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  • date:2020.7.21
  • author:三浦彩

珍獣図鑑(4):日本最大。琉球諸島の一部だけで暮らす天然記念物、ケナガネズミって?

今回お話を伺った研究者

小林 峻

琉球大学 理学部 海洋自然科学科 生物系 助教

博士(理学)。琉球大学大学院 理工学研究科 博士後期課程修了。琉球大学大学院 理工学研究科 博士研究員、琉球大学 農学部 与那フィールド ポスドク研究員などを経て現職に。熱帯から温帯にかけて分布する哺乳類媒植物(主にマメ科トビカズラ属)の送粉生態や、琉球諸島に生息している動物の生態について研究中。ケナガネズミに関しては、食性、樹洞利用様式、繁殖行動などの基礎生態を研究している。2018年度に日本植物学会若手奨励賞、2019年度に日本哺乳類学会奨励賞を受賞。


普段めったに出会うことのない希少な生き物たち。身近にいるはずなのに、誰にも振り返られなかった生き物たち――。そんな「文字通り珍しい生き物」「実は詳しく知られていない生き物」の研究者にお話を伺う連載企画「珍獣図鑑」。

研究者たちと生き物との出会いから、どこに魅了され、どんな風に付き合っているのか。そしてもちろん基本的な生態や最新の研究成果まで。生き物たちと研究者たちの交流が織りなす、驚きと発見の世界に誘います。

第4回目は「ケナガネズミ×小林峻助教(琉球大学)」です。それではどうぞ。(編集部)


鼻先からしっぽの先まで40~60cm!日本のネズミで最大の種

ケナガネズミ。毛も長いがしっぽも長い

ケナガネズミ。毛も長いがしっぽも長い

 

「ケナガネズミ」といえば、以前、ヤンバルクイナを特集した自然動物番組のなかで、同じく“やんばる”(沖縄島北部の自然が多く残るエリア)に暮らす天然記念物の生き物として名前が挙がっていた。私もそのときが初耳だったし、どんな動物なのかはあまり知られていない気がする。推測できるのは、きっと毛が長いからケナガネズミと呼ばれるのだろうということ…。まずはその「毛」を含む、この生き物の基本的な特徴を伺った。

 

「まさに毛が長いのが名前の由来ですね。普通のネズミの毛は長くても3cmくらいですが、ケナガネズミは5cm以上。長いものだと7cmにもなります。

さらに特徴的なのはそのサイズで、鼻の先からお尻まで20~30cmもの大きさ。しっぽも同じぐらいだから全長40~60cmにもなる、日本在来のネズミでは最大の種です。

しっぽの先5分の2ほどが白くなっているのも特徴。夜行性ですが、夜に見ると目立ちますよ」

 

えええ、そんなに大きいの!? 単体の写真で見てもわかりにくいけど、60cmを想像するとなかなかのインパクト…。しっぽの先が白いのはなんでだろう?

 

「しっぽの先が白い動物は世界にいくつかいて、天敵の視線をそらせるためだとか、オスがメスを追いかけるとき目印にするためだとか言われていますが、ケナガネズミに関してはよくわかっていません。

長い毛だけでなく、ちょっと平べったいトゲ状の毛も混在しているんですが、それで捕食されるのを防げているのかどうかも、まだわからないんです。防御の役割を果たしていそうにも思えますが、ハブに食べられている例もありますし…。まだまだわかっていないことばかりの動物なんですよ」

のんびり動いて木の上で暮らす個性派…知名度が低いのは希少だから?

ケナガネズミが暮らす沖縄島北部の森林

ケナガネズミが暮らす沖縄島北部の森林

 

どうやらまだ謎の多い生き物のようだ。やんばる以外にも生息しているんだろうか。そしてどんなところで、何を食べて暮らしているのだろうか?

 

「世界でも沖縄島北部、徳之島、奄美大島にしか分布していません。ケナガネズミは木にできた洞窟状の空間である樹洞を利用するのですが、体が大きいため大きな樹洞ができる木、つまり大きな木のある森が必要です。そのため琉球諸島のなかでも島のサイズが比較的大きく、森林も発達していたこれら3つの島に生き残ったのではないかと考えられます。

おもに木の上で生活をする樹上性でして、枝伝いに別の木に移動し、ときどき地面に降りてくる感じです。沖縄にはオキナワトゲネズミやオキナワハツカネズミなど地上で暮らすネズミもいるので、もしかしたら生活する場所を分けて暮らしているのかもしれませんね。

ドングリの実や松の実などの植物をよく食べますが、カタツムリや昆虫なども食べる雑食の動物です」

 

なるほど。いわゆる家ネズミとは、生活圏も違えば、行動もかなり違うようだ。

 

「普通ネズミって、すばしっこくちょろちょろ走り回るイメージだと思いますが、ケナガネズミの動きはゆっくり、のんびり。地面に降りてきても、のそのそと遅いんですよ。枝伝いに移動するときは、しっぽを使ってバランスをとったりするんですけど、クモザルのようにしっぽでぶらさがったりはできません。

ネズミとはいえ、もともと森林に住んでいるので、地元の人も“知ってはいる”程度。歴史的に見ても、人に嫌がられたようなことはありません」

 

それじゃあ自分が知らなかったのも無理はない、はず。とはいえヤンバルクイナは、実物を目にしたことはないものの、幼い頃から存在は知っていた。なんでケナガネズミは、知名度が低いのかしら。

 

「2000年代前半ぐらいまでは、沖縄島北部に何年も通っているカメラマンでさえ、数年に一度しか見られないような状況だったので、それだけ個体数が少なかったんじゃないかなと思います。専門の研究者もおらず、見ようと思っても見られない状態がずっと続いていたので、情報を発信しようにも、あまりできなかったのでしょう。

もう一つありそうなのは、一般的にネズミの印象が良くないということ(苦笑)。イベントなどで紹介しても、お子さんは比較的興味をもたれますが、親御さんのなかにはネズミというだけで『勘弁してください!』という方もおられます。そういうイメージがあると、知名度は上がりにくいのかもしれませんね」

左4つがケナガネズミの食痕が見られるマツボックリ。右2つは食べられる前の状態

左4つがケナガネズミの食痕が見られるマツボックリ。右2つは食べられる前の状態

ハマセンダンを採餌中のケナガネズミ

ハマセンダンを採餌中のケナガネズミ

まだ基礎的な研究段階で謎だらけ。でも、かわいさ世界一は確定!?

確かに家ネズミなんて出没するだけで嫌がられる。ネズミというだけでなかなか大変な境遇だな…。小林さんがそんなケナガネズミに関心を持ったきっかけとは?

 

「小さい頃はいわゆる“昆虫少年”だったんですよ。小学生時代、家族旅行で沖縄に来たとき、目にする虫が地元の長野県と全然違って面白いと感じたのが一番のきっかけです。そこから沖縄の動物や植物にも興味をもちはじめ、琉球大学へ進学しました。メインにしている哺乳類媒植物(哺乳類によって花粉が媒介される植物)の研究のかたわらで、夜には北部へ観察に行ったりしていました。とくにケナガネズミは樹上性で大きくて目立ちますからね。機会があれば研究したいと、ずっと思っていたんです」

子どものころは昆虫少年だったという小林峻さん。沖縄の動植物に魅了されて琉球大学へ

子どものころは昆虫少年だったという小林峻さん。沖縄の動植物に魅了されて琉球大学へ

 

変わった生き物を知れば、興味をそそられるのもよくわかる。だけど一般的には害獣扱いされる“ネズミ”に対して、抵抗はなかったんだろうか。

 

「ケナガネズミはものすごくかわいいと、私は思っています! おっとりした動きもかわいいですし、顔もめちゃくちゃかわいいですし、ふっくらしていて大きいのもいい。毛が長いから丸々と見え、ぽっちゃり感があるのも魅力です。日本で一番、世界でも一番かわいいと言っていいんじゃないかと」

 

これは失礼いたしました…! なるほど確かに、写真で見てもめちゃくちゃ愛くるしい。ネズミだと思うから、この大きさにおののくだけで、ウサギっぽく捉えれば、ますます愛らしく見えてきた。ところでケナガネズミの研究を実際にスタートさせたのはいつ頃から?

 

「5年ほど前、大学院生の時代です。最初に携わったのは、動物園での飼育研究。野外では観察しにくい動物の生態を明らかにするために始まったものでした。

まだ全く研究されていなかったので、基礎生態から調査を進行し、いつ活動しているか、どのぐらい餌を食べるのか、いつ鳴き声を出すのかなども調べていきました」

 

それほど未知の動物だったとは! 固有種ということもあってか、海外で研究が進んでいるわけでもなかったそうだ。夜行性で雑食、というのは伺ったけど、鳴き声に関してはどんな特徴があるのだろう?

 

「だいたい9月頃からの繁殖の時期に鳴いているのはわかってきているものの、何のためにどのような声を使っているのかについてはまだ研究中です。繁殖についても、年に何回子どもを産むのかといったことや1回に何個体出産するのかといったことも、まだわかっていないんですよね。樹洞に巣を構えているようなんですが、子育て中は神経質になっているので、影響を与えないような調査で研究ができればと考えているところです」

ケナガネズミはかわいい

ケナガネズミはかわいい

自然破壊で個体数が減少? 本来なかったリスクで絶滅の危機に…

現在の個体数ははっきりわかっていないものの、決して多くはないようで、環境省版レッドリストで絶滅危惧IB類に指定されているんだとか。なぜそんな状況になったんだろう。

 

「まず生息環境の喪失が挙げられると思います。戦後、広範囲にわたりケナガネズミの棲んでいた森林が伐採されてしまったんですよね。そのため繁殖に必要となる大きな樹洞が減り、餌も供給されなくなってしまいました。

それに最近だと、外来種の問題もあります。従来いなかった食肉目の動物に襲われるケースです。沖縄の外来種として有名なマングースだけでなく、集落から山に入り込み野生化してしまった猫に食べられる事例も報告されていますし、犬に噛まれたケナガネズミも発見されています。

三つめは交通事故です。たとえば沖縄島の北部は、大きい道路が山を横切っていたりするので、枝伝いに移動できず、道を渡らないといけない。それで死んでしまう事故が年に数件、発生しているんです()。

島の面積は限られていますので、もともとそんなに数が多くなかったのでしょうが、いま挙げたようなリスクで、だんだん減ってしまったのではないかと考えられます」

 

ケナガネズミの交通事故…やんばる地域での2019年の交通事故件数は5件で、全て死亡事故だったという。また、他の地域でも交通事故は起きている。たとえば環境省奄美野生生物保護センターによると奄美大島での2019年の交通事故死の件数は14だった。

ケナガネズミの繁殖には樹洞が欠かせない

ケナガネズミの繁殖には樹洞が欠かせない

今後研究が進めば、島に暮らす動物の共通性が見えてくるかも!

本来なかったリスクで絶滅の危機に追い込まれているとは…。私たちはケナガネズミとどう接していけばいいのだろう?

 

「まずは自然林をしっかり残していくことが大前提。実はやんばるではケナガネズミの目撃情報も増えてきているので、森の状態が以前よりは良くなってきたのかもしれません。戦後の大規模な森林伐採から60~70年経ち、樹木が生長し森が回復してきたことによって、ケナガネズミが暮らせるようになってきたのだと考えられます。今後も、油断せずに森林を守っていくことが大切です。外来種の問題についても、ペットをちゃんと飼うということや、そこにいない生き物を持ち込まないようにしていかなければなりません。

交通事故については、制限速度をきちんと守ること。動きが活発になるのはやはり繁殖期だと思われます。交尾する相手を見つけるために動き回ったり、大きくなった子どもが別の場所に移動したりすることが増える時期は、とくに注意が必要です。琉球諸島にはケナガネズミ以外にも貴重な動物がたくさんいるので、常に気を付けてほしいと思います。

また、ケナガネズミを見かけても、珍しい、かわいいからといって、専門的な知識がない方が許可なく触ったりはしないでくださいね」

 

モラルやルールを守ることが重要だと小林さん。現在の研究は、どんな状況なんだろう。

 

「2019年の7月頃から、樹木に自動で撮影するカメラをかけ、樹洞をどういうタイミングで利用するのか、いつ子どもが産まれるのかなどの調査を行っています。結果はまだ出ていませんが、2個体が同じ樹洞のなかに入って行く様子が映ったりしています。これまで野外での目撃例があったとおり、冬場には子どもの姿も撮影できました」

樹洞に設置した調査用のカメラ

樹洞に設置した調査用のカメラ

 

人がなかなか入れないような場所の動物というわけではなく、地元の人が目にすることも可能な動物だが、研究はまだ緒についたばかり。だからこそ、今後の展開からも目が離せない。

 

「島で暮らす動物の特性を解明するための対象としても面白いと思うんですよ。たとえばヤンバルクイナの飛べないという形質は、島だからこそ進化した形質だと考えられています。そういった島だけに分布する動物ならではのことが、ケナガネズミにもあるのではと。動きがゆっくりなこととも関係している気がします。

まだ研究が始まったばかりで、わかっていることは少ないですが、今後研究が進めば、ケナガネズミに限らず、島に暮らす動物の共通性が見えてくるかもしれません。そのあたりも明らかにしていきたいですね」

調査地までの道中の沢にて

調査地までの道中の沢にて

【珍獣図鑑 生態メモ】ケナガネズミ

中サイズ図鑑用ケナガネズミ

体長は20~30cm、しっぽを含めると40~60cmにもなる、日本に在来のネズミのなかで最大の種。和名の由来どおり5~7cmの長い毛をもち、トゲ状の毛も混在。琉球諸島の沖縄島北部・奄美大島・徳之島にしか分布していない天然記念物。樹上性、夜行性、雑食性。個体数は把握されていないが多くはなく、環境省版レッドリストで絶滅危惧IB類に指定されている。

 

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