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  • date:2021.12.14
  • author:山本直子

「メタバース時代」のインターネットは速度1000倍へ、オランダ・アイントホーフェン工科大学の光工学研究

今回お話を伺った研究者

Oded Raz

アイントホーフェン工科大学(TU/e)電気工学科 准教授

1993年イスラエル工科大学テクニオン校で電気工学の理学士号を取得。その後テルアビブ大学でマイクロ波フォトニクスの研究を行い、2002年、2006年に電気工学の修士号と博士号を取得。TU/e電気光通信グループでポスドクとして2年間勤務した後、現職就任。主な研究内容は、データセンター内のデータ通信モジュール用パッケージングソリューションの開発と、新材料を使った光集積回路(PIC)へのプログラミング導入。データ通信製品用パッケージング技術の商業化を目的としたTU/eのスピンオフ企業「PhotonX Networks」の共同創設者。

「ピーゴー、ギュインギュイン」――インターネットが一般に普及し始めた90年代前半、私たちは電話線をコンピュータに繋いで、こんな変な音を聞きながら、パソコンがインターネットに接続されるのを待っていたものだ。テキストや画像が送られてくるのにも、相当の時間がかかっていた。

 

あれから30年。今や大容量・高速度のインターネットが普及し、私たちは当たり前のようにスマホで動画をストリーミング視聴している。さらに、現在注目を集めているオンライン仮想共有空間「メタバース」の発展により、コミュニケーションや生産活動の場はますます「リアル」から「オンライン」に移行しようとしている。

 

こうした新時代のアプリケーションを支えるため、「未来のインターネット」に取り組んでいるのが、オランダ南部に位置するアイントホーフェン工科大学(TU/e)。同大学はヨーロッパ屈指のハイテク集積地にあり、光工学の分野で世界をけん引している。

 

次世代のインターネットはどのようなものになるのか、そして、それが実現した未来はどんな世界になるのか、電気工学科のOded Raz准教授にお話を伺った。

電気ベースのインターネットの限界

 「データコミュニケーションを使って、今よりエキサイティングなアプリをつくるためには、もっと高速のインターネットが必要です。伝統的に私たちは”電気”を使ってきましたが、それには限界があって、これ以上飛躍的にインターネット速度を上げることはできません。その限界を超えるために、 “光”を使うのです」

 

Raz先生によれば、次世代インターネットの主役は「光」。しかし、「光通信」はすでに存在しているのでは?

 

「そうですね。1980年代、最初のジェネレーションのインターネットでは、大陸間のコミュニケーションにサテライト(衛星)を使っていましたが、今は光をグラスファイバーに通すことで何千キロメートルも移動させる、光通信が可能になりました。

 

今や光ファイバーは大陸間、都市間、地域間を結び、家の中まで接続され、インターネットの速度は『キロバイト(KB)』から『ギガバイト(GB)』へと、100万倍に高まりました」

 

100万倍!

 

「私たちは想定できるすべての技術を使って、今の技術にたどり着いたんです。今、私たちがやっている研究は、そのアップデートです。スピードを1MB(メガバイト)から10MBにするファーストステップは簡単でしたが、次のステージに行くのはものすごい努力が必要です。そこで必要となる“新しいトリック”を求めて、TU/eだけでなく、世界中の大学でさまざまな研究が行われています」

データセンターをサステイナブルに

光と電気の集積回路をテストするための特別な針と組み合わせた顕微鏡システム。

光と電気の集積回路をテストするための特別な針と組み合わせた顕微鏡システム。

 

TU/eが取り組む「新しいトリック」のひとつは、データセンターのコンピュータを電気ではなく、光で結ぶこと。私たちは「クラウド」上、つまり多くのコンピュータが1カ所に集められた「データセンター」とパソコンをインターネットで繋いで、必要なアプリやファイルを持ってくることでいろいろな作業をしているが、そのデータセンター内の一部のコンピュータを「光コンピュータ」に替えようとしているのだ。

 

「基本的な考え方は、電気の代わりにできるだけ光を使って、より効率的な演算をするということです。同じ量のエネルギーを使って、もっとたくさんの演算処理をもっと速くできるようにしたいのです」

 

この研究の背景には、電力問題もある。現在、データセンターを稼働させるために使われる電力量は、世界の電力消費の約5%。これは急速な勢いで伸びており、このままでいくと、その割合は30~50%に高まる可能性があるという。

 

「だから、電力消費量を抑えるようなテクノロジーが必要なのです。コンピュータ内の相互接続の際、光を電気シグナルに変換することなく光のままで送ることができれば、データセンター内の多くのエネルギーを節約することができるほか、伝達速度も飛躍的に高まります」

光と電気のICを組み合わせて120Gb /秒の送信機を作成

光と電気のICを組み合わせて120Gb /秒の送信機を作成。

光ベースのICチップ

データセンターのコンピュータが電気ではなく、光ベースで結ばれる――筆者の頭の中では、コンピュータ回線の中で渦巻く多くのワイヤーがなくなり、レーザー光線が飛び交う未来的な光景が広がる。

 

「その通りです。電気のワイヤーはなくなって、光が信号を伝達するのです。それは特殊なグラスファイバーまたは光集積回路(PIC)の内部で行われます」

 

TU/eではそれを可能にするための光相互接続、光信号処理、光スイッチなどが研究されているほか、現在の半導体ベースの集積回路(IC)に代わるPICの開発も進められている。半導体が電子の流れを変えるのと同様、PICでは光子(フォトン)の運動を操作することで、光が演算処理を行うことを可能にするのだ。

光をソフトウエアで制御

文系の筆者は、この辺で頭が痛くなってきた。しかし、この最新技術はエンジニアの間でもとっつきにくいものらしく、Raz先生はそれをもっとアクセスしやすいものに変えることを目指している。

 

「私が今、情熱を持って取り組んでいるのは、光の演算処理ができるチップを製作した後、プロパティを変更するということです。

 

今はクリーンルームでレーザーをつくる際、特定の色のレーザーに特定の機能を加えるやり方ですが、これは効率的な作り方ではありません。なぜなら、ちょっとずつ違うデバイスのために、ちょっとずつ違う機能を加えようとしたら、いちいちレーザーを設計しなおして、クリーンルームで作業をしなければならないからです。

 

私のアイデアは、これを“ジェネリック”にすること。クリーンルームでのプロセスを終えた後に、ソフトウエアを使ってクリーンルームの外からレーザーをコントロールすることです」

「未来のインターネット」実現のため、光を使った通信技術の研究に励むOded Raz准教授。

「未来のインターネット」実現のため、光を使った通信技術の研究に励むOded Raz准教授。

 

ソフトウエアを使って光を制御する……難易度が非常に高そうだ。

 

「すごく大きなチャレンジですが、私はクレージーなわけではありません。すでにそのようなことは成熟したテクノロジーである電気では起こっているからです。

 

TV、パソコン、スマホ……私たちが使っている電気製品の中には、半導体シリコンでつくられたチップが入っていますよね。40~50年前、これらのシリコン部品は1つ1つの機能に分かれていて、それを合わせて多機能のデバイスをつくっていました。でも40年ぐらい前、一つのシリコンICに多機能を持たせることが考案されました。

 

このフレキシビリティによって、1つのチップを使って、ソフトウエアで自分のほしい機能を盛り込むことができるようになったのです。はじめはみんな『すごくコストがかかるし、難しい』と言っていましたが、今や全チップの30%はこのテクノロジーを基礎にしています」

データセンター向け「光スイッチング」の典型的な実験テーブル。 黄色のワイヤーはすべてグラスファイバーでできており、光フィルター(右上)を高度な電子マイクロコンピュータに接続している。

データセンター向け「光スイッチング」の典型的な実験テーブル。 黄色のワイヤーはすべてグラスファイバーでできており、光フィルター(右上)を高度な電子マイクロコンピュータに接続している。

 

なるほど、PIC製造後にソフトウエアで機能を制御できるようになれば、エンジニアにもとっつきやすそうだ。

 

「これにより、製造されたPICのほとんどすべてが使用可能になる日にも近づくでしょう。

 

TU/eでは今、シリコンに代わる『リン化インジウム』という材料を使ったウエハ(ICチップの材料となる円形の薄い板)をつくっていて、その上でレーザーもだんだんよく機能していますし、レーザーがどのぐらい意図したように動いているか、クオリティの測定方法も改良されています。

 

最終的にはシリコンのIC並みに、100%正常に、安定的に動くことを目指していますが、PICに関しては今のところまだ20~50%の間といったところです。

 

私たちのグループはこれが機能するとの仮定の下で研究を進めていて、すでに製造後に制御可能なチップのプロトタイプを作りました。それはうまくいきましたが、プログラミングをもっと簡単にしなければなりません」

「どこでもドア」が現実に

電子接続(緑色の回路)と光学接続(下からの金属部分)を備えたPICに向けられた顕微鏡(左)と、それを組み合わせたカメラシステム。

電子接続(緑色の回路)と光学接続(下からの金属部分)を備えたPICに向けられた顕微鏡(左)と、それを組み合わせたカメラシステム。

 

PICや光コンピュータが実用化されるまでもう少し時間がかかりそうだが、それが実現した場合、インターネットの速度はどの程度速くなるのだろうか?

 

「光を使えば、数テラバイト(TB)/秒(1秒間に1兆回の演算処理をするスピード)までいくと想像できます。これは現在、屋内通信用に使用されている最高のシステムの約1000倍に当たります」

 

現在の1000倍速いインターネット……いまひとつ実感が湧かないが、どんなことができるようになるのだろうか?

 

「例えば、今はVR(仮想現実)でニューヨークのイリュージョンを見て、そこにエンパイアステートビルがあったとしても、実際にはニューヨークにいないことが分かります。それはビデオグラフィックであることが分かるからです。

 

でも、今より100倍性能のいいパワーコンピュータで、1000倍速いインターネットを使ってこれを見ると、スクリーンとリアルの見分けはつかなくなります。

 

そうしたら、バケーションにバハマに飛ぶなんていうこともなくなるでしょうね。南国の温かい気温や、海の香りを感じられるような仕掛けや、砂浜の砂を指先で感じられるようなセンサーも開発されるかもしれません。

 

今流行ってきている「メタバース」でも、本当にリアルで会っているような感覚でコミュニケーションできるようになりますよ」

 

まるで「どこでもドア」!

 

「ほかにも、次世代のインターネットが実現すれば、医療システムも大幅に変わるでしょう。座るだけで呼吸、血圧、汗などを測定して、診断や薬の処方をしてくれる椅子ができたりするかもしれません。もう医者に診てもらわなくてもよくなるんです。もちろん、車の自動運転も普通になるでしょう。

 

これら未来のアイデアの背景にある1つの共通事項は、莫大な量のデータに基づいているということ。そして、そのデータを瞬時に送受信できる通信が求められているということです。やることは山積みです。次世代インターネットの研究者としてでやるべきことは、何年も尽きることはないでしょうね」

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過去30年間のインターネット技術の改良により、劇的に変わった私たちの生活は、これから30年でまた大きな変化を見せるだろう。

 

今は光ベースの通信が冒険的に思えるが、「光線なしでインターネットをつなげていた時代があったんだ!」という日も来るだろう。そして、それは意外と近い未来に実現するのかもしれない。次世代インターネットのパイオニアの挑戦は続く。

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