90年代には連日のように宇宙人ネタを扱うテレビ番組が放送されていたものですが、そういうオカルトすれすれの宇宙ネタは、今やすっかり下火になったような気がします。では人類が宇宙に関心をなくしたのかというと、もちろんそうではなく、宇宙ベンチャーをはじめ世の中は空前の宇宙開発ブームといっていい状況にあります。そしてそんな実利的な宇宙開発の影で、地球外生命体とのコンタクトに備えた議論も少しずつ進められてきたようです。
今回は、宇宙開発を進める上で必要とされているルール、すなわち「宇宙法」と、いつか来るかもしれない地球外生命体との邂逅に備えて展開されている議論ついて、立命館大学で国際関係学を研究されている川村仁子先生にお聞きしました。
先端科学技術にはルールが必要。その先駆けが宇宙開発
――川村先生のご専門は先端科学技術のガバナンスだと伺っています。これは「宇宙法」とどのような関係があるのでしょうか?
「先端科学技術の研究開発の促進とリスク管理のための国際的な法とガバナンスを専門としています。その一環として宇宙法にも取り組んでいます。もともとは国際関係における共和主義思想(政治思想の一つ。恣意的な権力の支配からの自由をもとめる自律した個人による政治のための思想)を研究していました。共和主義には、自主的にガバナンスを形成していくという特徴がありますが、現代でこのような特徴が見られる分野の一つが、先端科学技術だったんです。この分野は変化のスピードが非常に速いため、従来の国際法や条約だけで対応するのは難しく、国家以外の主体、例えば民間団体や専門家グループが作るルールが重要な役割を果たすようになっています。こうした非国家主体による自主規制は、これを法と呼ぶのはおかしいという考え方もありますが、場合によっては法律に近いはたらきをするため『グローバル・ロー』や『ノンステート・ロー』と呼ばれます。
こういう考え方は昔からあって、例えば宗教法は、信者にとってはときに国の法律よりも強い拘束力があります。私たちが飛行機に乗るときに、荷物が重量制限に収まるかでドキドキすることがありますが、こういった重さの制限や運送契約としての航空券の発行、発券データのやり取りなどは、航空会社同士の国際組織である国際航空運送協会(IATA)の取り決めに依存しているところがあります。
宇宙法は先端科学技術分野の国際的なガバナンスとして比較的歴史が長く、先進的です。1950年代後半から国際的な取り組みが始まり、グローバルなガバナンスの先行事例として機能してきました。宇宙諸条約などの国際法だけでなく、たとえばISOが策定するスペースデブリ(ロケットの打ち上げなどによって発生し、地球周辺の宇宙空間に残されるゴミ。以下、デブリ)に関する設計基準などは、国家が作った法ではなく、民間団体が作ったルールが、実質的には世界共通の基準として使われています。宇宙法は先端科学技術分野におけるガバナンスの、重要なモデルケースとなり得ると考えています。他の分野、たとえばナノテクやAIには、そこまでの枠組みはまだ存在していません」
――ガバナンスのない科学技術、たしかにこれは恐ろしいことが起こる気がします。
「そう、極度に危険な技術は、一度問題が発生すれば、国境を超えて甚大な被害を及ぼします。さらに、これらの研究プロジェクトは極めて国際的であり、関与する主体も一国に収まらないグローバルな構造になっています。たとえば核融合炉開発をめざす『イーター(ITER)プロジェクト』では、アメリカ、ロシア、中国、EU、インド、そして日本など、政治的に対立する国々でさえ協力せざるを得ない状況があります。
だからこそ、グローバルな視点からのリスク管理が不可欠です。ただ、規制が厳しすぎると、人類の希望となり得るような技術発展の足を引っ張りかねない。技術の発展を適切に促進しつつ、同時にリスクを管理する。バランスをとる必要があります」
――宇宙法が50年代ぐらいから構築され始めていたのは、宇宙開発競争が冷戦の期間を通じて激化していったことや、核戦争にたいする恐怖心がベースにあるんでしょうか?
「それは大きいと思います。第二次世界大戦の頃からロケット技術が注目され始め、1950年代にはソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功しました。これをきっかけに、米ソ間で宇宙開発競争が激化します。その中で最も恐れられたのが、核兵器の使用でした。宇宙ロケット技術はそのまま核ミサイル技術として使えるからです。米ソはもちろん仲は悪かったのですが、核戦争が起こる現実的なリスクも常に意識していました。
当時は、核戦争の脅威が市民レベルでも身近なものでした。昨今では私たちも、ウクライナ情勢などで核戦争のリスクを意識することがありますが、冷戦期のように世界中の人々が『核戦争が起こるかもしれない』と本気で考えていた時代と比べると、切迫感のレベルはまったく異なります。各家庭に核シェルターを作ったり、私の祖母も『毒ガスマスクを買った』と話していたことがあります。
基本的な宇宙諸条約ができていったのが60年代から80年代なので、まさにそうした時代の真っただ中のことでした。
しかし、冷戦の終結とともに国際関係の改善への期待がふくらみ、核戦争への危機意識は薄れていきました。その結果、条約や法律の規制に囚われるよりも、自由に自分たちの利益を追求するような宇宙開発の状況が生まれていったのではないかと思います」

宇宙ロケットは核兵器の運搬手段としてもポテンシャルが高かったので、冷戦の期間を通して米ソの宇宙開発競争が繰り広げられた。画像はアポロ11号のロケットと人類初の月面着陸の様子(出展:NASA)
多極化する宇宙開発と宇宙法
――代表的なのはイーロン・マスク氏のスペースXですが、日本でも堀江貴文氏がロケット開発を始めるなど、宇宙開発への参入がますます多極化していく中で、宇宙法はどうなっていくんでしょうか?
「『宇宙法』と呼ばれているものの多くは、国際法、つまり国家間の条約というかたちで制定されていますが、その数は非常に限られています。代表的なのが1967年に発効された『宇宙条約』です。これを補足・具体化する形で、『宇宙救助返還協定』や『宇宙物体登録条約』、『宇宙損害責任条約』『月協定』などが続きました。『宇宙救助返還協定』は、宇宙飛行士がトラブルに巻き込まれた場合、国家間で協力して安全に帰還させることを定めています。『宇宙物体登録条約』と『宇宙損害責任条約』は、宇宙に打ち上げる物体の登録義務と、責任の所在(登録国が全責任を負う)を規定しています。そして『月協定』は、月に関する活動を対象とした唯一の国際的な取り決めですが、加盟国は極めて少なく、アメリカ、中国、ロシアなどは加盟していません。
これらの宇宙法が整備された1950年代後半から1980年代までの時期は、国家主導の宇宙開発が前提でした。
しかし、現在の宇宙開発は状況が一変しています。大企業だけでなく中小企業も宇宙産業に参入できる時代になりました。宇宙開発を担う国家も、先進国だけではありません。グローバルサウスと呼ばれる国の中にも、宇宙開発に積極的な国々が増えています。特に赤道直下の国々は、宇宙開発にとって地理的に有利です。というのも、ロケットの打ち上げにはエンジンの推力だけでなく、地球の自転による運動エネルギーも活用できるからです。地球の自転速度は自転軸からの距離がもっとも遠い赤道上で最大となり、北極や南極に近づくほど遅くなります。赤道から遠ざかるほど、自転の助けが得られにくくなり、その分を補うためにより多くの推力や燃料が必要になるからです。彼らはその地の理を生かして、利益を得ようとしています。
こうした変化によって、従来の宇宙法が想定していなかった課題が浮き彫りになっています。宇宙条約では、宇宙空間へのアクセスと研究は自由としながらも、主権は及ばないとされています。宇宙で得た資源や成果に対する所有権をどうするのかという問題が未解決のままです。
また、現在深刻化している問題としてデブリがあります。特に地球の周りはデブリで溢れており、イーロン・マスク氏のStarlink衛星も含め、制御不能になった衛星がたくさん残されてるんですが、デブリ問題を既存の宇宙諸条約で対応するには限界があり、また、強い拘束力のある国際的な合意は存在せず、国連の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)や宇宙局といった組織のガイドラインはあるものの、実効性には限界があります。
人類が本格的に宇宙に進出しようとしている今、国際的な実効性のあるのルールを作らないと、宇宙空間が無法地帯となり、この先ちょっと恐ろしいことになるんじゃないかという気がしています」

宇宙開発は大国が占有する時代ではなくなった。そこには新たな問題も(出展:スペースX公式サイト)
――人類全体の利益を考えたら、ルールを決めて互いに譲り合う方がいいけれども、自分たちのことだけを考えたら好き放題できる状況が続いた方がいいという、ジレンマが宇宙空間にもあるっていうことなんですね。
「好き放題やってもその権利が保証されないと、その人にとっても結局デメリットなので、本当に合理的に考えれば譲り合った方がいい。ただ私としても宇宙開発は発展してほしいし、法律がその足止めになるようなものになってはいけないとは思います。もしかしたら生きている間に宇宙旅行に行ける可能性もある中で、開発を安全・安心に続けるためにもルールは必要です。そういうところを合意できればよいと考えています」
いろいろな課題がある中、もし地球外生命からのコンタクトがあったらどうするのか?
――宇宙の利用については、基本的なルール作りでも未だ合意に至れていないということでした。話が少し飛びますが、人類がそういう段階で、じゃあ地球外生命が来たらどうするんだ、みたいな話ができるのか、聞いていて心配になるところもあるんですけれど、どんな感じなんでしょうか?
「世界で初めて知的生命体が発する電波をキャッチしようとした『オズマ計画』(1960年)を筆頭に、地球外生命体を見つけ出そうとする試みはいくつも存在しますが、仮に地球外生命体とコンタクトがあった場合にどのように対応すべきかという議論も並行して進みました。
この議論の中心となったのがSETI(Search for Extraterrestrial Intelligence:地球外知的生命探査)です。1970年代には米ソの著名な科学者や歴史学者、思想家などが参加した会議が開催され、現在も国際的なSETIの学会で研究が続いています。そしてそこで登場したのが『メタロー(Metalaw)』という概念です。これは、地球外生命体と接触した際に、どのような行動規範や原則に基づいて行動すべきかという問いに対する理論的枠組みです。
1960年代から80年代にかけてそういう議論がピークを迎えたんですが、特に注目すべきは、1977年に国連の報告書が発表されたことです。この報告書では、例えばある天文台が地球外から何かしらのコンタクトをキャッチしたときにどう振る舞うべきかといったことがまとめられています。まず信号が本物かを検証して、その上でもし本物なら国の機関などに通報し、個人が勝手に返答しないとか、そういう具体的な行動指針を国連が出すような時代だったんです。1940年代後半に発生した『ロズウェル事件』が再び話題になったのもこの頃です」

UFOの墜落を政府が隠蔽している、という都市伝説の源流であるロズウェル事件。実際はアメリカ陸軍の気球の墜落であったとされている ※写真はイメージです
――たしかに昔は「ロズウェル事件」などの地球外生命を扱ったテレビ番組がよく放送されてたような印象があります。最近は全然見ないですね。宇宙に対する関心が良くも悪くも実利的と言うか、現実的な観点に移ってきているような気がします。
「SETIの頭文字も、当初は『Communication(交信)』の”C”でCETIでしたが、のちに『Search(探索)』の“S”へと変化しました。当面は出会うことが難しいだろうということで、探索に重点が移ってきたんです。
もし仮に地球に何かが来るとしたら、地球人よりも遥かに高度な科学技術を持った存在ということになります。高度な科学技術の発展には、コミュニケーション能力や社会性も必須なので、そのような存在が、宇宙人との戦いを描いたSF映画のように、地球に来ていきなり攻撃してくるといった可能性は極めて低い。逆に、人間の方がそういうことをしてしまいそうで危ういわけです。それに、仮に地球よりも水準の低い文明を見つけてしまったとして、植民地時代のようなことが繰り返されないとも限りません。人間は地球上でさえ争いを繰り返している状態ですから。そんな未熟な状態で、宇宙に出て行こうとすること自体が危うい。コンタクトは現状では難しいと思いますが、仮に接触できた場合の最低限の行動規範、カントの定言命法※のような、相手を傷つけない、干渉しないといった、ごく初歩的な道徳原則が必要になるでしょう。現在も、そういった議論がメタローの枠組みで進められています」
※自己の意志の規則が、同時に普遍的な立法原則として有効でありうるように行動しなさい、というカント倫理学における根本的な原理のこと。
――地球外の文明との接触を考えることで、逆説的に人間とはどういう生き物なのかということと向き合わざるを得ないということですね。
「これまで人間が、自分とは全く異なる他者に出会ったときに何をしてきたのか。その歴史を振り返りながら、どう関係を築いていくべきかを考えることが、いま求められているのだと思います。
私は歴史的な思想もずっと研究してきたんですが、人類の知性は18世紀後半か19世紀の、大戦前あたりがピークだったのかなと思うことがあります。特に人文・社会科学の発展は。科学技術は発展していますが、肝心のそれを運用する人間の知性はむしろ下降曲面にあるんじゃないかと。このままでは人間は自分を滅ぼすために技術を使ってしまうのではないか。
他の星まで行けるような高度な技術文明は、大量破壊兵器を作る技術も手に入れているはずなんです。でも同時にそれを制御する方法も見つけているはずです。そうでないと科学技術の悪い面が自分たちに向かってきてしまうので。今の人類はその状況にあって、このまま『人類って短かったね、恐竜より短かったね』と異星人に総括される存在になるかどうかの瀬戸際にいるのではないでしょうか。科学技術は使い方が大事なのですが、残念ながら技術開発先行で議論が進むので、こういう話は盛り上がりにくいですね」
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最後に、先生は「メタローは、今はまだ漠然とした倫理や道徳の議論をするしかないですが、実際に地球外文明と接触する段になると一気に発展すると思います」と付け加えました。そんな日がいつ来るのか、そもそも本当に来るのかわかりませんが、宇宙人に見られても恥ずかしくない地球を作るという目標を共有することが今の人類には必要なのかなと思いました。