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  • date:2021.8.26
  • author:夏野久万

実は私たちは「見えてない」?武蔵野美術大×DNPが「見えてないデザイン展」をする理由

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私たちは日頃何を目にし、何を見逃しているのか。展覧会のタイトルに惹かれ、市ヶ谷にあるDNPプラザで開催中の「見えてないデザイン展」(武蔵野美術大学、大日本印刷株式会社共催)に行ってきた。果たして見えてないデザインとは何なのか?

暮らしの中の発見や違和感=「問い」が400枚の木札に

会場を訪れたところ、15cm四方の木札約400枚が奥までずらりと並んでいて、少々驚いた。木札には、写真とともに一言コメントが書いてある。これは過去に行われたワークショップでさまざまな参加者から集まった、社会や何気ない日常に対する「問い」の数々なのだという。解決策が描かれたものもある。木札がペアに並んでいるものが、それだ。

2枚並んでいるのがペアのもの。写真の入ったものが日頃の発見などで、イラストが描かれているほうが解決策やアイデア、コメントが書かれた木札だ。

2枚並んでいるのがペアのもの。写真の入ったものが日頃の発見などで、イラストが描かれているほうが解決策やアイデア、コメントが書かれた木札だ

 

母親が卵にひよこの顔のイラストを描いた写真(画像左上)には、このような文章が記されている。「冷蔵庫を開けたらひよこ(?)がいた。らくがき。多分犯人は母。」。実は温泉卵と生卵を区別するための“らくがきアイデア”だという。

もう1枚の木札には「日常をほっこりさせる母の愛」と記されている。ここには「卵に絵を描くというちょっとした行動で生活を楽しむというアイデア。お母さんの卵への家族への愛を感じる。いろいろなスタンプを作ってほっこりした表情をつくる提案」とある。

 

たしかに冷蔵庫を開けると、かわいいスタンプが迎えてくれたらハッピーな気分になる。口に入れても大丈夫なインクでできていたら、他の食べ物にも応用できるだろう。兄弟それぞれのスタンプを持っていれば、兄弟げんか撲滅計画にも役立つかもしれない。いやペンで描いても楽しそうだ……など、素朴ながら身近なネタが多いため、木札と自分の発想を掛け合わせて、新たな発想を得てもらえれば、というイメージのようだ。

 

ちなみに今回のコラボは、武蔵野美術大学が市ヶ谷キャンパスにクリエイティブイノベーション学科を開設したのを機に、近隣の大日本印刷株式会社(DNP)とタッグを組んで実現した。

 

もともと武蔵野美術大学は、六本木ミッドタウン「デザイン・プラザ」において、2012~20年までデザインの社会実験の場として、社会と連携したさまざまなプロジェクトやイベントを開催していた。

武蔵野美術大学は、社会と連携した取り組みを行ってきた結果、課題は教育、地域、産業、文化、生活、多様性の6つに分類されることに気づいたという

武蔵野美術大学は、社会と連携した取り組みを行ってきた結果、課題は教育、地域、産業、文化、生活、多様性の6つに分類されることに気づいたという

 

その一環として、昨年、六本木ミッドタウンで開催された「見えてないデザイン-社会に問い続けるムサビ-」を再編集したものが今回の展覧会となっている。

写真は後継者不足という牛乳屋のおじさん。黒板には解決策の案が書かれている。さすが美大、イラストがかわいい!

写真は後継者不足という牛乳屋のおじさん。黒板には解決策の案が書かれている。さすが美大、イラストがかわいい!

電車の本数が少ないため学生専用の自習室を作ってくれた駅に対して思いやりを感じたという木札や、塾帰りの我が子を待つ親たちの写真に対して、勉強することも大事だが「もっと大事なこともある(のでは)」投げかけるなど身近なものばかり。一つひとつ読んでいくと、なかなか面白い

電車の本数が少ないため学生専用の自習室を作ってくれた駅に対して思いやりを感じたという木札や、塾帰りの我が子を待つ親たちの写真に対して、勉強することも大事だが「もっと大事なこともある(のでは)」投げかけるなど身近なものばかり。一つひとつ読んでいくと、なかなか面白い

「赤いトイレ」「お墓の新商品」など思いがけないところで見つかった不思議が並んでいる。なぜこれが?何のために?と考えると想像力が鍛えられていく

「赤いトイレ」「お墓の新商品」など思いがけないところで見つかった不思議が並んでいる。なぜこれが?何のために?と考えると想像力が鍛えられていく

会場からの参加も可能だ。葉っぱに日頃自分が思っている疑問などを書き込むこともできる

会場からの参加も可能だ。葉っぱに日頃自分が思っている疑問などを書き込むこともできる

 

「見えてないデザイン展」への思い

展示会への思いや今後について、大日本印刷株式会社のコーポレートコミュニケーション本部 プレゼ・コラボ推進室 坂元美穂さんと、武蔵野美術大学の大学企画グループ社会連携チーム チームリーダー 河野通義さんに話を伺った。

坂元美穂さん(写真左)、河野通義さん(右)

坂元美穂さん(写真左)、河野通義さん(右)

 

「もともと大日本印刷では、印刷事業だけではなく、『問い』をもとに企画開発し製品化していきたいという思いがありました。そのため、この施設、DNPプラザは、オープンイノベーション施設として今年の4月にオープンしました」(坂元さん)

現在は、試運転もかねて営業中。本格営業は、秋頃を目指しているそうだ。

DNPプラザには、展示会のほかに、飲み物を片手に課題解決のヒントになる書籍が読めたり、武蔵野美術大学の蔵書を一般公開したりしている「問いカフェ」がある

DNPプラザには、展示会のほかに、飲み物を片手に課題解決のヒントになる書籍が読めたり、武蔵野美術大学の蔵書を一般公開したりしている「問いカフェ」がある

 

オープンイノベーション施設まで作った大日本印刷と、「問い」を集めてアート作品として展示をしてきた武蔵野美術大学。両者の根底には、「問いから社会問題を解決したい」という思いがあった。そのため両者がコラボ展示会を開催したのは、必然だったのかもしれない。

 

展示されている木札の多くは、ワークショップによって集められたものだ。どのような流れで、ワークショップは行われてきたのだろう。

ワークショップの風景。集まった意見が付箋に貼られていく

ワークショップの風景。集まった意見が付箋に貼られていく

 

「ワークショップは、一般の方や高校生を対象に、六本木で数回開催しました。2回ワンセットになっており、1回目に、不思議だなと感じたものの写真を撮ってきてもらい、参加者と意見交換をして視点を広げていきます。2回目は、再度撮ってきてもらった新たな写真をみんなの前で発表するんですが、より視野が広くなっていて、1回目とは違うものに変わっているんですよ。

 

また地方の学生と東京の学生でも、違う。地方の学生のほうが、課題に敏感な気がします。それだけ地方は、課題解決をしないといけないことが日常風景の中に潜んでいるのでしょう」

という河野さん。

武蔵野美術大学が考えるデザインの作り方。ちなみに観察力は絵を描くことで鍛えられるという

武蔵野美術大学が考えるデザインの作り方。ちなみに観察力は絵を描くことで鍛えられるという

 

ここで言う「写真が変わる」というのは、カメラの設定の問題でも、被写体選びをちょっと変更した、という表面的なことでもない。人の言葉に耳を傾けることで視野が広がり、視野が広がることで思考が深まりやすくなり、ものごとの本質がわかっていく。要するに「見えなかったものが、見えるようになっていく」。だから写真に変化が現れるというのだ。

 

「我々はよく受験生から『美大にはどうしたら入れますか』と聞かれるんです。そのたびに『つねに問題意識を持つことが大事』と答えています。今回のワークショップも同様で、常に問題意識を持つ視点があると、普段なにげなく接しているものへの見方が変わってくるんです」

 

なるほど。かなり奥が深い取り組みだ!

美大は絵を描くだけじゃない、本質を見る目を磨くところ

展示会内の様子

展示会の様子

 

そもそも武蔵野美術大学は「問い」を集めることで、何を目指しているのか。

 

「我々は、美大の学びを正しく伝えたいと思っています。地方に行くと顕著なのですが『美大って、絵を描くだけなんでしょう』『デザイナーって、ポスターの文字をきれいに並べるのが仕事でしょう』などと、よく言われます。正直、そんなのどうでもよくって。絵を描くプロセスの中では、視点のほうが大事なんです」

 

正直、美術大学の学びが、どんなものかあまりよく知らなかった筆者。耳が痛い……。

 

「たとえばポスター製作の依頼を受けたとします。そのときに美大では、クライアントが言っていたことを、そのまま制作物の反映させるのではなく、クライアントの要望や課題を掘り下げ『こうした方がいいですよ。なぜなら……』という根拠を示して提案できる教育をしています。それが本質的な課題を見いだせる、ということなので。

 

しかし世間では、先ほどお伝えしたように、ただ表面をきれいに整えるだけという、ステレオタイプのイメージがついてしまっている。大日本さんと組んだのも、大日本さんに、美大の学びを知って欲しいから。それは社会に知って欲しい、ということなんですよ。いろんな企業さんとつながって、ポスターに、ぺこぺこぺこっと字を書いているだけじゃないですよって」

 

そう熱く語り、河野さんは笑った。大日本印刷の坂元さんも、その言葉を受け止めつつ、強く頷く。何だかいいな、この関係……。

アイデアの宝庫、木札のこれから

とはいえ、なぜこの展覧会が、木札を集めるという極めてシンプルながら少々変わっているかたちになったのだろう。

 

「『本当はみんながデザイナーになれるよ』と、我々は思っているんです。アウトプットを美しくすることがデザインじゃなくて、課題を見つけて提案することがデザインなので。それを展覧会にして、可視化する手法として、みんなの課題あるいは解決策を木札にして並べていく、この見せ方となりました。それぞれの課題をより多く、見やすくするための結論ですね」(河野さん)

 

開催期間後の展開はどう考えているのだろうか、河野さんはこう語る。

 

「実はこの展示物、足下に小さなキャスターがついているんです。移動式なので日本中どこでも、ワークショップをしながらまわれる仕様に最初からしているんです。大学の教授の中にはこれを“神輿”に見立て、祭りのように担いで全国をまわりたい、なんて言っている人もいるんですよ」

展示物はキャスター付き。白い箱は段ボールなので、移動も簡単だ

 

たとえば大日本印刷の地方の工場でワークショップを行えば、その地方拠点ならではの課題が見つけられ企業としての価値向上にも役立つ可能性がある。武蔵野美術大学としても、地方の「問い」を集めることができるという、メリットがある。

 

「ここ数年、課題がわからなくなった、という人が多い気がしています。今までは、速いクルマをつくってください、といった技術ソリューションをどう解決するかでした。しかし技術も進化し、さらにSDGsの問題や家族のかたちの変化など時代は複雑になった。そのときに美術大学でやってきたことは、本質的な課題を見つけること。そうすれば、何が必要で、何が課題で、何を残すべきかという視点が生まれます。

 

この展覧会に明快な答えはありません。答え探しではなく、みんなの思っている課題を、もっと深く考え、掘り下げるまでのことをこういう活動を通してやっていくことが、美大としての我々のやるべきことだと思っています」

 

河野さんが語るように、ここには「問い」から生まれ、商品化されたものが並んでいるわけではない。だからこそ、ビジネスに発展できる可能性の宝庫なのだ。

 

大日本印刷の坂元さんも「大きなビジネスチャンスがあると感じています」と話す。「まだ実際に展示会から生まれた商品はありませんが、弊社自身も、『問い』から製品化につなげるプロジェクトは行っています。最近では、光の反射を軽減した『DNP超低反射フェイスシールド』を開発しました」。

とても視界がクリアな「DNP超低反射フェイスシールド」

とても視界がクリアな「DNP超低反射フェイスシールド」

 

「これはSNSなどで話題となっていた、耳の聴こえない方などがマスクで口元が見えずに困っているという課題から生まれた商品です。この商品そのものは、武蔵野美術大学さんとは関係ないのですが、今後は武蔵野美術大学さんが集めた『問い』から、製品が開発できればいいと考えています」

大日本印刷のさまざまなプロジェクト

大日本印刷のさまざまなプロジェクト

 

たくさんの木札を読んでわかったのは、普段見ているようで見えていないことの多さだ。また河野さんの「アウトプットを美しくすることがデザインじゃなくて、課題を見つけて提案することがデザイン」という言葉に、本質を見る目を磨くことの大事さを、改めて感じた。私も見えていないものを見えるように、日頃からいろいろなモノを観察していきたいと思った。


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