京都外国語大学の村山弘太郎先生(国際貢献学部グローバル観光学科 准教授)は、京都の伝統工芸を絶やさぬために、さまざまな活動に取り組んでいます。京都の9大学が連携し、京都や京都の大学の魅力を伝えるために東京で開催された「京都アカデミアウィーク2022」の講演会の一つ、「KYOTO Traditional Crafts〜京の伝統工芸〜」で、現在伝統工芸がどのような状況におかれているのか、そして、これからどうなっていくのか、お話をうかがってきました。
※「京都アカデミアウィーク2021」「京都アカデミアウィーク2019」「京都アカデミアウィーク2018」とあわせてお楽しみください
当日は、各大学の資料をはじめ、伝統工芸品や名産品、京都観光や京都移住に関する情報まで、さまざまな形で「旬の京都」の魅力が紹介されていました
伝統工芸が直面している課題とは?
京都の伝統工芸の一番の特徴は、伝統工芸が生活に息づいていることだそうです。街中に仕事場が点在していて、職人が身近な存在であり、さらに、今でも茶会や華道の催しなどが毎日のように行われているため、使用される機会も多くあるとのこと。たしかに、筆者が伝統工芸と聞いて思い出すのは、小学校のときに林間学校で体験した和紙作りくらいで、生活の中に自然と存在していたというよりは、特別に知る機会を用意されたときに触れたという感じです。さすが歴史ある街、京都。伝統工芸との関わり方も違うのですね。
しかし、現在では伝統工芸品が使用される重要な場面である祭礼は、深刻な課題に直面しているそうです。少子高齢化によって人や資金が集めにくい状況が続いてきたところにコロナ禍が拍車をかけ、祭礼や民俗行事の継承は危機に瀕しているのが現実。せっかく生活と一体となって発展してきた伝統工芸が、このままでは続かない……何百年もかけて培われてきた大切な文化が失われてしまいますね。そこで村山先生はまず、課題の要因でもっとも重要な「人」にしぼり、ゼミの学生たちとともに解決策に取り組んだそうです。
(1) 技術や手順の継承
急務として挙げられるのが、祭具や衣装の準備などのやり方を継承すること。たしかに町内で祭具の組み立て方を知っているのが一人だけなんてこともある現状では、継承していくことは難しいですよね。祭礼の準備をしているところを動画で撮影して共有することで、より多くの人が伝統を引き継いでいけるようにサポートしたそうです。
(2) 負担の軽減
祭礼における人的負担が大きいことも、継承していくうえで大きな壁に。村山先生は、負担を軽減するために、外部化できる仕事を見極める必要があると判断したそうです。実際にボランティアとして学生を導入して、どこまでなら外部の人が請け負うことができるのか探っていったとのこと。例えば、今年開催された滋賀県大津市の大津祭では、京都外国語大学の学生たちがちまき作り(ちまきとは大津祭で販売される笹の葉で作られた疫病・災難除けのお守りのこと)と販売の手伝いを担ったそうです。
村山弘太郎先生は、史学専攻で古文書なども専門的に学び、西陣の氏神の祭礼である今宮祭の調査を始めたのをきっかけに、伝統工芸の継承にも関心を抱くようになったそうです
「伝統工芸継承の危機」と聞いても聴講前はピンときませんでしたが、具体的なお話をうかがうにつれて、いかに伝統的な行事が多くの方たちの支えによって継承されてきたのか、実感することができました。今年3年ぶりの開催ということで、筆者は東京から意気揚々と祇園祭に出かけてお祭り気分を満喫したのですが、何百年も丁寧に引き継がれてきた伝統があってこそお祭りを楽しめたのですね。頭が下がる思いです。
もう一つ、伝統工芸の継承において大切なのは、伝統工芸が何かをきちんと認識することだと、講演会を通して伝わってきました。村山先生が講演の中で「伝統工芸とはなんですか? “古くから伝わる手工業”として、“古くから”とは何年以上続いているものを指しますか? 機械化はどこまで許容されるのでしょうか?」と参加者に問われ、筆者は答えに詰まってしまいました。いかに自分の認識が曖昧であったのか、自覚させられます。
それに対して、わかりやすい例えを用いて説明してくださいました。「年月で考えると、よく100年が目安に挙がると思います。“創業100年の造り酒屋”と聞くと伝統があるように感じるかもしれませんが、100年前の1922年といえば、江崎グリコ創業、サンデー毎日創刊、小学館設立……どうでしょうか。年月の問題ではなさそうですよね」
答えは、1974年に定められた「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に、伝統工芸の定義が明記されていて、京都では17の伝統的工芸品が指定されているそうです。
【京都の伝統工芸】
西陣織、京鹿の子絞、京友禅、京小紋、京くみひも、京繍、京黒紋付染、京仏壇、京仏具、京漆器、京指物、京焼・清水焼、京扇子、京うちわ、京石工芸品、京表具、京人形
具体的に認識することで、伝統工芸の継承にどのようなことが必要なのか、どのような対策が有効なのか見えてくるといいます。
祭礼をお手伝いした際の写真を見せながらお話しいただきました。祭具という“伝統工芸品の塊”をどのようにメンテナンスしていくのかも難しい問題といいます。なかには150年間修理されることがなかった道具もたくさんあるそう
伝統工芸のプロモーションで職人に焦点を当てる
次に、伝統工芸を受け継いでいくためにどのような取り組みが見られるのか紹介していただきました。西陣織や和傘など、伝統技術を用いて現代生活に合わせた商品開発を行った例もあるそう。プロモーションなどの努力を重ねて、認知されるようになってはいるものの、このような成功例はまだ珍しいそうです。ここでまた別の課題が見えてきます。村山先生は、たとえいい製品があったとしても、若い世代に届かなければ、長年継承されてきたものが途絶えてしまうと考え、伝統工芸のプロモーションにも重点を置くようになったそうです。
村山先生が所属する京都外国語大学国際貢献学部の独自のプログラム「Community Engagement Program」では、伝統工芸体験や旅館でのインターンシップを行っているほか、伝統工芸商品のプロモーションのために、職人の紹介動画の制作も始めたそう。村山先生は、動画を撮影する過程を見守るなかで、伝統工芸そのものの紹介に疑問を抱き、ただ商品の紹介をするだけでなく、職人さんに焦点を当てたほうが面白いのではないかと気づいたそうです。
講演会では、実際にプロモーション動画を制作した学生さん2人も京都からオンラインで登場し、体験を話してくれました。「撮影には慣れていなくて試行錯誤したが、結果的にいいものができた。自分たちに何ができるか考え、伝えたいことは何かを意識して作りました」とのこと。
「今後もインタビューをして、その人自身についてのストーリーを聞き出して、動画に収めていきたい。いろんな人にお話も聞きたいし、どんどん発信していきたい」と意欲的な姿勢を見せてくれました。
紹介された職人さんの一人、京都で100年以上続く窯元の四代目となる陶芸家の林侑子さんも同じく富山の個展会場からオンラインで登壇。「伝統工芸は身近なものだと伝えていくことが大切だと思っています。その一歩として創作活動を知ってもらういい機会になりました」と動画について振り返りました。
村山先生はお話の中で、伝統工芸の継承において大切なことの一つは「若い世代に伝えること」とおっしゃっていたので、大学生から見て興味深いと思う内容を盛り込んで動画を作成し発信していくのは、とても意義のあることだと感じました。
陶芸家の林侑子さんの作品。土鋏を用いた技術で繊細な模様が描かれています
京都観光の新たな楽しみ方! 伝統工芸に触れて興味を持つ簡単な方法
講演会後に村山先生にお話をうかがいました。
京都の伝統工芸の一番の魅力を教えてください。
「日常の中でいろいろな伝統工芸が生きていることですね。決して製品や作品だけが生きているのではなく、それを作った職人さんたちも一緒にいて、隣に住んでいる。例えば、住んでいるマンションの理事長が職人さんというケースも聞くくらい、京都ではそこらじゅうで伝統工芸と隣り合わせです。職住一体という言葉を表していますよね。日常に溶け込んでいることが、京都の伝統工芸の特徴であり、魅力でもあります」
村山先生がこれから一番伝えていきたいことはなんでしょうか?
「興味を持っていただきたいということですね。古いものだという固定概念や先入観を持たないで、まずは興味を持つこと。伝統産業も伝統工芸も、今の世の中にそぐわないと切り捨てるのではなく、自分で直接見たり触ったりしたうえで何か感じてほしいです」
観光で京都に行って寺社仏閣を見ても、伝統工芸と意識することはあまりないですよね。伝統工芸に触れるおすすめの方法はありますか?
「仏像や建物は見ますよね。一緒にたくさん飾りがついていますよね。その飾りにまで目を向けたらいいのではないでしょうか。例えば、提灯に吊り下がっている房紐や、お寺の本堂にかかっている幕などの荘厳具。また、御神輿にもたくさんの飾りがついていますよね。あまり注目されないですが、これらはすべて伝統工芸品なのです。
このような、これまでは仏像や建物、拝殿などを見て終わっていたところを、もう一歩進んで、飾りもすべて伝統工芸品だと思って見てみてください。どうやって作られているんだろう? なんて呼ばれているんだろう? そういう視点が生まれたら面白いと思います」
なるほど! 建物や仏像を見に行ったときに装飾に注目してみるという、ほんの少し違う視点を取り入れるだけで、伝統工芸に触れる機会はたくさん生まれるのですね。観光で好きな神社やお寺などの歴史ある場所を訪れた際に、一歩踏み込んで、細部にある伝統工芸に注目するよう意識してみたいと思います。そうして興味を持つことこそ、伝統工芸の継承における第一歩となるのです。