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  • date:2026.1.15
  • author:あわむら あや

“睡眠健診”で健康的な睡眠が測れる社会に? 東京大学の岸哲史先生に聞く、睡眠科学の最先端

今回お話を伺った研究者

岸 哲史

東京大学 大学院医学系研究科 機能生物学専攻薬理学講座 講師

2006年東京大学教育学部卒業、2008年同大学大学院教育学研究科修士課程修了、2011年同博士課程修了。日本学術振興会特別研究員DC、米国ニューヨーク大学医学部博士研究員及び米国ベス・イスラエル・メディカルセンター博士研究員、日本学術振興会海外特別研究員。2014年東京大学大学院教育学研究科助教、同大学院医学系研究科特任講師を経て、2025年4月より現職。専門は睡眠科学、教育生理学。群馬県藤岡市ふるさとスペシャルサポーター。

皆さんは毎日しっかり眠れていますか? 心身の健康にとって睡眠は欠かせないものですが、日本人は世界的に見て睡眠時間が足りていない人が多いそうです。“健康な睡眠”を科学的に研究している東京大学の岸哲史先生によると、近年では睡眠研究が急速に進み、ヒトの睡眠の実態がどんどん明らかになってきているのだとか。知っているようで知らない“睡眠”について、詳しく伺いました。

3つのグループでヒトの睡眠メカニズムの解明をめざす

厚生労働省が発表した「健康づくりのための睡眠ガイド2023」によると「十分な睡眠の確保は重要な健康課題」であり、成人の場合、適正な睡眠時間には個人差があるものの、6時間以上が目安とされています。ですが、ただ時間だけを確保すればいいというものでもなく、「睡眠には、量・質・リズムの3つの要素があります」と岸先生。

 

「横になって寝ている時間を就床時間と言いますが、この時間がすべて睡眠時間というわけではなく、中途覚醒と言って、途中で脳が起きる時間があることがわかっています。就床時間のうち実際に眠っていた時間(量)、就床時間に対して実際に眠れていた時間の割合(質)、就寝時刻と起床時刻がそろっているか(リズム)の3つの要素を満たすことが大切です」

 

リズムをそろえるといっても、必ず毎日同じ時刻に寝て同じ時刻に起きなければならないわけではなく、その真ん中、中央時刻がそろっていることが重要だと言います。

 

「例えば、休日に多く睡眠をとっても、平日よりも早く寝て遅く起きるのであれば、リズムはそれほどずれません。ですが、中央時刻が2時間以上ずれてしまうと、『社会的時差ぼけ』と呼ばれる不調を引き起こします。月曜日に眠気を強く感じたり、集中できなかったりしたことはありませんか?」

 

あります…。休日にたっぷり寝て、睡眠不足を解消したと思っても、かえって不調になってしまうことがあるのですね。

この図の場合、週末は23時に寝て翌日の7時に起きれば、平日と同じく中央時刻は3時になり、長く寝ても中央時刻がずれません(岸先生提供の資料より、以下同)

 

こうしたヒトの睡眠や覚醒といった生体リズムの解明をめざしているのが、東京大学大学院医学系研究科システムズ薬理学教室の上田泰己教授が率いるJST ERATO「上田生体時間プロジェクト」です。2020年に発足し、岸先生は2022年から参画、現在は「ヒト睡眠測定グループ」のグループリーダーを務められています。

 

「プロジェクトは3つのグループに分かれています。まず、私がリーダーを務める『ヒト睡眠測定グループ』では、腕時計型のウェアラブルデバイスなどを使って、ヒトの集団の睡眠パターンを調べています。例えば、Aの睡眠パターンのヒトはaという特徴的な遺伝子を持っているというような相関(互いに関わり合っていること)がわかったとします。

 

相関がわかったら、次に『動物解析グループ』で動物を使って実験して、因果関係を調べます。マウスにaの遺伝子を持たせてAの睡眠パターンに変われば、aの遺伝子が原因でAの睡眠パターンになっている可能性が高いと考えることができます。

 

そして、因果が確認できたら『分子制御グループ』で、分子レベルでの生化学反応を調べます。aの遺伝子を操作して睡眠パターンがどう変わるのかを確かめて、その変化を意図的に制御する、つまり、より良い睡眠パターンをつくりだすことをめざします。それぞれのグループが密に連携しながら研究を進めています」

「集団から相関を抽出し、相関から因果を導出し、因果から制御を創出する」プロジェクトの運営体制図。「リン酸化」というタンパク質の反応に注目しているそうです

 

ヒトの睡眠を簡単な方法で正確に判定できる技術を開発!

プロジェクトでは、3つの異なるアプローチから研究を進めることで多くの成果を得ており、大規模で正確なヒトの睡眠測定を可能とする、大きな技術的ブレイクスルーを起こせたそうです。

 

「睡眠中の脳の働きを正確に測定するには、脳波を調べる大がかりな装置が必要ですが、被験者に研究室に泊まってもらわなければならないので、一度に大人数のデータを集めるのは不可能です。そのため、従来の大規模な睡眠測定データは、何時に寝て何時に起きたかというアンケートを実施するといった自己申告によるものが中心でした」

 

しかし近年では、技術の進歩により、加速度(腕の動き)によって正確な測定ができるようになったそうです。加速度による測定とは、スマートウォッチで睡眠時間を測るようなものでしょうか。

 

「被験者にしてもらうことという意味では同じです。大がかりな装置がなくても、Apple Watch やFitbitなどの腕時計型ウェアラブルデバイスを装着してもらえば睡眠を測定できるようになりました。しかし、それだけで中途覚醒を正確に測ることはできませんでした。中途覚醒は睡眠の質に関わる重要な要素ですが、脳は覚醒していても体が大きく動くわけではないため、腕の動きだけで判断するのは技術的に限界がありました。そこで上田研究室では大出晃士講師らを中心に、脳波を測定する装置とウェアラブルデバイスでの加速度測定を同時に行い、得られたデータを照らし合わせて解析することで、2022年に加速度のデータだけでも中途覚醒を高精度で判定するアルゴリズム『ACCEL法』の開発に成功。この限界を突破できたのです」

 

腕の動きだけで正確に測定できれば、大規模なデータも集めやすくなりますね!

 

「その通りです。また、もうひとつブレイクスルーとなったのが、『ヒト睡眠ランドスケープ』の描像です。イギリスのUKバイオバンクという研究で10万人規模の加速度データが集められており、このビッグデータをACCEL法によって解析することで、ヒトの成人の睡眠パターンを16に分類できました。最も多く一般的な睡眠パターン、それに比べて入眠時刻が遅い夜型、睡眠時間が短い短時間睡眠などがわかり、ヒトの健康的な睡眠の指標となる像を描けました」

脳波を測定する装置と、加速度を測定するウェアラブルデバイス

16の睡眠パターンの一部。水色で示されている部分が長い睡眠、緑色の部分が短い睡眠

 

ACCEL法の開発を受けて、現在、新たな切り口での睡眠研究が次々と進められています。岸先生は、ヒトの睡眠と生体機能や健康状態の関係を研究しているとのこと。

 

「例えば、脳の認知機能との関係です。UKバイオバンクのデータには、加速度だけではなく、遺伝子情報や疾病の有無などが含まれています。どのような睡眠パターンだと認知機能が低下するのかを調べたところ、量よりも質の影響が大きく、特に高齢者では昼寝が多いと低下しやすいことがわかりました。昼寝が影響しているのは意外でしたし、さらに研究が進めば、認知症が発症しにくい睡眠のとり方など、予防医療にもつながると思います」

いつか睡眠健診が定期的に行われる社会に

冒頭でも触れたように、日本人は睡眠が不足している人が多く、近年では子どもの睡眠不足が問題になっています。しかし、UKバイオバンクの加速度データは成人のみを対象としたもので、国際的にも子どもの睡眠データが不足していました。そこで、岸先生たちは「子ども睡眠健診プロジェクト」を発足。全国の学校から協力を得てACCEL法による睡眠解析を実施したところ、見えてきたのは、やはり日本の子どもは睡眠が足りていないという実態でした。子どもの推奨睡眠時間は成人より長いのですが、なんと約9割もの子どもたちが満たせていなかったのです。

 

「2025年6月までで、日本全国の延べ175校、1万5000人以上の小中高生が参加してくれているのですが、小1から高3まで、どの学年でもほとんどの子どもが満たせていませんでした。特に平日の睡眠時間が足りておらず、休日には平日よりも多く睡眠をとっていて、学年が上がるほど平日と休日の睡眠時間の差が大きくなっていくのも特徴的です」

睡眠時間の実態データ。「recommended」と書かれた帯の範囲が推奨睡眠時間(小学生9~12時間、中高生8~10時間)で、届いていない子どもが多いことがわかる

 

平日の不足分を休日に補うことをキャッチアップスリープと呼びます。もともと、健康な人であれば睡眠は必要以上にはとれないもので、いわゆる“寝だめ”はできず、休日の睡眠時間が多くなるのは、プラスにしているわけではなく、マイナスをゼロに戻そうとしているのだとか。子どもたちは大人よりもこの傾向が大きく、社会的時差ぼけを起こしてしまっている子どもも多いため、問題となっています。「これらの問題を解決するには、睡眠習慣の“見える化”と“正しい知識”にもとづく自己管理が必要です。正しい知識をもっと発信していきたいです」と岸先生。

 

「プロジェクトの反響は大きく、メディアにも多く取り上げていただけていますし、国会レベルでもさまざまな施策が議論され、社会の問題意識は高いです。にもかかわらず、睡眠の重要性というのがしっかりと伝わっていないと感じます。学校で講演などを行うと、子どもたちからは『睡眠がこんなに大切なんて知らなかった』という反応がかえってきますし、保護者の方からも『もっと早く知りたかった』という声が届きます」

 

より強く社会にアプローチしていくため、プロジェクトはどんどん広がっているそう。個人レベルではなく、家庭で取り組んでもらえるように「親子睡眠健診」も実施されました。子どもに多い「起立性調節障害(※)」と睡眠との関係を調べ、兆候を早期にとらえて対応につなげることをめざした「子ども睡眠検診プロジェクト」も発足しています。
※起立性調節障害…立ち上がったときや長時間立っていたときに、立ちくらみ・めまいなどを起こす疾患。思春期の子どもに多く見られる。

 

「学校レベルにとどまらず、自治体規模での継続的な睡眠健診も始まっています。継続的な睡眠健診を通して、学力や体力、メンタルヘルスが睡眠とどう関わっているのか、明らかにしていきたいです。正確なデータを集め、国の施策の基盤となるしっかりとしたエビデンスを構築することがアカデミアとしての使命だと考えています。そして最終的には、健康診断と同じように、病院、学校、会社などで睡眠健診が定期的に行われる社会をめざしています」

睡眠時間を確保して、24時間をコーディネート

ここで、今すぐできることとして、私たち一人ひとりが“より良い睡眠”をとるにはどうしたらいいですか?と尋ねると、「まずは睡眠の優先順位を上げることです」とのお答え。日本には「不眠不休」「寝る間を惜しんで働く」や「惰眠をむさぼる」といった慣用句があり、寝ないで働くことを美徳とし、睡眠を無駄な時間ととらえるような文化的背景があると感じるとのこと。

 

しかし一方で「寝る子は育つ」という言葉もあります。実際に、子どもの成長に睡眠は欠かせないものであり、大人もしっかり睡眠をとることが全体的なパフォーマンスの向上につながります。例えば、メジャーリーガーの大谷翔平氏や将棋棋士の藤井聡太氏も睡眠を重視していることで知られています。

 

「大谷選手は、『1日が25時間だったとしたら増えた1時間で何をするか?』という質問に『睡眠にあてる』と答えたそうです。そうすると残りの覚醒時間のクオリティが上がるから、と。科学的にもその通りで、本来、ヒトは必要な睡眠時間しかとれないので、眠れるだけ眠ると起きている時間のパフォーマンスが上がるというのは理にかなっています。このことを一般の人々も意識できる社会になるといいと思います」

 

そして、眠りを整えるためには、朝から始めることが鉄則で、睡眠の仕組みから考えると、夜いきなり早く寝ようとしても難しいそうです。

 

「朝はきちんと起きて日光を浴びて、日中は適度に体を動かす。過度な昼寝を避けて、夜は明るい光を避ける。そうすると、自然と眠くなります。どれも当たり前のことですが、夜しっかり眠るために、1日をコーディネートすると考えてみてください」

 

24時間の中で必要な睡眠時間を確保したうえで、残りの時間のパフォーマンスをどう高めるか、そう考えた方が生活の質が向上するそうです。とはいえ、社会生活の中では充分な睡眠時間をなかなか確保できないことも。筆者は子どもの頃からかなり長時間眠ってしまうタイプで、しかも夜型でなかなか寝つけず、睡眠時間が不足しがちです…。先生はいかがでしょうか。

 

「私も子どもの頃からよく寝るタイプでした。朝型や夜型、短時間睡眠や長時間睡眠といった睡眠パターンは、ある程度遺伝で決まるもので、変えることは難しいです。私自身、論文の締め切り前や学会の発表前など多忙な時期は、重要性を理解していても睡眠時間が確保できないこともあります。柔軟性を持たせることも大切で、もし睡眠時間が短い日があったとしても、その負の影響を理解して自分なりにリカバリーしていく。戦略的なアプローチを心がけています」

 

無理なく、自分にとって最適な睡眠習慣をつけていくことが大事なのですね。自分の睡眠をあらためて見直し、整えていきたいです。睡眠は毎日とるもので、身近なことなのに、岸先生のお話は知らないことばかりで驚きました。

 

「睡眠の研究を始めて20年ほどになりますが、お話ししてきたように、ここ数年で新しい知見が生み出され続けている分野です。特に、ヒトの睡眠についての研究はこれから非常に盛り上がっていくはずです。私も、もっと多くの人に興味をもってもらえるような、おもしろい研究成果を出していきたいと思います」

 

楽しみにしています! 自分の睡眠パターンが16のうちどれに分類されるかなども詳しく知りたいですし、将来、睡眠健診が社会に実装された日には、ぜひとも受けたいと思います。

 

 

(編集者・ライター:あわむら あや)

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