解したものを体の中に吸収できること。5つ目が、そうやって吸収した栄養分を糧にして生育が良くなるとか、進化生物学的に言うと適応度が上がること。これらをすべて満たしたものを(狭義の)食虫植物と呼んでいます。虫を捕獲して栄養にしているっていうのはその通りなんですけれども、実は定義の一部なんです」

 

「誘引→捕獲→消化→吸収→代謝」という一連の流れをすべて自力でできないといけないということか。動物にとっては当たり前のことだけれど、植物がこれをするとなるとぐんとハードルが上がる気がする。

 

「ただ実際は、5つの能力のうちの一部の性質が弱いものも食虫植物として扱われることがあります。有名な例が、ロリドゥラという食虫植物です。自身も消化酵素をもってはいるんですが、肉食のカメムシとの共生関係に獲物の分解をかなり頼っているんです。ロリドゥラはベタベタする植物で、このベタベタに捕まった虫をカメムシが食べて、出した糞をロリドゥラが栄養として利用します。カメムシは体表から出る特殊なワックスのおかげでロリドゥラには引っつかないんです。ロリドゥラに住処と餌を提供してもらって、一方でロリドゥラ側もカメムシに分解してもらったものを吸収することで生きているわけです」

ロリドゥラ。葉やつぼみを覆う毛のような器官、腺毛から粘液を出している

虫を捕らえる流儀はさまざま

ところで、ベタベタで昆虫を捕獲するというのはよく知られた食虫植物であるモウセンゴケに通じるものがあるけれど、食虫植物の世界では普通のやり方なのだろうか?

 

「捕虫方法としてはオーソドックスです。実は粘液を作る植物は食虫植物以外にもたくさん存在します。自分のことを食べに来た昆虫を妨害したり、捕まえて殺してしまったりするためだと考えられています(※)。日本在来の植物だと、モチツツジというツツジの仲間が有名ですね。『モチ』はモチモチ、ベタベタしたという意味で、葉から粘液を出すことが由来です。ほかにもシソやミントの仲間にも粘液を出すものが多いです。そもそも、シソやミントは独特な臭いの揮発成分を体表から出していますよね。あれには昆虫に対する忌避効果があります。そういう代謝物を分泌するために植物の体表に備わった器官を腺毛といって、昆虫の捕獲にベタベタを使う食虫植物が多いのは、もともとあった腺毛の機能を流用することで進化しやすかったからだと考えられます。

また、動物の体に免疫機能が備わっているように、植物も体の中に侵入してきた菌類を殺すための消化酵素を持っています。本来は体内で動く消化酵素を外に出すようになると、食虫植物みたいになるわけです。

捕食者や感染症に対抗するための防御能力の延長が食虫植物なんだってことが、遺伝子の研究で徐々にわかりつつあります」

 

※以降、「○○のため」などあたかも生物が目的を持っているかのような表現をすることがありますが、これは文章を簡便にするためであり、実際には、生物は目的をもって特定の性質を有しているわけではないことを補足しておきます。

例:食虫植物が粘液を出すのは虫を捕まえるため
✕ 食虫植物は虫を捕まえるという目的を果たすために粘液を出せるようになった。
〇 粘液を出して虫を捕まえられる個体が、捕まえない個体よりも有利で、子孫を増やし続けた結果、食虫植物の系統では粘液を出さない個体が絶滅し、粘液を出せるものが生き残った。

 

 

食虫植物の能力は突然変異によってまったくのゼロから獲得したものではなくて、あくまで植物がもともと持っていた能力を改良したものだということか。ベタベタ式のほかにはどんな捕獲方法が?

 

「モウセンゴケみたいなベタベタするタイプは粘着式とかトリモチ式と言われます。ハエトリグサに代表されるのがハサミ罠式とか虎ばさみ式とか呼ばれる罠。ウツボカズラは落とし穴式。一般に有名なのはこの3つの方式です」

 

粘着式(モウセンゴケ)、ハサミ罠式(ハエトリグサ)、落とし穴式(ウツボカズラ)の3つは食虫植物の有名どころだ。

 

「次の2つは一般に馴染みがないと思います。1つが吸い込み式。タヌキモという水草だけが該当します。種類によっては1ミリとか、それくらいの小さな袋を持っているんですが、この袋の中は普段、外よりも水圧が低い状態(陰圧)に保たれています。その状態で餌が袋の口にぶつかると、口が開いて水ごと獲物を吸い込むんです。袋の中で消化と分解をして、死骸はずっと中に残り続けるのでどんどん袋が黒ずんでいきます。

最後が迷路式、ウナギ筒やエビ籠に例えられることもある筒状の罠です。筒の内側には逆毛が生えていて、中に入った微生物は奥に進むことしかできません。進んだ先には小さい袋状の空間があって、そこで消化されます。ゲンリセアという食虫植物だけに備わっていて、地中の微生物を捕まえるのに使われます」

左:タヌキモとその捕虫嚢(吸い込み式)、右:ゲンセリアとその捕虫器(迷路式)

 

たしかに、吸い込み式の袋や迷路で捕虫する方法はあまり知られていないかも。こうして並べてみると粘着式はだいぶ初歩的というか、他の4つが動く部位があったり複雑な形をしていたりするのに比べるとだいぶ単純だ。

 

「初歩的というのはその通りで、ほとんどの食虫植物は粘着式を雛型にして進化したものであると考えられています。粘着物質と消化酵素を袋に貯めるようになると落とし穴式になり、分泌のタイミングを獲物が捕まった時に限定すると、ハサミ罠式のようになると。ゲンリセアとタヌキモには遺伝的に近縁なムシトリスミレという食虫植物がいるんですが、このムシトリスミレは粘着式を採用しています。吸い込み式や迷路式の罠も、粘着式の構造が発展したものだと考えられます」

 

いろいろな形のある食虫植物だが、もとをたどればその出発点は粘着式がほとんどだと。これは意外だ。

獲物の種類に応じて千差万別な戦略が

食虫植物にとっては粘着物質や消化酵素の存在がとても重要ということがわかった。ではハエトリグサが閉じるときのような高速の動きはどうやって実現しているんだろう?

 

「かつては、細胞に水を出し入れすることで生じる膨圧や、細胞自体の成長で動きのメカニズムを説明しようとする説がありました。ただ、その仕組みではハエトリグサの動きのスピードは実現できないことがわかって、今では蓄積された弾性エネルギーがちょっとした衝撃で一気に放出される、バネ仕掛けのようなシステムが最有力です。台所のシンクって、お湯をかけたらベコンと大きな音が鳴るじゃないですか。金属原子一個一個がほんの少しずつ熱で膨張することで、全体のたわみの方向がいっきに変わるというダイナミックな動きが起こる。同じように一個一個の細胞が少しずつ動くことであの動きが実現できてるんじゃないかと」

ため込んだ力を一気に放出するシステムによって、ハエトリグサはハエを捕獲できる反射速度を実現している。

 

「開くときですが、こちらは細胞が成長しているのでゆっくりとしています。また動いた時に葉の呼吸量が増加するとともに、ATP(アデノシン三リン酸)がかなり消費されることがわかっています。ATPは生物の体内のエネルギー通貨で、完全に枯渇するとエネルギー切れになります。

『売り物のハエトリグサをいじめちゃダメだよ』というのを講義なんかでよく言うのはそのためです。弱らせてしまうし、ハエトリグサにとっても店にとってもそんな迷惑なことはないから」

 

なるほど、ハエトリグサの罠はダイナミックな動きをする分、使用可能な回数が決まっていたのか。万一その回数内で捕獲ができなかった場合は、そのままエネルギー切れになると。

 

「ハエトリグサの生き方って博打的なんですよね。罠の消費するエネルギーが多くて使用可能な回数も少ないけれど、成功すれば大きな獲物を捕まえられます。モウセンゴケは大きくて力が強い虫は捕まえられません。つまり、粘着式は小さく力の弱い虫をたくさん捕まえる戦略です。

ウツボカズラはさらに変わった戦略をとっていて、その多くがアリを狩ることに特化しています。ウツボカズラが多く生育する熱帯では、アリが占めるバイオマス(生物由来の資源量)が大きいためです。

ウツボカズラの口のところは、乾いていると滑りにくく、湿っていると滑りやすくなります。乾いているときに来たアリはウツボカズラの蜜を舐めて無事に巣まで帰ることができて、そいつがもたらした情報をもとにさらに多くのアリがウツボカズラに向かっていきます。この時に空気が湿っていると、アリは滑って中に落ちてしまうんです。一見すると、常に虫を捕まえられるようにしておいた方が良さそうではある。でも、あえて虫を捕まえないモードを設けることで、アリみたいな社会性昆虫はたくさん罠にかかるんです。

ウツボカズラにしろハエトリグサにしろモウセンゴケにしろ、それぞれ狙ってる獲物が違って、ベストな獲物を選択した植物が生き残った結果が今の姿なんです」

ウツボカズラは虫を捕るモードと捕らないモードを切り替えることで、社会性昆虫であるアリを効率的に捕獲できるようにしている。口の部分が湿度が高いときに滑りやすくなるのは、車のタイヤが雨の日に滑りやすくなるのと同じ原理(ハイドロプレーニング現象)だそうだ。

 

置かれた環境で生き残ろうとした結果が今の姿だと。では、そもそも食虫植物はなぜ虫を捕るようになったのだろう?

 

「食虫植物はわかっているだけで世界中に900種弱しかいません。名前がついてる植物は大体20万から30万種いて、その中の1パーセントに満たない種数でしかない。そういう稀な生態は、特定の限られた環境に適応して進化したんだろうと考えられます。

よくある誤解で、食虫植物は鬱蒼としたジャングルにひっそり生えているところを想像されることが多いと思いますが、実際は日当たりのいい開けた環境に多く生育します。食虫植物が虫を捕まえる理由は、光合成ができないからではなくて、土壌の養分が貧弱な環境に生えているからです。

植物は光合成で得られる炭水化物だけでなく、窒素、リン酸、カリウムといった栄養成分がなければ生きられません。それらの不足を補うために編み出した解決策が、虫を捕まえることだったわけです。

貧栄養な環境が成立する典型的な場所が湿地です。水が多く酸欠気味な湿地では、微生物による分解が遅くなりやすく、その分、植物にとって利用できる栄養も少なくなります。この環境では、栄養が少ないから植物は体を大きくすることができない。さらに地中に酸素がほとんどないから、根を伸ばそうとしても酸欠で腐ってしまう。その結果、背の高い植物が育たないので、逆に日当たりは良くなるんです。

食虫植物に共通する性質が、こういう環境で進化してきたことによって生じています。まず根が貧弱です。湿地では水のために根を張り巡らす必要はないし、養分は虫から獲得できます。さらに日光を巡って周囲の植物と競争する必要がないため、小型の種が多いです。

これは私の推測ですが、そういう環境では、蓄えた資産を少しでも奪われるのは致命的になりえます。葉を1枚かじられるにしても、栄養豊富な環境と貧栄養な環境では損失の大きさが変わってきます。食虫植物の祖先は、虫を捕まえる前の段階から防御にたくさん投資してたんじゃないかと思うんです。それをどんどんアグレッシブに、虫を捕まえて分解するようにしたら、より効率的に栄養を摂取できるようになった。そうして進化をしたのが食虫植物なんじゃないか。ただ、これを検証するのは簡単なことではないので、あくまで仮説です」

モウセンゴケをはじめとして、日本で見られる食虫植物もほとんどが湿地に生息している。

失われつつある生息地

食虫植物の生息地である湧水池や溜池、湿原などの湿地。しかしそうした場所は急速に失われつつあるという。

 

「日本には21種類の食虫植物がいて、中でも多いのがモウセンゴケの仲間とタヌキモの仲間です。モウセンゴケの仲間で代表的なのが、モウセンゴケとコモウセンゴケとトウカイコモウセンゴケの3種で、割とどこでも見ることができます。私が今いる、龍谷大学瀬田キャンパスの敷地内にもいますよ。滋賀県は食虫植物の生育地がたくさんあります。

ただ、そうした場所ももれなく減ってますね。埋め立てられたり、湿地としては残っていても太陽光パネルで覆われていたり。

植物学者の牧野富太郎をモチーフとした主人公の『らんまん』という朝ドラがありましたね。その中で取り上げられたムジナモという植物が食虫植物なんです。国内最後の生育地だった埼玉県の宝蔵寺沼では、ソウギョという植物を食べる外来魚が入ってしまっており、存続が危ぶまれていました。そのムジナモは現在ほとんど見ることができませんが、昔、日本の各地に生育していました。最近になって別の産地が見つかって、食虫植物界隈ではこの再発見に盛り上がっていました。それでもピンチであることには変わりはありません」

ムジナモ

絶滅が危惧される食虫植物、ムジナモ。日本で最初に見つけたのは、植物学者の牧野富太郎だ。

 

ニッチな環境に適応できたのはよかったものの、環境そのものが消滅してしまってはどうしようもないということか。

 

「保全のためには食虫植物の生態を研究する必要があります。私自身としてはどうやったらみんなに食虫植物やその研究を知ってもらえるかという、アウトリーチにより一層の関心があります。みんなの関心が高まることで、巡り巡って保全にもつながっていくでしょうから。

それに、食虫植物というのは自分にとって植物を見るための物差しなんです。今の研究で使っているのは主にシロイヌナズナやイネ科の植物ですが、食虫植物という極端な生態をもつ植物、それを通して見ることで、それ以外の植物の生き方が理解できると思っています」

 

【植物図鑑:生態メモ】食虫植物

昆虫の誘引、捕獲、消化、吸収、代謝の5つの能力を備えた植物の総称。モウセンゴケ、ハエトリグサ、ウツボカズラなどはとくに有名。900種弱が種として記載されている。日当たりが良く土壌中の栄養に乏しい湿地の環境に適応進化した結果、食虫能力を獲得したと考えられている。

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