ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • date:2024.2.20
  • author:谷脇栗太

【第9回】ほとゼロ主催・大学広報勉強会レポート。インナー向け広報で誰に・何を・どう伝える?

ほとんど0円大学では、大学広報関係者を対象とした勉強会を定期的に開催しています(勉強会レポートの一覧はこちら)。2023年12月21日に開催した第9回大学広報勉強会のテーマは「難しいけど、やっぱり大事! インナー向け広報を考える」。

 

インナー向け、つまり大学内部や関係者に向けた広報ということですが、その対象範囲は教職員や学生、はたまた卒業生や保護者まで幅広く、目的や方法もさまざま。外部からは見えづらいだけに、他大学でどんな施策が展開されているのか気になる関係者は多いのではないでしょうか。そこで今回は、京都産業大学、金沢大学、大阪経済大学、近畿大学の広報担当の方々に登壇いただき、それぞれの取り組みをご紹介いただきました。

 

京都産業大学 良川侑史さん「学生たちとともに取り組む、在学生向け広報活動」

金沢大学 鍜治聖子さん「在学生と保護者に、大学の“今“を伝える広報誌のつくり方」

・大阪経済大学 高濱悠紀さん「学内向けメディアで、ビジョン推進の意識を醸成する」

・近畿大学 村尾友寛さん「広報ファーストで実践する、近大流インナーブランディング」

学生の目線で必要な情報を届ける。京都産業大学「サギタリウス」

一人目の登壇者は京都産業大学より、広報部主任の良川侑史さん。学生団体が主体となって運営を手がけるWEBマガジン「サギタリウス」について発表していただきました。

 

京都産業大学の公式サイトから閲覧することができる「キャンパスWEBマガジン サギタリウス」。開いてみると、教員の紹介や就活サポート情報、学校周辺のグルメ、京都のお出かけ情報まで、学生生活に役立ちそうな情報が満載です。

「サギタリウス」トップページ

「サギタリウス」トップページ

 

サギタリウスはもともと2000年に紙の冊子としてスタートした媒体で、2020年からウェブ版にリニューアルしたそうです。毎月3本の記事更新のほか、スタッフコラムや他の学生団体と連携したスポーツ記事も配信しています。

 

そんなサギタリウスのインナー広報としての役割は、「在学生に大学を知ってもらう・好きになってもらう」、そして「在学生が知りたい情報を届ける」こと。そのため運営体制も学生が中心です。企画、取材、記事作成、発信までを約30名の学生メンバーが担い、外部の制作会社や広報部は主にそのサポートに回っているそう。記事だけにとどまらずSNSや動画でも学生目線の情報を発信しているとのことで、熱量の高さがうかがえます。

 

学生スタッフが主体となって記事を制作することで、在学生が本当に興味を持っている情報を発信できるほか、地域のお店や卒業生に取材を受けてもらいやすいというメリットもあるそうです。また、学生スタッフの活動がNHKの取材を受けたこともあり、結果的に情報発信につながっている側面も。

京都産業大学の良川侑史さん

京都産業大学の良川侑史さん

 

「最終目標は学生団体として自走すること」と良川さんは言いますが、学生ならではの難しさもあるようです。それは、新しく入った学生がようやく活動に慣れてきた頃には卒業してしまうこと。短いサイクルの中でも主体性を発揮して活動してもらうため、新しいメンバーが加入したらミーティングや研修会でとにかく早く馴染ませることが欠かせません。また、新入生にはサギタリウスを紹介するリーフレットを配布して認知拡大をねらいます。

 

そして何よりも学生スタッフが楽しんで活動に参加し、将来につなげてもらうことが大切ということで、Web記事以外の広報活動に参加してもらうこともあるそう。「教育的な側面もあるのかなと。学生が将来につながるようなチャレンジをできる場にしていきたいです」と広報にとどまらない意義を語っていただきました。

紙の冊子に込めるこだわり。金沢大学の学内広報誌「Acanthas

続いては、金沢大学 改革戦略室事務局 広報戦略室の鍜治聖子さんが登壇。金沢大学の学内広報誌「Acanthus(アカンサス)」のリニューアルについて発表していただきました。

 

金沢市内の出版社で情報誌の編集長をされていたという鍜治さん。2020年に金沢大学に入職し、はじめに手掛けたのが広報誌のリニューアルでした。それまでのAcanthasは年3回発行、学内やイベントなどで配布するほか、年に1度だけ保護者に送付されていたそう。しかし、あらゆる情報がオンラインに移行するなかで、広報活動全体のなかで紙の情報誌に割くことのできる労力、時間、コストは限られてきます。

 

「せっかく時間や労力をかけるのであれば、読んでもらえるものをつくろう」。そんな思いで鍜治さんは思い切った改革に乗り出しました。まずは発行回数を年2回に減らし、ターゲットを保護者と在学生、企業に明確化。さらに、それまで外部に頼っていた編集業務やアートディレクションを鍜治さん自らが担当し、デザイン事務所と連携して紙面も大幅にリニューアルしたそうです。

リニューアルした48号の表紙、紙面とサムネイル(デザインの指示書)。鍜治さんみずから細部までディレクションしていることがわかる

リニューアルした48号の表紙、紙面とサムネイル(デザインの指示書)。鍜治さんみずから細部までディレクションしていることがわかる

 

違いがひと目でわかるのはやはりデザイン面です。これまで各号ばらばらだった表紙デザインは、学生モデルを起用した撮り下ろし写真に統一。印象的なカメラ目線のバストアップで目を引く効果を狙います。紙面は視線の誘導を意識して、ポップでありながら読みやすくわかりやすいレイアウトに。写真撮影では表情やポーズもしっかりディレクションします。内容面では、その時々で一番伝えたいことを特集に据え、学生広報スタッフの視点を積極的に取り入れる工夫でターゲットへの訴求力を高めました。

 

生まれ変わったAcanthasへの学生や保護者からの評判は上々。クオカードがもらえるアンケートも実施し、それまでなかった量の反響が寄せられているそうです。

金沢大学の鍜治聖子さん

金沢大学の鍜治聖子さん

 

雑誌編集のプロならではのこだわりでリニューアルを成功させた鍜治さんですが、「いつまで紙媒体が必要か、どこかでオンラインに移行するタイミングが来るのでは」と冷静に分析。また、クオリティを維持するための体制づくりも必要だと今後の課題を語ってくれました。

「創発」を生みだすプラットフォーム。大阪経済大学「TALK with

3人目は大阪経済大学から、企画部広報課 課長の高濱悠紀さんがご登壇。インナーブランディングサイト「TALK with」とそれに関する取り組みをご紹介いただきました。

 

大阪経済大学では、創立100周年となる2032年に向けて新たなビジョンとミッションを掲げ、その浸透と実現に向けたインナーブランディングに取り組んでいるそうです。そのキーワードは《創発》。予期せぬものとの出会いや異質なものとのぶつかり合いが新たなものを生み出すという意味の言葉です。多様な人が集う大学という場で、人とのかかわりの中から生まれる新しい発見や異なる視点が、新たな価値を生み出す源泉になるというイメージだと高濱さんは言います。

 

この創発という概念を浸透させ、教職員の横のつながりを育むために2020年にオープンしたのが教職員向けのサイト「TALK with」です。

スタート時は、学長メッセージと「DAIKEI TALK」が2大コンテンツだった

スタート時は、学長メッセージと「DAIKEI TALK」が2大コンテンツだった

 

学長メッセージと並ぶ初期のメインコンテンツは「DAIKEI TALK」。普段は接点の少ない教職員同士が膝を突き合わせ、日常業務で考えていることやビジョンについて語り合う座談会を記事にしたものです。記事の公開に合わせて座談会参加者から読者へのアンケートを実施するなど、双方向のコミュニケーションを意識した取り組みになりました。

 

そのほかにも、教職員へのビジョンの浸透度合いを定期的なアンケートで把握したり、ワークショップを行うなど、打てる手は何でも打っていきます。トップダウン的な情報発信のみにとどまらず、多様な意見をすくい上げ、人を巻き込んで理念を広げていく仕組みこそが「TALK with」の特徴といえそうです。

 

教職員のみに公開されていた「TALK with」ですが、内容が充実するにつれて学外のステークホルダーや学生にも見てもらいたいという声が上がるように。対話の輪をさらに広げるために、2022年には満を持して学外公開に踏み切ります。さらに2023年12月にはサイトを全面リニューアル。「教職員・学生で大経大を創発の場に」という新たなコンセプトのもとターゲットを学生まで広げ、全学的なメディアとしてますます進化しているそうです。

大阪経済大学の高濱悠紀さん

大阪経済大学の高濱悠紀さん

 

コロナ禍から通常の業務に戻りつつあることで以前のように長時間の座談会は難しくなってきたものの、これからも更新頻度をさらに上げて発信を続けていきたいと高濱さん。残りの時間で広報誌と大学公式サイトの取り組みも紹介し、「今日ご報告したのはまだまだ始まったばかりの取り組みです。学生を入れることで教職員に変化が起こるのかなども含めて今後検証していきたいです」と締めくくりました。

対外広報で学生、教職員のモチベーションを上げる。近畿大学流のインナー戦略

4番目に登壇いただいたのは、近畿大学 経営戦略本部 広報室 課長補佐の村尾友寛さん。メディア広報で話題をさらう「近大」らしい、攻めのスタイルのインナーブランディングについてお話しいただきました。

 

教職員向け冊子、保護者向け冊子、保護者懇談会といった取り組みもありますが……と前置きをしたあと、村尾さんは「対外広報こそが最強のインナー広報だ!」と近大流の考え方を披露。近畿大学の広報といえば、「近大マグロ」のビジュアルを大胆にあしらった広告の数々が思い浮かびます。「他大学と横並びにならないように、“大阪の”大学らしく差別化する」そして「大学の序列に挑戦する」という広報戦略のパワフルさは大学関係者なら誰もが認めるところでしょう。

近畿大学の村尾友寛さん

近畿大学の村尾友寛さん

 

そんな外向けのブランディングがインナーにもいい影響を与える好例が、著名人を招いた“ド派手”な入学式なのだそう。「もちろんメディア向けに話題化するという狙いもあるのですが、同時に新入生に『近大に来てよかった、頑張れそうだ』と思ってもらうためにやっている側面もあります。テレビや新聞で紹介されれば、ご近所さんや地元の同級生からも『楽しそうな大学に入ったな』と声をかけてもらえて、それがまた学生の自信につながります」と村尾さん。もちろん卒業式でも著名人を招聘してド派手に送り出します。

 

対外的に大きな話題になるようなイメージ戦略を次々に打ち出していくことが、結果として所属する人々のモチベーションアップにつながる。これが近大流の“最強のインナーブランディング”なのだそう。実際にここ10年ほどの間に各種調査での近畿大学のブランドイメージはぐんぐんと伸びていて、それを活かした新聞広告も展開されました。

2023年の正月に掲載されたこの広告は、同年の新聞広告賞で堂々の大賞に選ばれた

2023年の正月に掲載されたこの広告は、同年の新聞広告賞で堂々の大賞に選ばれた

 

AIで生成したというちょっと派手めな近大生の画像にかぶせて、大きく「上品な大学、ランク外。」の文字。よくよく読んでいくと、「エネルギッシュである」1位、「チャレンジ精神がある」1位、「コミュニケーション能力が高い」1位……と実際のランキング結果をふまえた近大生のイメージがわかるというもの。これをインナーの観点で見ると、「『君たちはスゴいんだ』と学生に直接伝えるのもなんだかクサいので、外向けの広告を使って間接的に知らせていくスタイル」とのこと。イメージ戦略がしっかり功を奏しているからこその説得力があります。

 

もちろん教職員のモチベーションも大切です。近畿大学ではとくに教員のメディア露出を重視していて、出演が多い教員を表彰し、研究費を贈呈する制度も用意されているそう。メディア出演への反響が教員のモチベーション向上につながるという好循環を生み出すべく、広報ではフォローアップを欠かさないといいます。

 

最後に、「建学の精神である『実学教育』と『人格の陶冶』をはじめ、大学としてのビジョンを見据えつつ内外への広報に取り組んでいきたい」と締めくくっていただきました。

協力してくれる人を巻き込み、大学を変えていく、インナー広報の役割

休憩を挟んで、後半は恒例の座談会です。ほとゼロ編集長・花岡が進行役となり、4名の登壇者にざっくばらんにお話を伺いました。

 

ずばり「それぞれが思うインナー広報とは」という話題に対して、良川さんはコロナをきっかけに学生の大学へのコミット率が下がっていることを懸念し、「卒業してからも愛校心をもってもらえるよう、今のうちになんとかしないと。若手の職員に対しても同じで、つながりをつくっていくことは広報にしかできない」と危機感をにじませます。

 

「インナー広報には情報共有と行動変容のふたつの目的があるのでは。後者を重視するなら、心が動かないと行動を変えることはできないので、制作物には心を動かす仕組みが必要」と答えたのは鍜治さん。これは記事を書く側としても肝に銘じておきたい指摘です。

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とはいえ、心を動かす仕組みも一筋縄でいきません。学生へのインナー広報についての話題では、村尾さんから「今の大学生はドライで、キラキラした言葉だけでは響かないから難しい」と本音がこぼれます。良川さんも「大学が伝えたいメッセージを押し付けても学生にとっては面白くない。“タイパ”を重視する学生に対して、どんなメリットがあるのかをしっかり示す必要もある」と同意。この課題に対して、京都産業大学では学生を広報に巻き込み、近畿大学では外部向けのイメージ戦略によって間接的に伝える、という対称的なアプローチを取っているのが面白いです。

 

続いて、話題は発表であまり触れられなかった卒業生へのインナー施策に移ります。ここでは高濱さんの「大学は18歳から22歳でわかる価値だけでできているわけではない」という言葉が印象的でした。「社会に出て、家庭を持って初めてわかる大学の良さもある。ふと思い出して母校のHPにアクセスした卒業生がそういう情報に触れ、元気になってもらえるように用意しておくことが大切なのでは」。たしかに、恩師からの便りや後輩の活躍の知らせはうれしいものです。

 

インナー広報で行動を変えることができるのか? という問いに対しては、「協力してくれる人から巻き込んでいくのが腕の見せどころ」と鍜治さん、高濱さん、良川さんの意見が一致しました。

 

 

というわけで、難しいながらも取り組みがいのあるインナー広報というテーマでお届けした今回の勉強会。行動することで何かが変わり、その変化がさざ波のように広がっていく……そんなイメージを描いていただけたのではないでしょうか。

それではまた、次回の勉強会でお会いしましょう。

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