ほとんど0円大学 おとなも大学を使っっちゃおう

  • date:2019.8.21
  • author:南 ゆかり

京大×ほとぜろ コラボ企画「なぜ、人は○○なの!?」

【第8回】なぜ、人は自分のことを伝えたがるの!?

教えてくれた先生

カール・ベッカー

京都大学学際融合教育研究推進センター政策のための科学ユニット特任教授

生命倫理・医療倫理学者。アメリカ・イリノイ州出身。専門はターミナル・ケア、死生学、社会心理学。医療の事前指示、看護師の燃え尽き対策、死別悲嘆の医療負担をはじめ、「日本的・仏教的スピリチュアル・ケア」の研究プロジェクトにも力を入れている。

病気になると認められる?

♠ほとぜろ

人と会話をしている時、いつの間にか自分のことばかり話していた、と気づくことがあります。反省はしますが、自分のことを聴いてもらうのって、結構気持ちよくて…。

♠ベッカー先生

人は、人に聴いてもらうことによって自分が認めてもらっていると感じます。とくにコミュニケーションにおいて重要なのは、相手に認めてもらいたいという欲求が満たされることではないでしょうか。心理学者マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定する自己実現理論を提唱しました。人間の欲求を5段階に分けたピラミッドで表現しましたが、その中には承認の欲求が重要な位置を占めます。認められたいという気持ちは、誰にでもある基本的な欲求です。

マズローの欲求5段階説

♠ほとぜろ

SNSに熱中するのも、人に認められたがっていることの表れですかね。

♠ベッカー先生

認められるかどうかは、生きる上で非常に重要な意味を持ちます。たとえば、認めてもらえないことが、いじめや自殺の増加などの社会問題へとつながっていく側面もあるでしょう。また、医療分野においては、認められたいという患者の気持ちが、様々な問題と関わっています。

 

人は、病気を治す目的だけで医者にかかっているのではないのです。病気になったら、人に優しく同情してもらえたり、医師のような偉い人に相手にしてもらえたりします。これも人に認められることです。誰でも、激痛さえ緩和したら、治してもらいたいより先に認めてもらいたいという気持ちが芽生えるのです。

♠ほとぜろ

確かに、症状がピークの時は何もしゃべる気は起きませんが、少しよくなると、どれだけしんどかったかとか、誰かに聞いてもらいたくなります。

♠ベッカー先生

しかし、医師は病気をどう治すかしか教育されていません。治せないと自分の出番がないと考え、治すことばかりを考えます。患者は人間として認めてもらいたいと思っているのに、医師はそのニーズに応えられていないというギャップが、昨今、問題視されるようになっているのです。

取材風景

大きな身振り手振りとともに語るベッカー先生の話は、とてもわかりやすい

必要なのは知識・技術だけではない、人間を磨く医学教育

♠ベッカー先生

現在、医師は、化学や生物学の知識だけでなく、相手を理解するような能力も求められるようになってきました。そのため、文学や哲学などを学ぶことによって、人の内面を読み取る力、相手を慮る技能を身につけ、さらには医療を倫理的に考察する力を体得する人格形成の場として、メディカル・ヒューマニティーズ(医療人文学)に注目が集まっています。欧米では、オックスフォード大学やロンドン大学、ハーバード大学、スタンフォード大学をはじめ、数十箇所もの医学系大学院が専門学位を出すと共に、医師の卵にも必修科目としてメディカル・ヒューマニティーズを学ばせています。

 

ハーバード大学の医学部では、阿吽の呼吸を必要とするジャズや室内音楽、スポーツなどを医学生にやらせることによって、周囲の気持ちを感じ取り、相手に合わせる力を築こうとしています。また、手の施しようがない末期患者のそばに、医学生に毎週数時間座ってもらい、医学の限界や何もできない無力感を味わってもらうという取り組みも行われてきました。死につつある患者と向き合い、病気も治せない若造の自分は謙虚になり、どう認めてあげられるのか、どう認めてもらえるのかと熟慮することで、人間的な交流を深めていくのです。

♠ほとぜろ

医療の考え方が変わってきているんですね。

♠ベッカー先生

日本にとっては、昔に戻ったと言えるのかもしれません。日本では、昔から「医は仁術」と言われていました。幕末まではほとんどすべての医師が僧侶で、医療では手を尽くせなくなると、枕経を唱え、家族の気持ちを癒せるように努める。あの時代、医療と認め方や慰め方はセットで提供されていました。

♠ほとぜろ

なるほど。欧米に学んで「医は科学」となって、治せる病気は増えたけど、一方で仁術的な部分が失われたので取り戻そうと。

♠ベッカー先生

「治せる病気」についても、現代人は過剰な期待を持つようになり、どんな病気でも治せると勘違いしている人が多くなったのです。病院に運び込まれたときに、いくら「厳しいですよ」と説明されても、亡くなった時には「何かミスをしたのではないか」と問われてしまいます。これは、家で亡くなる人が圧倒的に少なくなって看取りと疎遠になったことや、完治した症例がメディアや映画などで宣伝されることに影響を受けているのでしょう。生老病死は循環であり、誰もが死ぬという事実をもう一度思い出してもらう教育が、メディカル・ヒューマニティーズの役割として期待されています。死を題材にした小説や絵画、音楽なども多くあります。これらに触れると、死は他人事でなく、常時あることだと知るきっかけにもなります。死は寂しいことではありますが、決して怖いことではない、その感覚が大事だと思います。

病院にすべてを求めるのはお門違い

♠ほとぜろ

医師が医療を受ける患者の気持ちをわかってくれるようになるのは嬉しいですが、実際は、診療中に患者の話を聴く時間はあまりなさそうですよね。

♠ベッカー先生

ええ、医師の仕事の根幹は診断と治療ですから。そこで今は、対話がしたいという患者の願望に応えるように、傾聴スキルを身につけたメディカル・ソーシャルワーカーたちが貢献してきています。社会福祉の専門家が、医療分野でも活躍しはじめているのです。

♠ほとぜろ

それはいいですね。人の話を聴く専門家に聴いてもらえれば満足できそうです。

♠ベッカー先生

ところが、現状は、そうとも言えません。認めてもらいたい人間の欲求をさらに掘り下げると、誰でもいいわけではなく、親や先生など、「偉い人」に認めてもらいたいのですね。医療現場の偉い人といえば「医師」なので、やはり先生に話を聴いてもらいたいのです。どれだけメディカル・ソーシャルワーカーや、患者の近くにいる看護師の地位をあげられるかも今後の課題と言っていいでしょう。

医療現場

患者の承認欲求にどう応えるかは、これからの医療分野の課題

♠ほとぜろ

認めてもらいたい欲求って、なかなか曲者ですね。

♠ベッカー先生

医療の分野では、病院にすべてを求めるのはお門違いだと言えそうです。求められても提供できない事も多いし、期待する患者も不満を抱きます。健康な人生を送るために必要なのは、治療や薬だけではなく、自分自身の健康を維持しようとする生き方であり、また寄り添って理解してくれる人間です。心を許せるコミュニティを作ろうとする本人の努力が必要かもしれないし、偉い人ではなく、聴き上手に聴いてもらったほうがうまくいく、というような意識の転換も大切でしょう。同時に、社会福祉系だけでなく、心理学系や人文学系、倫理学系の専門家たちが、それぞれの役割を果たして医療に協力することで、より包括的に健康が守られるのだと思います。

 

認めてもらいたい欲求は、扱いづらい点があるとは言え、社会や人生を生きる上で必要な欲です。認めてもらいたいからこそ、どう認め合い、お互いが満足できるかを探るようになる、人間社会の根本と言ってもいいものです。認めてもらいたいという欲求が人間にはあることを意識し、大切に扱う必要があると思います。

今回の   

人が自分のことを伝えたがるのは、認めてもらうことで、人として満ち足りたいから!

※先生のお話を聞いて、ほとぜろ編集部がまとめた見解です

おすすめの一冊

『仏教と医療の協力関係』

(カール・ベッカー他著 自照社出版発行 2018年)
本書では、患者の立場から、介護者の立場から、遺族の視点から、老病死を受容していく、仏教と医療の文化による対話とケアを提言しています。

 

◎ベッカー先生が登壇されるシンポジウム「Innovation and Communication for Global Health Care
―Medical Humaties―
が9月6日(金)に開催されます(詳細はこちら)。 ◎特設サイトTOPページに戻る⇒こちら

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