人に何かを強制的にさせるというのは労力がかかるし、なにより気分がよろしくないものです。しかしそこにおもしろい“仕掛け”があったらどうでしょう?無理やり人を動かすのではなく、ついつい動きたくなるように誘う、そんな“仕掛け”にあふれた世界をめざす学問が「仕掛学」。いったいどんな学問なのでしょうか。
毎年、大阪中之島にある大阪大学中之島センターで開かれている連続講座「大阪大学公開講座」。今年で48回目となる講座の11月16日に開催された「気がつけば、仕掛学」に参加してきました。あまり聞き慣れない「仕掛学」という学問。いったいどんな学問なのか、その一端を体験してきました。
大阪大学大学院経済学研究科の松村真宏准教授
今回登壇されたのは、大阪大学大学院経済学研究科の松村真宏准教授。元々は工学系の研究者として人工知能などを研究されていたそうです。しかし人工知能は人の行動という分野は対象外。どちらかというと人の行動について探求したいという思いから、仕掛けが人に与える影響を研究してみようと思ったのが現在につながっているといいます。
そもそも初めて聞く「仕掛学」という言葉、これは松村先生が提唱したもの。さまざまな仕掛けによって人の行動が誘発されるのは経験上私たちも知っているわけですが、そもそもどんな仕掛けがどのように人に作用し、どんな行動に結びつくのか、仕掛けの背景という面から研究されたものはまだないのだそう。
分からないのがおもしろい! ということで先生は「仕掛学」という一つの体系だった学問として、さまざまな仕掛けが及ぼす人への影響を研究されているそうです。
ゼロからの研究ですので、まだまだ分からないことも多いそうですが、最近ようやく片鱗が見え始めてきたと松村先生は言います。
ところでそもそも、仕掛けとはどんなものなのでしょう。
なんとなく想像するのは、釣りのルアーや機械仕掛けのカラクリなど。先生が研究するのは仕掛けの装置そのものだけではなく、その装置が及ぼす人への影響なども含めたものです。
たとえばこちら。
天王寺動物園にあるのぞき穴。小さな金属製の筒があちこちに設置されている
写真だけ見ると何がなにやらですが、これは天王寺動物園に設置されているのぞき穴です。この穴をのぞくと、その先には動物のフンが展示されています。こういったのぞき穴があるとついつい覗きたくなる心理を利用し、動物だけでなくフンなど、別の方面でも動物をよく知ってもらおうという試みです。
現在、フンは風化してなくなったそうですが、この仕掛けを見つけてついつい覗いてしまう子どもがまだいるようです。
世界中にあるさまざまな“仕掛け”
仕掛けはもちろんこれだけではありません。日本のみならず、世界中でこのような仕掛けがたくさんあります。
例えばこれ。こちらはスウェーデンのフォルクスワーゲンのプロジェクトチームの基本理論「楽しみが人の行動を変えるもっとも簡単な方法である」という「TheFunTheory」に基づいた試みの一つです。
一見すると普通のゴミ箱ですが、ゴミを捨てると音が鳴る仕組み。動画を見ていただけると分かるのですが、長い長い落下音のあと、ものが底に落ちる音が響きます。
ゴミ箱自体は普通のゴミ箱なのでこんなに深いはずはないのですが、その不思議さとあいまって、ついついその辺に落ちてあるゴミを拾ってゴミ箱に入れてしまうというもの。
仕掛け自体は単純で、既存のゴミ箱に距離センサーとセンサーに反応して音を流す機械を取り付けただけ。
その不思議さからわざわざゴミを探してきて入れる人も出て、通常の1.7倍ものゴミが集まったと言うから驚きです。
ほかにも同じプロジェクトから、歩くたびに音が鳴る階段も紹介されました。
こちらはスウェーデンのある駅に設置されたもので、階段をピアノの鍵盤に見立て、その上を歩くと異なる音が鳴る仕組みです。音が鳴ることで階段の利用を促します。隣にはエスカレーターがありますが、音の鳴る階段の楽しさに階段を利用する人が増加。動画によると駅利用者のうち66%もの人が階段を選んだというのは驚きです。
天王寺動物園で実験に使用されたライオンの形の消毒器
また、こちらは松村先生の研究室で実際に製作し、実証実験を行ったもの。天王寺動物園で手の消毒を促すための仕掛けです。真実の口をイメージしたもので、手を入れたくなる心理を利用し、消毒液による消毒を促進することが目的です。実験では多くの人が楽しんで消毒を行う結果に。
「仕掛学」がめざすもの
このように、仕掛けとは少しのきっかけで、それまで見えていた世界が変わる不思議なものです。普段見逃してしまうことに気付くきっかけになったり、そこから人々の行動に変化を促すことができます。
とはいえ、どのような仕掛けがどのような行動を促すか、統計を取ってパターンが見えていても、それがうまくいくかは未知の部分があり、なかなか難しいのが現状だそうです。
現在はさまざまな実験を重ね、アプローチを変えながら事例を集め、より体系だった「仕掛学」を構築している段階だと、先生は言います。さらに研究を重ね体系だった学問になれば、楽しみながら健康増進を行うなど、生活をよりよいものにするために応用できる可能性があります。
「仕掛学」というのは初めて聞きましたが、人の好奇心をくすぐり動かすというのは非常におもしろいなと感じました。また、大がかりなものではなく、日常で実践できるのも楽しいですね。
貯金とかちょっとした家事のとっかかりにしたり、日常でもいろいろと工夫ができるのではないかと考えるきっかけになりました。
取材協力:大阪大学21世紀懐徳堂