突然だが、まずはこちらを見ていただきたい(http://zineopolis.blogspot.com/)。
これは、ジン(ZINE)を収集・保存するポーツマス大学のアーカイブプロジェクトZINEOPOLIS(ジーノポリス)のウェブサイトである。
カラフルなイラスト、モノクロのイラスト、写真のコラージュ、付録…。アート・ジンと呼ばれる、視覚的表現を前面に出したジンを中心に、さまざまな手法や素材のジンが掲載されている。
今回の記事はこのZINEOPOLISがテーマだ。
ジンとは個人や少人数のグループが自分たちの好きなもの、思ったこと、語らずにいられないものを題材に、思い思いに作る個人出版物だと言えるだろう。語源は、何らかの物事のファン(例えばSFファン)が作るマガジン=ファン・ジンだと言われる。このジンを作り、売買や交換をし、読む、といった文化は、ヨーロッパ、アメリカ、アジア(もちろん日本も)、さまざまな地域に根づいている。
ZINEOPOLISプロジェクトの拠点があるポーツマス大学は、イングランド南東部、作家チャールズ・ディケンズの生誕地でもあるハンプシャーにキャンパスを構えている。
このアーカイブの立ち上げ人であり、キュレーターを務めているのは、同大学創造文化産業学部でジンの創作・研究・教育活動を行っているジャッキー・ベイティさんである。
ジンを集め、保存しておくことの意味とは何だろうか?なぜ立ち上げに至ったのだろうか?そして改めて、ジンとは何だろうか?
ベイティさんにメールをお送りしたところ、プロジェクトの趣旨のみならず、ジンに関わるお話をたくさん伺うことができた。
ベイティさんから教えていただいたことだが、実は、この記事が掲載される7月は「国際ジン月間(International Zine Month)」だという。試しに専用のハッシュタグ#IZM2020をSNSで検索すると、ジンについて語る多くの投稿を見つけることができる。
ジン文化を言祝ぎ、ジンに親しむ月間というこのタイミング。ベイティさんのお話から、ジン・アーカイブの意義、そしてジンそのものの魅力を感じることができた。
ZINEOPOLISのポスター
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アート・ジンを作り、教え、研究し、集める
ポーツマス大学のジャッキー・ベイティ博士と自作のジン『Future Fantasteek!』(自身のスタジオにて)
― 早速ですが、ジンを収集・保存するZINEOPOLISプロジェクトが始まった経緯を教えていただけますか?
ZINEOPOLISを設立したのは2007年のことです。学生たちが作っていた、美しい出版物を集めてアーカイブするためでした。そして、ジンのフェアやギャラリーショップに行って良い作品を購入し、インターネットの小さな店から買ったり、自分で作ったりもして、コレクションに加えました。
―特にどういった種類のジンを集めているのですか?
ジンというのは、幅広い範囲の独立系出版物を包括しうる言葉ですが、ZINEOPOLISの場合、アート・ジンを集めていて、これはたくさんのイラストレーション、写真、デザインを使ったジンです。イラストだけで、文章が全然ないなんてこともよくあります。
アート・ジンとは何か?という基準を私は次のようにまとめています。
1: アート・ジンとは、少ない部数の非商業的な出版物であることとする。(1,000部以下。でも大抵は100部に満たない)
2: 多くのアート・ジンは、定期的に出版を続けることを目指して作られている――実際には16号を超えるものはほとんどない。2、3号まで、というのが多い。
3: あらゆるテーマを扱った自費出版で、イラストレーター、工作をする人々、アーティスト、デザイナー、写真家の手によるものが最も一般的。
4: 彼らは第三者からの編集上のコントロールないし検閲を受けない。(このルールは破れない)
5: アート・ジンは大抵、コピー機や家庭用コンピュータのプリンタで複製される――印刷業者の機械によって作られることはほとんどない。スクリーン印刷、木版ないしリノリウム版画、そして活版印刷のような技術を使うことが多い。
6: 専門店やインターネットを介して販売される。交換すること、贈ることも多い。セルフプロモーションを意図している場合もある。
7: 視覚的なコンテンツ(画像)が、文章よりも大きく扱われる傾向にある。画像しか掲載されないという場合もある。(つまり、ZINEOPOLISでは、どんな言語圏のジンでも集めたいと思っている)
―学生のジンを保存することからプロジェクトが始まったとおっしゃいましたが、ベイティさんが大学で担当されてきた教育、そして研究活動についても教えていただけますか?
イギリスのポーツマス大学イラストレーションコース修士課程のリーダーを務めています。学部(優等学位※)と修士課程でイラストレーションを教えていて、実技系の博士課程院生の指導もしています。
約20年間、イラストレーションとエディトリアルデザインを教えてきました。担当した授業は、ドローイング、版画、シーケンシャルイラストレーション、ナラティブイラストレーション、児童書、デジタルイラストレーション、グラフィックノベル、コミックス、社会問題を扱ったイラストレーションです。
自分でジンを作ったり、イラストを使って社会的なメッセージを発信したりすると同時に、他の大学でもジンのレクチャーを行い、ジンやイラストレーションに関する世界各地の学会にも登壇してきました。
今、特に関心があるのは、イラストを使ったジンがメンタルヘルスに関する諸問題――私たちにとって未だ議論するのが難しい問題です――をどう伝えることができるのか、ということですね。コミックスやジンに見られるようなイラストを用いた連続的な場面展開が、いかにして、弱ったメンタルの状態に伴う困難や感情的なもがきを分かち合うための良い方法となりうるのかという研究をしているところです。
このテーマについて、よかったら、私が書いた論文を読んでみてください〔link〕。
ベイティさん作のアート・ジン(Future Fantasteek! No.20 by Jac Batey, UK 2019)
ZINEOPOLISは、必ずしも表には出てこない複数の声が集まる都市
―ちなみに、ZINEOPOLISという名称にはどういった意味合いを込めているのでしょうか?
文字通り「ジンの都市」――zine+opolis(ギリシャ語で都市を表す言葉)――を意味しています。コレクションしたそれぞれのジンは、一人ひとりの人間の声とアイディアを表していると私は捉えています。なので力を合わせて、普段はその意見に耳を傾けられることもない人々が発する声の都市をまるごと記録しているのです。伝統的な出版の世界においてはあまり表に出てこない制作者からジンを入手することは、コレクションにとって大切です。
私はSFのファンでもあるので、ZINEOPOLISという響きも気に入っています。自分が住んでみたい、未来のユートピア都市のような響きを持っているからです。
―そうした複数の声の集積であるZINEOPOLISコレクションの中でも、ベイティさんが好きなジンはありますか?
素晴らしいジンがたくさんありますし、みなさんそれぞれが何かしら楽しめるジンを見つけることができるでしょう。私は特に、ジェンマ・コーレル〔Gemma Correll〕、レイチェル・ハウス〔Rachael House〕、トム・ゴールド〔Tom Gauld〕の作品が好きですね。どれもZINEOPOLISで検索したら見つけることができます。
ベイティさんお気に入りのジン制作者の一人ジェンマ・コーレルの『アメリカ』(America by Gemma Correll, UK 2008)
将来、人が何を考え、感じていたのか知りたくなったとき、ジンのアーカイブは大切になる
―教育、研究、制作、そしてアーカイブと、あらゆるかたちでジンと関わっておられるベイティさんから見て、ジンとはどういったものでしょうか?
アイディアの共有の手段、ひいては抵抗の手段にジンが使われる社会運動や政治運動はたくさんあります。イギリスやアメリカでは、パンク・ジン〔パンク文化に関わるジン〕に馴染みがあるという人も多いですね。パンク・ジン、フェミニスト・ジン、地下出版、LGBT+のジン、政治的なジンのような、特定のジンのジャンルについて論じている優れた理論的なテクストは多いです。でもジンはもっと幅広く、たくさんの国、文化に存在しています。それらを「ジン」という用語でグルーピングするようになったのは最近のことだと思いますが。
私にとって、ジンとは、個々人が何を考え、感じているのかを表現するもので、普段は表舞台に出てこないグループの人が作ることが多いですね。
ZINEOPOLISコレクションの利点は、第一に「視覚的な」物語を収集しているという点です。これはつまりたくさんの言語、文化から集めることができるということです。絵というものが素晴らしいのは、それほど翻訳をしなくても、明確なメッセージを伝えうる、という点です。
―そうしたジンを集め保存することの意義は、どこにあるとお考えですか?
私はZINEOPOLISのキュレーターとして、伝統的な出版界の外側に存在する、考え方と才能の多様性をアーカイブし、提示することを、コレクションの目的としています。ジンは、創造的な人たちが、商業芸術を超えて、検閲無しで読者に語りかけることができる、数少ない場です。このことが、ジンの世界を刺激的であるとともに挑戦的なものにしています。安価に、短時間で作られることが多いアート・ジンは、文字通りの意味でその日の考えや希望を反映しています。
〔ポーツマス大学の〕アート・デザイン・パフォーマンスの専攻に設置されているアーカイブなので、イメージ面を重視したジンに焦点を当てて意図的に選んでいますが、詩のジンや個人的なジン、ファン・ジンも所蔵しています。アメリカ、ヨーロッパ、日本、そして世界各地でジンが生まれていることは、一般に思われているのとは逆に、若い人たち(ジンの主な制作者です)は自分たちが置かれている世界について言いたいことをたくさん持っているし、思われているほど受動的じゃないということを表していると思います。
ZINEOPOLISは第一義的には非バーチャルなコレクションです。ノベルティがついていたり、一般的じゃないパッケージ、型破りな装丁、珍しい材質だったりすることも多い本を、手で触って、めくることができる。このコレクションは、オンラインでもアーカイブされてはいますが、「物質」の感覚的な喜びを感じられるものです。この自費出版作品の触感と美学は、特にアート・ジンでは重要な事柄です。
ジンを集めて保存していく活動を、たくさんの図書館、大学、ギャラリーのアーカイブが行うことには意義があります。将来、自分と同じような立場の人がそのとき何を考え、感じていたのか知りたいと思ったとき、こうしたコレクションは貴重な資源になるでしょう。ジンには、正直な感覚や他の人間とのつながりが描かれているのです。
ZINEOPOLISのポストカード
視覚に訴えるアート・ジン(Special Brands by Joe Kolessides, Cyprus 2009)
触覚と笑いの感覚
―「ZINEOPOLISは第一義的には非バーチャルなコレクション」だとおっしゃいました。触ることのできる「物質」を集めることにはどんな意味があると思われますか?
人間にとって触覚は重要です。読書は印刷された文字によって喜びを与えてくれるだけではありません。紙の本を手に持つ行為は、手に心地よさを与えるし、古い本からは良い匂いがするでしょうし、新しい本はインキやニス加工の香りを漂わせる。本というモノはデジタルファイルには不可能な仕方で人に贈ることができます。私は、ジンによく付いているステッカーやポストカード、玩具、ブックカバー、バッジ、ノベルティといった要素を〔オンラインでの公開用に〕撮影してきましたが、この触覚的な要素は、オンライン・データベースではとらえることが難しいものです。
コピー機で複写したページの見た目や感覚と、スクリーン印刷〔穴の空いた版からインクを擦り付ける印刷技法〕で刷ったページの見た目や感覚は、手にとってみたら全く異なるものです。紙質でも大きく変わります。重くて凹凸のある水彩紙の後に、繊細な薄葉紙やトレーシングフィルムが続いていたら、美しい触覚経験を得ることができるでしょう。私が手で扱えるコレクションに力を注ぎ続けるのはそのためです。学生たちもこうした感覚を体験できるように、ジンに触れることができるようにしておきたいとも思いますね。
バッジやポストカードが付いたジンもある(Chavazine by Gemma Jung, UK 2007)
―これまでにベイティさんが書いてこられたものを見ると、ベイティさんは風刺ないしユーモアの感覚を重視していると思いますが、そうした要素の有無は、収集の基準と関わるのですか?
ユーモラスなジンはたくさんありますが、でもコレクションの必要条件というわけではありませんね。
確かに、ジンには人間のユーモアの感覚が深いところで通底しているように思えます。〔困難な状況への〕対処法としてのユーモア、というのはとても興味深く、あらゆる分野に見ることができますね。メンタルヘルスの問題を扱っているジンは、随所にユーモアの感触を持っています。これは、読者にとっては物語をやわらげてくれるものですし、クリエイターにとっては自信を持って自分のストーリーを共有できるようになってきたことのサインでもあります。視覚的な物語が社会的な問題をうまく表現するために、ユーモアをいかに用いることができるのかについては、もっと研究が必要だと考えていて、私は今そのテーマに取り組んでいます。
「難しい内容」のジンにユーモアが含まれていれば、ストレスを解放し、読者との共感を作り出す方法にもなりえます。お互いに笑いを共有することで、人々の間に理解や絆が生まれることもあります。極度のストレス下では、笑えるという感覚が消えてしまうといった報告がありますが、これは重要な問題だと思います。ユーモアが、いかにメンタルの良好な状態のサインになるのか、さらに調査したいと思っています。
電車に揺られてジン作り
―ご自身でもジンを作っておられますが、こちらはどういったジンでしょう?
自分のイラストレーション研究のために、アーティストブック〔本の形式を用いたアート作品〕とジンを作っています。私のジン『Future Fantasteek!』シリーズはネットでも公開しています〔link〕。
ベイティさんの『Future Fantasteek!』シリーズ(Future Fantasteek! By Jack Batey. ISSN 2399-3022)
『Future Fantasteek!』は、アート・ジンと個人出版、社会評論家としてのアーティストと視覚的なコミュニケーションの手段としてのドローイングといった別々の研究領域を結合させています。このシリーズでは、ジャーナリズムとイラストを描く実践との境界線を探って、「イギリスらしさ」という概念について、風刺を用いて考えています。イギリスの「金融逼迫」の直前から「緊縮財政政策」、そして最近のコロナウイルス時代まで〔2006年から現在まで〕の、一連の流れとして読むことができるシリーズです。
私は通勤時間が往復3時間くらいあるので、『Future Fantasteek!』の絵の多くは電車に乗っている間に描いています。スケッチブックにフェルトペンで描くこともあれば、iPadのProcreate〔イラストアプリ〕で描くこともあります。通勤を「無駄な時間」と考えるのではなく、創造的に使う方法を見つけることが大切。身の回りで起きていることを描くのが好きで、日常の不条理を強調し、不条理に対処する方法を見つけるために、ユーモアを使うことがよくあります。
『Future Fantasteek!』は、たくさんの国際的なジンのコレクションにも所蔵されて、いろんなところで出展されています。ブログにも載せていて、デジタル版は全部読むことができます。少部数印刷して美術館や特別コレクションに寄贈したり、他のジン制作者と交換したりもしています。このジンが実際に読める場所をまとめたウェブ・ページもあります〔link〕。
『Future Fantasteek!』は2020年7月時点で20号まで発行(Future Fanasteek! No.20 by Jac Batey, UK 2019)
ZINEOPOLISに寄贈するには
―ジン作りは日本でも行われていますが、ZINEOPOLISコレクションは日本のジンも所蔵の対象でしょうか?
もちろん、すごく興味があります!送ってもらえたら嬉しいです!
もし、ZINEOPOLISにジンを寄贈してくださる読者の方がいたら、問い合わせ先と住所を見てみてください〔ページ下部のInformation欄に記載〕。
―どうもありがとうございました。
Future Fantasteek! By Jac Batey No.13 (UK 2012)
※優等学位…イギリスの学士号は、成績に応じて、優等学士学位と普通学士学位の2種類に大別される。
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今回伺った、ベイティさんのお話はどれも刺激的なものだった。
例えばベイティさんは、さまざまな人が検閲を介さずに声を発することのできる場としてジンを捉えている。大文字で書かれる歴史には登場しないかもしれない人たちが、何を考え、感じていたのか。ZINEOPOLISはその千姿万態の生き方が集積する都市というわけである。
また、ZINEOPOLISは、現物に触れることに重きを置いているという話。アート・ジンは書かれている内容と立体的な造形や素材とを切り離しにくい表現なのだということが伺える。内容が一緒なら容れ物は何でも良い、というわけではないのだ。
現在、書かれた内容はデジタルデータで楽しめる(実際、今回ZINEOPOLISを知ったのもそのおかげだ)。そんななかで、手元の冊子から触覚的に情報を得るとは何なのかを見直すきっかけにもなりそうなプロジェクトだ。スマホの画面のように、私たちが手で触れてデジタル情報を操作しようとすることの意味ともつながってくるかもしれない。
この物質、触覚へのこだわりは、人々の声を保存する都市というコンセプトとも関わってくるだろう。例えば100年後、たくさんのジンが、あとから情報を変更しにくい物質としてドカッと置いてある事実は、とにもかくにも色々な人々が存在したことのより確かな痕跡ともなりうる。それに現在の紙は100年くらい持つだろうが、ネット環境が今のようなかたちでいつまであるのか、まだ誰も知らない。オンライン・ネットワークから切り離された物質には、つながっていないがゆえの強固さがある。
冒頭にも書いたとおり、7月は「国際ジン月間」である。これまで馴染みがなかった人(かくいう筆者も作ったことがない)も、ジンを作ったり手にとったりする良い機会かもしれない。そして自分でアート・ジンを作ったら、ZINEOPOLISに寄贈をしてみるという選択肢もありだろう。将来思わぬかたちで、自分のこだわりが、どこかの誰かの心に刺さるかもしれない。
ベイティさんの活動をもっと詳しく知りたくなったら、Instagram: @bateyjacやTwitter: @JackieBateyもぜひともチェック。